■フランドール1

妹が出来た。



紅魔館の面子とは元から仲が良かった。
自分から出向いてくれる、幻想郷では珍しい男性で、
それでいてメイド長も知らない料理が作れるのだ。
「これじゃ貴方を珍しがってるだけね」と小さな主は苦笑した。

紅魔館に通ってティータイムを過ごす日々が二週間程経った。
その日は菓子を三皿に分けているともう一皿用意するように言われた。
僕は巫女でも来てたのかなと思った。
ところがテーブルで待っていたのは、
確かに紅白の服こそ着ていたが、
金髪で紅眼で、硝子の様に輝く羽を持った少女だった。
「……妹?」
レミリアに聞くと、少女は羽根をぴくんと動かした。
「ええ」
羽根がぱたぱたと動く。
「なんて名前なのかな?」
「フラン、だよ」
「よろしく」
「んー///」
恥ずかしそうにティーカップで顔を隠す。
ちょっと素っ気ない気がして、
嫌われなかったら良いんだけどと思った。

フランは色々と不安定だから、
来客や周りに迷惑をかけないよう普段は地下に隠れてるのだとレミリアに聞かされた。
大分ここにも馴れて来たから会わせたのだと。

フランは終始恥ずかしそうに俯いていたけど、
いざ僕が帰ろうとすると、入口でシャツの裾を掴んで離さない。
「……私も行きたいー」
「妹様、それは……」
咲夜さんがちらちらと僕とレミリアを交互に見る。
ああ、気に入られたんだなあ。
「私は構わないわよ?
 ○○なら大丈夫でしょ」
レミリアは承諾してこちらを向いた、
咲夜さんは相変わらず困ったような顔でこちらを見てたが、
「フランの好きにすると良いさ」

羽根をぴこぴこと羽ばたかせながら、
僕より少し高い所を飛びながら、
二人で手を繋いで帰った。

「外に出るのは久しぶり」
「いつから出てないの?」
「んー、覚えてない。
 ずっと前に宴会に行ったけど……楽しくなかった」
フランの手を握る力が強くなる。
「でも、おにーさまがいるから今日からきっと楽しくなるよ!」
一目惚れとか、そういう事なのかな。
今日初めて出会ったばかりなのに、
えらく好意的な彼女に違和感を感じた。
「ん……お兄様?」
「だっておにーさまは、私を見て妹って言ってくれたよね」
話が噛み合わない気がするけど……まあいっか。


咲夜さんからはフランは精神的に不安定な面が強いと聞いたが、
夕食を作る手伝いをしたり、
他にも家事を率先して手伝ったりとそういう様子は見せなかった。
風呂にやたら長い時間をかけたり、
シンプルな調理に文句を言ったり、そういう所は女の子らしいなぁ。
ただ、風呂に一緒に入るのはごめん被った。
いや流石に人に換算すりゃティーンズに入るしね?
咲夜さんに頭洗って貰ったり背中流して貰ったりしてたからと、
それを理由に手を引いたが何とか断る。

風呂から上がった時泣いていたので、
理由を聞いた所「シャンプーが目に入ったー……」ああもう……


さて、布団は……
フランが既に僕のベッドに寝転び手招きしていた。
そうだなうん僕が布団敷いて寝ようか。
「あー!駄目なの!おにーさまはフランと一緒に寝るの!」
「こらこら無茶言わないの、うちのベッドは狭いんだから……」
フランは目を潤ませて懇願する。
「……ずっと地下に居たから、
 誰かと一緒に寝た事が無いの……」
「う……」
強要する気は無いらしい、
僕の手を取ってはいるものの、それ以上引っ張る様子は無い。
「仕方ないな……」
明かりを消して、ベッドに入る。
フランの体はひんやりしてて、絡み付かれても苦痛じゃない。
「おにーさま、おやすみのチュウして?」
「えー……」
「……」
「わかったよ」
軽くキスしたつもりだったが、
ちゅるんと舌を吸われて驚いた。
フランはすぐに「いたずらだよ」と言ったが、
舌先に当たった牙の鋭い痛みが、
やけに体に馴れる。

まるで、僕が望んでこの痛みに甘んじてるような、不思議な感覚。
「おやすみ、おにーさま」



一匹の蛇が身体を這い回る。
白蛇は神の使いだったか、
どうであれその冷たい感触は気味が悪く、
蛇に首を締め付けられる自分の姿を見て、
そこで目が醒めた。
あぁ、夢だったか……
寝汗をかいた様子は無い、
フランはベッドに居なかった。
……台所から焼けた臭いが漂う。
あー、なんだかんだで子供だしなあ。
台所は荒れてしまっただろうが、
うっかりと火事でも起こさない様いそいそと服を着替える。

