■白蓮1
「酷いヒトですね、これは」
「やっぱり、白蓮でもそう思うのか」
 独り漫画を読んでいた○○の部屋に入った聖は、横から覗き込む様にして漫画を眺めていた。
 始めのうちは気にせずにそのまま、黙々と読み続けていたのだが、暫くすると読み終えて捲ろうとしたページを聖が止めていた。
 ○○も聖が漫画(の内容はともかく)に興味を持ってくれた事に気を良くし、それの一巻目から渡してやる。
 そのまま○○が別の漫画を読み始めて、真ん中辺りに差し掛かった頃丁度、聖は読み終えて、ああいう感想を述べていた。
「当然です。この主人公、余りに節操が無い。昔の人間にも、こういった輩が居たのですが」
「へぇ、どんなの?」
「権力者とか、顔だけが良い。そんな自己中心的な方々の中にちらほらと。
 ……言い寄ってくる人間全てが、救いを求めている訳ではないですから」
「……ふーん」
 そう言って○○は先程読み終えた漫画を手に取り、主人公の顔を浮かべる。
 ……頭の中で聖の隣へと近付けると、言い寄らせてやった。
「……(っぷ)」
 笑顔であしらわれるか、肉体的に立ち直れなくされる姿を想像して、少しにやにやとしてしまう。
「――?何ですか、○○。顔に何かついてます?」
 ……そこでふと、○○の頭には別の考えが浮かんだ。

 聖は善人だ――それもかなりの。
 今はこう言ってはいるものの、実際はどうだかなんて判りはしない。
 仮に星や船長に尋ねた所で結果は見えている。
「まさか!聖に限ってそんな事はありませんよ」
 耳をピコピコとさせながら不純物0%の顔で答えてくる顔が浮かぶ。いや、動物耳なんて見た覚えは無かったのだが。
「ははは、○○さん。ちょっと漁に行きたくなりませんか。いえいえ、何も言う必要はありませんよ」
 そぉい、と。
 今度はアンカーに括り付けられたまま、後ろからドーンとぶちかましてきそうな姿が浮かんでくる。
 一輪は以下略、ナズーリンは完全にアウトだった。

 ……兎に角、もし聖がそんな男の誘いすら避けられない、まだ純心な乙女だったとしたら、だ。
 断りきれずに顔を真っ赤にして、流されるまま――

 いやいや。

 彼女は年老いてから法力を学び、それから若返っている筈。
 だから――何か?
 彼女はとっくにそれをあしらえるほどに経験豊富で、
「巷じゃ男喰いのひじりんって呼ばれてたのよ。千人切りでスコア稼ぎとか、良くやったわぁ」
 とか言えるまでの手馴れと言う可能性だって、なくはないと。

 いやいやいやいや。

 黒く際どい衣装を着けた聖が、蝋燭を垂らしている姿が浮か――びそうになったが、どうにも不信感を拭いきる事は出来なかった。
(聖の掌の上で、遊ばれているだけって事も……)

「でも、この女性の行動も随分と短絡的だとは思いませんか?」
「は、えっ?」
 聖の声で○○は我に返ると、素っ頓狂な声で返事をした。
「本当に好きなら、どうしこのて主人公にもっと真摯な気持ちで話をする事が出来なかったのかと……
 彼女が愛することを放棄して、暴力や自己満足に陶酔しているようにしか、私には思えなくて……」
「あー」
 所謂その漫画にあった”やんでれ”的な描写のページを開いて聖が問いかけていた。
 それは○○にも判っては居たのだが、先程の考えとで思考が半分になってしまっている。
「じゃあ白蓮の場合、間違って浮気したとしても、謝れば許してもらえるのかー。なんて……」


「 は い ?」

 びりびりびり。
 聖が持っていた漫画が音を立てて破れる。
「あぁぁ!!それっ、紅魔館からの借り物なん……」

「 な に か ?」

「だけ……ど…………か、形あるものは必ず壊れるしなっ!しょ、しょうがないよな!うん!」

 白蓮の笑顔はで笑っている。
 聖母の様に。

 不動明王のオーラを放ちながら。

 因みにその日、一人だけ食事が御飯とたくあんだけしかなかったのだが、誰のものなのかは聞くまでも無かった。


(もう……あの人があんな事言うから……)
 皆寝静まった頃に白蓮は一人、布団を抜け出すと恋人である○○の部屋へと向かっていた。
 この年になって、しかも千年の封印が解けたこの世界でと……周りは笑うだろうか。
 そんな風に考える事もあって、一時は○○を遠ざけようと、寺への出入りを禁止したりもした。
 ……そして、来なくはなった。
 が、代わりに毎日手紙が届く様になり、その内容には自分を気遣う様な内容と、謝罪。
 否は自分にあると思っていたのだろう、手紙には若干滲んだような後さえあった。
 何度も何度も、書き直した様な筆跡と一緒に。

