ホイアン(2007.10.12〜13 ベトナム)
12日午後ダナン空港に着いた。
ホイアンはダナン空港から車で40分のところだ。
今回訪問した町の中で、一番物価が安かった。徳川幕府の鎖国まで、日本人町があった。現代でいうと岐阜や群馬にある出稼ぎブラジル人街だ。当時のホイアンは、日本から危険を冒して出稼ぎに行った豊かな町なのだ。
左足を失った元兵士が漕ぐ舟に乗る 10月12日(金)
町を散歩していたら運河へ出た。
一艘の舟に観光客が乗って船上からの風景を楽しんでいた。このような川岸からの風景が世界遺産なんだと納得した後、奇妙な造りの日本橋(蓬莱橋)へ行く。
日本橋
ホイアンで少しでも見ごたえのある建造物はこれだけだ。
最大の観光スポットの日本橋を見た後、再度運河へ出た。岸の近くで老人が小さな舟の櫓を漕いでいた。
目が合ったので乗せてくれる?と身振りと日本語で聞いたら、肯いた。
10,000ドン札(約80円)を出したら横に顔を横に振る。100,000ドン札(約800円)を出したら肯く。おじさんは舟を、目の前にあった板一枚を渡してあるだけの船着場に寄せた。
それを見ていたちょっと沖にいた一回り大きい観光船のおばさん船頭が、漕いで来てこちらに乗れと大声で言う。
「早いもの勝ちだからそちらには乗らない。こっちに乗る」と日本語で言っておじさんの舟に乗り込んだ。
4人乗ったら、舟の縁から水面まで20センチも無くなった。
ゆっくり進む。
突然、船頭さんがこちらを見ながら「ニャ○%#ポィ&」と言って、手を「オイデ、オイデ」のように振った。
後を振り向いたら目の前に橋桁があった。顔にぶつかりそうだ。慌てて舟に寝っころがる。
船縁から50センチもない橋桁の下を通る。
動画1
画像の鮮明な&fmt=18オプション付き。
動画1(上と同じ動画)
突然の事態だったので大喜びした。
上の動画を撮っているところ。
橋のこちら側に、水上の観光客はいない。これより少し大きい観光船は橋下を通れないのだ。
数ヶ月後にはこの橋は壊され、2枚前に写っている奥の新しい橋に替わる。そうすると、観光船も入れるし、、跳ね橋があるのでチョット大きな船も入れるようになる。
新しい橋をくぐる。こちらは、高さに十分な余裕あり。
動画2
船頭さんは左足を1972年に失った元兵士だ。左足を指しながら、船べりに1972と書いた。本業は漁師(フィッシャーマン)という。
「ベトコン?」と聞いたが頷かなかったので、南ベトナム兵だったのだろう。戦争中のここは南ベトナムだ。
勝てば官軍、負ければ賊軍の世の中で、おじさんは苦労が多かったのであろう、顔がシワでクシャクシャだ。
水面が穏やかなのは櫓で漕いでいるからだ。
動画3(原画 MOVファイル 容量20M)
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水上からの日本橋。
大きい写真1 写真2
多分、2007年以前に水上からの日本橋の写真を載せた個人旅行者サイトはここだけだ。(自慢)
動画3
水上で作業をしている人たちがいた。結局作業内容は分からず。水面の状況から水に空気を送っている訳でも、かき混ぜている訳でもないようだ。
水面スレスレの舟行きで、不安もありこの辺りで戻ることとした。
乗っていた時間は15〜20分だ。
大満足した。
降りるとき100,000ドンとチップの1ドルを渡した。その後のおじさんを見ていた仲間の一人は「おじさんのお金は、先ほどの観光舟のおばさんが叱りつけるような語調でしゃべりながら近づいて、取り上げた。そして、おばさんは前の店に飛び込んだ」と語った。
両替し上前を撥ねるに違いない。
前述の仲間は「おじさんがお金を取り上げられた時、すごく悲しそうな顔をした」と証言した。
日本の漁業組合のように観光船の利権があるのかもしれない。
スクリューで進む舟が来ると、運河の水面はさざ波で埋まる。
ホイアンの町
町の風景
こんな風景がホイアンの良い所だ。大きい写真
港
大大きい写真
周りを見ると、入道雲がそこかしこにある。
マーケット
マーケット前
中に入ると活気がある。魚や肉、野菜から発するいろいろな臭いもする。
夕方だからだろう、広い面積を持つ魚屋系は棚が空で無人だった。
夕食
マーケットの並びにあるレストランで食事を摂った。
生春巻
夕食を摂ったレストランとレストランの女の子
コースの夕食に渡りガニを追加した。コースが6〜700円だったと記憶している。美味かった。
食事中、丁寧に給仕してくれた女の子に1ドルのチップを渡そうとしたら「店の主人に見られたら困るからポケットに入れてくれ」という。
女の子のズボンのポケットに手を入れたことなど、数十年ぶりだ。
泊ったビンフン2ホテル(VinhHung2)で配っていたホイアン地図。日本語部は加工した。
夜に雨が降った。
ビンハン2ホテルで水責め。
部屋は2階(205室?)だ。
部屋内にあるのが布や紙スリッパではなく、かかとが高いプラスチックサンダルだった。また部屋の床も全面プラスチックでコーティングされている。
