■アリス1

 この罪は、滅ぼす事を許されない。
 その罰は、贖う事を認められない。

 ……何故か?

 罪を許し、罰を認める者が居なければ……
 その意味を、失ってしまうから。


 日を遮る曇り空が見えた。
 まるで今の自分の気持ちを表現しているかのような、空の顔。
 ふと。
 扉を叩く音で、我に返ると、玄関に立ちノブに手を掛ける。

 ゾクッ。

 ……不吉な予感がした。

 何だ、苦手な客でも着たのだろうかと思いながら扉を開ける。


「……信じてたの」
 アリスが

 真っ直ぐと此方を見て

 ナイフを脇腹に突き刺してきた。


 ……え?

「知りたくなかった。
 知らなければ良かったのにね。

 ……貴方が私に近付いた理由を。
 あの子に近付きたかったから、だったわね」

 脇腹が熱を持ち、痛みと血が流れ出るように溢れてゆく。
 倒れこみながら嗚咽を漏らす事しか出来ない。

「だから最近になって、私を捨てた。
 ……上手く行ったんでしょう、知ってるわ。
 ずっと人形が見ていたの。

 ……気付かなかったんだ」

 這いずるようして、アリスから離れようとする。
 無駄だと何処かで思いながらも。

「……私はもう、人形遣いなんかじゃない。
 人形のがまだずっと、マシな捨て方をされる。

 全部偽物の愛情だったのに、幸せだった。
 なら欠片でも本物の愛情をもらえた人形は、どれだけ幸せだったのかしらね」 

 這いずった分の距離、アリスが自分との距離を詰める。

「ほんと言うと、全部嘘でもよかったのよ。
 あなたが死ぬまで嘘をついてくれてるなら、それで。
 だって嘘をついている貴方は優しかったもの。

 本当に。信じてたのに」

 アリスの右腕が上がると、自分の全身が糸で拘束される。
 ブヂリ、と肉が切れるような痛みが走る。

「○○、私の事……好きだった?」

 絡んだ糸が、更に強く締まる。

「答えなくていいわ。私も聞きたくないし」

 首に巻かれた糸が、皮を抉る様に食い込んでゆく。
 息をする事も、言葉を発する事も叶わない。
 意識が、朦朧としてゆく。

「私の好きなままの○○でいて。

 大好きだったあなたを、これ以上嫌いになりたくないから。

 ……こんな事間違ってるって、きっと自分でも分かってる、けど」

 ビヂッ

 ゴトリ。

「今でもずっと、好きなの。どうしようもなく」

 床に落ちた○○の頭を抱きしめると、目を瞑り壁にもたれかかった。

「これであなたを、好きでいられる……。
 何も考えなくていい……。
 ○○を愛してる、人形でいられれば………………」










 アリスはあれ以来、何も喋ることはない。
 ただ幸せに浸るかのように、不気味に笑った表情で、何もしない。

 まるで人形の様に。


 あの後、自宅でうずくまっていたアリスは魔理沙が見つけた。
 始め面倒を見るといっていたが、霊夢が魔理沙の家では無理だと念を押したので、
 神社の縁側で、アリスはただただぼうっとさせられていた。
「じゃあ帰るぜ。またな、霊夢、アリス」
 魔理沙は話し終えるとさっさと帰ってゆく。
 出していた茶碗を片付けると


 台所に置いてあった包丁を手に取った。

 アリスの所に戻るなり、
 上着を破り捨てて包丁を突き立てた。
「……あんたは絶対に、許さない」
 昨日あった傷の上に、更に傷を上乗せする。
 ぎり、と刃で傷を、傷を、傷を。
 ……出血は、させていない。
「あんたが死んだら、○○と会えちゃうかもしれないでしょ」

「その時までに、あんたの体を見るに絶えない姿に変えておいてやる」

「そして、出会った時に呆れられて、もう一度本当に死になさい」


「簡単に死ねると思わないで頂戴ね……アリス」

 友達だったから、これでも譲歩してあげてるんだからね。


 罪は、滅ぼす事を許されない。
 罰は、贖う事を認められない。

 何故か。

 罪を許し、罰を認めるものがいたとしても、
 消える事の無い、その傷跡がある限り。

 その意味は、存在し続けるから。

>>おやつ氏




 悩みなんて無かった。
 何故かって?
 悩む事なんて、何も無かったからよ。

 そう、そしてこれからも

 ずっとね。


 慌てて人形を取りに戻った、家の窓から見えたのは。

 同居していた○○が、あの人と――

 唇を重ねている、姿だった。


「二人とも。そこで何をしているの?」
 不快さを気にする事も無く、私はドアを開け、そう言った。
 二人は新聞記者が豆鉄砲喰らったかのような顔になると、慌てて離れ、返事をする。
「あ、あ、アリスちゃんっ!?きょ、今日は勝負があるから出掛けるって……」
「言いましたよ。私は忘れ物を取りにきただけです……が。

 私の家で何をしてるんですか、神綺様」
「え、えーっと……それは」
 二人とも、しどろもどろとしながら、説明にならない弁明をしてくれた。

 ……まぁ、今更驚くことも無いのだけど。
 あの人が○○と付き合っている事は、とうの昔から知っている。
 うちにくるのも、稀にある事だった。

「その、料理をしてたらね?○○の唇が美味しそうで、つい……」
「……そうですか。で、私が居ないのを良い事に、此処でイチャついてた訳ですね」
「うっ……いやまぁその」

「……フフッ」

「でも私は神綺様の方が、とっても美味しそうに見えますよ」
「……えっ?」
 きょとんとした彼女の顔を伺いながら、私は人形を手にとって外へと出る。

 一瞬だけ視線を家へと向けると、私は軽い足取りで、にとりとの勝負へと向かった。


「な、何でそんなに強いんだよ!」
 ぼろきれのようになったにとりを見下ろしながら、私は本を閉じる。
「……別に。偶には本気で戦ってみたかったって、それだけよ?」
「んー。あんたは本気で戦わないって言ってなかったかい」
 確かにそう。
 けれど、後の無い勝負なら、それは別だ。
「言ってたかもね」
「しょうがないなぁ……」
 やるせないなぁといった表情で、にとりが鍵を投げ渡す。
「じゃあ約束通り、あれは持ってっていいよ」
「ありがとう」
 そうして感謝の言葉を返すと、鍵を持って、それのある場所へと向かい。

 鍵を差し込むと――

 ド、ドド、ドド、ド、ドドド、と、けたたましいエンジン音が鳴った。

 これで問題はなくなった。


 家へとそれを持ち帰ると、予定通りの手筈で彼女は眠っている。
 ○○そっくりの、人形に抱かれながら。
「私の人形劇は如何でしたか、神綺様。

 冥土の土産くらいには、なっていればよいのですが」
 聞こえていないと知りながら、私は言った。
「やっぱり貴方は、身内に甘いんですね。
 自分に近しい者達なら、尚更。

 だから○○そっくりの人形と、一瞬疑って近付いても……
 キスをされただけで騙されちゃって。

 その上、それで私を疑う事もなく……
 本当に暢気ね。

 どっかの巫女と、そこだけはそっくり。
 やっぱり紅白だと、暢気になりやすいのかしら」

 アリスが指をパチン、と弾くと神綺はテーブルの上へと乗せられ、アリスが手足を拘束する。
 そうして、本を開くと――

 周りに結界の様なものが展開された。
「神綺様……この結界、何だか分かります?」
 返事を待たず、アリスは答えた。
「この中では、一切の魔力は使えません。
 霊力や超常的なものも、全てね。

 一ヶ月以上前から詠唱しても、一時間ほどしか持たないんですよ、これ。
 ……それだけ強力なんですけど」

 アリスが鍵を回すと、轟音が響く。
 と、同時にそれの刃が回り始めた。


 彼女の両手には、チェーンソーが掲げられていて。

「んぅ……なんのおとよ……?」
「あれ、起きちゃったんですか」


「……ぇ、………………う、そ……?」
 ――それを










 地下室に閉じ込められてから、どれだけの時間が経ったのか。
 数日のようにも思えたし、一ヶ月以上経っているような気もした。
 アリスから、食事を差し出されていたが、
 最低限度しか手をつけなかった為に、その点も曖昧になっている。

 アリスはどうやら自分を好いていたらしい。
 此処への同居を許したのも、それが理由らしかった。

 自分は最初、神綺様との関係を見越した上で、それを承諾したものなのだと、思っていたが。
 ……勘違い、ではすまされない。


(そんなに神綺様が好きなの……?)

