講演記録(要約)

今、授業でどんなことを大切にしたらよいか −子どもの可能性の把握をめぐる教師の共同的な学び−
 
石川英志先生(岐阜大学教授)


○平成16年9月11日(土)
○岐阜大学附属小学校
○社会科の初志をつらぬく会・東海研究部会にて



 ※これは、石川先生のご講演をもとに、本ホームペーシ作成者が要約等をしたものです。内容の順序など、ご講演と異なる部分もございます。ご了承ください。
 ※お急ぎの方は よりよい授業を求める上での教師の協業についてからお読みください。


ポイント
・子どもの伸びようとする芽を捉える教師の敏感さ、洞察力、センスをみがく。
・授業への教師の意欲を支え、豊かにする授業研究の基本的な考え方
・教育実践の研究者が学校や教師や子どもとどう向き合うか

 「学力」が問われ、「教育改革」が叫ばれている中で

・ 「学力低下」が叫ばれるなか、「陰山メソッド」(「徹底反復」プリント)等が脚光を浴びるなかで、私たちはどのようなこころざしをもったらよいか。教師が自信をなくしつつあるときだからこそ、授業にこだわりたい。
・授業こそ、教師の生きがい、やりがいの中心舞台。システムや組織の改革がそうした教師の生きがいづくりを息苦しくしていなか。

2 授業で学ぶといういことは「気づく力を他者とのかかわりのなかで磨き合う」こと。これに対応した教師の授業力をみがく。

・子どもの考えをどうとらえ、どう相互につなく゜かという教師の「授業構成力」を磨く必要がある。
最近の授業は、「発表」の消化や「羅列」(調べたことを吐き出す授業)にとどまっていないか。
・子どもどうしが考え方や感じ方を関連づけ、重ね合わせて、相互の考え方に想像をめぐらす場、子どもが自分の考えを他者の考え方にふれるなかで見つめていく場として授業を展開していく姿勢がこのごろの教師に弱くないか。
・グループの話し合いの後、学級全体でその発表を聞くという授業をよく見るが、教師は、グループの話し合いをあちこち巡回して、腰がすわらない状況では、そのプロセスがよく見えない。グループで話し合いで済ますのではなく、全体の場で、あるグループの話し合いのプロセスを丁寧に話してもらい、そこで困ったことや解決の仕方をさらに学級みんなで考えていくようにしたらどうか。その中で他のグループの問題にあい通づることができ、お互いのつながりができてくるはずである。
・授業案における単元構想や本時の展開も、形から入ってそこにとどまっているものが多い。グループの発表順などがそのまま展開となっているものもある。「この子の考えをどうふくらませるか」という考え方を中心にしているものが少ない。みんなが高まろうとする追究(個が自分の考え方や感じ方を教室の仲間の前で表現し、それがどう広げられてどう吟味されて、また個の中にかえっていくかというプロセスを大切にする授業を大切にしたい。あるグループあるいは、ひとりの考えたことやこだわっていることや気になっていることをみんなで考えていく。あるいは、みんなとのかかわりのなかで、ひかかっていたことがしだいに形を取り始め、自分はこんなことを考えていたんだということが明確になる経験も持たせることを大切にしたい。
その基盤として、「気づく」「見つける」力をふだんからみがく授業や生活(問題解決の基盤)を心がけたい。
・「見つける」「気づく」営みを日常的に続ける。朝の会や帰りの会を使って「今日見つけたこと」「昨日の新聞で見つけたこと」を実践し、みつけることに敏感になりたい。子ども同士の井戸端会議(雑談)にしっかりと耳を傾けたい。耳の大きな教師、耳の大きな子どもを目指したい
・見つけたことを書くことにつなげる工夫をする。まず、見つけたことの羅列を大切にする。見つけたことの中で「一番大事な見つけ」に赤の線を引かせ、「そこに線を引いたわけ」「そこにどなんなことを思ったか」なと゜の自分の感想や思いを書かせる。「話す」と「書く」の隔たりの意識を小さくするために、まずは気楽な雑談を行い、そこで話したことをそのまま書くようする。
・話し合いの中で学び合う経験の楽しさと豊かさを味わう。授業の基本は、ある子の発言について周りの子どもがどう判断し、どんな意味合いを掘り出してくれるかである。
じっくりと話し合いを味わう単元の中核にさしかかった場合には、本時の中で2つも3つも段階を設けると言うのてはなく、腰をすえて一つのことで子どもがそれをどうふくらめていくかを楽しむ姿勢を基本としたい。
・一人の子どもの考えをじっくりと聴き合う。つまり、その子どもの考えを教材として、検討しあうことを通して、自らの考えを深める。一人の子どもが考えを出し切ることが、他の子どもが考えを深めることにもつながる。
・子どもと子どもをつなぐ役割に自分を置くように努める。「○○君が……と言ったけれど、みんなどう思う。」などと。予想もしなかった生徒の動きが出てきたときあわてない。むしろ教師が興味深く耳を傾けるように努める。話し合いは磨きあい。
・わかった」という意識以上に「納得でない」「わからない」といった意識を大切にしたい。「わからなさ」から「わからなさ」への筋道こそ学びの筋道。わかろうと努めてわかってきたら、また、新たなわからなさが向こうから立ち上がってきたという展開がよい。
・終了5分前に次時へのつながりを意識する。子どもに「これからどうしていけばいのかな」と問いかけるとよい。教師の意図を察知する子どもでなく、自分で判断できる子どもの育成につながる。次の授業への展開が見えない「不時着の授業」になっていないか。

