■文1
「私にひざまずいて下さい」
いつもの営業スマイルで、
文がそう言って団扇を振るった。
足の力が抜けて地面に倒れる。
切られた?
いや、痛くない……な?
「立てますか?」
「いや、無理」
「三日位お泊りしましょうね?」
「……あぁ」
最大の問題は、
偏愛趣味を彼女に知られた事?
文は優しいから、
腱を切って歩けなくなっても、
黙って彼女に甘えてれば後で永遠亭に連れてってくれる。
止めて、なんて言った所で、
「○○さんが辛いんだったら、止めないといけませんね」
と言って放置される。
おまけと言わんばかりに両腕の腱まで切られて。
だから文に求めるしかない、
助けて、って。
「ん……良い匂いです」
家に運ぶまでは抱っこ。
今日はお姫様抱っこじゃなくて、
文がしがみつく様に抱き抱えてるから、
ちょっと痛い。
ただ、重力に引かれて、
文の柔肌に体が沈んでいるのに気付き、
顔が赤くなった。
その直後だった。
「ふふ、○○さんはやっぱり良い匂いです」
「や、ちょっと……」
流石に恥ずかしいよ。
「家まで我慢出来ません〜……なんて」
文の家、
外から見るのは久し振りだった。
「お帰りなさい?」
「ただいま……」
僕の帰る家は……もう……ここしかない。
お姫様抱っこに抱き直した僕を、
自分のベッドに寝かせる。
文の匂いが充満してる、
あぁこれ、わざと汗かいた後に締め切ってたんだなぁ。
「それで、今度は何日いれば良いの?」
「そう……ですね。
じゃあ一週間、一緒にいましょうか?」
一週間、か。
「文、じゃあベッドを」「嫌です」
「……臭いって言ったr」「知りません」
「じゃあ俺やめゅっ!?」
無理矢理、
口を封じるなんてさ、
「……っ、らしくないんじゃない?」
「……○○さんは黙ってここで暮らしてれば良いんです」
「あぁ、だから」
「違うんです!」
羽根がぶわって出て来て、
下から持ち上げられる様に風が起きて、
あぁ、地雷踏んじゃったかなぁ……
「……てるんです」
「え……」
文は、
これまで見た事無い様な、
俯いて、ぼそぼそとなにかを呟いていて、
「何で、そんな、
早く終われば良いみたいな顔をしてるんですか?」
「そんな、気のせい……」
「違います!
ねぇ、○○さん、○○さんはヤンデレが好きなんですよね?
私がこうやって無理矢理お泊りさせてるのも同意の上でやってましたよね?
何で私を見てくれないんですか?
私は○○さんの為にやったんですよ?
貴方が拒んだら従った!
貴方の望みなら全て叶えた!
なのに……○○さんは、私を愛してくれてない」
「ぇ………ぁ、なら、
まず足を切らなかったら」
「駄目です!
もう逃がしません、絶対に……!」
ヤバイって、これ。
いよいよ言ってる事が支離滅裂になって来たよ。
そういうのを楽しんでるつもりだったよ、
だけど、
「……だって文が可愛すぎるから」
「嘘」
「目を合わすのだって恥ずかしいのに」
「嘘だ……
だって○○さんは、まだ、私を好きになってないもん」
綺麗な笑顔で返された。
あぁ……もう遅いのか。
案外、好きになってたのになぁ、文の事。
僕に尽くそうと、
有りもしない僕の気を引こうと、
虚な瞳のままぶつぶつ呟く文を見て、
僕はどこか、悲しくなった。
>>ジョバンニ氏
あやややや、○○さん。そんな怖い顔してどうしたんです?
あぁ新聞のことですか? それが何か?
……捏造? 失礼ですね、今回に限っては私は一切の脚色をしていませんよ。
貴方が私と契りを交わしたことを報道して何が悪いんです?
何? それこそが捏造だとおっしゃるので?
それはいくらなんでもひどいです、○○さん! 乙女の心を弄んだんですね!?