(そう。どうあっても、私じゃ不満だって。そう言うのね)

(いいわ、そこで暫く待っていて。不満なら、解消すればいいだけじゃない)

 此処に入れられる前のやり取りを思い出し、彼女の顔が浮かんでくる。

 神綺様は、どうしているのだろう。
 魔界のとはいえ、神様だろうから……心配はいらないと思うが。


 そんな事を考えていると、階段を下りる音が響く。
「調子はどう?○○。食欲が無いのは、どうかとは思うけど」
 誰のせいだ、と思いながらその声の主を見上げる。


 ……誰、だ。

「どうしたの?顔が変よ、○○」

 目の前に居たのは、確かにアリス だった。

 が、その後ろにあるものは何だ?


 紫色の羽が広がり、赤い筋の様な物が血管を思わせるかの様に、脈うっている。
「……ああこれ?」
 アリスが得意げな顔をする。
「だって○○が言ったんじゃない。

 神綺様が好きだって。
 神綺様じゃないとだめだって。

 私が神綺様じゃないから、一緒には居られないって。


 私はあの人にはなれないけど。
 ……少しでも早く、近付くために、何をしたらいいか考えたのよ。

 形から入らなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 形から入らなきゃ」


 かたチから入らなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 かたチからハイらなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 形から入レなきゃ。

 形から入らなきゃ。

 カタちからイらナきゃ。

 形から入らなきゃ。

 カたチからイれなキャ。


「いっぱい●べて、大きくなりなさいって、あの人も言ってたわ。

 ……フフッ、言った通り、物凄く大きくなっちゃった。

 この羽だけの話じゃないわよ?


 力だって、ほら」

 アリスは掌を、○○の目の前に広げてみせる。

 そしてその上に――

 何かの臓●の様な物が現れた。

「綺麗な色してるのね、○○のって」

 ○○の腹部からは、何時の間にか●が流れていた。
 それに見合う大きな穴も。

 痛みを感じてもいないのに、○○は倒れこむ。
 ぼやけていく視界の中でも、なぜかアリスの声だけが、先程よりも大きく聞こえる。

「哀れだったわ。
 ●臓がないと生きていけない人間の貴方が……

 でもそんな心配、する必要もなくなるわ」
 自分を抱き抱えると、貪る様に唇を奪うと。
 粘り気のある唾液が、糸の様に。

「”私の傍に居れば”死なないから」

 自分と アリスを 繋げていた

>>おやつ氏




 アリスから、一通の手紙が届いていた。

 食事でもどう?

 そんな、他愛もない内容の。


 〜〜〜


『目を合わせれば睨みあい。

 口を開けば憎み事。

 会えば喧嘩、繰り返してもうどれだけ経ったのか。

 私達は好き合っている。

 好き合っている、筈。

 筈なのに

 
 信じ続ける事に

 疲れてしまった』


「いらっしゃい。○○」
 彼がノックをする前に、私はドアを開けてそう言った。
 少し驚いた様子の○○の不意をつくと、抱きしめるようにして、耳元で囁く。
「……ねぇ。今此処で一つだけ、聞いておくわ」

「とても重要な事だから、絶対に嘘をつかないと約束して」

「私の事、好き?

 他の誰よりも愛してる?

 ……喧嘩ばかりしちゃうけど、嫌いになんてなってない?」

 彼がそっと頷く。
 私は胸を撫で下ろすと、○○に絡めた手を緩め。

「……良かった」

 ――人形に持たせていた、五寸釘を仕舞わせた。 


 〜〜〜


 食卓の上にはプレートの様な物があった。
 その下には、前にこの家で見たような、加熱装置らしきものが置いてある。


 ジュッ!!


 焼けるような音。

 何時の間にか傍にいたアリスは、その上に肉を敷いている。
「待っててね、直ぐに焼けるから」
 何処で調達したのかは分からないが、
 アリスの持っている皿の上には、驚く程の量の肉が乗っていた。

「焼けたわよ。
 タレとかは、其処に色々置いてあるから」
 手際良く自分の皿に寄せると、直ぐに次の肉を焼き始める。

 そんな直ぐに焼かなくても。

「――――何?」

 軽く口にした筈のその言葉に、アリスは。
 刺す様な視線で、そう答えた。

「……何よ」
 はっとしたように、先程までの雰囲気は消えた。
 気のせいかもしれない。
 喧嘩ばかりしていたせいだと、そう考える事にした。

 気を取り直して、焼かれた肉を口に運ぶと。


 ……?
 今まで、食べた事も無い様な肉の味がした。

 しかし……
「どうしたの、○○」
 先程の視線を思い出し、何の肉か?と聞く事は躊躇われた。

 しかしそれを察したかの様に、アリスが答えた。
「トリ肉みたいなものよ。
 ちょっと、捌くのに苦労したけどね。

 ……珍しいトリだから」

 あぁ、と頷く。
 鳥肉とは言うものの……一体何の鳥なのか?
 確かなのは、鶏ではない。
 と言う事。

 ……しかし味は中々のもので、結局全て平らげてしまった。
 口の中に含んだ、最後の一枚を噛み締めていると

 ガリッ

 と、音がした。

 ……気になって、口の中から取りしてみると。
 細い、棒の様な……小骨?

 アリスが、取り除き損ねたものだろうか。

 まじまじとそれを眺めていると、
 アリスがそれをさっと摘み、横へと放るように捨てた。
「さぁ、次が焼けたわよ。どんどん食べてね、○○」
 気にした様子も無く、アリスは肉を焼く。

 感情の篭らないような目で、口元だけを歪めながら。


「え。もう、食べられない……?」
 鳥に続き、豚、牛まではよかった。

 ……が、後の肉に何が残っているのかを聞いた途端、食欲は失せた。

「犬、蛙、猫、狐に狸……まだこんなに残ってるのに」
 機嫌を損ねてしまっただろうか、と不安げに顔色を伺おうとする。
 アリスは……笑っていた。

「そうよね」

「食べたくないわよね、貴方だって。

 こんな肉……

 焦がし捨ててしまいましょう」

 加熱装置の火力を最大にすると、皿の中身を中へと投下する。
 一瞬にして黒い煙が部屋を包み、酷い臭いが部屋の中を満たしてゆく。

 食べたくも無かった肉の臭いを嗅がされた事で、
 何時の間にかアリスに対し、自分は暴言を吐き出していた。

 最近はこんな事ばかり。
 これでまた、喧嘩か。

「……い、や」
 そう思っていた 自分の耳に聞こえたのは

「ぃやあああああぁああああああああぁぁっ!!」


 耳を劈くような、アリスの悲鳴だった。


 ガシャン!!
 アリスの持っていた皿が地面へと落ち、音を立てて割れる。
 これはただ事ではない、とアリスの傍へと寄ろうとすると、
 恐ろしい形相で蹴り飛ばされた。

「寄らないでッ!!」

 そのまま壁へと激突し、壁にもたれかかる様に動けなくなってしまう。
 加減も何も無い。

 本気で怒らせてしまった……?

『まだそんな風にしか、考えていなかった』

「○○……あんた、やっぱり……!」
 唇を噛み締めながら、此方へとにじり寄って来るアリス。

 その手には、何時の間にか包丁が握られていた。


「全部……全部なんとかしたはずなのに…………」

 全部?

「○○……どうして私を拒むの?

 ねぇどうして……?

 こうやって喧嘩なんてしなかった頃は、私、幸せで……

 魔法の研究だって、碌に捗らなくなっちゃってて……

 あなたの傍を離れようと考えた


 なのに、貴方がッ!!」

「それでも貴方が……私の傍に居てくれたから。

 ――なのに」

 コツ

   コツ

     コツ

 アリスは此方への距離を詰める。

「最近の貴方は。
 口を開けば私への文句しか言わない――

 愛してるって、自分の口からは言った事も無い!!

 その癖――」

「喧しい夜雀!
 引き篭もりの魔女!
 人里の偽善者!
 悪魔の犬っころ!
 迷惑な祟り神!
 それに加えて、あのかしまし一家!!

 どれだけちょっかい出せば、気が済むのよ?」

 その呼び名から憶測される人物は……。
 いや、まさか。
 彼女たちとは”たまたま”最近会っただけで……

「……あいつらとは、何で喧嘩しなくて済むのよ?

 どうして?

  どうして

   ねぇ。
    聞いてるんだけど」

 取り繕って何か言おうにも、何を言えばいいのか。

 アリスはただ、ふらふらと近付く。

「……やっぱりやましい事があるんだ?