「あ、おにーさまおはよう」
我が目を疑った。
フランはトーストにジャムを塗った物を作っていた。
よく使い方を知ってたもんだ。
「私これしか出来ないよ……ごめんね」
ありがとうって頭を撫でる。
気持ちだけでも嬉しいけど、
自分の出来る範囲を理解してるのは偉いよ。

あれ、そういえばフランの分は無いのかい?
「え……、もう食べちゃったよ……ごめんね?」
構わないよ、起きない自分が悪いんだから。


朝飯が用意されるのは久しぶりだった。
一度紅魔館に宿泊した時以来か。
あの時は咲夜さんが気を遣って起こさなかったので、
結局昼過ぎに目が覚め、
準夜行性の彼女達はテーブルに俯せて眠っていたっけ。

「明日は僕が作るよ」
フランは首を横に振る。
自分の仕事にしたいらしい。
「……じゃお願いしちゃおうかな」
「うん!」

昼過ぎに咲夜さんが訪れた。
レミリアが昼寝を始めたので様子を見に来たそうだ。
「それで、昨夜はお楽しみでしたね?」
「あなたがそれを言いますか……」
「冗談よ、妹様の様子からすると何とか無事の様ね」
「?……まあ理性が何度か飛びそうになったよ」
「じゃ、大丈夫か……」
何がだよ、と思ったが、
咲夜さんはすっと立ち上がり僕を指差してこう言った。
「妹様を悪く言うつもりじゃないけど、
 紅魔館側からの警告と思ってちょうだい」
「何がさ」
「妹様はお嬢様と同じく吸血鬼、曲がりなりにも悪魔の類よ。
 余り宗教的にならないよう言うけど、覚悟はしなさい」
時間を止めて消え去った咲夜さんの席には、
数冊の料理本が残されていた。
「おすすめ朝ごはん、簡単につくれる朝ごはん……こっちもか」
いつから見られてたんだ全く……

夕方、
冷蔵庫を見ると前日まであった食糧がほぼ無くなっていた。
……推理すると、
フランが朝食を作る→しくじる→「こんな物出せないよぅ」→破壊→トーストだけ残る。
ってオチ?

「フラン、買い物に行こうか」
「え……いいの!?」
フランは羽根をパタつかせる。
「ああ、誰かが食材を使い込んじゃったからね」
「う……」
「フランの好きな物を作ろうか」
「じゃあ私は○○の好きな物作るよ!」
そうかそうか、
ガーリックライスでも頼んでやろうか。



フランとの生活が始まって暫く。
蛙の鳴く季節になってきた。
まだまだ夏には早いのだが、
ひんやりとしていたであろう地下室暮しの長いフランは、
梅雨の暑さで既にダウンしていた。
「暑いー……」
最初は普通に服を脱ぎ始めたので普通に怒った。
昨日まで三日程大雨が続いていたので、
今日ぐらい涼しくなってくれるだろうかと思ったがそういう訳にもいかず、
初夏の日差しは地面に反射して家を熱していた。
「地下室に帰りた……くない」
帰りたいと言おうとして引っ込めた。
「それなら夏の間だけ避暑に行かないか?」
「ひしょ?」
「暑くない所に行って、暑さから逃げて生活する事さ」
「んー……どこに行くの?
 そりゃまあ……地下室が調度良いんじゃない?」
フランは悩んでいる。
妹になるー、と飛び出していった以上、
実家に帰るのは気恥ずかしい物でもあるのだろうか。
「それに、さ。
 向こうで暮らす間は咲夜さんに頼めば家事も減るんじゃない?」
「……むー」
しまったこれは地雷だったか。
……好きでやるってのも変な感じだけどなぁ。
「まぁ……○○がどうしてもって言うんなら……良いよ」
「良かった……じゃあちょっと咲夜さんに聞いてみようか」

こういう時に咲夜さんは便利というか何と言うか、
レミリアに頼まれてるようで呼べば出てきてくれる。
「咲夜さーん」
「はい、こちらに」
「かくかくじかじかで地下室を借りたいんだけど……」
「地下室でしたら……」
一瞬咲夜さんの姿がブレる。
確認しに行ったのか。
「調度品はそのままですが、やはり埃が溜まってました。
 掃除をしておくので日が暮れたら妹様と一緒にいらして下さい」
「ありがとう、助かるよ」
咲夜さんはにっこり微笑んで去った。