3 よりよい授業を求める上での教師の協業について

(1) 研究会の基本 
  @授業はだれでもうまくいかないという前提をみんなで共有して、迷い、あれこれいっしょに考えていく姿勢こそ大切にしたい。
 A計画では授業者の願いを尊重したい。周囲の助言によって授業者の授業案でなくなってしまわないように。
 B授業後をこそ大切にし、授業での子どもの姿の持つ意味、授業者のよさをみんなで探究する。それが周囲の人の責務である。

★研究会の言葉の再考を
 「反省」という言葉は、批判に対する事前の予防線になっている。この言葉を再考する。
★参観者が行うべきことは何か。
 子どもの事細かな事実を具体的に出すこと。授業者は、子どもの表現やその背後にあるもの、子ども同士の関係について具体的に教えてもらう。授業者が公開してよかったと実感できる場にていく。
★座席表の活用
 座席表に実践を支える役割を持たせる。はっとした子どもの表現、教師の感想を普段からメモする。子ども同士の考えのつながりや今後の発展の方向をスケッチする。手書きでごちゃごちゃ、というのが自然の姿。
★研究のもう一つの側面
 授業の中で生まれるストーリーをとらえる。
 研究を子どもの可能性の芽をとらえたときの思い(喜怒哀楽)に裏打ちされた自然な言葉で語りたい 「あの子があんな動きを見せてくれてうれしかった」「この子を見る目がかわった。そう感じられる自 分がうれしい」。
  ○研究の2つの側面 
     @論理的整合性を求める…理論中心、硬質な言葉、 一般性 
            ↑↓
     A事実を基に子どもの動きの意味をさぐる…教師個人の気づき中心、自然な言葉、具体性

  @は、年に一度の研究授業というスタイルにならざるを得ないが、Aは普段の授業をベースにできる。年に一度か二度のスペシャルメニューの授業で学校が変わったためしがない。普段着の授業研究を。
  Aをナラティブ(narrative)と呼ぶ。自然な語り。
日常的、ゲリラ的現職教育
 会議室で決められた時間だけ行う現職教育はダメ。ナラティブを週案簿につづり、週案簿を舞台として、管理職と談話する。こうした活動ができるのが校内研修のよさ。

2 授業を見る視点
 (1) 計画と授業・子どもを見る力量との関係

   ・子どもの問題意識や願いや関心の動きをとらえ、位置づけた計画があるから子どもが見える。
   ・教師に子どもを見る力が育ってくると、計画を変化せざるをえなくなる。 
   ・目標との関係において子どもの動きを意味付ける、評価するだけでなく、どうしてこの子はここにこだわるのか、こういう発言をするのか、その動きを支えるもの、よりどころとしているもの、他の子どもとの関係を推測する。その中で、設定された目標や今後の展開の可能性が見えてくる。
 (2) 八田昭平の授業分析の視点群 ※略 
 (3) 授業記録を基に何を話し合うか

  ・ 授業者は、「臆せず」「恥ずかしがらず」
  ・ 授業者をまな板の上の鯉にしてあれこれ質問するのよくない。記録の中から自分で推測する。
  ・同じ授業記録を読んで人によって感じること。考えること、目の付け所がちがうという経験をすることが教師の学び。そうしたプロセスを学ぶことが子どもへの敏感さ、センスを培うことになる。そういう経験が子どもへの穏やかで幅のある見方や子どもの可能性をみつけるセンスを育てることになる。授業者は自分が見逃していた子どものよさと課題を参観者に伝えてもらう。これが授業研究の深まりとなる。
 (4) 授業へのまなざしとして心にとめておきたい三つのこと
   @子どもは学校で生活している。授業の中にもその子のくらしがある。例えば「国語という教科」としてみるという視点(前もって設定された目標にたって、授業のなかの諸事実を理解し評価する。)では見えがたい授業の学びの豊かさと複雑さ、微妙さがある。
   Aある子どもの追究に他の子がどう関わり、そこにどのような意味の生成と発展があったかをとらえる。
学びのかかわりのなかで生成発展する意味、それが個のなかにどのようにもどり、その個にどような意味があったかを探ろうとする視点の自覚。
   B子どもが認識をどう深めたか、いかなる知識をかくとくしたかという視点だけでなく、子どもが授業の中でどう生きているか、仲間とのかかわりの中で居場所をどう求め、築いているのかいとう視点をいつも心にとめて、この子にとってのこの授業の意味を探り、それを巡って教師が雑談したい。授業に参加する教師や子ども一人ひとりによって見える授業像が違うこと、つまり授業像の相対化を意識したい。