 何も言えないって事は」

 違う、と答えてもアリスには聞こえていない。

 ――まずい。逃げ


「動いて良いなんて、誰が言ったの」

 立ち上がろうとした足は、何時の間にか糸で縛られており、
 腕も、指も、その糸で絡み取られていた。

「……口以外、今は動かさなくていいわ。

 私の質問に答えて」

 何を答えても、彼女は、聞いていない。

「……」

 何を、答えても。

「……○○」

 とうとう自分の傍へと辿り着いたアリスは、顔を自分と合わせる様にして屈む。

「……私の事、愛してる?」

 ……アリス。

 ……。

 そして、自分の想いを込めて
 正気に戻るよう、祈りながら

 愛している

 そう、伝えた。


「……くすっ」
 アリスは目を輝かせながら、笑った。
 そうして自分の首に腕を回すと、啄ばむ様に、キスをして――

 ちゅるっ


 ぎちっ。     がちり


 びちゃっ

 いやな音がして

   舌に走る激痛と共に

     自分の舌が

       くい

         ちぎ

           られ

             た


 〜〜〜


「ごちそうさま」
 私は○○の舌を摘み上げると、垂れた血を零さない様にして飲み干す。
 噛み千切る直前に注した麻酔がどの程度効いているかは分からないが、
 余韻に浸っている暇は無い。

 ○○の延命処置、それに地下に居る連中の始末もしておかなければいけない。
 彼がもし、あの肉を美味しいと気に入っていたら、養殖でもしてやろうと思っていたのだけど。
 やっぱり、あいつらはただの肉……豚にも劣る畜生だったって、事よね。

 ○○の舌を咀嚼して飲み込むと、彼の耳元で囁いた。
「これでもう、喧嘩しなくて済むよね」
 と。


 〜〜〜


 ……口を利く事も出来なくなった自分は、あれからずっとアリスの家に居る。
 あの時食べた肉が、”あたった”らしい。
 体のあちこちが麻痺し、一人で生きてゆく事は、もう、無理だった。

 肉のせいか、アリスの仕業か、それは、判らない。

 けれど、一つだけ確かな事

「○○、折角の天気だし、今日は外で食べましょう?
 室内ばかりじゃ、体にも良くないし」

 あれからもずっと、アリスは変わらなかった。
 自分を愛している……それだけは、確かだった。

 何処で、何を、間違えたのか……

 それに答える人間も、妖怪も。
 もう、誰にも会う事はないだろう。

 けど。

「私…………幸せよ……」

 アリスが、幸せなら……

>>おやつ氏




「ところで、○○、何で今日はあの魔理沙と話し込んでいたのかな?」

「な…どうでもいいだろ」

「よくない。私の時計では23分52秒も話していた。あの盗っ人、今度は人の彼氏まで手をつけるつもりかしら」

「アリス、誤解だって。魔理沙とはそんな話はしていない」

「あなたは魔理沙を知らないからそう言えるのよ。少し興味を持ったらどんな事をしてでも持って行くわ。人に断りもせずにね」

「○○は騙されているのよ。あの女の言うことは信じちゃダメ。ニコニコしている裏でどんな事を企んでいるか」

「ああ、かわいそうに私の大切な○○。魔理沙に騙されているなんて。大丈夫私があの女の事なんて忘れさせてあげる」

「もう私のことしか考えなくていいから。何 も か も 忘 れ て ね ?」

 アリスは一方的にそのような事を言い続ける。しかし目がやばい。なんと言うか…廃人とか、そんな人の目だ

「ア、アリス何を言って……」

「そうだ、○○を私の人形にしちゃいましょう。私の事しか考えられない様に、私としか話せないように、私だけを愛するように」

「……ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」

 俺は走った。今のアリスはまともじゃない。本気で人形にされかねない。

「あら、どこ行くの? 鬼ごっこ? いいわ、すぐ捕まえてあげる」

 とはいっても、所詮アリスとは能力が違う。ただの人間に逃げ切れるはずがなかった。

「ウフフ、つーかまえた!」

「放せ!」

 必死に抵抗するが、容易に抑え込まれてしまう

「さぁ、私の家へ行きましょうか」



_______________




「アレ、オレハ?」

「おはよう○○。よく眠れた?」

「アア、オハヨウアリス」

「嬉しい! そうだ、○○に色目を使っていた魔理沙は、殺しておいたわ。森の最も奥に始末したから安心してね」

 アレ、ナニカタイセツナコトヲワスレテイルヨウナ……
 ナンダッケ?オモイダセナイ……

「もう、また考え事しているの?いつもそればかり。○○の悪い癖よ」

「ゴメンネ、アリス。デモ……」

「私たちは昔からここに住んでいたでしょ。あの悪い魔法使いが私にひどいことしたのよ。○○のおかげで助かったのだから」

 ソウダッケ?

「ひどい! ○○は私が嘘をついているというの!」

「チ、チガウヨアリス。アリスハダイスキダヨ」

「本当に?」

「ホントウダヨ」

 チュ。

「も、もう…○○はずるいんだから…」

「これからもよろしくね…○○」

___________________

 アリスの日記
 ●●月△△日

 どうやら、まだ人間だった頃の記憶があるみたい。
 完全に記憶は消したはずなのに。でも、逆に考えると、まだまだ私は○○をいじれるということ。そのうち、
 ○○の心さえも私の虜にしてあげる。今は……その時の事を楽しみにしていよう。私は、○○無しでは生きられないのだから。
 それに人間を辞めて、人形となったことで私さえも驚くほど強くなった。
 もしかしたら、力関係が逆転して私が嫁に貰われてしまうかも……それも楽しみだ。

1スレ目 >>25




 真夜中――
 ふと目が覚め、厠へと足を運ぶ途中、アリスの部屋に明かりがともっていた。
「……いい加減……なのよ」
 呟くような声が聞こえる。
 ドアの隙間から中を覗くと、ピンクの服を着たアリスが、『アリス』の首を絞めている。
「素直になれずに、冷たくしてしまう。分かってるんでしょう、貴方だって。
 ……分かるわよ、だって私だもの。

 でも大丈夫よ。
 これからはぜぇーんぶ、私が引き受けてあげるから」
 そう言ったアリスが『アリス』の首を強く――

 何か危険なものを感じ取り、逃げる様に部屋に戻った。


 次の日。
「○○!おはようっ♪」
 そこには、アリスが居た。
 何時もとは何処か違う、アリスが。

 昨日の事を思い出す。だけど声を出す事もできなかった。
 何故なら。


(窓の外に、赤い髪をした天子が――)
___
そういえば2Pカラーってある意味ヤンデレネタですよね。
嫁の服の趣味が変わってたらそれはもしかしたら入れ替わって……

あれ、神綺様?何で服の色が紫な

2スレ目 >>768




朝目が覚めるとベットに手足が縛られていた。
どういう状況下理解できないけどなんとかほどこうと悪戦苦闘していると。
「あら、○○起きたの?おはよう」
扉を開けてアリスが入ってきた。

「えーっとアリスさん、とりあえずこの魔法の糸を解いてくれない?」
「○○ったらそれがよく私の糸だと分かったわね、さすが○○だわ、私たちの愛の力ね」

そりゃあ目に見えないくらい細くて頑丈ならアリスの糸だってことくらい分かる。
手を頬に添えながら顔を赤らめているアリスに適当な返事をしてなんで自分は縛られているのかと聞いてみれば。

「だって私たちは恋人同士でしょ?なら○○がどこかに行っちゃわないようにちゃんと縛っておかなくちゃ」
理由を聞いてもいまいち理解できずに返答。
「でもさアリス手足を縛られたままだとアリスを抱きしめることもできないから、せめて腰とかを糸で縛ってくれない?」

我ながら訳の分からない返答。

「…んもう○○ったら大胆なんだから」

だが効果は抜群のようだ。
赤く染まった頬をさらに赤く染めながらアリスは手足を拘束していた糸を腰に回しベットに縛り付けた。
「いつ見ても惚れ惚れするような速さだなあ」
「うふふ、ありがとう。…それじゃぁ夜の続きと洒落込みましょう…?」

そう言って抱きついてくるアリスを抱きしめる。
拘束されていることに変わりはないけど、アリスにだったらまあいいかな。

>>up0586




ある雨の日、気がつくと私は森で横たわっていた。

少年を拾った。
気は失っている、
衣服は乱れ所々に粘液がこびりついている。
大方妖怪……それもスキマだか吸血鬼だかに魅入られたのだろう。
心が壊れた所でこの森に体よく棄てられたという訳だ。

腐った骸や白骨が見つかる事は珍しく無いが、
生きた人間が棄てられているのは珍しいと思い、家に運び込んだ。
ちょうど別の研究が終わってする事も無いし……
壊れた心を直してみようか、
何、これではこの男も人形と変わるまい。



私は男の所持品から○○という彼の名前を知った。
手始めに人形を動かす魔法をかけてみると○○が動き始めてしまったので慌てて解いた。
心神喪失もここまで進行すると人形と認識されるのか。
目安としては魔法が効かなくなったら正気に戻ったって所だろうか。


人形のようとはいえ、人間一人の世話をするのは中々大変だった。
物を自分から食べないので、
私が咀嚼した物を舌で押し込むしか無い。
排泄は紙おむつを使う事にした。
入浴は……排泄の世話をしている為か特別な感情も浮かばない。
そのまま風呂釜に入れ、シャワーで体を洗った。