 無下にする事が出来ず、白蓮は返事を返した。

 直ぐに次の手紙が届き、白蓮はまた返事を返した。

 繰り返す事、どれだけの遣り取りを繰り返したのか。

(あなたに会いたい。会って話がしたい、本当は)

(顔が見たい。今直ぐにでも、あなたの声をこの耳で聞きたい)

(あなたの事を 想っているから)

 手紙の内容には、自重された言葉など無かった。

 寺ではなく、偶然外で顔を合わせた二人は。
 言葉よりも先に、お互いをその腕に捕まえていた。

 まわりがなんと言おうと、構うものか。そう囁き合う様にして、ぎゅっと。

 この幻想郷ではネタにはなるが(主に天狗の)。実際は懸念でしかなかった。


 あの時手紙に記した様な想いが、白蓮の中でもやもやとしている。
(浮気……あの人が、浮気なんて……)
 する筈が無いと、頭では判っていた。
 けれどあの時、ふと興味を引かれ読んだ、漫画の中の女性の立場が――もし自分だったとしたら?
 確認する様に、そして自分に諭す様に○○にはああは言ったが。
 本当に浮気されたとして、自分は彼を正面から冷静に説得出来るのだろうか。

 きっと冷静にはなれない。
 ……涙を流さずにいられる、自信も無い。

(……もう。釘でも刺しておきましょうか。それに偶には、こうやって夜一緒に過ごすのも――)


 白蓮は部屋に辿り着くとそっと部屋の戸に手を掛けようとする。
(あら?ちゃんと閉まっていませんね)
 風邪を引いて困るのは自分でしょうにと、少し溜め息をつき。
 その隙間から、○○の寝顔が覗けると、何か違和感がある事に気付く。

(――えっ?)

 ……頭を何かで殴られた様な衝撃が、白蓮の中に走っていた。
 直ぐにもう一度確かめてみるが、それは変わらない。


 ――彼の隣に誰かがいる。

 布団の中に、黒い髪の。

 ……女の頭。


 戸をそっと閉めると、口に手を当てたまま嗚咽を漏らさぬ様にして白蓮は部屋を離れ――

 布団には戻らず、自室で、突っ伏すようにしながら声にならない声を上げていた。


「……おや?聖、目の周りが少し赤いですよ。あれからまだ起きて居たんですか?」
「星……えぇ、ちょっとね」
「ちょっと……?」
「……」
「……聖?」
 一番に白蓮と顔を合わせた星はその何気ない変化に気付いたが。
 皆で朝食を摂る為に顔を合わせた時にはもう、何時も通りの様相で。
 星もまた、日常の忙しさに飲まれ些細な事を忘れる様に、その事は頭の隅へと追いやられていってしまった。


 その日の夕方。白蓮は縁側に座りながら、何処か遠くを見る様な目をしていた。
「姐さん?どうしたんです……」
 それに気付き声を掛けようとした一輪だったが、白蓮の視線の先にある存在に気付く。
(船長にぬえ?何してるのかしら、あの二人)
 聞き耳を立てるが、どうやら大した話をしているわけでもない。
 どうやら何かの趣味の、雑談と言った所だろうか。
 聖は何を気にしているのだろう、とあらためて声を掛けようとするが。
「あれは――」
 白蓮の方から声が掛かった。
「創作された本の話ですよ。昨日、○○の部屋で読ませてもらったんです」
「……そうなんですか?」
 意外そうに返事をし、そうしてもう一度二人を見た。
 ……姐さんも話の仲間に加わりたいけど、恥ずかしいのかしら、と。
 確かに楽しそうではあった。
「……今まで気にしてもいませんでした。気にする筈もありませんが。
 自分が読んだ事も無い、本の内容なんて」
 その言葉と同時に白蓮は俯く。
「――だって、趣味の合う女性(ひと)の方が……っ」
 重そうに、言葉を吐き出して。

