社会的迷惑行為 を無くす為の研究
著作権(C) 2006年 小池 勝
私達は社会的な迷惑行為に付いて、話し合ったり論じたり
分析したり、様々な形で話題にすることは出来ます。
然し、現実の生活の中で、具体的に被害者になる人が多数
居る現実の中、語り合い論じ合うことには、学問上の意味を
除いて、社会的には余り価値があるとは思えません。
私は被害を防ぎ、被害者を救済する事が最も大切なことだと考えており、
そうかと言って、意見が違う方の考え方を否定する積りはありません。
私は心理学や犯罪学など、専門家の方たちが、迷惑行為に付いて
論じること自体には、些かの疑問を抱いています。
なぜなら問題の核心に迫り、
迷惑行為の減少化や防止に、具体的な方策や行為を
実施している人は余りにも少ないと思うからです。
マスコミでは唯一、NHKが
【御近所の底力】なる番組で、長期間迷惑行為を扱っています。
然しこの番組の名前の通り、いまや横の繋がりが無くなった
現代社会に、社会問題の少なくとも幾つかは
御近所の横の繋がりと【自衛意識】が
解決をもたらすことを示しています。
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【社会的迷惑行為の分類方法】 先ず社会的迷惑行為に付いては、多くの研究者が居ます。 yahooでは、迷惑行為で884,000件 2006年1月23日現在 社会的迷惑行為では、1,090,000件ヒットしました。
多くの方が、対策に付いてまで論じておられますが、現在、 法律的には地方自治体の定める条令で取り締まり対象を決めています。 その条令の対象になっていない行為に付いては、 加害者に対する法的拘束性は有りません。
そこで迷惑行為に付いて、先ずどのように考え、 どのような位置付けをしたら良いのか考えて見ましょう。 私は迷惑行為を犯罪予備行為と考えます。
その理由は、迷惑行為を論じる時、余りに複雑で多岐に亘る種類があり、論じること事態 が各論と総論の区別がつきにくいからです。
そこで色に例えればクロである犯罪行為と、白である善意行為との間に、白黒の判別 が難しい問題として鼠色のグレイ行為との3分類に決めました。 この分類方法では、通常グレ−・スケ−ルと言われて居る。 白からクロに至るまでの一色での濃淡を8階調の倍数で示し、 私のように白・黒・鼠の三色では間違えようのない明確な区別である。
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【グレ−ゾ−ンと犯罪予備行為】 それではこのグレ−ゾ−ンの特徴を述べてみたい。 このグレイ行為は犯罪行為の入り口に存在する。 見出しから犯罪予備行為と言う名称を用いているので、答えが先に出てしまっている が、犯罪予備行為というものは、ホワイト行為の人間が、人間に対して外部から進入する 悪しき情報の為、行動が欲望充足型に転化してしまい、自分の判断力が、自己の行 動を抑制不能状態にあることを示している。
この犯罪予備行為は、個人や社会全体に様々な迷惑行為を行いながら、何かの理由をつ けて自分自身を許容する、甘えた構造がその精神の根底にある。 いずれにしても自己抑制が出来ない為、精神状態が不安定であったり、 酒を飲んだ時など抑制の蓋が取れたりする。 そうなるとブラック行為を実行してしまうのは 自己抑制と言う言葉を使えば正に紙一重である。
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【グレ−ゾ−ン人間は何故拡大するか?】 先にNHKの【ご近所の底力】の有効性を充分認めていると言いましたが、この番組以 外、迷惑行為対策で有効な情報を得た経験がありません。 私はテレビとテレビゲ−ムを、【欲望増幅装置】と見ているからです。
教育に関するあらゆる機関が、幾ら子供達に向かって自己抑制を教えようと願っても、圧 倒的な訴求力を持つTVが、【買うこと】【借りること】【遊ぶこと】を朝から晩まで、大 人から子供に至るまで扇動するのです。 これで欲求不満にならない人間が居るでしょうか?
長時間、長期間、カラ−の動画で、音声が伴った 消費と娯楽の扇動装置、それがTVです。
人間の自制心は、長期間かけて教育し、指導して、 やっと辛うじて保たれる弱い力の存在です。 この自制心は、毎日TVにあおられて、非常に弱く危険な状態にあります。
その弱くて乏しい自制心を、テレビは自由の野に放つのです。 外に出たがっている、自由になりたがっている、 そして幾ら他人に迷惑をかけても自分さ え楽しければ良い、と思う利己的でわがままな心に火を点けるのです。
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私達は迷惑行為を考える時、自分を被害者と思うだけでは
充分ではありません。
もしあなたが、我がままで親の束縛を嫌う人でしたら、
もう加害者になる条件は充分揃っているのです。
そこで私達は迷惑行為の一つづつに、具体的な方策を
定め、法律の及ばない世界をしっかりと把握し、
迷惑行為を無くそうとする【善意行為】に【経済的対価】を
与え、迷惑行為防止に動機と方向性とを示そうと思います。
そうした犯罪予備行為の芽を摘み、グレイ行為が
犯罪行為へと転化を防が無くてはなりません。