案外と作業感があるのは最初だけで、
次第にそれは優越感に変わっていった。
−−○○は私に生かされているんだ。
私が居なければ死んでしまうんだ。
気まぐれで命を弄ぶという感覚は、不思議と快感だった。

○○は一向に、
正気に戻るどころか意識を取り戻す様子も無い。
いっそ頭を開いて神経を検めれば原因が分かるかもしれないが、
いつしか目的は修理から飼育になっていて、そんな気は起きなくなった。

気がつけば人形への魔力供給を忘れていた。
人形達は自分で自身の手入れはするものの、動力が無ければ動けない。

……そうだ、○○にも久々に魔法をかけてみようか。
人形のままか、人間に戻ったか。
やはり、○○は人形を操る魔法で動いた。
魔力がそう判断したのか、いや、
誰かに「人形であるよう」魔法をかけられていたのではないか?
ふとした思いつきで、魔法を解除してみる。
やはり何者かに魔法をかけられていたのか、
彼の心を縛っていた魔法は破れた。
「う、ん……?」
「よかった、気がついたのね」

ゲームは終わってしまった、
彼は私のペットのままだけど、
彼が彼である以上、あの快感は得られない。
どうしてくれようか。

「自分が誰かわかる?」
どう揺さぶりを掛けようか。
「え、ああ。○○だよ、名前は」
「そう……他に覚えてる事は?」
「何かに追われてて……気を失う前の事はあんまり……」
「そう……」
じゃあ、大丈夫ね。
「私はアリス、倒れてた貴方の世話をしていたのだけど」
「え、あ、そうなの?
 ありがとう、アリス……」

ああ、この人は。
覚えてないんだ、私の事を。
「だから」
続けよう、あの日々をまた。
「あなたの世話を続けたいのだけど」




邪まな笑みを悟られたか、
○○がたじろぐ。
そういえば以前も私から逃げようとしていたか。
もう人形なんだから、私の物にならないと駄目じゃないか。
「あ、アリス……?」
「やっぱり……あなたは人形のままで良いわ」

私に飛び込んで来た○○を受け止めようとしたが、
押し倒され、いや押しのけられ○○は家の外に走り出した。
……まったく、学習しない子供だ。
逃げた所でたどり着く場所も無いのに。
今の魔法の森から歩いて出られる訳が無いじゃないか。
私が魔力を張り巡らしているのに。

「さて」
一通り、彼に使っていた道具を片付けた後。
上海や蓬莱に留守を任せて私は悠々と森へ繰り出した。
「あらやだ……洗濯物取り込んでもらわないと」
黒雲が西の空からゆっくりと近づき、雷鳴が響く。
濡れたく無いし、早くもって帰らないとね。

10分程歩いた所で○○を見つけた。
全身に魔法の糸が絡み付き動けなくなってる。
「く、来るなぁ……」
「酷いじゃない……これまで散々尽くして来たのに」
もはや身をよじらす事も出来ず、
私から目を背ける他無い。
彼の頭を掴み、顔をこちらに向け、
瞼を指で開きこちらを向かせる。
「もっと私を見なさい?」
「ぐ……」
指を離せばこちらを睨み付けてくる。
人形らしく従順でいれば良いのに。
私の魔力を、
注いであげるから。
「!……」
唇を奪い、唾を送り込む。
○○は目を閉じ首を振ろうとするが、
頭をがっちりと掴んでいるので逃げられない。
ああ面倒臭い、先にもって帰って血液を送って……

舌先に激痛が走り、
咄嗟に○○を手放す。
舌を噛まれた。
致命傷にはならないが出血で喋りにくくてかなわない。
「……先に壊した方が良いのかしら、また!」

また?
私は何で、
覚えてる?
○○が、ああ、
既視感はあれだけあったのに、
何で気付かなかった?
そうだ、大好きだったんだ、
○○、ずっと。
ねえ、○○。
「壊れていたのは……!」




あんまり音は響かなかった、
いや、遅れて聞こえた。
頭上から襲った閃光が全身の自由を奪い、
頬に雨の滴るのを感じながら、
私の意識は薄れていった。

ねえ、逃げないで○○、
教えて、壊れていたのは誰?
直そうとしたのは誰なの?
ねえ、逃げないで○○、私は……











ある雨の日、気がつくと私は森で横たわっていた。
少年を拾った。
気は失っている、
衣服には所々切り傷が目立ち、
一部が焼け焦げていた。
スペルカード合戦にでもうっかり巻き込まれたのだろうか、
普段人なんかいない森だ、魔理沙が誤射したとしても不思議では無い。
「まるで人形ね……」
私は彼を連れて帰る事にした。
彼を直してみよう、人形から人間へ。
どこか心の奥底に、
宛ての無い黒い心を潜めながら、
私は彼を連れて帰った。


>>ジョバンニ氏




魔法の森に住んでいるのは悪い魔女だから近づいたら駄目だよ。


いつかの雑貨屋の店長はそんな事を言っていた。
ただ、森に迷う事までは想像していなかった。
別段、危険な妖怪が練り歩き侵入者を食い荒らしたりという事は無いのだ。
ただ白黒の魔法使いに聞くと妖精やら、そういった類に魅入られてしまうと言っていた。
「あれは寂しがりだからな」
寂しがりの妖精は、自分の獲物を決して逃がさないんだと。
そんな性癖は無いよと魔法使いを一蹴して、
探し物をしに森に入った。

迷う事までは想定していたが、
日が暮れるまでは考えていなかった。

こうなれば妖精を口八丁でだまくらかして一宿一飯盗んでやろうかと思っていたところで、
森の奥からランプの明かりがゆっくりと近づいて来た。
何か幻覚でも見せられているかと思った。
ランプの主は、美しかった。
上手く表現出来ない辺りやはり何かに幻惑されていたのかもしれない。
ただ、大きな本を抱えたその少女は、
僕の姿を見るとゆっくりと口を開いた。
「ここは」
ゆっくりと口元を緩ませ、
手に持ったランプを捧げる。
「悪い魔女が出るって噂なんだけど、
 家まで送って貰えないかしら」
はっきりと言葉が出ないままにそれを了承した。
下心は勿論あったし、
何より何事も無いにしろ夜道を一人で歩くのは不気味な物だ。
僕は喜んで彼女、アリスを見送る事にした。

見た事も無い木々が生い茂り、
聞いたことの無い鳥の鳴き声が響く。
おかしい、
彼女の家に近づいてるはずなのに、
段々森の奥へと進んで行く。
話の途切れた瞬間、
後ろへ振り返ると今まで通った道筋すらわからない。
聞かなければ良いのに、
なあ、ここは森の奥じゃないのか、
悪い魔女がいて危険じゃあないのかと、聞いてしまった。

アリスはくっくっと笑い、
「大丈夫よ」
掌をぎゅっと絡めて来た。
「私がその、悪い魔女だから」
背中が凍り付く。
まさしく蛇に睨まれた蛙といった所か、
抵抗も、拒絶も出来ないまま、
相手の興が削がれるのを望む事しか出来ない。
不意に、アリスがランプを手放す。
地面に落ちたランプは明かりを失い、
辺りは漆黒に包まれる。
もう片方の手に、彼女の指が絡み付けられた。
「今日はもう遅いから、泊まっていくと良いわ」
ふわり、足元の感覚が無くなった。



アリスに捕まって暫く飛んだ後、
森の奥、自分がどこにいるのか分からなくなった頃、遂に彼女の家に着いた。

生命の危険をうっすら感じながらも、
下手に逃げる方が危ないので彼女に甘えるしか無い。
家に入ると高い声で
「アリスオカエリー!」
人形が飛んでアリスに抱き着いた。
「ええ、ただいま上海」
「ソノヒトタ゛アレー?」
「ああ、○○は……お客さんよ」

狙っているのだろうか、その日の夕飯はシチューだった。
「……食べないの?」
「え、あ、いや、猫舌なんで……」
単純に警戒していただけだが、
アリスはくすっと笑い、
僕のシチューをスプーンで掬い、
暫く息を吹いて冷ました後、
「はい、あーん」
「あ、あーん」
「ふふ、別に変な物なんか入って無いわよ」
優しく笑っていた。


「アリスは、本当に悪い魔女なの?」
食事の後、一緒に食器を洗いながらそんな事を聞いてみた。
「そうね、
 森で迷った可哀相な子供を自分の家に掠っちゃう、悪い魔女じゃなくて?」
彼女は笑っていた。
「寂しかっただけよ、人形はいるけど、
 あんまり好いてくれる人がいないからね」
アリスは悲しい目をしていた。
そんなに人と会う事が無いのだろうか、
白黒の魔法使いや雑貨屋の店主は彼女を知っているようだったが。
「ねえ、○○」
洗い物をしていた手が握られた。
「暫く、ここで暮らさない?」
断る理由は無い。
ただ強いて言うなればついさっき出会ったばかりの相手にそこまで心を許せるものか。?
「帰りたくなったら、
 そう言ってくれたら帰してあげるわ」
肩を掴んだアリスのその一言は色んな意味を含んでいた。
帰りたくなくなる程の待遇をするよ、
都合よく寝泊まりして良いよ、
ただ、
帰りたいなんて言わせないよ?
「わ、わかった……」
いいや違うね。
何も分かっちゃいない。
ただ得体の知れない物への恐怖から条件を飲み込んだだけだった。