「え、何……姐さんっ!?」

 振り向くと其処にはもう、白蓮の姿は無く。
 ただそれを横目に、黒い髪の女の一人は――口元を歪ませていた。


 夕食時、星の料理を手伝っていた○○はふと気になっていた事を口にした。
「そういえばさ。何か、聖が元気ないんだけど」
「ああーーーっ!!!」
 大声を上げる星。
「うわったったったっ!」
 それに驚いた○○は、配膳途中のお盆のバランスを崩し掛けたが、何とか持ち堪えた。
「い、いきなり大声を出してどうしたんだよ」
「そうでした!そういえば朝から聖の様子がちょっと変だったんですよ。何で今まで忘れてたんでしょう……」
「ええっ!?って朝から……?!」
「はい。何だか夜なべしたような感じで……てっきり昨日の疲れから来ているものかと思ったのですが」
「昨日からか……でも昨日部屋で別れるまでは(違う意味で)元気だったんだけどなぁ」
「……ふむ。もしやこれは……」
 星が自分の方をじーっとみる。
「……ん?」
 そして真っ赤な顔をして、両手でぶんぶんと振った。
「あ、その……おめでとうございます……」
「何がさ!?」
「そんな、私の口から言わせないで下さい……」
「いやいやいや。多分違う、それ絶対違うから」
 結局星が何を言いたかったのかは追求せず、夕食時に顔を見せた白蓮の顔は、朝食の時同様何時ものままで。
 それを気にして○○も声を掛けたが、やんわりとあしらわれ、自室へと篭っていってしまった。


 何処か白蓮に元気が無い。
 そんな考えが巡り、○○は眠れずに居た。
(昨日の夜っていえば……)
 漫画を読んだ時の事を思い浮かべる。
 そういえば、怒らせる様な話題をするにはしたが……
 あの白蓮がその程度の事で、周りに気付かれるほどに塞ぎ込んだりするのだろうかと。
 寧ろ、自分が鉄槌を喰らうか、前もって釘を刺しにくるにでも違いないと思っていただけに、心配だった。
 それとは別で、やはり何かあったのだろうか?

 戸に映る月明かりすら、もうおぼろげなものになっている。
 夜も更けて、もう誰も起きては居ないだろう。
 それでもまだ、彼女は――

 ○○はじっとしてはいられず、白蓮の部屋へ行こうと、布団から出た。


 そして戸を手に掛けようとして

 そのおぼろげな光に映る

 人影が見えた。


「今日は居ないんですね……」
 戸の隙間は若干開いており、彼女の瞳が覗いている。
 ――まさか、ずっと見られていた!?

「びゃっ、白蓮っ!?どうしたんだ、一体!」

「……それは」
 指と指を合わせる様にして、白蓮は口をパクパクとしている。
 言葉を選んでいるのだろうか。
「ちょっとした、探し物ですよ」
「探し物って……」
 一瞬考えて言う。
「だったら、ナズーリンに頼めば早いんじゃ」

「もう頼みましたよ」
「……えっ」

「だから此処に居るんです。此処に”居る”と、言っていましたから」
 ……”ある”ではなく”いる”と言った。

 それを火蓋に、○○の頭は混乱し始める。

「と、とりあえず中へ入ったらどうだ?
 こんな夜中に、ずっとそんな所に居たら体に悪い」
「あなたとは違いますから。大丈夫ですよ、○○」

 戸の隙間から覗く瞳が、優しく笑った。


 ――この戸を跨ぐ距離が、今のあなたとの間隔だから。

「……人の命も想いも、やはり儚いものなのでしょうか、○○」

「そっと手を触れる程度の衝撃で簡単に綻んで、壊れてしまう」

「もっとずっとあなたと傍で暮らしたかったのに……

 どうしてこんなにも早く、終わらせる様な事をするんですかっ……!」

 ○○が何か言っているが、白蓮には聞こえていなかった。

「……あなたと別れるのは、命蓮と同じ、天寿を全うしたその日になると思っていたのですが」

 バタン、と戸の開く音と一緒に。

 白蓮の手が、ぐい、と○○の首を掴むとそのまま床へと捻じ伏せた。

「もう………………………………

 そんな心配も要りませんね」

 もう片方の手が勢い良く○○の頭へと向かう。

 その手はするりと後ろへと回され、そのまま体を引き起こす様に持ち上げると――


 首に掛けた手はそのまま、○○を抱きしめる様にして包み込んだ。

 ……首に掛けた手には力が入ったまま、息は出来るが言葉を発する事さえ出来そうに無い。
 何時でもその首をへし折れるといわんばかりの力が込められていた。

「苦しくありませんか……」

 白蓮がそっと耳元で囁く。

「そうですか……」

 ○○の様子を見ながら、呼吸出来て居る事を確認して、更に呟く。

「これで、私と一緒……

 今私も同じ位、胸の中が締め付けられるみたいに苦しみに満ちていて」

「あなたを縛り付けて、離したくありません。

 例え千年間、また封じられるとしても」

「○○……あなたとなら仕方ありませんね」


 ドンッ!

 白蓮は首に掛けていた手の力を緩め、○○を再び床へと押し倒した。

「あなたにはこれから法術……いえ、魔術の類を教え込みます。私自ら、徹底的に」

「私の事好きだっていったくせにあなたはっ!