「あーでも、なんか、やだなー」
「何が?」
「お姉様うるさいもん、
 服装がはしたないとか、たたずまいがなってないとか」
「あぁ……」
過保護だからな。
「なら僕があげた服なら文句言わないんじゃない?
 友達のセンスにケチを付けるような女の子はレディじゃないからね」
「それだと○○にセンスが無いみたいだよ」
「まさか」
里で買っておいた浴衣を押し入れから出す。
夏にはちと早いが、
雨もまだ渇かぬ内だ、それなりの趣はあるだろう。
「どうかな、うさぎ柄」
「おいしそー」
くじけそー。
「……やっぱり花柄にしよう」



「かわいいね!この服」
「浴衣ってんだよ。
 里で夏の夜に着る服だね」
提灯持って、下駄履いて、
夕闇の道をぴちゃぴちゃ跳ねる。
とりあえず羽根を出す切り込みを作ってよかった。
パタパタとはためく事からフランが喜んでるのがわかる。
「ね、ね、
 これ、パチェやめーりんも褒めてくれるかな?」
「ああ、きっとな」
何着ても可愛いのに褒めない訳ないじゃんと思ったけど、
ちょっとは洒落たままで居たいから黙っておく。
紅魔館が見えて来た。

「……あれ?」
窓から人影が行ったり来たり、
外から見ても慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
自分達を迎え入れようとしてる訳では無いようだ、
「何かあったのか?」
フランが手をぎゅっと握ってきた。

来たのを察知したのか美鈴が焦った様子で出て来た。
「やぁ美鈴、どうしたんだ?えらい慌ただしいようだが……」
「○○さん、妹様、大変です!
 咲夜さんが……咲夜さんが居なくなったんです!」



メイド長代理は美鈴が行う事になった。
本人は「妖精に話が通じますから」と言っていたが、
表情はやはり暗いままだった。

そしてレミリアは、
ひとまず自分の部屋に僕とフランを招き入れた。
「あぁ美鈴、お客様に何かお茶を」
「あ、はい……」
「貴女が入れられる物で構わないわよ、咲夜もいないしちょうど良いわ」
「かしこまりました……」
レミリア自身も美鈴が不慣れな事、
咲夜さんが居なくなって動揺しているのは認識しているようで、
美鈴も「暫く席を外せ」と受け取ったようだ。

「さて、○○、フラン。
 せっかく来て貰ったけど大したもてなしが出来なくてごめんなさい。
 順を追って説明する前に何か質問は?」
「咲夜さんが『居なくなった』ってどういう事?」
聞いたところでレミリアはカップを掴もうと……して、指が何も掴めない。
「……運命が見えなくなったの」

「あれは、例え対象が幽霊になろうが天人になろうが幻想郷にいる限り見る事が出来る、
 スキマ妖怪のそれの中でもね」
「じゃあ、外の世界に吐き出されたとか、
 ……時間軸の違う世界から帰ってこれなくなったとか?」
「……そうね、おそらく後者。
 どのみち霊夢と紫に頼るしか無いわね」
レミリアはふとフランの姿を見た。
「可愛いじゃない、
 咲夜が居たらすぐに私のも仕立てたかもね」
「……ありがと」
素直になったわね、
とでも言いたげにレミリアは微笑み、
「そういう訳で地下室は片付いて無いのよ。
 フランの私物は別室に運んでおいたから、そこで寝て頂戴」
「ああ、悪いな……」

カップを取りそこねたり、時々羽が震えていたり、
動揺は隠し切れなかったようだが、
やはり相応に咲夜さんを信頼しているのだろう。
でもなければ、ああも虚勢は張れまい。
ただフランだけが不機嫌なだけだった。
階段を降る途中も俯いたままだ。
「……えい」
ほっぺを指で押してみる。
「む、なにふんのよー」
「はぶてるな」
「はふててないー!」
「ほーれぐりぐり」
「むー!」
ほっぺを指でふにふにしてると、
飲茶セットを片付けた美鈴が後ろから降りて来た。
「あ、○○さん、夕食は中華になりますがよろしいですか?」
気丈に振る舞ってはいるものの、
やはりこちらにも疲れが見えている。
「ああ、お疲れ」
「はいはい」
「めーりーん、○○がいじめるー」
「妹様が可愛いからですよー」
そう言って美鈴ももう片方のほっぺをふにふにし始めた。
「むー!」