ジョバンニ氏




魔法の森に住んでいるのは悪い魔女だから近づいたら駄目だよ。


いつかの雑貨屋の店長はそんな事を言っていた。
ただ、森に迷う事までは想像していなかった。
別段、危険な妖怪が練り歩き侵入者を食い荒らしたりという事は無いのだ。
ただ白黒の魔法使いに聞くと妖精やら、そういった類に魅入られてしまうと言っていた。
「あれは寂しがりだからな」
寂しがりの妖精は、自分の獲物を決して逃がさないんだと。
そんな性癖は無いよと魔法使いを一蹴して、
探し物をしに森に入った。

迷う事までは想定していたが、
日が暮れるまでは考えていなかった。

こうなれば妖精を口八丁でだまくらかして一宿一飯盗んでやろうかと思っていたところで、
森の奥からランプの明かりがゆっくりと近づいて来た。
何か幻覚でも見せられているかと思った。
ランプの主は、美しかった。
上手く表現出来ない辺りやはり何かに幻惑されていたのかもしれない。
ただ、大きな本を抱えたその少女は、
僕の姿を見るとゆっくりと口を開いた。
「ここは」
ゆっくりと口元を緩ませ、
手に持ったランプを捧げる。
「悪い魔女が出るって噂なんだけど、
 家まで送って貰えないかしら」
はっきりと言葉が出ないままにそれを了承した。
下心は勿論あったし、
何より何事も無いにしろ夜道を一人で歩くのは不気味な物だ。
僕は喜んで彼女、アリスを見送る事にした。

見た事も無い木々が生い茂り、
聞いたことの無い鳥の鳴き声が響く。
おかしい、
彼女の家に近づいてるはずなのに、
段々森の奥へと進んで行く。
話の途切れた瞬間、
後ろへ振り返ると今まで通った道筋すらわからない。
聞かなければ良いのに、
なあ、ここは森の奥じゃないのか、
悪い魔女がいて危険じゃあないのかと、聞いてしまった。

アリスはくっくっと笑い、
「大丈夫よ」
掌をぎゅっと絡めて来た。
「私がその、悪い魔女だから」
背中が凍り付く。
まさしく蛇に睨まれた蛙といった所か、
抵抗も、拒絶も出来ないまま、
相手の興が削がれるのを望む事しか出来ない。
不意に、アリスがランプを手放す。
地面に落ちたランプは明かりを失い、
辺りは漆黒に包まれる。
もう片方の手に、彼女の指が絡み付けられた。
「今日はもう遅いから、泊まっていくと良いわ」
ふわり、足元の感覚が無くなった。



アリスに捕まって暫く飛んだ後、
森の奥、自分がどこにいるのか分からなくなった頃、遂に彼女の家に着いた。

生命の危険をうっすら感じながらも、
下手に逃げる方が危ないので彼女に甘えるしか無い。
家に入ると高い声で
「アリスオカエリー!」
人形が飛んでアリスに抱き着いた。
「ええ、ただいま上海」
「ソノヒトタ゛アレー?」
「ああ、○○は……お客さんよ」

狙っているのだろうか、その日の夕飯はシチューだった。
「……食べないの?」
「え、あ、いや、猫舌なんで……」
単純に警戒していただけだが、
アリスはくすっと笑い、
僕のシチューをスプーンで掬い、
暫く息を吹いて冷ました後、
「はい、あーん」
「あ、あーん」
「ふふ、別に変な物なんか入って無いわよ」
優しく笑っていた。


「アリスは、本当に悪い魔女なの?」
食事の後、一緒に食器を洗いながらそんな事を聞いてみた。
「そうね、
 森で迷った可哀相な子供を自分の家に掠っちゃう、悪い魔女じゃなくて?」
彼女は笑っていた。
「寂しかっただけよ、人形はいるけど、
 あんまり好いてくれる人がいないからね」
アリスは悲しい目をしていた。
そんなに人と会う事が無いのだろうか、
白黒の魔法使いや雑貨屋の店主は彼女を知っているようだったが。
「ねえ、○○」
洗い物をしていた手が握られた。
「暫く、ここで暮らさない?」
断る理由は無い。
ただ強いて言うなればついさっき出会ったばかりの相手にそこまで心を許せるものか。?
「帰りたくなったら、
 そう言ってくれたら帰してあげるわ」
肩を掴んだアリスのその一言は色んな意味を含んでいた。
帰りたくなくなる程の待遇をするよ、
都合よく寝泊まりして良いよ、
ただ、
帰りたいなんて言わせないよ?
「わ、わかった……」
いいや違うね。
何も分かっちゃいない。
ただ得体の知れない物への恐怖から条件を飲み込んだだけだった。


興奮や期待、そして少しの恐怖が混じりその晩は眠る事が出来なかった。

とはいえ明け方になる頃に眠りにつき、
目を覚ますと朝の10時を過ぎていた。
居候の身で流石にこれは申し訳ない。
跳び起きると、アリスは不機嫌そうな顔で食卓に肘を付いていた。
「……おはよう」
「ちょっとくつろぎすぎじゃないかしら?
 せっかく朝ご飯作って待ってたのに」
「ご、ごめん、寝付けなくて……」
アリスは軽くため息をつくと、スープの入った皿をレンジに入れた。
「ま、温め直すから良いわよ。
 顔洗って来なさい、スープだからすぐだし」
「うん」
レンジか、ここは電気が通っているのか?
いや、案外魔法か何かで動力を代用してるのかもしれないな。


顔を洗ったとはいえ寝ぼけていたようで、
湯気だったスープを何の気無しに口に含んだ為、
舌を火傷してしまった。
「あつつ……」
「ごめんなさい、温め過ぎたわね」
「あ、良いから……」
僕の制止を聞かずにアリスはスープに息を吹きかけ、
口に含んだ。
え、と聞くまでもなく。
暫く咀嚼して十分に冷めたであろうそれを、
僕に、口移しした。

「ほら、目は覚めた?」
「な、な、何が目的だ!?」
流石に焦りを隠せなかった。
半ば威圧的に人を居候させたと思ったら、
まるで子供かペットの様に接して来る。
正直、何がしたいのか分からない。
意図があってやってるのか、
ただ単にからかっているだけなのか。
「あら、そんなに怒らなくて良いじゃない。
 お腹が空いてるのね?ほら」
再びアリスはスープを口に含み、
「はひ、はーん……」
口移し。
暫く口を開けていたせいか、溜まったアリスの唾が淡い酸味を出している。
「ちょっと、恥ずかしいよ……」
「見てるのは人形だけよ。
 それに……そんな事言ったら落としたくなっちゃうわよ?」
何が、とは言わなかったが。
その結果は大体予想出来る。
「っ……仕方ない、好きにしろよ」
「そうね、好きにするわ」
アリスは再びにっこりと笑い、
結局、朝食を食べ終わるのに一時間以上掛かってしまった。

正直くたびれた。
行為と、それによってふやけた頭を元に戻そうと必死に活動する体内運動。
かと言ってその場でばてていればアリスに何をされるか分からない。
とりあえず何か体を動かす手段が欲しい。
その旨をアリスに伝えてみた。
「そうね……私もとくにする事は無いし……
 じゃあ軽い魔法でも教えてあげるわ、退屈しない程度にね」


「まず○○の魔力は……まあ無いわよね」
人間だし、とアリスは付け加えた。
いわく人間は魔法の茸だのを加工して食べる事で魔力を摂取するらしいが、
「面倒臭いし、私の魔力を送るわね」
背中に手を当て、暖かい気が送りこまれる。
「どんな感じかしら」
「なんか、暖かい……
 あと、意識がはっきりするのがわかるって言うか……」
「力が付くのが分かる?」
「そう、そんな感じかな」
気怠さが抜けて行く。
何故かそれに違和感を感じてしまった。
ああ、栄養ドリンクで体力を水増ししているような、
そんな感じ。
「じゃあ、簡単な弾幕から張ってみましょうか……」



「ふん!」
そういうイメージを持って手を前に突き出すと、
赤い光の塊が前方に飛んで行った。
「お、おぉ……」
「ま、こんな物じゃない?
 毛玉位なら撃ち落とせるわよ」
アリスに深く礼をすると、
「大丈夫よ、実用性は皆無だから」と笑顔で返された。
「だって発射遅延、発射後硬直がいくらなんでも長すぎよ。
 あれじゃ弾幕ごっこには役に立たないわね」
「まあ、身を守る手段だと思っとくよ」