 本当に愛しているならそれくらいの……事っ。承諾出来る筈ですよね!何も迷わずに!!」

 ○○の視線が白蓮の目に留まり、その声が耳に届く。


「え……

 あ、まぁ、はい。…………宜しくお願いします?」

 ぽかん、と棚から小物の落ちる音がした。

「……」

「……えっと」

「〜〜〜〜っ(顔真っ赤)」

「……な、何があったの?」


「大体っ!!これだけ言っても顔すら見せようとしないのはどう言う事なんですか!

 村紗なのっ?それともぬえ!?誰かは知りませんが、隠れてないで出てきたらどうですか!」

 そう言うやいなや、白蓮は○○の傍を離れると、私物の入った机の下やら押し入れの下やらを漁り始める。

 そうしてあちこち探してみたが、出てきたのは如何わしい漫画くらいのものだった。

「月刊魔界神……」

「あ、いやですね。それは友達から借り――」

「資源ごみですね(ぽいっ)」

「ちょっとー!?」

「そもそも夜に逢引をするというのに、あなたも随分と度胸がありますね?

 浮気するその日に、浮気しちゃおうかなー、とかカマをかけたりして……」

「……ん、浮気!?」

「とぼけても無意味ですよ。昨日の晩、隣で女性と眠っているのをこの目で見ましたから」

 ○○はやっと状況を察したのか、慌てて手を意味不明に動かし、説明しようとする。

「昨日の晩……ってあれから誰も部屋に来てないぞ?!
 白蓮が来てた事だって知らなくて、今知ったくらいだし……」

「いいえ。しっかりと、私は見たんですから。
 貴方が黒い髪の女性を、腕に抱いて寝て……いる……のを」

 そう話しながら、布団の中に何か違和感のあるふくらみが白蓮の目に入る。

「そこです!」
「へっ!?」

 一瞬の事に気を取られ、○○は全く反応しないまま布団を捲られる。

 中には、横たわる女性の――

「……抱き枕しかないけど」

「……なんですって?」

 その瞬間、女性の姿は白いただの抱き枕へと姿を変え、代わりにその下から蛇の様な生き物が勢い良く飛び出そうとして――

 白蓮につままれていた。

「これって……もしかしなくても……」

「ぬえの……でしょうね」

 ――二人は同時に溜め息をつくと、そのまま横になって何も言わずに寝た。


「……面白くないわねぇ」
「こっちは全然面白くなかったよ。首まで絞められて」
「白蓮に叱られるの覚悟で、悪戯したっていうのにさー。
 もっと長引いてハラハラするようなスリルを見たかったんだけど」
「そりゃ、見たいかもしれないけど味わいたくはないよ!」

 結局ぬえの悪戯だったが、酷い目にあったと○○は思いながらも。
 白蓮にやきもち(と言えるレベルなのかはともかくとし)を焼いてもらえる程度には、自分は愛されていたと……
 認識出来たのは確かに大きかった、が――

「大丈夫ですよ、これからは出来る限りあなたの傍を離れませんから。
 部屋も一緒ですし、仕事の間も私の目の届く所に居られる様にしましたから。
 それと、魔術を教え込むという話も冗談ではありませんので」

「なん!?」

「へー……それはそれは。
 じゃ○○、精々頑張ってね」

「待てこら、ぬえぇー!!」

 あれから白蓮がべったりになってしまった。

 何処へ行くにも一緒だし、何かと自分にくっついてきたり、四六時中手を繋ごうとしたり、しまいには……

「白蓮……これはちょっと……流石に」

「私だって甘えたいんですよ。……あなたには。いけませんか?」

 抱っこしてくれとせがんでくるのである。
 ノーマルは勿論、お姫様抱っこまで手広く。
 その上公衆の面前。

「人に見られてるってば……」

「見られてるんじゃありませんよ。見せ付けてるんです」

 返ってくる言葉もこれだった。

(一体何時になったら収まるのかなぁ……はぁ)

 と、心の中で溜め息をつきながら。

「○○、もっとぎゅっと……ぎゅっと、ちゃんと抱きしめていて下さい。

 離れ離れになるのは嫌ですよ?」

(……でも、いいか)

 彼女の重さと温かさを腕に、それも幸せなんだと思う事にして。


>>おやつ氏



「ええ、後は私に任せて……」
 聖は、戸に手を掛けたまま男の看病をしていた人達を見送ってそう言った。
「……○○」
 小声でそう呟いて○○の方を振り返りながら、戸を閉める。
 憂いを帯びた顔で静かに傍に座ると、そっと手を握り締めた。

