もう立秋が過ぎて、前線が南下したおかげで、一時的に過ごしやすい気候に恵まれましたが、暑さがぶりかえし、残暑厳しい時節を迎えています。パソボラの夏休みが終わる頃は残暑の真っ最中でしょう。
猛暑のなか、保土ヶ谷公園に行ってみると、手入れが行き届かない紫陽花@が老醜をさらしていました。この時期、花をつけている樹木は、百日紅A〜C、と名前不明の木Eだけで、赤い実をつけたゴンズイF(魚の名前みたい?)も目立ちました。保土ヶ谷公園のシンボルは「タブの木広場」のタブの木Dですが、背の高さでは「ヒマラヤ杉」K、数の多さでは「白樫」Hと「スダジイ」Iに軍配があがります。合歓の木Jも、銀杏の若芽Mも見られます。
暑さしのぎか?喫茶店では水を噴霧Lしていましたが、体感気温は下がらず、湿度上昇に貢献するだけでしょう。
戦時中は、この公園に高射砲の陣地が設けられていた様です。現在は、平和な静寂に満ちていますが、災害発生時には「広域避難場所」として活用される予定です。
東日本大震災で東関東〜東北地方が載っている地盤が大きく動き、この動きに関わる歪が5年位かけて徐々に落ち着くと言います。従って、比較的大きな地震が数多く発生し続けているし、マグニチュード7程度の余震発生も予想されています。三陸地方の巨大津波は、1,000年間隔で発生している事が分かっています。前回、平安時代に発生した貞観地震・津波(867年発生)では、国司があった多賀城に津波が押し寄せて、この地域だけで、千人もの溺死者が出ています(「日本三代実録」に記述がある)。小倉百人一首の42番「契りきなかたみに袖をしぼりつゝ末の松山波こさじとは」(清原元輔=清少納言の父)「末の松山」は「津波」にかかる枕詞であり、末の松山付近は津波と関わりが深い地域=津波に襲われる地域=として有名になっていた様です。
今回の津波でも「末の松山」は波に洗われていないらしい。今回もやはり、「波こさじ」であった。
海から1Km程度離れた地域のボーリング調査で「海砂」が古い時代の地層から発見されると、津波によって運ばれた海砂と考え、その地域に大津波が来襲した事と、来襲した時期が判明します。この方法で、各地を襲った津波の発生頻度と間隔を把握できる時代になりました。
横浜市役所のHPを見ると、右側の中段に「防災」の見出しがあります。「防災」のリンクを開くと、「ハザードマップ」という項目があり、このうち「わいわい防災マップ」を開き、最下段の「同意する」をクリックすると「横浜市全体の防災マップ」が開く⇒区名を選択⇒町名を選択⇒番地を選択⇒番地の子番号を選択⇒「指定の区・番地付近の防災マップ」が開く⇒左のメニューの上部の「地震タイプの切替」欄の下向き▼をクリック⇒6つの地震名と「上記6地震の最大震度」という7項目を選択できます。⇒この中で、発生頻度の高い地震は「東海地震」次に「南関東地震」の2つですが、「上記6地震の最大震度」を選択する⇒地図左の「+」をクリックして地図を拡大し、自分の家の周辺の色を確認⇒地図の右上欄外の「凡例」を開くと、震度と「色」の関係が分かる⇒我が家の震度が判明します。
また、この地図には「がけ崩れの危険地域」も表示されているので、参考になります。
横浜市役所のHPの「防災」のリンクを開き「ハザードマップ」の項目の「液状化マップ」を開くと、南関東地震、東海地震、横浜市直下地震の3つのケースについて、液状化マップが用意されている。このうち、最も被害が大きいのは横浜市直下地震なので、これを開く⇒保土ヶ谷区を選択⇒保土ヶ谷区の地図と「液状化の危険度が4種類の色で表示される凡例が示されるので覚えておく⇒地図上でクリックすると⇒「+」「−」のマークが表示される⇒「+」を使って地図を拡大⇒右端と下端のスライダーで位置を移動させて自分に家を見つける⇒液状化の危険度は地図上に、色で示されているので、危険度を知る事が出来る。
横浜市消防局から「横浜市地震被害想定調査」が発表されている。この調査では「南関東地震」、「東海地震」「横浜市直下型地震」の3つについて、@震度、A地盤被害=「液状化、がけ崩れ」の地図情報、各区別のB建物被害、C人的被害、Dライフラインの被害、E交通(道路、鉄道、港湾)などの被害を予想している。
また、今回の東関東地震における横浜市中心部の被害調査結果が公表されているので、参考にしたい。