夕方、慌ただしくアリスが外出の用意をしていた。
「何かあったの?」
「ええ、ちょっと」
深く言わないという事は何か事情があるのだろうか。
「二、三日空けるわ。
 人形は連れてくから世話は大丈夫だから、留守番お願いしても良いかしら?」
「ああ、そのぐらいなら……」
「ありがと、部屋は好きに入って良いから……」
そこまで言ってアリスは飛び去った。



??部屋は好きに入って良いから
例え家族でもそうそう言う言葉じゃ無いだろうし、
僕が居候なら尚更だ。
余程信頼して、危ない部屋には入らない事を見越しているのか?
いや、或いは、
「試しているのか……?」
自分が、何を見て、何を受け入れるか。

ただ、答える者は居ない。


さて、どこから入ったものか。
そもそも最低限必要な生活空間以外の、
趣味や仕事の部屋があるのか、
そういった間取りについて何も知らない。
まずはリビングに飾ってあった人形を手に取る。
監視してる可能性が高い、
いや、確実だ、確実なのだが……
こんな分かりやすい所に仕込む物だろうか。
彼女を度し量る事が出来ない。
……いや、監視だと言うのなら、
いっそそれを無視して探索してみようか。


アリスの寝室に入る。
日記の一つでもあれば彼女の考えている事がわかるのだが。
……一通り、机の棚や、
覚悟して洋服箪笥を開けてみたが、
日記、手記、そういった物は残されていなかった。
となると、二階や地下がどこかに隠されているのだろうか。
調べてみると地下室にアトリエがあった。
調べようかと思ったが、
未完成の人形の視線に怖じけづいてしまい、探索を諦めた。

労力的な意味であまり調べたくないが、
書斎も調べる事にする。
流石にメッセージや何やらは見つけやすい所に置くか、
見られたく無いなら決して手に取らないであろう本に隠すか?
ともかく、これだけ本があれば数日過ごすのは飽きないだろう。

他人の家で一人で暮らすのは性に合わないのか、
一日過ぎただけで体調は酷く悪くなった。
何だろう、何かが欲しい。
何が欲しいのかはっきりと意識出来ないのだが、
アリス、彼女に会えばそれは充たされるような気がした。
苦しい、
直接熱が出たり、咳込んだりする訳じゃないが、
暑いような感覚や、
心臓がむやみに速まる様子は病気のそれで、
本を読んでいる暇ではなかった。
「アリスが居ないって時に……」
氷枕を作って、
枕元に水を置いて、
そんな事をしてる間に気分はますます悪くなる。
風邪か、インフルエンザか、
余り病気の経験が無い分そんな物しか思い付かなかったが、
もう一つだけ、
あんまり認めたくないけど、あった。
恋の病。
なんて、
「冗談じゃない……」
アリスに下心を感じる?
あぁ、それはそうだ、あんな美人はそう居ない。
でも彼女は人間じゃない、魔女だ。
おかしいよ、自分の体は。
あれを求めちゃ、いけないのに。
目を閉ざせば前後左右に感覚が回転し始めたので、それに従って眠りについた。



目が覚めると、アリスの膝で眠っていた様で、
彼女が覗き込んで来た
「ただいま」
「おかえり」
体調不良は治っていた。
やっぱり彼女から離れたくないだけなのかな、なんて考えたが。
どことなく感情を伝えるのを恥ずかしく思って、
アリスに気持ちを伝えない事にした。
「いくら親和性が高くても器が小さいからすぐに切れちゃったのね」
「え……何が?」
「魔力よ、
 貴方自身の魔力を押し退けて私の魔力を入れてたからね」
何だ、あれは、
風邪とか、恋の病とかじゃなかったんだね。
いいや、違う。
「本来なら何もしなくても休めば自分の魔力はある程度供給されるけど、
 私の魔力は私じゃないと補給出来ないからね。
 本来体に満ちている物が切れちゃうんだもの、体調だって崩すわ」
中々、ロマンを崩す言葉だった。
説明するアリスの表情が楽しそうだった事は、
数日ぶりに正体不明の違和感を伴った恐怖を教えてくれた。
「ところで」
何さ、
まるで僕を壊したいんじゃないかってぐらいに、
不安ばかり与えてくれる。
「何で私の魔力を貴方に詰め込んだか分かる?」
分かってるよ、
現実に戻してくれてありがとう。
「……魔法を教える過程」
クスクスと笑っている。
ああ、分かってるよ、
信じてみたかっただけだよ、
「違うよ」
そんな可愛い理由であんな危ない事はしない。
「こうすれば○○は、逃げられないでしょう?」
アリスから逃げたら禁断症状をどうやって治すの?
答えは無い。
フィジカルでもメンタルでも無い不調は薬では治らない。
酷い首輪だ。
だって彼女は、
「悪い魔女だからね」
覗き込んだ僕の額に、
アリスは軽く唇を付けた。


彼女の言うには、
例え僕が「はぐれて」魔力が尽きてしまっても、
その足取りを追って連れ帰る事が出来る。
僕の魔力の補給は体液の摂取によって成り立つ。
アリスが僕から魔力を奪う場合はその限りで無い。

夕刻、
アリスは夜の分の魔力という事で指先を噛み血液を垂らした。
目が覚めた時の事を考えれば今更かもしれないが、
血液を摂る事の意味を知っていたのでそれを拒んだ。
アリスは笑っていた。
いつもと変わらない優しい笑顔で、
「恥ずかしがらなくて良いのに」
笑顔を信じられなくなったのは、いつからだろう。


魔力供給という枷を得て、
アリスとの生活は上下関係が出来上がった。

今、紅茶を入れたアリスが、
僕のティーカップの上で口を開けている。
暫く経つと彼女の口から糸を引いて涎が垂れ、
……カップの中に入っていった。
「はい、今日の分」
カップを手に取ろうとした瞬間、
「ん……」
そのまま手を引かれキスされる。
いや、キスと言うよりは、
口内に溜まった唾液を舌で流し込む作業に近いか。
魔力を直に送られた事と、
二人の間に糸を引いた涎の跡が、
妙な高揚を掻き立てていた。



それから数日の間、
彼女は再び外出し、禁断症状との戦いが始まった。
いや、むしろ、
それを起こす事が彼女の目的だったのかもしれない。
洗濯物もしないまま、
布団も干さないまま、
アリスの汗が染み込んだであろうそれ等は、
……恐怖なんか吹き飛ばして、魅力的に見えた。

どうせ洗えば良い、ばれやしない。
むしろ人形が監視しているやもしれぬこの状況では、
耐える事に意味等無い。
ならば彼女の、アリスの想像するままに。

「う……」
いざ、下着を持ってみると匂いが漂い、
体はそれを取り込もうと興奮する。
少しのプライドが境界を越える事を拒んだが、

僕は目をつぶったまま、
手に持ったそれを口に含んだ。

塩の味がした。
視界が滲んでいた。




魔力の元を取り込んで元に戻った?
いや、違う。
中途半端な摂取は禁断症状を強めてしまう。
直に汗を舐めたい、
血を飲み干したい、
アリスの水分を吸い尽くしたい、
そんな歪な欲望が頭を廻り続ける。
体は糸が切れたように動かず、
意識を閉ざせばアリスが目の前で涎を垂らしている。
幻覚なのに、幻覚なのな、
壊れる、壊れたら楽なのに、
何で僕は人間なのに壊れないの?