「……酷い人ね、あなたは。

 説教してあげるから、そのまま横になってなさい」
 力の無い、枯れたような声で呼びかける。
 ○○から少し離れた机の上には、見慣れない草が血濡れのままで置かれていた。


 ――昨日の事。
 命蓮寺へと足を運ぶ妖怪の中に一人、酷く顔色の悪い者が居た。
 といっても、その手の妖怪には良くある症状らしく、
 対処の仕方を知っていれば然程問題もない、軽い程度の。

 ……薬を”持っていれば”安心な。

 簡単なものですから直ぐに調剤出来ますよ、と聖は答えていた。
 が、薬の材料を仕舞っていた倉の中のそれは、殆どが駄目になっており、
 薬として効果があるかどうかすら、怪しかった。

 困りましたね、と唸る聖。
 その声が聞こえたのか、命蓮寺のお手伝いとして来ていた○○が、そっと顔を見せる。
 時折は来て雑用を手伝ったり、食事の用意までした事のある彼は、事情を直ぐに把握していた。

 足りない材料ぐらいとってくるよ、と聖に提案し。
 以前彼女達に教えられ、一緒に採りに行ったた”その草”のある場所へと、
 直ぐに出かける旨を伝えた。

 夜でなければ妖怪も殆ど居ない、安全な場所。
 聖も何も心配はしていなかった。
 ○○もまた、危ない事をする気など微塵もなく、
 採ったら直ぐに帰るだけだと――

 その場所に着くまでは思わなかった。

 ――草が生えていえば。


 ○○が出て行った後直ぐの事。
 ナズーリンが何かを詰めた袋を抱え、外から戻ってくる。
 
 採れるだけ持ってきたからね、これで暫くは大丈夫だろう――

 そんな声が聞こえたのか、寅丸への報告をしていたナズーリンをねぎらおうと、
 聖は顔を其方へと向ける。

 それを見て、彼女は自分の表情が少し、固くなるのが分かった。


 ナズーリンと入れ違いになった○○は、薬の材料を探すが見当たらず。
 幾ら探しても無いものを見つける事は出来なかった。

 だから

 ○○は、材料を取り行った。
 その場に偶然居合わせた、”親切”な妖怪に案内されて。


 ――それから。 
 半死の状態、所々から血を溢れさせて道を歩いていた○○は、
 彼を見つけた人々によって人里へと運ばれた。


 机の上に手を伸ばすと、聖は草を取り、抱えるように手を当てる。
「……ありがとう、○○」
 感謝の言葉とは間逆に、喜びの表情は無い。
「でも……。これはそんなに貴重なものじゃないからって、私は教えました」
 口を噛んで、笑う。
「だから無理をしてまで、探さなくても良かったんです」

「……ば、かっ」

 ぽた、ぽたっ。

 数滴の、流れ落ちた雫が草へと伝い。

 彼女の顔は、うっすらと赤く腫れていた。

 そして、音も無く立ち上がると。
 ……草を手に、部屋の奥の方へと消えていった――





 白蓮。

 目覚めた○○の脳裏に浮かんだのは、彼女の顔だった。

 が、体に馴れない痛みが走り、それを打ち消してゆく。
 自分に何があったのかを、思い出させながら。

 ……?

 目を開ければ見慣れた天井、壁、そして家具。
 布団の感触も、自分の良く知っている……

 けれどそこに知らない”におい”が、ある。

 鼻を突く訳ではない、かといって無臭でもない。
 特別いい香りがする訳でもない。

「目が、覚めましたか?」
 ――びくっ。

 無意識に反応し飛び起きる。
 今の声は――。

「っ……まだ、安静にしていないと」
 ――コトン。
 奥から慌てた様に白蓮が駆け寄ってくる。
「駄目……ですよ?」
 何かが落ちたような音が聞こえたが――

 ……あむっ。
「んちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……」
 唐突に重ねられた、その感触に掻き消される。

「ぷぁっ……んっ、○○ッ」
 条件反射的に唇を離すが、白蓮は頭を抱える様に押さえ、再びくちづける。 

「そうです……んっ。そのまま……最後まで……ん、くっ」
 こく、こく、こく……
(っ!?)
 驚きに我を忘れ、喉元へと”何か”が少しづつ流し込まれている事に気付く。
 どろっとしたそれは、何処か青臭いにおいをさせて鼻を通る様に感覚を弄る。

「全部……飲み干して」

 漸く白蓮と目を合わせるが、その目は何処か遠くを見ているようだった。
 訴えるような瞳の色で。
『絶対に動くな』と、言いたげに。
 気付くと、何時の間にか腕はがっしりと背中に回されており、抵抗はもう出来そうになかった。