中庭にプールがあるのでそのためかな?と思った。
風呂に入ったら、風呂桶の横から水漏れを起こした。更に洗面所(風呂場)の排水口は水はけが悪い。ダブルで問題発生だ。しばらくしたら洗面所が深さ3センチの水たまりになった。(なお、風呂桶の穴は変色していたので古い穴だ)
足拭きマットは水没し浮いた。下水からの逆流水が入っているかもしれない水溜りに足を漬け脱出した。
受付に「ドレインがオーバフローして洗面所が池みたいだ」と電話したが、しばらく係員が来なかった。業を煮やしてフロントまで出かけ早く来いといった。
係員が来たときには水が引いていた。洗面所ではプラスティックサンダルを穿けば問題はない状態だ。
係員は水浸しのマットを見て、マットを交換すると言う。その上、ここは濡れても困らない部屋だ何て言う。
部屋の交換を要求し、1階の3ベット部屋へ移った。水吐けは良い部屋だった。プラスチックサンダルと床のプラスチックコーティングは同じだった。
メンバーの話を聞いたら、他の1部屋(206室?)も同じく洗面所が水浸しになったという。
ツアー 10月13日(土)
朝8:20に、ホテルの横にあるツアー会社へ行き、ツアーを申し込んだ。
ホイアンからフエへの出発時間は13:00なので、昼食時間やリスクを考え、ツアーは9:00出発、11:30〜12:00終了とした。
英語ガイド付きで8ドルか12ドル/人だった。五行山
長い階段を登る
上にはお寺があった。祈っている女性はハノイから来た団体の学生さん。階段で追越したら「日本人?」と声を掛けてきた。
ここが五行山と知ったのは帰国後調べたからだ。
ツアー申込の時は写真を見せられて説明を受けたが、英語だったので地名は覚えていなかった。
お寺の裏をさらに登っていくと鍾乳洞がある。
鍾乳洞
天井から青空が見える。
メインの鍾乳洞は出入口が幅1メートル以下、高さ2〜3メートル、長さ7〜8メートル、角度45度の急峻なトンネルになっている。
降りる人がいると、その間は登れない。昨夜の大雨で手元や足元の岩は滑りそうだ。鎖も無い。
入口で修学旅行中らしき学生が列を成して入場を待っていたので、入るのを止めた。
この辺りは大理石が産出される。大理石の彫刻を製造販売する店が多い。
カゴ舟に乗る。2007.10.13
五行山見物後、ダナンビーチへ行く。延々と黄銅色の砂の海岸が続く。ガイドさんは世界三大ビーチの一つと言って自慢した。
ビーチを散歩中に物売りのおばさんへ、舟の前で「これに乗りたい」と言った。100,000ドン札を見せて「OK?」と聞いたら頷いた。
これが、ベトナムの籠舟
暫らくしたら、船頭さんがライフジャケットを着用してやって来た。
漁用らしい。網を取って乗せてくれた。
舟を海へ運ぶ。
この舟の正式名は分からない。竹舟かもしれないし、お椀舟かもしれない。
さあ出発だ。乗ったのは2人だ。
波に乗って沖へ出る筈が、岸へ戻ってきてしまったので、舟を降りて沖へ押した。
上の動画の(&fmt=18)オプション付き
波の形そのままに揺れる。写真(下)クリックで拡大写真
船頭さんは竹板に立ち舟を操った。我々も竹板に座ったが、揺れると船底にしゃがんだ。
揺れる舟の中、船頭さんだけが、ライフジャケットを着ているのは気になるところである。
カゴ舟は櫂(カイ)が付いている方が舳先(ヘサキ)になる。船頭さんは先頭に乗り、進行方向に向かって櫂を漕ぐ。
揺れる舟の中では、前を見る余裕など無かったので、漕ぎ方は分からない。
カメラを持って乗ったが揺れるので、結局こんなものしか撮れなかった。
下は乗った直後の写真なので舟内は濡れていない。
ズボンも濡れてきたので、岸へ帰る。
動画2帰国後のテレビで、ベトナムは遠浅の海岸が多いので、カゴ舟は大型漁船との連絡用にも使われると解説していた。
カゴ舟は竹を編んで作り、竹の隙間には牛糞と塗料を混ぜたものを塗りつける。
この浜では、少年に戻った気がした。
ダナンビーチとホイアン市内
動画3
海岸とホイアン町間にある川の景色
ツアーは予定通り11:40に終了した。
昼食は、朝食ブッフェが美味かったビンフン2ホテルのレストランで、フォーを食べた。
出発時間までコーヒーを飲む。チェックアウトしているのでトイレは従業員も使うトイレに案内された。シャワーと一緒になったトイレだった。便座はビショビショに濡れていた。
ホイアンは物価が安いためか欧米人の長期滞在者が多い。
でも、なぜこんな小さい町に何日も滞在するのか分からない。
ホイアンからフエへ車で向かう(2007.10.13)
ホイアン市内と郊外動画
ダナン市内
動画
途中のトンネル。日本のODAという。日本と同じ作りだ。電力不足の国ながら照明が多いなど、無駄が多い。
この無駄が、鈴木宗男の青山の自宅になっていないことを国民として祈った。
動画
フエへの途中の景色
動画
日本の悪徳政治家の臭いを発するトンネルを後に
フエへ続く
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