「国立劇場2013」


                                         

はじめに

平成25年2月2日 国立劇場公演から約2年半。

私たちは、再び国立劇場の舞台へ立つことが叶いました。

「東北の芸能」と題し、東北復興支援の企画での出演でした。

 

今回は、4時の部公演を当団体が任され「蛭児(ひるこ)」「鉤弓(ちきゅう)」「産屋(うぶや)」の

3演目の奉納でした。

 古より海三部作といわれ、特に「鉤弓」と「産屋」はひとつの物語で成り立っています。

 

しかしながら、「鉤弓」は当団体では60年以上も奉納されていない状態でした。

言い伝えでは、日暮しの神楽と呼ばれ長時間を要することが奉納されなくなった要因のようです。

伝統の糸を切らしてはいけない。でも、今にも途切れてしまいそうな演目先代の会長が存命中にも、この

演目をやろうと声にしても叶わなかった・・・「鉤弓」

この演目の復活が、今回、重要な位置を占めることになりました。

 

 

<切り出したバスの中>

 

10月6日の鎌倉公演を終え、帰路についた道中でした。

心地よい疲労感と地元に近づく安堵感を打ち崩すような一言に感じたことでしょう。

「かねてより、国立劇場から出演依頼があった件ですが、演目希望がありました。」

一呼吸おいて告げました。

 

「鉤弓です。」

!!!!!!!!ちきゅう??!!!!!

 

二の句が継げない。

 

 

その沈黙を打ち破ったのは「断ろう・・」の一言でした。

 

「やったことが無いものを復活させ、その上で国立劇場で披露するなんてリスクが大きすぎる。」

「60年以上もやってないのだからそれは廃絶したとみるべきだ」

「神楽教本に確かに動きや囃子も記載されているので、できないことではないと思うが時

間が足りない」

「今は多くの会員が東日本大震災の影響で以前のように集まれない」

とにかく時間がほしい

 

そんな理由から、またも「鉤弓」の復活は見送られようとしておりました。

 

 

 

 

その時でした。

 

 

「やってみましょう」

「賛成」

「賛成」

 

今度は賛成派からの意見がでました。

 

 

〜「今出たできない理由が、今やらなければならない理由」〜

 

 

ということでした。そして、これが結論でした。

 

 説得力のある意見に一同は復活に向けて舵をきったのでした。

 

 

<やっぱり難しい>

 早速稽古をしようと日程を決めていきます。

 

・・・しかし、やはり難しいものでした。全員参加がとても難しいことが分かったのです。

いや、分かっていたつもりでした。

 皆、食べていくための仕事を抱えています。出演が決まっている各種公演とそのための事前稽古に日にち

を充てると自分の仕事がきつくなります。その状態からさらに鉤弓のた
めの稽古日(稽古時間)を設けるし

かない状況から、参加できない会員が多く出てきまし
た。

 だれもその状態を責めることができません。困難とわかっていた上で自分たちが選択したことです。とに

かくやる。難しいけどやる。

 

そんな状況下、一日一日と稽古を重ね、どうにか形になったのは1月中旬のことでした。

 

 

 

<だれも怪我するな!病気するな!>

 

かくして何とか形になった演目「鉤弓」。

ここからは、熟練度を少しでも上げていかなくてはなりません。

そんな中、巷ではインフルエンザが大流行し始めました。

これは正直恐怖でした。

現段階では、代役がきかない状態なのです。誰か一人でもインフルエンザに罹ったら、あるいは怪我したら、

そこですべてが終了です。

これまで普通に演じてきた演目は、全て二人以上同じ役柄ができる当団体が初めて経験する恐怖だったと思

います。

 

そんなこともあって、緊張感は増すばかりで、「早く当日が終わってほしい」とつい思ってしまう私がおり

ました。

 

<それで、ほかの演目は?>

 

 もちろん、蛭児と産屋の稽古もしました。どちらも熟練した先輩神楽師が配役されており舞そのものに不安

はありません。

 