このことはきっちり新聞にまとめさせていただきますよ!
――いい加減にしろ? 貴方、私に適うとでもいうんですか?
舐められたものですね、天狗も。
私がその気になればいつでも○○さんを社会的にも――文字通りの意味でも、消せるんですよ?
いいですか? もう○○さんに残されてる道は二つしかないんです。
私と共に生きるか、死ぬか。○○さん、選択は貴方にお任せしますよ。
まあ賢い○○さんのことですから、聞くまでも無いでしょうがね。
1スレ目 >>95
「○○さん、ご飯出来ましたよ」
「ありがとう。家が出来るまでとはいえ、面倒掛けるね」
「何言ってるんですか、こっちは命を助けてもらったんだし、安いものですよ。なんだったらずっとここに居てもいいんですよ?」
「ははは、冗談が旨いな文さんは」
「冗談でそんな事…言えるわけないじゃないですか」
○○には見えない所で、文は嘆息した。
「お、今日の朝食は例の卵つきかあ」
「はい、最初は口に合うか不安だったんですが、気に入ってくれて何よりです」
「味も濃厚で美味しいし、出来るものなら毎日だって食べたいよ」
「そんな、毎日だなんて…でも、○○さんが喜んでくれるなら…きゃっ」
なぜか真っ赤になって照れている文に、○○は前から思っていた疑問をぶつけた。
「でもこれ鶏にしては黄身が大きいね、それとも妖怪の山には特別大きな鶏でもいるのかな?」
「そっ…そうなんですよ、とびっきり大きい奴がいまして、決して変な物では…」
「ふーん、きっとさぞかし大きいんだろうね」
「ええ、すごく…大きいです」
どこか複雑な表情で文はそう答えた。
妖怪の山にいるとはいえ、○○は列記とした人間である。
きっかけは、休憩も兼ねて、沢に涼みに行ったら、上流からどんぶらこと烏天狗が流れてきたのが始まりだった。
河童なら聞いたことあるが、天狗の川流れとは珍しいと思いながら引き上げると
背中に重症を負っており、失血のせいか、それとも長時間水の中に居たことによる体温低下のせいか、顔が真っ青だった。
その服装から、度々人里に来ていた天狗だと気づいた○○は、助けることにした。
とは言え、一般人に過ぎない○○では、本格的な治療は出来そうにない、
とりあえず背負って家に連れて帰り、出血だけなんとか止めた後、妖怪に詳しい里長でも呼んでこようと戸口に向かうと
○○が戸を開けるより早く白いふわふわした塊が飛び込んできた。
「文さん!!大丈夫ですか!?」
飛び込んできたふわふわは、白い耳と尻尾が生えた女の子だった。
怪我をした烏天狗の仲間らしく、出血が止まっているのを確認すると、
軽々と文を背負い、玄関に向かおうとした。
そして呆気にとられている○○を一度だけ振り返ると、
「貴方が助けくれたんですね、このお礼はかならず」
そう言って戸口から出て行った。
それから暫くたったある夜の事、戸を叩く音がするので出てみると、
家の前に先日○○が助けた少女が立っていた。
少女は、○○の顔を見た途端持っていた菓子折りを光の速さで闇の彼方に投げ捨てると、何事も無かったかのように切り出した。
「こんばんは○○さん、私、射命丸 文と申します。この前はどうもありがとうございました。」
「君はこの前の…よかった、無事だったんだね」
「はい、○○さんのおかげです」
「いや、俺は大したことしてないよ」
「そんな事ありません。」
大げさな身振りで文は否定する。
「あれから椛に聞いたのですが、あー椛っていうのは私を運んでくれたあの白い子なんですけど、本当に手当てが遅れてたら危ない所だったんです。」
だから○○さんは命の恩人ですと文は説明を続ける。
「それで、お礼をしたいのですが、今日は何も持ってきていないので、よかったら明日の晩私の家で夕食をご馳走させてください」
命の恩人に対して何もしていないなんて他に知れたら天狗の恥ですと必死に頼み込む文に対して
○○は断りきれなかった。それに、正直妖怪が普段どんな物を食べているのか興味もある。