怒ったフランを宥める為に、
用意された部屋までお姫様抱っこで行く事になった。
「えへへー//」
羽をぱたぱたされると痛い、ガラス質だし。
しかし我慢。
妖精メイドに茶化されても我慢。

用意された部屋は北窓の日の差し込まない部屋だった。
フランに対する気遣いだろうか。
本人はもう疲れた様子で浴衣のままベッドに横になっていた。
「こらこら、風呂入って、着替えてから寝なさい」
「えー、お風呂入ったら力抜けちゃうもん、
 そしたら○○に襲われちゃうー、きゃー」
「きゃーじゃない」
おんぶして浴場まで連れてく。
「あら○○、まだお風呂入って無かったの?」
「ああレミリアちょうどよかった、フランをお風呂に入れてやってくれ」
「えー!お姉様と入る方が危険だよ!」
何言ってるんだか、と思ってレミリアを見ると顔を赤らめて……って、
「図星かよ!」
美鈴に引き渡す事にした。


風呂は一人で入って、
部屋に戻るとフランは既に寝ていた。
まあ、する事も無いし、
明日になったら咲夜さんを探すのを手伝わないといけないので、
そのまま寝る事にした。
ふと時計を見るといつも寝る時間より遅くなっていた。
予想外に忙しくなったからなあ。
「フラン?」
声をかけてみたが、
既に寝入っているようで反応は無かった。
「おやすみ……」



さて、
自分の所に来てから人間のリズムで生活していたフランこそ寝付いたものの、
夜は本来化生の時間である。
美鈴もああ見えてメイドらしい仕事は出来るようで、
僕の枕カバーに手紙を隠していた。
咲夜さんなら時を止めてすっと届けるのだろうが、
彼女なりにフランに見つからない為の細工なんだろう。
そして僕は手紙に書かれたように、
・・・・・・フランの寝付いた後、食堂に呼び出された。

「待っていたわ」
レミリアは物憂げな表情をしていた。
無理も無い、最も身近な従者が居なくなった上に、
・・・その容疑者が、おそらく。
「貴方にこれを告げるのは酷だけど・・・」
「或いは、フランが咲夜さんを消したかもしれないって事だろう?」
レミリアが息を呑む。
美鈴は気まずそうに、
パチュリーだけは全てを予見していたかのように平然としていた。
「・・・・・・ええ、ああも存在を抹消出来る存在なんて、
 幻想郷においては、フランしか居ないわ・・・」
「具体的な手段は検討がついてるの」
パチュリーがゆっくりと口を開いた。
「そんなの・・・幾らでも有り得るわ」

「手っ取り早く存在を破壊する、二度とこの時間に戻れないように時間を破壊する、
 ハクタクのように歴史を破壊して因果を乱す、逆にあらゆる存在の中から「十六夜咲夜」という人物を・・・」
「もうやめて」
レミリアがそれを制する。
「あんなに・・・・・・○○と一緒に暮らしてあんなに幸せそうだったのに・・・
 フランが・・・そんな酷い事する訳無いじゃない・・・
 あの子を閉じ込めた私がそんな目に合うならまだしも、
毎日自分のの世話をしていた咲夜を殺したりするはずがない!」

「そうだよ」
鈴の音のように、
空気を切り裂いたその一言に、全員が振り向いた。
「私が咲夜に、そんな事する訳無いじゃない」
「フラン、起きてたのか」
「ん・・・///」
僕を見て軽く微笑んだ後、フランはつかつかとレミリアの横に歩き、
「で、そうだよね?お姉さま」
不自然に、肩に手を置いた。
「え・・・?」
「お姉さまが、私を疑う筈が無いよね」

フランは長らく人と接する事が無かった故に、
コミュニケーション手段が乏しいって。
そう言ったのは皮肉にも咲夜さんだったか。
気づかないのは一人だけで、
彼女のその行動は自分が犯人である事を遠巻きに自供してしまっている。
いや、あるいは、
それを自ら行う事で脅しているのか。
『お前も、いずれ、こうなるぞ』と。
「だから、フラン・・・」
レミリアが震えながら口を開いた。
「言ってるじゃない、あなたじゃないって・・・」
「・・・そ」

