リメイク映画オンパレードの今日の映画界
いつ頃からかリメイク映画が頻繁に氾濫しているような気がする。 近年に入っても南極物語、ピンクパンサー、オーメン、ポセイドン、日本沈没 時をかける少女、スーパーマン 悪魔のいけになどなど。 あらゆるジャンルの映画が再映画化されているのである。 この背景には ★パターン1 もう何十年もむかしに映画化され、時が経ち わすれかけた名作を現代風にアレンジし若い人に受け入れやすくする。 麗しのサブリナ(54)→サブリナ(95) 大いなる遺産(46)→大いなる遺産(98) ★パターン2 外国映画を自国映画に置き換え、文化、風俗、風潮などを変える。 言葉も字幕無しになり、受けやすい。 ニキータ(90)→アサシン(93) オープン・ユア・アイズ (97)→バニラ・スカイ(01) 座頭市→ブラインド・フューリー(89) 仄暗い水の底から(01)→ダークウォーター(04) 七人の侍(54)→荒野の七人(60) ★パターン3 SF映画やホラー映画など むかしの映像技術では うまく表現出来なかった作品を最近のCG技術などで映像化 遊星よりの物体X(51)→遊星からの物体X(82) 猿の惑星(68)→PLANET OF THE APES 猿の惑星(01) 宇宙戦争(53)→宇宙戦争(05) ポセイドン・アドベンチャー(72)→ポセイドン(06) ★パターン4 テレビ用ドラマを映画版に置き換える スパイ大作戦(1966〜1973) ミッション・インポッシブル(96) 逃亡者(1963〜1967)→逃亡者(93) マイアミバイス(1984〜1989)→マイアミ・バイス(06) ★例外パターン いわゆる盗作 盗作疑惑のある映画。本家映画会社に許可なく製作 用心棒(61)→荒野の用心棒(64) 後に著作権侵害で告訴、東宝が勝利した。 ジャングル大帝→ライオンキング(94) プロット・キャラクターが類似しているため 盗作ではないかと議論 全米でもニュースで話題 になり、非難活動の運動まで起きた。★演出もリメイク
リメイクするからにはストーリー展開、キャラクター、時代背景 などそのままするのでは面白くない。 リメイク版オーメンのようにストーリー展開が まったくオリジナルと一緒というのも見てて損した気分になります。 ファンならオリジナルを見てリメイクを見るのが順序、 焼きまわしを見たいとは思わない。 やはり工夫が必要。 恐怖の岬(62)のリメイク版ケープフィアー(91)ではオリジナルに忠実ながらも、 グレゴリー・ペック、ロバート・ミッチャムをカメオ出演させている。 それもオリジナルキャラとはまったく逆の役柄で。★やっぱりやめときゃよかった再映画
数あるリメイク映画でこれはアカンだろーって作品は PLANET OF THE APES 猿の惑星(01) ティム・バートン監督自身がもうやりたくないと意向声明 してますからね。やっぱオリジナルの衝撃のラストを 越えられるのは超難関でしょ。ハードルが高すぎた。 サイコ(98)もただのカラーコピーに終わっています。★プロから見る視点
あの“大ヒット作品をリメイク!”とか“ファンの要望に 応えて待望の復活!”と宣伝されている時点で、その作品は 元になった作品に比べて志が低いと言わざる得ない。 何故ならそれは、過去の実績を元に計算づくで作られたもの であり、先駆者となった元の作品の葛藤や、無鉄砲な チャレンジ・スピリットなどといった、どこか愚直な、しかし 愛すべきカオスが抜け落ちてしまう事が多いからだ。 無論、時には続編の方が完成度が高いと言うこともある。 例えばゲームソフトのようにハードウェアが進化して、 当時は不可能だったことが時代を経て、やっと実現可能に なった場合。作り手が、“妥協せざるを得なかった” 部分を補完しているわけだから、この場合は続編と言うよりも “改訂版”や“完全版”とう意味合いに近い。 もうひとつは過去の成功におもねることなく、時代に合った 新たな解釈、設定で作り込まれた場合。 過去の設定を引きずってしまうと、いざリメイクした際には どうも古臭さが際だってしまう。この場合は“新説”とでも 言えばいいのだろうか。(新必殺仕置人DVD 解説書参照)★自分個人から見る視点
自分個人的には、リメイク映画大いに結構であります。 しかし、作るからにはうけ狙いの再映画化じゃなく 時代に合った、親しみやすい映画に作ってほしい。 むかしと比べると、最近の映画は駄作、質が落ちた作品が目立ちます。 リメイク映画も同様でオリジナル映画と比べると どうしたことか、オリジナルのほうがいい結果になるケースが多いです。 製作サイドの作る器量ていうのが落ちたのであろうか? はたまた 我々の見る目が越えてきたのであろうか? それは分りませんが、映画はいつまでも 我々の心に焼きつくものであってほしい。