 ……する気も、無かったが。


 全てが流し込まれ、唇が離される。
 白蓮の顔が離れると、その後ろに何か小さな鍋の様なものが転がっているのが見えた。

 全身に回る、強烈な気だるさと共に。


 ――体中の痺れで目を覚まし、気が付くと違う部屋に居た。
 そこは日当たりの良さそうな部屋で、少し小奇麗すぎる位までに掃除されていた。
 自分は布団に寝かされていて、手の届く位置に粥が置いてある。

 それだけならまだ、納得は出来る気がした。
 白蓮が命蓮寺に連れて来てくれて……と。


 どれだけ叫ぼうと、誰も来ない。
 痺れる体に力を込め、部屋から出て外に行こうとも、気付くと同じ部屋に戻ってくる。

 何度も。何度も。何度も。

 自分が納得できるまで、繰り返して。

 ……そして。


「――ここは私にとって、大切だった人の部屋なんです。
 だから簡単には入れない様になっていて、出るのにも同じ仕組みがあるんですよ」

 ……。
 白蓮の腕に抱かれたまま、彼女の声が耳に届く。

「そうそう。
 あなたが採って来たあれは、妖怪には無害ですが人間には瘴気同様、
 耐性のない人間には少し毒でして……。

 実際味わってみた貴方なら分かるでしょうけれど。……大丈夫」

 くすっ、と笑いながら。

「体が少し麻痺する程度のものですから。
 ……それに体には、とってもいいものなんですよ。
 ただ生きる為だけになら、ね」

 自分に何を飲ませたのかを、認識させていた。


 彼女は服の中に手を滑り込ませ、耳元で囁く。
「貴方は、私が居ないとダメですね。

 ……一人で勝手に死んでいってしまいそうな愚者は。
 魔術師に導いてあげないと」

「その痺れた体を克服する為に、魔術や法力を学ばせてあげます。
 ……私の気が向けば。
 だから私を悲しませないで下さい。
 私を怒らせないで下さい。
 私を失望させないで下さい。

 そして、何よりも」

 ……がぶり、と耳を噛まれ。

「私を一人で、置いて行かないで下さいね」

 彼女が自分にどう思われ、どうしてこんな事をされたのか……
 判った様な気がした。

「例え四肢をもがれ、首を跳ねられたとしても。
 喰らいついてでも、あなたの傍に居ますから。

 時間は幾らでもあるんです。
 ……これから精一杯、二人で学んでいきましょう」

「……こんな事をして、順序が逆転してしまったけど」

「私にとって貴方は。”かけがえ”のない家族よ。

 愛しています、○○……」





「”親切”な妖怪?さあね、知らないわ」

おやつ氏




狂気に駆られた妖怪が
人間を皆殺し
人外は皆
幸せに暮らす世界

人間はもう居ないはずなのに
命蓮寺の地下深くには
結界と
それに縛られた人間が一人

「あなたも早く人の身を捨てましょう?」

白蓮は毎日それに
優しく
優しく
語りかける

人間はぴくりとも反応せず
言葉も返さず
顔を上げようともしなかった

好きだった彼女は
もう居ないから


妖怪も神も平等
けれどそれは人間をモノサシとして 言ったわけじゃなかった

自分を大切な存在だと
彼女は言っていた

自分も彼女が大切だと
そう言って照れながら答えていた

大好き
大好き
愛してる

何度も繰り返しながら


時折来る
暇そうな金髪の妖怪は
何時もあの子の惚気話

「あの子の綺麗な黒髪をすいてあげるとね……少しだけ反応するの」

ただ幸せそうに
ただ嬉しそうに
まるで何も考えていない
無垢で
純真な
乙女みたいに

自分の所に来ると
何時もそんな顔になる
彼女の表情とそっくりだった


今も
変わらない


……
……
……
愛おしそうに呼ばれる名前は
確かに自分のモノのはずなのに

聞きたくないから
聴こえない


彼女は凄く幸せそうな顔をしているから


もう何も聴こえなくて

いい


愛しているから

今も

愛されているから


ずっと。

4スレ目>>537




 ちょっとした気の迷い。
 封印されていた間も、寂しいと感じる事はあったけれど。
 これはきっと一時的な、そう、親近感や同情の一種

 だと、思っていた。

 私は今日も目も合わせられない。
 この人の隣に居るだけで、自然とつかず離れずの距離を取っている自分。
 滑稽で威厳の無いその姿は、醜態と言っても良い程。

 ……あの子達には見せられないな。
 隣で不思議そうに会話を続ける彼を横目に、
 私は俯きながらそんな事を考えていた。


 ……数日して、それが初めて『恋』だと言う事に気付く。
 寅丸や村紗達から指摘されてから、だけど。
 最初は否定したものの一輪や雲山までもがそうだと頷き、
 全員息を合わせたかのように