肩から手を離し、くるっと食卓を向き、
笑顔で、皆に問いかけた。
「そうだよね、美鈴は?パチェは?小悪魔はここには居ないけど、
 私が咲夜を殺したりする訳無いよね?
 咲夜もその内ひょっこり戻ってくるよ、きっと!」
まだ隙間妖怪や月の頭脳に頭を下げてない以上、
この状況を打破する事は出来ない。
皆、茶を濁すような反応を・・・
「そうそう」

「○○、やっぱり今日は帰ろう?」
何を、馬鹿な、
「咲夜がいないとやっぱりつまんないもん?
 久しぶりに、夜中のお散歩にさ、今日は帰って寝ようよ」

フラン、君は、
余りにも駆け引きを知らなすぎる・・・


>>ジョバンニ氏




○○は私の手の中に無い、
あいつが殺すなって言ったら殺てはいけない。
生かすなって言ったら生かしておいてはいけない。
あんな奴、何も良い所なんか無いのに。
それでも○○があいつを好いていて、
こうして手の中に納められない事が悔しかった。

「見ないでよ」
「……お嬢様から監視するようにと」
そらみた事か、
実妹の事すら信用出来ず、
また見極める事も出来ずに当主などよく名乗れる。
ただ私から○○を奪いたいだけだろうに。
○○にキスをしようとしたら、
咲夜に○○を奪われていた。
「何よ……」
咲夜は眠っている○○を抱えたまま、
目を逸らし申し訳なさそうに佇んでいた。
「血を吸うとでも思った?
 見くびらないでよ!私はお姉様ほど汚くないわ!」
「妹様……!」
汚らわしいってこういう感情か。
もはや憎しみよりも憐憫に近い物が心中に浮かんでいる。
可哀相な○○。
あんな奴の手の上で踊らされて。
私しか助けられる者はいないんだから、
助けなきゃ。



一緒にここを出よう、
「だって私は」
あなたが居ればそれだけで幸せだよ。
「冗談だろう?」
○○は困ったように頭を撫でる。
僕はいつでもフランの側にいるよ、
それにレミリアはそんな悪い子じゃないよ、なんて。
あんな奴の擁護なんて要らない、
実質的に私を495年も閉じ込めた奴、
人間が、人間以外に憐れみなんて持たなくて良いんだよ。


運命なんて物はとても脆い物で、
所詮過去は未来を変える事は出来ない。
壊れてしまった運命は元の歯車を回す事は無いんだ。


○○が不注意から窓のガラスを割ってしまい、
その破片は咲夜の眼を傷付けた。
失明、とまではいかなかったが庶務は回復に支障をきたすという事で入院が決まる。
これで○○は私の物だ。
思い知ったか、
お前の思い描いた運命なんてすぐに崩れるんだ。
私がいない楽園なんて要らない。
そしてお前がいる楽園なんて要らないんだ。


なのに、
「○○、一緒にここを出ようよ。
 なんで私じゃ駄目なの?なんでお姉様なの?」
なんで私を受け入れてくれないの?
「……ごめん、怖いんだ、フランは」
怖い?
「分かるんだよ、端から見てても。
 レミリアに対する悪意とか、敵意とか……
 そういうのが見えるから……」

違う、
怖いのは私だった。
でもなければ○○を押し倒して、
一瞬も置かず四肢を引き裂いたりはしない。
叫び声を上げようと開いた口に噛み付き、
舌を牙で絡め取り、血を啜る。
怖かったら、気を失っても良いよ。
もう逃げられない、逃がさないから。
舌を噛み千切ったのは私だし、
もう幾ら血を失おうとも息絶える事は出来ないよ。
だから、喉に詰まらない様に全部私が飲んであげるね?


ただ口は渇いたまま、
あいつの名を呼んでいた。


呆れた、
どこまで強情なのか、
それともお得意の運命とやらに心を惑わされたか、
未だに私を見ないなんて。
そうかそうか、もう良いよ。
「私があいつになってあげるからね?」
運命なんて幾らでも弄ってあげるよ、
私と○○が添い遂げる運命以外、壊してあげる。
大丈夫、
だってあなたはもう、自分で未来を切り開け無いよ?
「フラン……!」
「あぁ、自分から来てくれたのね、お姉様」
○○が壊れちゃったのがよくわかったね。
自分で運命をいじくってたんだから当然か。
「今日から私が、レミリアだよ」