まさか、毒や人間の肉を出すということは流石に無いだろう。
「わかった。じゃあご馳走になるかな」
「本当ですか!ありがとうございます。」
じゃ、明日の夕方迎えに来ますね。といって文は去っていった。
翌日、○○は迎えに来た文によって妖怪の山の文の家に招待された。
ちなみに、そこまで文に運んでもらったのだが
「流石にまだ本調子じゃないんで、少し時間掛かりますよ」
とか言われて文に掴まれた次の瞬間、絶叫マシンの数倍の速度で運ばれて気絶寸前だった。
おかげで妖怪の山まで、どういうルートで来たか全く覚えてない。
客間に通されて少しすると、食事が運ばれてきた。
「すぐ出来ますから」
と言っていただけあって事前に準備はしてあったのだろう。
「御代わりもありますから遠慮なく食べてください」
そう言って出された料理は川魚や松茸等の山菜にご飯に味噌汁に卵焼きと
種類だけなら人間である○○でも手に入れれる種類の食材ばかりだったが、
普段人間が入らない妖怪の山で採ったものなのか里周辺で取れる物の何倍も大きく立派だった。
どんな食事が出されるか怖さと好奇心が半分ずつだった○○は、些か拍子抜けしたが、
どの食材も新鮮であり、今日の為に文が頑張って集めてきた事は伝わってきた。
「こいつは旨そうだな、ではいただきます」
「はい、どうぞ」
実際出された食事は旨かった。
特に卵焼きが今まで食べたこと無いほど濃厚な味で、ともすれば他の料理が霞んでしまいそうなほどだった。
そして食事を食べ終わった○○は、天狗秘蔵の酒を振舞われていた。
帰る時には送っていきますからと言う文に
「女の子に夜道を送ってもらうのはちょっと…」
と言うと
「何言ってるんですか、夜は元々妖怪の時間じゃないですか。…それとも、泊まっていきます?」
と突っ込みと同時に冗談めいたことを言われて酒を吹きかけた。
「ふふっ、でも嬉しいなあ。○○さんに女の子扱いしてもらえて」
「射命丸さんはちゃんと女の子さ、妖怪だからって関係無いよ、それに料理も旨かったしね」
「文でいいですよ、あ、ちなみに一番美味しかったのってなんですか?」
1 やっぱ獲れたて新鮮な川魚かな
2 人里じゃ滅多に食べれない松茸や山菜料理だな
ニア3 卵焼きが一番美味しかったよ
「卵焼きが一番美味しかったよ」
「本当ですか?あれ自信作だったんですよ。材料の卵も○○さんの為に用意した特別な奴でして」
「そいつは嬉しいけどなんだか悪いなあ、集めるの大変だったんじゃない?」
「いえいえ、特別っていってもお金はかかってないんで大丈夫ですよ。川魚は河童から、松茸は犬…友人から分けてもらった物ですから」
「ならよかった、それにしても本当にあの卵は旨かったなあ」
「よかったらまた○○さんの為に用意しますよ。」
「うーん…文さんが迷惑じゃなら…おっと」
「あれ?○○さん、○○さん?」
見た目よりアルコールがきつかったのか、返事をしようとした所で急に酒が回って○○はそのまま酔いつぶれてしまった。
その翌日、○○は文の叫び声で叩き起こされた。
「○○さん、起きてください!○○さん」
「ふぁ…もう朝か、ってごめん、文さん。ちゃんと帰る積もりだったのに眠ってしまったみたいだ」
「そんな事は良いんです。それより大変なんです、○○さんの家が燃えてます」
「な、なんだって!?」
慌てて窓の外を見ると、山の向こう遥か先に煙が上がっているのが見えた。
「とにかく、行きましょう。飛びますから掴まってください」
「わ、わかった」
文に運ばれてあっと言う間に里にたどり着く、気が動転していたからか
それとも運ばれるのは2回目だからか、昨日のように気絶しそうになる事は無かった。
しかし、
「なんてこった…」
文の尽力で火はすぐ消え、家財道具一式を失う事は無かったが、
台所の裏の外壁に積んでいた薪に火が付いた為か台所近辺を中心に延焼が酷く、
直してまた住むにしても暫くここに住むのは無理そうだった。
幸い知り合いの大工が修理してくれることになり、修理のあてはついたが、