「誰が見ても分かりますよ」

 そう言われた時は身体能力を限界まで強化した上で、
 全力で木に突っ込んだ時くらいの衝撃が――いや、分かり難いかしら。
 とにかくそれ位の衝撃を受けた様な気がして、
 何時の間にかエア巻物に筆を入れようとしていたりと。

 ……年甲斐も無い。
 肉体と一緒に、若気まで取り戻したとでも?
 鼻で笑おうにも、一瞬彼の顔が頭を過ぎるだけで、
 何故か意味も無く自分の布団へと潜り込んでいる私が居る。

 本当に……何をやっているんでしょうか、私は。


 でもそれから、私達の関係は変わっていった。
 あの子達の指摘のお陰で、私はこの気持ちに気付けたのだから。
 素直になる事が出来たのも、皆と……彼の、おかげ。

 躊躇いがちに俯いて、少しだけ覗く様に視える彼の顔が好き。
 つかずはなれずの距離から、勇気を持って寄せる事の出来る彼の体も大好き。

 私達、人外や妖怪とも区別せずに

 私のこんな姿を見ても横で何も言わずに居てくれる

 貴方の心に 私は少しでも寄り添っていたい……

 それが例え、僅かな時間でも構わないから。


 ――大事な話があると、彼から話を持ちかけられた私は。
 平静を装って別れた後、自室で天井を見たまま固まっていたらしい。
 帰ってきてから五時間以上天井の染みを数えていたらしく、
 村紗が心配そうな顔で揺さぶってくるまで完全に沈黙していたという。

 事情は伏せたが、心配無いとあの子達に諭すと一先ずはお互いに落ち着いた。
 私がまたその日の夕食で、床の染みを数え始めるまでの話だが。


 ――この日までは”普通”に幸せだったと思う。



 林の中にある、水の澄んだ河のほとり。
 あの人は大事な話があるのだと……
 まるで少女の様に、胸に期待を膨らませながら私は彼へと近付いて言った。

 先に来ていたのですね。待たせてしまいましたか?

 彼は笑って首を振る。
 そうして挨拶を返しながら、私の顔を見る彼。
 不思議なもので、今日は彼の顔を見ても目を背ける事もない。
 恥ずかしさよりも何か、違うものが前に押し出されているような。
 少しの沈黙が流れ、彼の口が開く。

 ……とく、とく、とくん。

 胸の中で、何時か取り戻されたそれが頭の中にまで強い音を立てる。

 とく、とく、とく。とく、とく、とくん。

 そして彼は言った。

 とくん、とくん、どくん。

 とくん、とく、とく…… ……とく ……とく


 …… …… …… …… ……。

 …… …… …… …… ……。


 林の向こうから一人の男が出てきていた。
 照れた様子で出てきたその人は、よく命蓮寺の補修なども手伝ってくれた人。
 けど、そんな事はどうでもいい。
 どうでもいい。
 ど う で も いい。

 あの……意味が分かりませんでした。もう一度言って頂けませんか?

 自分が今耳にした言葉を、信じられる筈も無い。
 心臓の鼓動は収まり、血はまるで凍りついたようにさえ思えていた。

 ……聞き間違いではなかった、その一言のせいで。

 その人は私の事が好きだと。
 私と仲の良い彼に取り持って貰おうと、お願いしていたと。
 ……つまり、彼は……

 私とこの話をする為だけに私との関係を続けていた……?


「そんな事はない。彼は優しいから」

”そんな事は分かっている”

「そんな事は無い。彼は、優しいから」

”そんな事分かってる”

「違う、彼は優しいから……だから」

”でも嘘。私の事なんて始めから目に掛けてなかった”

「私は……優しいから……好きだったから、彼を……」

”人間はやっぱり嘘つきで酷い存在だったのよ。それは彼も変わらない?”

「彼、を……」

”好きだったのに。アイしてたのに。こんなにも本気で、私はまた裏切られた?”

「彼、は……」

”彼は 私の心を助けてはくれない”

 違う。彼は私を救ってくれる人 きっと。


 すうっ、と黒いものが。私の全てを包み込んだ様な気がした。


 話を続けていた彼の口を、私は自分の口で塞ぐ。
 思い切り舐め回す様に、私のにおいが染み込む様に。

 驚き照れる様にして飛びのく彼をがっちりと腕に抱きしめて捕まえると、
 その人へと私は微笑みながら言った。

「ごめんなさい、私は。彼の、モノですから」

 そのまま胸に顔を埋めるようにして。

 同時にその人は彼へと罵詈雑言を浴びせると逃げる様にして去って行ったが、
 私には何の感情も沸かなかった。

 ただ、この想いの丈をぶちまけ、体を重ねる幸せが全てを忘れさせてくれた。
 彼が私を拒絶するまでは。

 当然か。
 私とは親友として付き合っていた、
 ましてやあのような態度を彼の友人に取った事……
 彼には許せなかったらしい。
 体を引き剥がそうとしながら、
 しかし汚い言葉は使わずに私を嗜める様に言葉で攻めている。

 ……あぁ、やっぱり私の好きな人は彼だった。
 感情のまま、私に怒りをぶつける事も出来たでしょうに。

 だから私は彼に言う。

 何を言う?