羽根を毟り取ってすげ替えて、
服は返り血で良い塩梅に赤く染まっていた。
壊れかかったフランを地下室に閉じ込める。
運命を壊して、鍵を壊して、
これで元通り、出てこれない。
吸血鬼化した○○は気を失ったままだけど、
壊れた体は少しづつ治ってきた。
こんな簡単な事になんで私は気付かなかったんだろう。
フランは要らなかったんだ、最初から。
だってどうあっても○○の心はレミリアの所にあったんだから。
私がレミリアになればよかった、それだけの話。

気がつけば、血の臭いを嫌ったか館の中にメイドの姿は無かった。
美鈴を呼んでも出てこない、
あの騒乱がありながら外で寝ているという事はあるまい、
私を見限ってくれたか。


笑いが止まらない、
○○に見られたら怖がられるだろうか?
なにせ、楽園はすぐ傍にあったんだ。
いつでも手に入れる事が出来たのに、私はそれに気付かなかった。
或いは、気付かないのが正しい運命だったのか。
○○の四肢はいつも通りに治っていた。
時を失った窓には暗い霧が立ち込め、
時計の針は乱雑に左右への回転を繰り返している。
願いが叶ってしまった虚しさを噛み締め、
目を醒まさない彼の唇を指で歪める。
「ずっと、一緒だからね」


目を醒ます事のないだろう○○は、
指で口を歪まされながら私を嘲笑していた。

>>ジョバンニ氏





キュッっと彼女が手を握るとその先にあった柱が崩れ落ちた。

「おー相変わらず凄いな」

吸血鬼が住む紅魔館地下。人間にとっては危機的な状況だが○○はのんきに目の前の光景を見ていた。
その光景は彼にとって既に日常の一部となっていた。
気がついたら幻想郷にいて、紅魔館に拉致され、地下に放り込まれあっさり死ぬ予定だったが、彼は生きていた。
それも地下に幽閉されている吸血鬼、フランドール・スカーレットの気まぐれであった。
普通ならば壊れるまで遊び倒してしまうのが彼女の日常であったが、○○を見た瞬間なんとなく殺さないでおこう、そう思い生かしておいた。
結果としてその選択は彼女にとって喜ばしいものとなった。


「えへへ〜凄いでしょ〜」

先程ののんきな感想に彼女ははにかみながら答えて○○に抱きついた。

「きっとフランちゃんに壊せないものなんてないんだろうね」

そう冗談めかしながら彼女の頭を撫でる。


最初彼女は彼を怖がらせるために能力を使ったが彼は怖がらずにただ感心した。
今まで恐れられたり怖がられたりしたことしかない彼女にその反応は新鮮で心地よかった。
二人っきりの地下、互いに距離は直ぐに縮んだ。
彼女が能力を使うたびに彼は感心し、頭を撫でたり抱き上げたりした。彼女はそうして貰えるのが嬉しかった。
なので彼女は命一杯能力を使い広い地下室を破壊して回った。

そうこうしているうちに四六時中破壊音に悩まされてか館が心配になったのか姉のレミリアが降りてきて彼女に注意をした。
レミリアが去った後、彼は彼女の姉だと知るとこんな事を言った。

「やっぱりお姉さんも強いんだろうね」

彼にとっては何気なしに言った言葉であるが、彼女にとっては彼を姉に取られるかもしれないという危機感を抱いた言葉であった。

その後、彼が寝静まったあと彼女は地下室から抜け出し姉のもとへ向かった、立ちはだかる者は全て蹴散らしながら。
夜明け前、威容を誇っていた紅魔館は崩れ落ち、見る影もなくなっていた。


これだけ壊したんだもの、もしかしたら抱っこだけじゃなくてキスをされちゃうかも。そんな事を考えながら彼女は踊るような足取りで地下への階段を下りていった。


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「ごめんね 〇〇」
「気にしなくてもいいよ」

もう 何百回も交わされたやり取り
紅の館、その中において最も出入りが少ない場所 地下室
そこにいるのは僕と一人の女の子 フランドール・スカーレット
彼女の右手と僕の左手はつながれたまま、もう一ヶ月はなれていない
本当に何をするにも一緒のため、お互いの事を知り尽くしてしまったのではないかと、お嬢様にからかわれたりもした
それに、パチュリーさんからは、安全に手を離す方法ももうすぐ見つかりそうとのことだ