直るまで住む場所がない。
頭を抱え途方にくれる○○に文が話しかけた。
「えーと、災難でしたね、○○さん。」
「ああ、文さんか。まあ、なんでこんな事になったのか分からないけど命があっただけましと思わないと」
「そ、そうですよ、それに比べたら燃えた理由なんて大したことじゃないです。」
「そうだね、住む場所は無くなったけど、なんとか前向きに考えないと」
「其の事なんですが○○さん、よかったら家が直るまで私の家に来ませんか?」
「………え?」
「家はこの通り暫く使えそうにないですし、知り合いで泊めてくれそうな人も今は都合が付きませんよね?客間もありますし家なら歓迎しますよ」
なんで文がそんな事を知っているのか不思議だったが、実際その通りだった。
○○にも人里の知り合いがいない訳では無い、しかし近々子供が生まれそうだったり仕事が忙しかったりで
頼めば泊めてくれるかもしれないが、心情的に暫く泊めてくれと頼めそうな者はいなく、結局文の申し出を受けることになった。
お客さんなんですからゆっくりしていってくださいと言う文に対し、
流石にそれでは申し訳ないからと○○は何か手伝えることは無いかと申し出た。
最初こそ渋っていた文だったが、○○の申し出に空気を読んだのか計算高い性格が働いたのか、
結局今度は文が○○の申し出を受けることになった。
最初は庭先の掃除や資料整理程度だったが、段々と他の事も任されるようになり…
「ただいま戻りました。○○さん」
「おかえり、文さん」
「今日は取材で遅くなったので、お詫びにデザートを買ってきました。」
「仕事なんだからそんなの気にしなくていいのに」
「ふふ…本当は私が食べたかっただけです。なーんて、後で二人で食べましょう。」
「それはいいね、じゃあ俺は風呂を洗ってくるよ」
晩御飯の仕度に文が台所に向かうと、○○は風呂の支度に向かった。
今では○○はすっかり家事担当になり、文の私室と下着を除けば家で出来ることはほぼ全て任されるようになっていた。
いや、もう一つだけ例外があった。
どんなに忙しい時でも食事の準備だけは絶対に文は譲らなかったのである。
とは言え今までは何の問題も無かった。
○○は眠りが深い上に朝が弱く、文より先に起きる事がまず無い上に夕食の材料は文が調達してくるので
逆に他の家事に専念する事が出来、まあ何にせよ旨くいっていると言えた。
時々訪れる友人の白狼天狗にも仲がよくて羨ましいと度々言われ、その姿は他人にはまるで新婚夫婦の様に映った。
否、その言い方は正しくないかもしれない、夫婦の様に映ったのは他人だけでは無かったから
ある日の朝、普段通り文が食事の準備をしていると○○が起きてきた。
「おはよう、文さん」
「おはようございます。あなt…○○さん」
「穴…?まあいいや、とにかくおはよう」
「今日は少し早いですね、どうしたんですか?」
「実はさ、文さん、一度家に戻りたいんだけど」
「……え?」
「頼んでおいた修理がどうなってるか見てみたいんだ。だから一度里に…って文さん!指!指」
「え…指?…!?あやややや」
○○の言葉に気を取られたまま腕を動かしていたせいか、包丁で文は指を切ってしまった。
「すいません、恥ずかしい所見せちゃいました。」
「そんな事はいいから早く消毒しないと」
「直ぐ止まりますから大丈夫ですよ」
「駄目です。後が残ったらどうするんですか」
近くに救急箱が見当たらなかったので、咄嗟に○○は文の怪我した指を口に含んだ。
「○…○○さん!!?」
びっくりしたのか文が硬直している。
「○○さん…○○が私の血を…」
小声で文が何か呟いていたが、○○は文が指を切って動転しているのだと判断して気にも留めなかった。
「これでよし…と大丈夫?文さん」
「美味しかったですか?」
「……え?」
一瞬何を言っているのかと訝しく思った○○だったが…
1 こんな時に冗談なんて、大怪我になってたかもしれないのに、全く不謹慎です!