アリスは椅子に座ると靴を脱ぎ横たわる僕の頭に足を置いた。
「舐めなさい、豚みたいに」
美味しくて美味しくて、
夢から覚めるのが怖いから、
ずっと気持ちいいままでいたいから、
「……そう、そのまま、
 直に飲んでいいからね……?」
アリスの言うまま、
何も見えないうたかたの中で、
舌を這わせて、
飲み干したそばからそれは抜けていって、
夢に落ちた。





気がつけば、
アリスの膝の上で寝ていた。
頭は相変わらず痛い。
アリスは、相変わらず悲しそうに笑っていた。


アリスの膝の上、
ここはリビングだったか、
暖かくて、明るくて、
いままでずっと居た所なのに、とても同じ場所とは思わなかった。
「うぁ・・・・・・」
声を上げようとしたが、舌が痺れて呻くような声しか出ない。
アリスは、ぽん、と手を僕の目を隠すように置いて、
「大丈夫だよ」
とだけ言った。
そんなんじゃ納得しない、あの時僕は変になっていた。
これ以上、此処に居てはいけない。
なのに、

まるで命令されたみたいに、
そんな不安や、アリスの笑顔に対する疑念が吹き飛ばされてしまう。
「あのね、○○」
アリスはゆっくりと僕の頬を撫でながら語る。
「あなたは、自分を私の何だと思ってるの?」
妙な事を聞く、どのみち喉は痺れて・・・と思ったが、
彼女が答える事を許可したせいか、痺れは取れていた。
「あぁ、そうだな・・・・・・」

客?
客なら、軟禁じみた事をしたり、
魔力で縛り付けたりしないだろう。
ペット?
これは一番近いのかもしれない、
主に愛玩され、その機嫌を伺う事しか出来ない。
無力らしさがある。
恋人?
確かに、紛れも無いアリスへの好意はある。
しかし今となってはそれすらも彼女に作られた、命じられた物ではないのかとすら思える。
例え彼女に安息を約束されても、自身への疑念は拭い去れない。

答えに困る僕を見て、
アリスはゆっくりと背を曲げ、口付けをした。
寝起き、口も乾燥していた為か再び糸を引く、
彼女はそれを啜り上げ、
僕の両脇に手を掛け、ぐっと引き上げた。
「え・・・・・・?」
体が軽い?
ううん、感覚はこんなに重いのに。
彼女に抱え上げられた事で正面に据えられた鏡に自分の姿が写り、
・・・・・・我が目を疑った。

「大分、馴染んで来たわね」
鏡に映る、アリスに抱えられた者の姿は、
陽光を柔らかく反射する金色の髪、
少女のそれらしく縮んだ肩幅、膨らんだ胸、
顔つきは自分を抱える少女に似ついている。
「そんな・・・!」
「あのね○○」
耳元で「じっとしてて」と囁かれ、力が抜け切る。
「私はもう、友達も、恋人も、ペットも要らないの」
髪の毛を梳かし、その指先を噛み、
赤い血が、彼女のドレスに滴る。
「人形も・・・意思を持ってしまったら意味が無いの」
指を筆のように、血を僕の頬へ塗りたくっていく。
声が出ない、首を振る事も出来ない。
拒む事も出来ない。
「じゃあ、自分の意思で完全に自由になるものって何かしら?」
ああ、分かるよ。
でも違う、違うんだ。
「可愛い、って言ったら変かしらね?もう・・・」
クスクスとアリスは笑う。
ごめんね。
疑ったりなんかしちゃって。

僕は、本心で君が好きだったのに。

赤い血で濡れた指を、アリスは口に含み、
再び二人の唇を合わせ、彼女の目を覗いた瞬間。

噛んで。

あの欲望が、僕を襲った。

顎は震えるまでもなく、
口を犯す舌を噛み千切り、
アリスは赤いそれにむせながら、
「あなたは、わたしに、なるの」
深い眠気が走り、
倒れるように、二人で重なりあった。


「魔法の森には、悪い魔女が住んでるからね」

あの時の店主は、
なんで彼女の事を知っていたのだろう。
何でアリスは、一人ぼっちだったのだろう。

いや、
あの時入ったのは雑貨店だったか、
店主は男だったか、
頭に被っていた物は、黒く尖がった、魔法使いのそれじゃあ無かったか?
ひょっとしたら僕は・・・・・・
騙された身なのか、
はたまた、魔女から魔女への、プレゼントだったのか。

ううん、そんなはず無いじゃあないか、
魔理沙は数少ない親友で、
お互いの恋愛事情に干渉する事は無い筈だ。
やだなあ、
自分を疑ったせいか、他人が信じられなくなりそうだったよ。
「魔理沙は、数少ない親友なのにね」
いつかからやけにトーンの上がった声は、
膝上で眠り続ける自分の髪を軽く撫でた。






ある時、一人の少年が家を訪ねて来た。
森に迷って、歩き続ける内にたまたま私の家に辿り着いたらしく、出口を聞いてきた。
時は夕暮れ、夜の帳が張った森に居た人間は二度と出る事は出来ないだろう。
「・・・早く帰った方がいいわよ。
 森には、悪い魔法使いが住んでるからね」
それは戯れか、それとも意味があったのか、
自分にも分からないまま、
私はかつての雑貨屋への道を彼に示していた。


ジョバンニ氏




本、魔導書、自分には全く関係の無いものだ。
アリスがいつも抱えてるのはグリモワールだったっけ?
ともあれ、今日アリスが持っていた本はいつもの物とは違っていて、
不思議な・・・・・・いや、奇妙な魅力を放つ本だった。
それが読みたい、いや、違うな。
なんというか・・・欲しい。
所持したい、占有したい。
入手したという事実に立ち会いたい。
そんな独占欲のような奇妙な感覚に襲われたのだ。

「本、いつもと違うんだな」
「ああ、よく気づいたわね」
いつもの物より鍵が厳重に掛けられている。
しかし一般に鍵付きの書物なんて目にしない人種としてはよく観察しないと気づかないものだ。
「一応言っとくけど、貸したりしないわよ」
「・・・・・・え、ああ・・・すまん」
アリスはふぅ、と軽く溜息をついてこう言った。
「ま、そんな気もしてたわ。
これは魔導書じゃなくて、呪詛の本というか・・・そういうマジックアイテムの類なのよ」
「へえ、アリスが持ってるとぞっとしない話だな」
「茶化さないでよ、
 例えば、呪いの刀とかは使い手を求めたり呼び寄せたりするものじゃない?」
ある意味的確な例え方だな。
「普段興味もない俺が惹かれるのはむしろ危ないって事か」
「そういう事よ、よりによって○○が惹かれるなんて・・・結構強い呪でも掛けられてるのかもね」

あれ、でもそれだと、
魔力なりそういう技能を持った、アリスが本に誘惑されるんじゃないのかな。
なんて、
杞憂だったな、アリスだって魔女として熟達してるんだし、
そういう誘惑に抵抗力があるんだろう。

「とにかく、そんな危なっかしい本はさっさと処分してくれよ。
 本のせいと言っても喉から手が出るほど欲しくてたまらんよ」
「ああ、じゃあ私の家で処分するから見に来ない?」
どうしてまた。
「焼き払われるのを直接みないと未練が残るかも知れないし?」
「まあ・・・それもそうか」



「紅茶でよかったかしら、コーヒー豆切らしてたわ」
「ああ、あるもので良いよ」
「ミルクティーが好きだったわね」
言った覚えは無いんだが、
「よく知ってたね」
「ええ・・・・・・まあね、アイスが良いんでしょう?」
知りすぎだよ、と軽く吹き出してしまった。

アリスが台所で飲み物を用意している間にふと気づいたが、
件の本をがんじがらめにしている鎖はダミーで、
実際には内側の本はカバーからすぐに取り出せるようだ。
そこで、黒い考えが浮かんだ。
・・・このまま中を開く事無くこの本が処分されるのなら、
中身を入れ替えても、バレないんじゃないか?
アリスは危険な本だと言ったが、それはあくまで本を開き使った場合なんじゃないか?
誘惑に打ち負けて、所持する上では、何も問題ないはずだ・・・・・・

都合よく、居間の本棚にあった文庫本を手に取り、中身を入れ替える。
・・・やはり外から見ても見分けが付かない、これで・・・いけるか?



「はい、普段作らないから自信が無いけど、こんなものかしら?」
「うん・・・・・・美味しいよ、ちゃんと淹れたのを飲んだのは初めてかも。
 初めてって・・・外でどうやって飲んでたのよ」
「買って・・・いや、そうじゃなくて・・・ああ説明が難しいな・・・」
演技に自信は無いが、いざとなれば自然に行動できるものだ。
他愛の無い話を流して、なんとかその場をやり過ごした。
そして魔法で・・・ダミーの本が焼かれるのを見た。
「ああ、この本借りても良いかな?」
「良いけど・・・・・・もう帰るの?」
「あんまり長く居ても悪いよ」
「私は構わないけど・・・そう感じるなら仕方ないわね」
アリスも引き下がり、そのまま本を持って帰った。

やった、やった。
あの本が手に入った。
中身なんてどうでもいい、手に入った事が重要なんだ。
すごい満足感、あての無い充実感。
幸せだから、今日はさっさと寝よう。
飽きたらその時に焼き払ってやれば良い、危険なものに変わりは無いんだし。


そんな幸せな気分は、すぐに冷めてしまうもので、
家の前に、アリスが立ってた。
ああ、心当たりはあるさ、それならいっそ怒ってくれれば良いのに。
暗い顔で、玄関先でうつむいて、表情は見えない。
「ねえ、取った?」
「・・・何を」
「分かるでしょ?ねえ、取ったの?」
「・・・取ってない」
「そう・・・じゃあ良いけど。
 もし取ってたら・・・どうしようかなぁ」
暗い顔の奥でひっそりと口が歪んでいた。
「その時は・・・なんでもやってやるよ」
「そう、なんでも、ね・・・
 聞いたよ、聞いたからね?約束したからね?」
アリスは笑っていた、
喜びを抑えきれないみたいで、取り繕ったような表情は下卑た笑顔になっていた。
「あれ、ね。
 中身は本じゃないの、紙自体がそういう道具でね」
あれ・・・変だな・・・アリスが、怖くも、なんとも無い。
そんな事より、何で?これ、本が・・・読みたい?
「悪魔の契約書ってあるでしょ?絶対に契約を履行する為の道具、
 ・・・それに使われる紙の束なの、その本」
分かってるのに、この本に書かれた事なんて分かってるのに。
でも駄目だ、開きたくてたまらない。

