平成13年7月21日定例会報告

今回は今年名古屋ににもどってみえた平山先生の歓迎会を兼ねて行ないました。参加者は、酒井先生、浅井先生、水谷先生、山川さん、教採を終えたばかりの朝倉さん、川合。夏休み入って間もなくの会、ビールを飲みながら盛り上がりました。平山先生からは研究の最先端にかかわるレポートをいただきました。 以下その抜粋です。

「映像記録の特性を生かした授業の叙述形式」

・映像記録を活用して、子どもの表情に着目する観点として「発言の前と後の表情にの違いに着目し、子どもの自信や緊張感を読み取る」「授業に対する集中度」がある。 

・「授業記録は、これを詳細に作れば作るほど、全体的な流れを把握することは難しい。また、テープレコーダーやVTRの記録は、紙の上の記録と違って、部分を全体の中から自由に引き出してそこに位置付けて考察することが困難である。」(八田昭平)

 ・映像記録は、その有効性は認められつつも、撮影者が切り取った記録であり客観性という観点で問題がある。

 ・映像記録の被写体の選択とフレームサイズの決定には、撮影者の子ども観、授業観が影響している。

・従来の映像記録を見る側の問題点 

   @ 授業の一部分を切り取って録画し、それを再生する映像記録の場合、「切り取られた授業場面が授業全部を見ているかのような先入観にとらわれる。

   A 文字に比してインパクトの強い映像の場合、一度見るなり、部分を見ればそれでわかったように錯覚する。

 ・授業を見る際、観察者は、自らの授業感、子ども観の枠組みから、自身の関心に基づき、焦点化しながら授業過程を見ている。しかし、授業観察者がどの場面に着目したかを実証的に記録し、分析することは困難である。

・マルチアングル映像記録分析システム

  従来の時系列の逐語記録にマルチアングル画面(4画面:発言者1、固定3)と分析者による各画面の分析、授業者のコメントを配した分析表を作成する。

 ・逐語記録が空白になるところは、子どもが個々に製作活動をしていたり、グループで話したりしているなど、全体の話し合いや教師の言葉はない。そうした授業過程はマルチアングル映像記録や教師のコメントから推察することができる。

授業中、教師と子どもは一対多の関係。授業者としては、授業中、とらえることができなかった子どもの姿を、とらえることができることに大きな魅力を感じました。でも、授業そのものを丸裸にされる感じですね。私など、子どもの反応を十分とらえられず、勘違いして授業を進める様子まで浮き彫りになりそうです。冷や汗!

平山先生、今後とも、若手研をよろしくお願いします。