4 授業研究の基盤となるもの

(1) 授業を研究する基盤
@ お隣の先生との勉強の種をめぐる雑談
 ・単元構想をあたためる(単元のもとづくり)会をもつ。「こんなことができたらいいな」という教師の関心を共有する機会をもつ。
 ・日常的な「種まき」、「種ひろい」をする。
 ・現職教育のあり方を変えていくこと自体を研究の柱としていく。
 ・気楽に教室をのぞいて、子どもの成長の芽をめぐる議論をしたい。
 ・子どもの成長の可能性を発見する楽しさ
 ・子どもの成長の芽をめぐって職員室や学年での雑談を大切にしたい。
 ・授業者の「こうしたい」という願いを職員みんなの前で語ってもらい、それに即して具体的な実現に  向けて話し合う。
 ・単元構想はしっかり練りたいが、教師の意図にしばられず、子どものこだわりが次時につながる授 業を心がけたい。
 ・校長はじめ三役が、授業をめぐって話し合える、通じ合えることが大切。それは自然に職員に伝わ  っていく。
A 授業づくりから離れた評価づくりにならなために
 ・評価を研究の目的としない。どんな授業を作るのかが目標。評価はその手段である。
 ・基盤として、日頃から子どもの発言や作品から感じられた成長の芽を自分のことばで綴る。子どもの言葉を簡単に加工しない。(例えば「積極的に」など)できれば教師間で交流しあう。その中で子どもへの見方を磨き合う。
 ・評価の基盤として、子どもの表現をここにはいっぱい意味がつまっているぞと感じたものを書き留め、その意味するものを味わう。「やっぱり」「おやっ」の相互往復の中で子どもを見る目を固定しない。その子どもの他の表現とのつながりを見る。
 ・子どもの最高にいいものがでたところこそ見逃さないようにしたい。だからその子どもを評価するというとき、その節目、ここぞというところがあるのではないか。そこを見過ごさないようにする教師のセンス、敏感さを磨くことが大切。
 ・評価の研究が基準の限りない細分化の方向において、子どもを分解してとらえるものにならないようにしたい。多角的にこどもの言動をつなげて、の子どもの芯にあるものとその可能性と課題をとらえるようにしたい。また、周囲の子どもからの働きかけにその子の評価が含まれていることがことがある。
 ・友達の話を聞いてそれにどうかかわろうとしているか、自分とつなげようとしているか、その動きに注目したい。発言がしっかりできたかどうか、調べた内容の深さとか、発表の進行の様子とかに目を向けることよりも大切なこと。
B 単元全体で考えればよいから、一時間一時間の授業で考えなくてもいい、という考え方を問い直す
C 授業づくりにおけ問題づくり
 「なぜ、どうして」といった問題を簡単に子どもたちに提示しやすいが、基本は人の意見や考えに自分だったらどう考えるかを話し合っていくなかで、問題がだんだん頭をもたげてくることが大切。従って対立するとか、拮抗する授業というよりも聞き合う中で「こう思うよ」「あれ私とちっと違う」というとがどう出てくるかに注目したい。
D 1日のうちで自分のカラーの出た授業や時間を一つでいいから設けるように心がける。
E 子どものためにというだけでなく、
自分がこれなら楽しめるぞ、やってみたいなというものでないと、ある単元の教材研究など普段からやっていられない。自分がのめり込めるものを探しもつということである。こんなことを授業として組めるとおもしろそうだねと、教師同士で語り合う場をもうけたい。手探りで単元を作るおもしろさを実感してほしい。

 
最近「教育改革」ということが盛んに言われる。しかし、改革は教育のシステム、形態、をいじることではない。もっとも大切なことは、授業をめぐる小さな一つ一つのことを立ち上げていくことである。小さな事実を積み上げていくことが改革である。教員一人一人が元気になれは、子どもたちも必ず育つ。


=参考文献=
『「教師」新たな自分との出会い-やりがいをみつけた教師たち』(前田勝洋・石川英志 学事出版)
『教師と子どもの可能性の探究と授業の世界』(石川英志 中部日本教育文化会)
『ふるさと総合学習-小さな学校の大きな冒険』(愛知県額田郡額田町立大雨河小学校・石川英志 農山漁村文化協会)
『子どもに惚れる』(市川博他 てらいんく)
『子どもと教師が育つ教室』(学事出版)
『校長になったあなたへの手紙』(学事出版)
『教師というアポリア−反省的実践へ』(佐藤学 世織書房)