「私と雄勝法印神楽」


                                                 若手(短大生)神楽師  末永
                                                              

 私が、雄勝法印神楽を始めたきっかけは、父親の影響でした。父親が舞っている「荒型」は、私が目指している舞

でもあります。

 私が本格的に神楽を始めたのは、中学校の総合学習での神楽クラブからでした。その時は、「初矢」と「四天」を教えてい

ただきました。そして、その年に保存会に仮入会し、翌年の二月に道場開きを経て、正式に入会しました。

 私の初舞台は、高校一年の時の十月、新山神社の祭典でした。

 あれから三年が過ぎ、「復興元年」といわれている今年、大須、桑浜羽坂、立浜地区で祭典が行われ、高校生神楽師から、

若手神楽師となった私は、大須と立浜の祭典に参加させていただけました。

 まず、大須の祭典について話します。大須の祭典は、幼い頃から一度も来た事がなかったので、とても楽しみにしていました。

私が、大須に着いた時には、もう神輿が海岸にいて、たくさんの人が集まっていました。そこで見終えた後、宮守へ行き、道具

の準備をしました。午後一時頃から神楽奉納が始まりました。私の出番は「魔王退治」の魔王、「岩戸開」の天津神、「蛭児」の

買付人、そして、念願だった笹結の尊の四番でした。魔王と天津神については、足がフラフラでした。蛭児の買付人については

まだまだうまく演じることができませんでした。「笹結」に関しては、緊張で手足が震え、いくつかミスもありましたが、最後まで演

じることが出来ました。大須の祭典は、私が一歩成長した祭典でもありました。


 次に、立浜の祭典についてです。立浜は、私の地元なので、一番楽しみにしていました。

 最初に神輿の担ぎ手として参加しました。立浜の神輿は大きくて重いので、神楽奉納に備え、ほどほどに担ぎました。そして、

神輿を置いた後、早々と白衣に着替え楽屋へと入りました。楽屋に入った時には、すでに「湯立ての神事」が始まっていました。

最初は「初矢」から始まりました。今年は一歳年下の高校生神楽師が舞いました。彼は私よりずっと早くから神楽を習っていま

した。私の後輩でもあり、先輩でもあります。そして、初矢が終わりました。次は「魔王退治」でした。当然ながら魔王役です。今

回は、手も足も動きひと暴れできました。次は、「岩戸開」です。国津神を舞いました。それなりの出来だったと思います。次は、

大須の祭典で習得した「笹結」です。大須の時ほど緊張はしませんでした。とにかく人の多さに驚きました。今回はミスなく舞うこ

とができました。観客の皆様から拍手をいただけて嬉しかったです。次は、兄弟子が舞った「鬼門」です。私は、綱を切る場面か

ら太鼓を叩かせていただきました。「鬼門」は父が得意としている舞でもあります。いつか舞いたいなぁと思っています。

 次は、蛭児の買付人として出ました。 ・・・・・少々いじられながら・・・・・なんとかこなしました。

 そして、最後の産屋です。私は、地元の大先輩からの言葉で、チラシを叩かせていただきました。その時気づいたのですが、

舞手は地元の大先輩、太鼓は大先輩と私。立浜出身の三人が舞台に揃っているではありませんか。私は、感無量でした。

そして、二還胴、太刀みかぐら、チラシも終わり立浜での神楽奉納は幕を閉じました。

 私にとって地元である立浜でまることが念願の夢だったので、本当に感激しました。



 今回の祭典を通じて感じたことは、人の温かさです。なぜなら、今回の祭典はボランティアの皆様のお力添えなしでは、開催

は出来なかったからです。遠方から来てくださり、神輿の担ぎ手や焼きそば等の提供等、様々なことをしてくださいました。

本当に感謝、感謝です。

 これまで、支援金等で支援してくださいました。岡野玲子さんをはじめとします多くの皆様、ユネスコ協会の皆様、地域の皆様

本当にありがとうございました。


 これからは、私たちの様な若い力が必要だと思います。後継者である以上、伝統をくずさぬ様努力し、自分の舞についてもよ

り高めていきたいと思います。

 

 先輩神楽師の皆様、まだまだ未熟な私ですが、、これからも熱いご指導よろしくお願いいたします。

 




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