問題は時間です。

平成22年の国立劇場公演。何度もやりなれた演目で、何度も通し稽古を行って時間内に収めることができ

たハズでしたが、当日はまさかの15分押しをしてしまった苦い過
去があります。今回は、その経験を活かし

て稽古をしました。

 どこで時間がかかってしまうのか?それは意外と単純で、見せ場と思われる部分が必ず伸びるのです。

蛭児であれば釣りの場面、産屋であれば産屋を覗く場面と十文字の上の鬼
女との戦いです。これらの場面は、

稽古では自制がきいても、本番だと本気でやり合うの
で、時間という概念がなくなってしまうようなのです。

魚だって釣られたくないし、戦いは誰だって負けたくないのです。

 解決方法はいたってシンプルに、本番は伸びるという前提で時間を設定しました。

蛭児は3分 産屋は6分 伸びると想定しました。それに合わせての稽古は、やはり経験豊富な先輩方で早々

に仕上げました。

 

 

<本番前日>

平成25年2月1日

 バス、新幹線と乗り継ぎ国立劇場に到着したのは12時少し前でした。

 会場では、同じ日の1時の部に出演する4団体が約1時間の持ち時間でリハーサルを行っていました。

 その間、私たちは道具の確認や小道具の作成を行っていました。準備が早々に済み、一同舞台が空くのを待

ちながら、いろいろなお話をしました。

 全員がそろって同じ時間を共有する。この待ち時間はとても有意義だったと思います。

待っている時間が退屈だと言いながら、話が途切れることはありませんでした。気持ちが和らいだ貴重なひ

と時だと思いました。

 17時30分頃、いよいよ会場設営が始まりました。

 当団体の神楽専用舞台は自前の持込みですので、組立作業も我々が行います。しかしながら、国立劇場のス

タッフの皆様は自発的にお手伝いをしてくださり、そのおかげで、あ
っという間に専用舞台は組みあがったの

です。そこで、明日に予定されていたリハーサル
を前倒しで行うことができました。久しぶりの国立の舞台に

緊張してしまい、普段は見ら
れないミスがところどころありましたが、このおかげで少しだけ冷静になること

ができま
した。リハーサルが如何に大事かを再認識したのでした。

こうして舞台前日は何とか終了したのです。

 

<復興を願い、愛する雄勝を思って>

 

平成25年2月2日 いよいよ本番です。もう逃げも隠れもできません。もちろんそんなつもりは微塵もあり

ません。全力を出し切るだけです。

 

舞台に上がり最終確認を行いながら、ふと会場を見渡すと特観席に錦の御簾がおりていました。

今回の雄勝法印神楽の舞台を、皇太子殿下、皇太子妃殿下がご観覧されるとの噂は本当でした。大変光栄な

ことであるこの度の出来事、本当にありがたく、嬉しく思いました。

 

 

<いよいよ幕開け>

 

 今回の舞台は、何とも特別でした。

 

震災からの復興復活を願って、奉納しました。

ここから発されるエネルギーは、皆の目に見えたと思えるほどの力を持っていたように感じます。

「蛭児」なじみの演目です。

秀逸なカンナギにシーンとなります。そこへ道化の登場で、会場は一気に湧き上がりました。

雄勝法印神楽は、多くのご支援により、震災以前の姿を取り戻しつつありました。

「鉤弓」の復活は、我々の決意の表れでもありました。

 厳しい条件下において、多くの皆様の優しさほど力になったものはありません。

もっとも困難とされる舞の復活は、震災以前の団体に戻るだけではない、それ以上に中身のある組織になる

のだという一同の決意でした。

 この演目ばかりは、出演者と同様に会場全体が緊張していました。

 私も、兄尊役で舞台に立ちましたが、呼吸するのを忘れるくらいに緊張しました。

 

 「我々には神楽が必要なんです。」という熱い思いが会場に満ちていました。そんなお客様や雄勝の皆さん

に我々はいつも支えていただいている。そういった感謝の念をこの舞に
込めました。

 

そして、最後の一番「産屋」襷を繋ぎます。

 

海三部作の結びの演目「産屋」、単体の演目としても素晴らしかったこの演目も、前段のストーリー「鉤弓」

により、一連性が加味され、これまでとは少し違う感動がありました。

 そして、何より地元で、海三部作を奉納し、多くの皆様に見ていただきたい、そのように思いました。

 

 今回の公演もお陰様で大盛況でした。雄勝法印神楽保存会、「鉤弓」の復活に多くの議論を重ね稽古を重ね、

そしてより良い一体感の醸成ができたと思います。

そして、愛される神楽を伝承できたことの喜びとそれを次世代にしっかり伝承する責任を再認識することが

できました。

 

私たちは、とても素晴らしい経験をさせていただいたことに心より感謝いたします。

 

 


 




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