もともと僕はフランの退屈を紛らわすために、外の世界のお話をしてあげる役目についていた
正直なところを言ってしまえば、はじめは怖かったさ
でも前情報を忘れてしまえば、そこにいるのは娯楽に飢えた寂しがりやのかわいい女の子
僕はすぐにフランが怖くなくなり、彼女も僕を気に入ってくれた
けれど、僕は勤め人であり、この館に住んでいるというわけじゃない
地下室を出ようとするたびに、名残惜しそうに僕を見送ってくれるフランの視線には、なぜか罪悪感を覚えちゃうけど
もともと、本業は慧音さんの寺子屋で算数を教えている

そして 一ヶ月前――――

「……しかし、全ての黒幕は大佐だったのだ。驚愕する主人公と、真紅の電子人形
現れた最強の蜂型最終鬼畜兵器。そして大佐の無慈悲な死刑執行宣言が、最終決戦の火蓋を切った
[死ぬがよい]
……さて、このつづきはまた今度ね」
「えー そんな一番いいところで切るなんてひどいよー」
「まあまあ、次回を楽しみに待っててね」
「ぶー それじゃあ、次はいつ来てくれるの?」
「そうだね……ちょっと分からないなあ。でも近いうちにまた来るよ」
「何でわかんないの?」
その時、僕は少し赤面したらしい
「あのね、僕、慧音さんと二人で寺子屋をやっていく事になるかもしれないんだ…彼女、僕の事、好きだって言ってくれて……」
「……それで〇〇はどうするの? ハクタクのこと、好きなの?」
難しい事を聞いてくれる
「う〜ん。今まで、彼女の事は同僚としてしか見たことが無かったからなぁ
でも、彼女は本気みたいだし、僕も嬉しいと思うから、プロポーズを受けようと思うんだ」
「……ふうん」

きゅっ

「!?」
僕の左手が、フランの右手に包まれる
聞くところによると、フランは握ったもの全てを破壊するらしい
でも、僕の左手は健在で、ただ小さな手のぬくもりを感じることが出来た

「きゅっとして どかーん」
「え?」
「わたしもね、〇〇のこと、大好き」
「ええ?」
「こうして手をきゅっと握ってるときはなんともない。でも、この手が離れたら、どかーん だよ」
「えええ!?」
「あのハクタクを好きな人や、仲のいい友達はいるよね
でもわたしには、好きな人どころか怖がらない人だってほとんどいないの
〇〇は、わたしを怖がらないよね
お姉さまでさえほとんど来てくれないこの地下室に来てくれるよね
〇〇は……わたしを 見捨てたりしないよね?」

虚ろな瞳で顔を覗き込まれる
怖い 正直にも本能はそう言ってる
でも僕は、わずかに震える右腕で、強くフランを抱きしめた

「〇〇?」
「見捨てない……絶対に見捨てないよ……」

なぜか、涙がこぼれてきた
慧音さん ごめんなさい
でも、このさみしがりやで不安定な女の子には、誰かの支えが必要なんです
本人の意に反して誰からも恐れられてしまう、大好きと言ってくれた女の子を、僕は守りたいんです
たとえ手が離れ、この左手が無くなってしまったとしても、僕も彼女とともに生きていきたいんです


地下室に二つの泣き声が響く
一方は少女の歓喜 一方は青年の懺悔と決意
その声は長く高く反響し、館のどこにいても聞こえたという

4スレ目 >>893




フラン「〇〇、大好きだよ」
〇〇「大好きだよ、フラン」
フラン「うん。〇〇がここに来てくれるようになって、〇〇のために力を制御しようと頑張って
    それと一緒に〇〇がお姉さまを説得してくれて、わたしは外に出られるようになった
    〇〇にはいくら感謝したって、し足りないよ」
〇〇「気にしないで。外に出られるようになったのはフランが懸命に頑張ったから、それがお姉さんに通じたんだ」
フラン「それでも、わたしは〇〇がだいすきっ」
〇〇「あはは、僕も大好きだよ」



フラン「……でもそれは、妹みたいな女の子として、だよね?
    一人の女の子として、じゃないよね?
    わたし、知ってるんだよ
    ……〇〇は優しいから、いろんな女の子が、〇〇のことを好きだってこと」



その日、紅の館は、喧騒に包まれていた

〇〇「あの〜ずいぶん騒がしいみたいですけど、何かあったんですか?」
小悪魔「何か、じゃないですよ! 咲夜さんが重体なんです!」
〇〇「ええっ、昨日僕の家に野菜を届けに来てくれたばっかりですよ! 何でまた!?」
小悪魔「なんでも、食べていた果物が喉で破裂したみたいで、今永遠亭に搬送されたんです!」
〇〇「喉で破裂? どうしてそんな事が……何を食べていたんですか?」
小悪魔「ラズベリーとグランベリーだそうです。それでは、私も永遠亭に行ってきますので、失礼します!」

〇〇「グランベリー? 破裂、つまり破壊?
   ……いやいや、まさかそんなことが ねぇ?」

このときはまだ、僕のつまらない考えに過ぎなかった
根拠もない、ただの思いつきの憶測でしかない
それでも、この時点で彼女に何か言葉をかけていれば、この先の話は別の結末を迎えていたのだろうか?





