「私と雄勝法印神楽」
一年目の俺 2001年 その1
俺26歳、一念発起し雄勝法印神楽師になることを決意した。
雄勝法印神楽とは、宮城県石巻市雄勝町(H17年合併により石巻市となる。)に伝わる民俗芸能である。地元では非常に人気があるのだが、それで飯が食えるようなものではない。しかしながら、ちょっとやそっとで習得できる芸能でもないのだ。
雄勝法印神楽は、主に町内の神社の例大祭に舞われている。私の育ったところは、当時で人口6,000人位の雄勝町の中で、約350人位が生活している地区だった。デパートなどなく、娯楽施設もない地区で、祭りは地区を挙げての楽しみな行事であった。
雄勝町における祭りは、雄勝町内の各地区が小さな村であった時代以前の村社単位で大体行われている。 毎年神楽を奉納する地区、数年おきに奉納する地区とあるが、年間に8〜10の地区で奉納される。 神楽を見るのは好きだった。でも、まさか神楽師になるとはちょっと前までは想像もつかなかった。
私が突然に神楽師になろうと思ったのには訳がある。
私の親戚筋の爺さんが神楽師なのだ。普段は比較的いい加減で、人生を謳歌しているかのような自由人であったが、神事、神楽の事となるとまるで別人であった。白衣を纏った姿は凛としていて、少しだけど近づきがたいようなオーラに満ちていた。
私は、この爺さんの家が近所だったこともあり、ほぼ毎日通っては勝手に冷蔵庫を開けて許可なく牛乳を飲んでいた。それを笑って許してくれる爺さんとのひと時がとても居心地がよかった。
高校は下宿してたし、就職してからもなかなか遊びに行けなかった。そんなある日、爺さんが病の床に伏したと聞いたときは相当ショックだった。意識はしっかりしているけど、体の自由は利かなくなり寝たきりになってしまったのだ。
その姿を目の当たりにしたときに、自然と思った。神楽やろう!って
爺さんが守り伝えたいと願っていた意志を受継ごう!って
2000年12月 爺さんの前で神楽師になることを表明した。にっこり微笑んでくれた。
2001年1月1日 雄勝法印神楽保存会に正式入会、神楽師としての第一歩を踏み出すこととなった。
いよいよ稽古が始まった。
初めに教えられたのは拝礼
近くに神社がなければ舞台中央に向かって、神社が近いときはその方向を向いて、正座し、二礼、二拍手、一礼 先生に対してお願いします。とあいさつ
バカくさいとか、今どきとかいう雰囲気はなく、そうするのが当然だと思うような空気がそこにはあった。
稽古は雄勝町の公民館で行われていた。月水金の週三回、約45日位でモノにならなければ神楽師には向いていないらしい。
とにかく黙々と稽古に励んだ。
ふと脇を見ると、兄弟子たちは上級演目である日本武尊を稽古していた。さすがに上手だった。この世界は非常に歩留まりの悪い世界だ。10人門戸を叩いて1人残れば良いとされるくらいの世界なのだ。
私の直近兄弟子が3人(後に1名減)3人共に一人前の登竜門演目「道祖」を習得済みである。この時は、沢山稽古すれば追いつけると思っていた。だから休むことなく黙々と稽古したのだった。
初矢・四天・魔王退治(魔王役)まで習得したのが3月だった。
出来具合を確認し会長が言葉を発した。
「来週、道場開き」
遂に第一段階までたどり着いた瞬間だった。
雄勝法印神楽における道場開きとは
新たに道場を開く訳でもなく、新春の一番稽古のことでもない。
新米神楽師が、先輩神楽師や自分の親類家族の前で披露する儀式の名称なのだ。
数日のうちに、白衣と白袴が届いた。ちょっとダサいブレザーも届いた。
白衣と袴は手に取ると艶々サラサラしていた。ニンマリと笑った顔からもう少しでよだれが垂れるところだった。それくらい嬉しかった。
道場開きを行っていない新米神楽師は、人前で舞うことはもちろん、各地区の祭典で神楽を奉納することも許されないのである。
(ここには小中学校のこども神楽は含まれない。)
初舞台が目の前まで来ている。そんな感じがしたのだった。
道場開きは、今までどおりの公民館で行われた。
身内とはいえ観客がいるのである。初めての事なのでとても緊張した。会長から簡単に挨拶がありそのまま道場開きが始まった。
はじめの演目、初矢については何も覚えていない。それだけ緊張してたか必死だったのか、そのまま時が過ぎた。次の演目は四天、これは先輩たちが人数合わせに入ってくれたのでとても心強く感じた。数年の差はここまで大きいものなのかと思った。
この日最後の演目は魔王退治、私は魔王役の一人。
ここまでくればさすがに緊張はほぐれていた。
会場のみんなの顔が見えた。
身内の顔が良く見えた。自分に負けないくらいの緊張した顔だった。
少し嬉しかった。
身内から神楽師を出すという事は、ご贔屓にしなければならない神楽師ができたも同然で、自分が贔屓する神楽師が如何ほどの逸材なのか、皆に愛される神楽師になれるのか、一座としてやっていけるのか、ある種の不安と緊張を抱えるものなのだと後から聞いた。
それは、私にはじめてご贔屓さんができた瞬間だった。
(その2につづく)
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