ニア2 ああ…場を和らげようとしているんだな、ここはジョークで返さないと
「ははは…塩気が効いて丁度良かったです」
文が凍った場を和らげようとしていると判断した○○は冗談で切り替えした。
「それは良かったです。私の体が○○さん好みの味で」
表情は見えなかったが、口調からすると場の硬さはとれた様だった。
「所でさっきの話ですが、今日は色々とやる事があるので、明日で良いでしょうか?」
「ああ、かまわないよ」
あっさりと了承した○○だったが翌日の早朝、最初の日と同じ様に文の声で叩き起こされる事になった。
「大変です○○さん、起きてください」
「ふぁ…あ、文さん、おはよう」
「おはようございます。ってそれ所じゃないです。見てくださいこれ」
文に手渡された新聞の内容をみて○○は驚愕した。
人里で感染力の強い病気が流行していて、人間がかかると命に関わると言うのだ。
「今日一番のニュースでこれが入ってきて、実際に先ほど確かめに行ってみたらひどい有様でした。」
「なんてこったい…」
「私達妖怪なら死ぬこともないでしょうが、もし○○さんがかかったら大変です。」
だから、暫く人里には連れて行けません。と文に告げられ、今に至ると言う訳だ。
翌日から人里で買ってきたものが食卓に上らなくなり、今までたまにきていた哨戒天狗が、
感染の危険性を減らす為と言う理由でこなくなった。
○○の楽しみといえば、時々食事に出る卵くらいだったが、最近味に変化をつけたのか、
一段と食事が旨くなり、今では文が出すどの食事もいくらでも食べれそうなくらい美味しくなっていた。
ある日何時もどおり文の留守中に掃除をしていると、格子の隙間から戸口をウロウロと往復する白い尻尾が見えたので
戸口を開けると、椛が立っていた。
「こんにちは、椛さん」
文が家に居るときは積極的に話しかけてくれるとはいえ、久々に他の人と会った事で○○の声は上機嫌だったが、
一方の椛はというとまさか○○の方から戸口を開けるとは思ってなかったらしく、どこかオドオドとした感じだった。
「あ…こ、こんにちは○○さん、この前はすいませんでした。…もう怒ってませんか?」
「え?この前?怒る?何の事?それより君がきたって事は流行病のほうは解決したんだね、よかった」
「え?人里?流行病?何の事っすか?」
「だから人里で流行ってる病気のことだよ、かなり酷かったらしいよね?」
「いいえ、人里でそんな事が起こってるなんて私は一度も聞いてませんけど…」
「…………え?」
一瞬○○は何を言われたのか理解が出来なかったが、目の前の椛が冗談を言っている様には見えなかった。
「人里で病気が流行ってるから連れて行けないって文さんに言われてたから、てっきりそれが解決したから君がきたんだと思ったんだけど」
じゃあ今日は一体何のために、と○○が思っていると、
意を決したのか椛が小さな袋を差し出してきた。
何かと思って開けると、中にはお金が入っていた。大金と言うには少し少ないが、
贅沢しなければ1、2ヶ月は暮らせる額だ。
「どうしたんだいこれ」
「これ、少ないですけど家の修理費にあててください。」
「気持ちはありがたいけど受け取れないよこんなの」
貯金はそんなに無いけど十分修理費くらいは払えるんだから、と告げると、今度は椛が驚いた顔になった。
「家の修理費が払えなくなったからって家の修理を途中で止めてもらってるって私は聞いたんですけど」
「え?誰から?」
話の流れから薄々気づいてはいたが、聞かずにはいられなかった。
「文さんからです」
一瞬目の前が暗くなりかけた○○だったが、なんとか堪えて椛の話を纏めるとこうだ。
