現在、暦年(Calendar Year=CY)と、会計年度(Fiscal Year=FY)の両方が使われている。CY’12は2012年1月~12月を指し、FY'12は2012年4月~2013年3月を指す。この4月はFY'12のスタートの月である。。
4月1日から新年度が始まり、桜の花の下を新しい小学生、中学生、高校生、大学生が入学式に臨み、新しい社会人が入社式を迎える。この時期は関東では桜の季節であり、校門の桜の木の下で記念撮影をする親子をみかけるのも微笑ましい。東北・北部や北海道は桜の季節がゴールデン・ウイーク以降なので、このような風景には出会わない。
保土ヶ谷公園で、早くから咲くはずの「横浜緋桜」の芽は3月30日現在で写真①の通り、花びらの色が見え、間もなく開花を思わせる。また、「例年のお花見の会場」の「梅園」を見ると、上記の写真②~③の通り、まだ、梅が満開で、桜の芽はまだ固い(写真④)。NHKの桜の開花予報では、横浜は4月1日開花。4月8日満開とのご宣託。しかし、花見会場の桜は、3月30日現在で、写真④の状態なので、4月6日のパソボラの「お花見」は、桜ではなく、梅の花を見て、お神酒を頂く事になる可能性が高い。江戸幕府が開かれた当時は、「梅花見」が主流だった訳で、江戸庶民が桜の花見をするようになったのは、17世紀半ば、上野の寛永寺に、奈良の吉野山から桜が移植されてからのこと。
梅でも、桜でも、花見には違いないか? 一方、「西洋桜草(プリムラ)」は満開(写真⑩)
一方、「かるがも」から見える法性寺の桜(写真⑧)は満開に見え、近くで見ても、上記の写真⑥~⑨のとおり、見頃になっている。早咲きの緋寒桜の1種なのかもしれない。
春と言えば、連想されるものが幾つもある。D班のHPの今年2月版、3月版には、「春」からの連想される話を載せてある。既に、春の選抜高校野球が始まり、熱戦が続いている。アメリカ・メジャーリーグの開幕試合は東京ドームで開催され、日本のプロ野球も3月30日に開幕。野球だけでなく、多くのスポーツで、春の戦いが始まっている。
音楽イベントは、日本では上野界隈で「東京・春・音楽祭・東京オペラの森2012」が始まっており、4月6日まで開催されている。一方、海外ではチェコの「プラハの春音楽祭」が有名。チェコはスメタナやドボルザークの出身地であるため、この2人の作品を中心に演奏される。この音楽祭の最初に演奏されるのは、スメタナ作曲の「組曲・わが祖国」と決まっている。この組曲の2曲目が有名な「モルダウ」で、プラハ市内を流れるモルダウ河を音楽で表現した作品として有名。また、ドボルザークの弦楽四重奏曲・第12番「アメリカ」(第1楽章、第2楽章、第3楽章、第4楽章)や、チェロ協奏曲(第1楽章、第2楽章、第3・第4楽章)や、交響曲・第8番が目玉。交響曲・第9番・新世界より(第2楽章でイングリッシュ・ホルンが奏でるメロディが「家路」として有名)が最終日に演奏される。
古文の習い始めは「枕草子」であった。その第1段、「春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は夜。月のころはさらなり、やみもなほ。蛍の多く飛びちがひたる、また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも をかし。雨など降るも をかし。」は懐かしい昔を思い出す。
漢文の時間では孟浩然の「春暁」を習った。「春眠不覚暁(しゅんみん あかつきをおぼえず)処処聞啼鳥(しょしょ ていちょうをきく)夜来風雨声(やらいふううのこえ)花落知多少(はなおつること しるたしょう)」(春の眠りは、気持ちがよくて、朝になるのも気がつかないほど。あちらこちらから鳥のさえずりが聞こえる。昨夜から雨が激しかったようだけど、花がどれだけ散っただろうか。)これから、暖かくなり、横浜も春眠の季節になる。
春に関わる漢詩は他にもあり、杜甫の「春望」(国破れて山河あり 城春にして草木深しーー)、杜牧の「江南春望」(千里鶯鳴いて 緑紅に映ずーー)、蘇軾の「春夜」(春宵一刻値千金ーー)あたりを思い出す。
日本の現代の文学作品では、宮沢賢治の「春と修羅」や島崎藤村の「春」が思い出される。
旧暦では4月を「卯月」と言った。その由来は、卯の花が咲く月「卯の花月(うのはなづき)」を略したものというのが定説となっているが、他にの説が幾つかある。
4月の誕生花は勿忘草、藤、かすみ草だという。勿忘草には、中世のドイツの悲恋物語がある。昔、騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまう。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸に投げ、「Vergiss-mein-nicht!((僕を)忘れないで)」という言葉を残して死んだ。残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名にした。このような伝説から、この花の名前は当地ドイツで「フェアギスマインニヒト(Vergissmeinnicht)」と呼ばれ、英名もその直訳の「フォーゲットミーノット(Forget-me-not)」である。日本では、1905年(明治38年)に植物学者の川上滝弥によって初めて「勿忘草」「忘れな草」と訳された。それ以外の国々でも、同様の意味の名前が付けられている。花言葉の「真実の愛」「私を忘れないで下さい」も、この伝説に由来する。勿忘草をタイトルにした歌は日本でも数多い(中島みゆき、尾崎豊、菅原洋一などが歌っている)、しかし、ルチアーノ・パバロッティやプラシド・ドミンゴとローランド・ヴィラゾンが歌う「勿忘草」が好ましい。
関東の藤の名所は多数あり、4月下旬~5月に、各所で藤祭りが開催される。鎌倉の多くの寺院でも藤が見られる。私が訪れた乏しい経験から言うと、足利フラワーパークの藤は見ごたえがあった。近くの「栗田美術館」で古伊万里や鍋島の陶磁器が見られるので、藤と陶磁器の両方を鑑賞できる(両方とも、両毛線の富田駅から徒歩圏)。
4月6日はパソボラの花見だが、花見と言えば、花見に関わる落語を思い出す。「長屋の花見」(貧乏長屋のお花見の噺)と、愛宕山(お大尽が幇間や芸者を連れて花見に行く噺)、「崇徳院」(その1、その2、その3)などが有名である。「花見酒」、「花見小僧」「花見の仇討」はYouTubeに動画がアップされていないので、音や文字でしか紹介できないのが残念。