 決まっている。

 後戻りなど出来ないと。


「アイしてます」
 何かが壊れたその想いのまま、私は彼に告げた。
「これからは たとえ なにがあっても ずっと一緒ですよ」
 彼は、目を丸くするだけだった。
「毎日、貴方の為にご飯を作りに行って上げますね。朝食も、お弁当も、夕食も」
 何を言われているのか、理解出来ない。
「足りなければ夜食だって、任せて下さいね。これからは尽くしてあげますから」
 そんな表情。
「服だって繕います、お揃いにするのもいいですね

 洗濯もしましょうか ふふ、恥ずかしがらなくていいんですよ

 部屋の掃除だってしてあげます 大丈夫ですよ

 貴方が何を趣向としていても 私は許してあげますから

 いっその事 私達と一緒に住むのもいいですね

 一日中あなたにべったりと

 うふふ、お説教してあげますから


 どうですか

 これだけ言われてまだ気付きませんか

 私がどれだけ貴方をアイしているか

 貴方が私に何を言ったのか


 私が今、貴方をどんな気持ちで抱きしめているのか」

 そして彼は、青ざめた。
 自分を抱きしめている女は――人間の皮を被った、悪魔だと言う事に。

「貴方も私の事―― アイしてますよね?」

 ゆっくりと頷く彼に、私は微笑んで答えていた。
 そうして、もう一度キスをする。
 今度はゆっくりと、永く……

 そして耳元で囁いた。

「だから裏切ったら……殺しちゃいますから♪」


 例え死んでも逃がさないという、二重の意味を込めて

 永遠に続く私達の絆が

 深くしなるように絡まったのを感じながら

5スレ目 >>69




僕のお母さんは山の上の巫女さんだった。
お母さんは外来の人と子供を作ったけど、その人は居なくなりお母さんだけが残された。

お母さんはお役目があるから、子育てが出来なかった。
僕は里に預けられる事になった。正確に言えば、里の近くにあるお寺だけど。

僕にとって、妖怪は身近な存在だった。
だって、赤ん坊の頃から妖怪と同居しているのだから。
無くしモノをした時には、ナズーリンによくお世話になった。
夜に厠へ行くとき、小傘に驚かされてはちびり、一緒に汚れの始末をした。
雲を操る一輪には良く雲に載せて遊ばせて貰った。
村紗からは、見たことも無い海の話や、海の怖い怪談を聞かせて貰った。
寅丸星からは勉強を教えられたり、お寺の仕事を学ばされたりした。

そして何より、白蓮さんは僕にとっての母親だった。
厳しくもあり優しくもある、僕にとっては掛け替えのない存在。

一度だけ話して聞かせてくれたけど、白蓮さんがこの地に降り立った時に出会った外来の人と僕とは似ているらしい。
その話をしてくれた時の白蓮さんは、僕が見てきたどんな顔よりも綺麗で……妖艶だった。



僕は、15歳になった。

最近、白蓮さんが部屋に忍んでくる。

「あの人をあの巫女に奪われ、隠されたのは痛恨でした」
「愛しい人と、嫉妬を抱いた巫女の血、貴方は私にとって一番複雑な存在なんですよ?」

白蓮さんは、僕の首を優しく絞める。
決して呼吸障害を起こしたり、首の筋肉や脊椎に損傷がいかない絶妙な力加減。
最近は毎晩の様に僕の首を絞める。
白蓮さんが言うには、僕は父さんと母さんの特徴をそれぞれ引き継いでいるらしい。

だから、愛するのにも、憎むのにも葛藤が居るとか。

でも、最近は愛の方が大きいらしい。
僕が15歳を過ぎ、男の面が大きくなって来たからだ。

僕にとっても、寺の住人達との付き合いが微妙になっていた。
彼女らは美しい、愛らしい異性だからだ。妖怪だとしても、僕は……。

「○○、私はどうしたら良いのでしょうかね?」

今夜は首を絞められず、優しく唇を唇に重ねられた。
何時も、母として見てきた白蓮さんが、僕に女として接してきている。

……僕は。

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