本には、今アリスと自分が交わした会話が契約として記されていた。
「だから、ねえ」
心が一瞬で現実に戻る。
あはは、これじゃあまるで、
「まるで、分かってて盗ませたみたい」
「ええ、そうよ」
アリスがぎゅっと抱きしめる。
振りほどく力が入らない。
「約束どおり、貴方は私の物よ」
すっとアリスが、本を取り返す。
「騙してごめんね、許してくれるよね?」
当たり前じゃないか、許さない事なんて出来ないのに。
「酷いな、アリスは」
「良いじゃない、見返りに本は読み放題よ?」
「また何か罠でも仕込んでそうだな」
アリスは一瞬キョトンとして、軽く笑った。
「ふふ、それも面白そうね」
勘弁してくれ・・・・・・


>>ジョバンニ氏




「……ぅ……ぁ……」

 のどが かわいた。

「あら、起きたのね、○○」

 ありす。

「みずが、欲しいな」

 ぼくの ありす。

「わかったわ。すぐ持ってくるから待っててね」

 アリスの ぼく?

「ぼくの、家……?」

 そういえば、オレの、かぞく、は?

「……ぅぁ……」

 頭が いたい。

「はい○○、水よ……っ、大丈夫?ひどい汗」

 アリス。おもいだせないんだ。

「わからない……」

 アリス。"大事なひと"?

「心配しないで○○、貴方は私がずっと守ってあげるから……」

 そっか。それなら 安心だ。


4スレ目>>41




変態は褒め言葉って、男にとっては。
酔っ払って誰かに言われてそう返して、
それからは記憶が無い。
誰かにもたれ掛かったんだ、ああ、アリスだったな。
じゃあここは彼女の家か?
しかしなんでまた、縛るでもなく吊るすように糸で拘束されてんのかね。
「お〜い」
酔いが覚め切ってないのか頭が重い。
やっぱり縛ったのはアリスみたいで、声に気づいて寄ってきた。
「辛そうね、大丈夫?」
「なんとか」
吊るしてるのはスルーみたいだからスルーし返した。
「何がしたいの?」
「血が欲しいの」
注射器を取り出してにっこり笑った。
「スカーレット姉妹にでもなるつもり?」
「まさか。
魔法薬の材料なのよ」
ああ、そういう。
「惚れ薬とかそういうオチ?」
どうだか、とアリスは言って、
顔を眼前まで近づける。
「必要なのかしら、あなたに」
目をぺろんと舐められて、涎が少し染みた。

慣れた手つきで針を刺し、
カテーテルの先をビーカーに繋ぐ。
酸化したり、劣化したりしないのかなと思ったが、
魔法薬だからそれほど問題無いのかもしれない。
何を意図したかアリスはビーカーを視界に置いた。
見せたいのか。
何が目的なのかわかるようなわからないような。
とにかく彼女の思う通り自分の命が削られていく様は気が萎える。

くたびれた所でアリスが薬瓶を持ってきた。
「それは?」
「増血剤、後栄養剤とか」
怪しいが信じるしかないのでそのまま飲ませてもらう。
「ああでもこれ、煮詰めたばっかだから熱いかもね」
そういうとアリスは口に薬を含み、
ぐちゅぐちゅと口の中でかき混ぜてから、口移しした。
「っぷ・・・当てつけでやってんの?」
「何の事かしら」
「この変態」
だって今のは、流石に嫌悪感だって生まれるさ。
アリスは「ありがたくうけとっとくわ」と言った。


ビーカーが一杯になった頃、アリスがそれを回収しにきた。
「なあ、もう一杯になってるしもう良いだろ?」
致死量がどの位かは覚えてないけど、
ビーカー一杯に溜まった血液は澱んだトマトジュースみたいだった。
アリスは軽くそれを振って「まだダメ」と言った。
それから、血の滴るカテーテルの先に舌を当てて、
「もったいないね」
と冗談混じりに言った。
笑い飛ばしてやろうと思った。

でも、アリスは驚いたような顔をして、
ビーカーの血を軽く飲んだ。
「え・・・」「違う」
カテーテルを咥え、
血が、吸い出されるのが分かった。
「すごい・・・おいしい・・・
◯◯がこんなに美味しかったなんて・・・何で気づかなかったんだろ」
体温の元が抜かれた事もあったが、
その言葉とアリスの幸せそうな表情に薄ら寒いものを感じた。
「ね、もっと、もっとちょうだい?」
「や、やめて・・・」
強く否定する事が出来なかった。
アリスは暫く血を吸い続けた。
「うぅ・・・やめてくれ・・・」
「ごめんなさい、そんなに辛い?」
「直接吸われるとかなり精神的にキツいよ」
「そっか、じゃあ、
ちょっとでも戻さないとね」
アリスが言った言葉の意味が分からず、
何かと聞き返そうとした瞬間、腕に激痛が走った。
「な、に」
カテーテルの血が逆流している。
それだけでも危ないのに、
息が血管に入ったりなんかしたら・・・
「アリ、ス!駄目!それ、だけは・・・!」
アリスはくすくす笑って、
「じゃあもう少し、貰っても良いかな?」
と聞いてきた。
代償が大き過ぎる。
否応なしに受けるしかない。
小さく頷くとアリスは喜んで、
体を吊るす糸に指を掛け、ゆっくりと引っ張った。
「え・・・っ、痛っ」
ワイヤーのような細い糸は腕に食い込み、
暫くして服に赤い染みを作った。
「直接舐め取らないと美味しくなくなるの」
そう言ってアリスは鋏で袖を裂き、傷口をちろちろと舐め始めた。
舌先が糸に触れる度にそれが軽く食い込んで痛む。
「人間は食べた事が無かったけど、
◯◯がこんなに美味しいなんて知らなかったわ・・・
ん、なんでもっと早く気付かなかったんだろう」
ああ、残念。
食人はタブーって、もうそこまで考えてくれないんだ?
「私だけ飲んでも不公平よね」
アリスは自分の手首に鋏を這わせて、
「口、開けて」
青いスカートを赤黒く染めた。
「きっと大好きだから、美味しいのね」

指先を伝い、口をこじ開けて入って来た赤い水は。
少しだけしょっぱくて、
それが誰によるものかは分からなかった。

>>ジョバンニ氏




「――愛しているわ、○○」
 少女は囁く――その声に狂気を孕んで。
「……愛しているよ、アリス」
 青年は嘯く――その声に諦観を宿して。



 さて、いつからこんな事になったのやら。
 一人虚しく溜息をついてみても、
 右足に括り付けられた鉄の枷はそのままだ。
 ベッドと、トイレと、そこから十メートル程度の世界が、今の俺の全て。


 とん、とん、と通路の奥から機械的なリズムで、何者かが降りてくる。
 答えは既に知っている。"もう一人の俺"だ。
 機械的な動きで、飯を載せたトレイを運ぶもう一人の自分という絵面は、
 中々に滑稽で、そして物悲しい。
「お前も大変だな」
「……」
 寂しさを紛らわす為に声をかけてみたが、やはり反応は無い。
 ……こいつはアリスの人形だからだ。

 ――見て、○○。最高傑作が出来たのよ。

 そう言ってコレを俺に見せに来たのは、確か半年前。
 いっそ気持ち悪いと言えるほどに俺にそっくりな――
「ゴーレム、か」
 完全自律稼働型の人形を作るための実験の一環。
 あの時、協力を拒んでいれば。
 まだ俺は太陽の下で暮らせていたのかも知れない。
 しかし、当時の俺はアリスに夢中だったのだ。
無論断るという考えは微塵もなく、二つ返事で承諾した。
 憧れだったアリスと二つ屋根の下。断る方がおかしかった。
 なんて昔話に思考を巡らせても、目の前の土壁が緑の木々に変わるはずもなく。
 今日も地下の暮らしは退屈で、苦痛だった。

 上の階で複数の人の気配がする。
 アリスが客人を招き、茶でも振る舞っているのだろう。
 傍らに、在りし日の俺の様な動きをし。
 "まるで恋人同士のように動かされている"ゴーレムをはべらせて。

 そしてまた日が暮れる頃、此処へとやってくるだろう。
 独り善がりの愛を、振りまきに。

5スレ目 >>143