この前3人で酒盛りして全員いい感じに酒が入っていた時に、仲が良い○○と文の二人に椛が
「すごく仲がいいですね。いっそ結婚したらどうっすか」
と言った冗談に○○がすごく怒っていると文から聞いて、修理費が払えなくなったと聞いた後も中々来る決心が付かなかったらしい。
椛も○○から事情を聞くと合点がいったらしく、とにかく一度真相を確かめに人里に向かう事になった。
「文さんみたいに早くは飛べませんけど」
そう言いながら差し出してきた椛の手を掴もうとした所で、風が吹いたかと思うと一瞬で○○は意識を失った。
崩れ落ちる寸前に目に入ったのは、きりもみ回転しながら吹き飛ばされる椛の姿だった。
どれくらいたったのか、○○が目を覚ますと真っ暗だった。
と言っても今が昼か夜かは分からない、なぜなら目隠しをされている上に両手も縛られているからだ。
「あ、○○さん目が覚めたんですね」
「文さん、一体どうしてこ むぐっ」
「まあまあ、そんな事よりお腹が空きましたよね。今日は奮発したんですよ」
そう言いながら文は喋ろうとする○○の口にスプーンを突っ込んできた。
目隠しされているので何を食べているのか分からないが卵雑炊の様な物だった。
「こ…この味は」
「どうです?美味しいですか?」
「あ、ああ、旨いよ」
「それは良かった、まだまだありますからね」
文が先ほどから出してきた料理は、普段より塩気がきついが、普段の料理より更に何倍も旨い物だった。
「これで最後です」
文が口に近づけたスプーンで最後の一口を喉に流し込む。
「おー、本当に全部食べてくれたんですね、嬉しいです」
「文さん、色々聞きたい事があるんだがまず一つ質問いいかい?」
「なんでしょう?」
「まず、なんで俺が縛られてる上に目隠しされてるのかな?」
「○○さんが余計な情報に踊らされないようにです。」
「はい?」
「さっき○○さんは駄犬に連れられて人里に向かおうとしましたよね?けどそんなの確かめる必要ないじゃないですか、真実はいつも一つ!ですよ」
「駄犬……二つ目の質問だ、椛さんをどうしたんだ?」
「あの空気の読めない犬っコロですか?邪魔なんで簀巻きにして桶に詰めて沢に流してやりました。休職届けも出しているので後腐れも無いです。」
一晩で筆跡を覚えて辞表を書いて後の処理も全部一人でやるのは中々大変でした。と文はどこか得意げに言う。
「最後の質問だ、俺は人里に帰れるのか?」
あっさり却下されると予想していた質問だったが、意外な事に文の答えは
「○○さんが嫌がることはしたくないですからね、もし本気で望むのでしたらそれもかまいませんよ」
その証拠に、と文は○○を縛っていたロープと目隠しを外す。
視界が開けるとどうやら文の部屋だという事が分かった。
すぐ目の前には文が立っているが、薄暗くて表情はよくみえない。
「もう一度聞くけど俺が望むなら人里には戻れるんだな?」
「ええ、その通りです」
「なら、今すぐ人里にかえ…」
「ただし、人里に戻るともう私の料理は食べれませんよ」
物なんかに釣られるか、と言おうとして先ほどの料理の味が脳裏に蘇り動きが止まる。
「美味しい美味しいって何度もお代わりしてくれて結構嬉しかったんですよ?」
いつの間にか文が背後に回り耳元で囁く
「そんなに美味しかったですか?私自身と私の卵の味は」
「!!!!!!!」
「烏って意外と美味しいんですよ?知ってました?」
背中に文がしな垂れかかり、甘い臭いと体温に包まれる。
「○○さんが望むなら、もっと私を味わってもいいんですよ? ど っ ち の 意 味 で も ね」
>>up0658