[十人の〇〇を愛した女の子が食事をしていた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった]




    
〇〇「シラタキとハクサイとシュンギクと……」
村人「おい! あんた、慧音様の知り合いだったよな!?」
〇〇「え? ええ、そうですけど 何か?」
村人「いいから来てくれ! 慧音様の親友だって人があんたを呼んでんだ!」

妹紅「〇〇、やっと来たか!」
〇〇「なんですなんです? 僕は今日すき焼きの材料買いに来ただけですよ
   いつものようにルグルとチルノとルーミアの大飯食らいが来るんで」
妹紅「それどころじゃない! 慧音が起きないんだ!」
〇〇「へ?」
妹紅「朝から、目を開いて息はしていても何にも答えてくれないんだ!
   永遠亭の薬師が言うには、外傷じゃなく、心が壊されているって言うけど、どういうことなのか私にはわからない
   でも、あんたの声なら届くかもしれない。だから、慧音に呼びかけてあげてほしいんだ」
〇〇「な、何で僕の声なんかが届くんですか?」
妹紅「〇〇、あんたは知らなかったかもしれないけど、慧音はあんたの事がずっと好きだったんだ
   でも、丁寧で優しいあんたはきっと誰からも好かれるだろうからって、慧音はずっとその思いを胸に秘めてたんだ!
   だから……だから、あんたの声ならきっと……」

その日一日、僕は布団に横たわる慧音さんに言葉をかけ続けた
反応は 無かった
そんな慧音さんを見ていて、僕たちは涙が抑えられなかった
ただひとつ、心の片隅に引っかかったのは、妹紅さんの言葉
心が 《壊されている》
それでもこの時の僕にできた事は、ただ慧音さんの回復を祈る事だけだった





[九人の〇〇を愛した女の子がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人になった]





〇〇「椛さん……いますか?」
椛「どうしたんですか? すっかり憔悴しきった顔してますけれど」
〇〇「先週、辛い事がありましてね……
   時間があったら、将棋のお相手とお話を聞いてもらいたくて」
椛「いいですよ。悩み事は誰かに話すことでスッキリすることもありますから
  それに、私のほうも聞いてもらいたいことがあるので」

一局、椛さんは弱手の僕に花を持たせるような手を指しながら、話を聞いてくれた
そして、二局目の一手を指したところで、今度は椛さんが話し始める

椛「そうですか、あなたも大変だったんですね」
〇〇「も、とは……椛さんのほうも何か?」
椛「ええ 
  文様が、いなくなってしまったんです」

早くも僕の飛車が討ち死にした
続いて、角

〇〇「いなくなった、とは……?」
椛「そのままの意味ですよ。文様はあなたへの取材をことのほか気に入っていたようですから、知ってるものかと思ってましたが
  空を飛んでいたときに フッ と消えてしまったんです
  それからすぐに紫さんと霊夢さんが来て何事かしているところで、千里眼で唇を読んでしまいました
  文様は、結界のほころびから、飛び出してしまったと言っていました」

金 銀 桂馬 香車、それらが次々に僕の陣地から消える

椛「そして、お二人は結界の修復を終えると、こう言いました
  この結界は何者かによって意図的に破壊されていた
  その先の世界は虚無。何もありはしない世界に、文は飛び込んでしまった と」

まただ、また僕に近い女性が不幸にあった
しかも、今度はあの強固だという結界が《破壊されている》
盤上には、王を守る歩さえもいない
僕の王を取り囲む鉄壁の包囲網だけが広がっていた





[八人の〇〇を愛した女の子が旅をしていた
一人がそこに残って、七人になった]





永琳「ノイローゼね。あなた、何か悩みを抱えているんじゃないの?
   今回の不幸にあった女性の事だけじゃなくて」
〇〇「……いえ」
永琳「それにしては思いつめすぎよ。何も悩んでない人が、こんなふうになるとは思えないわ
   最近はご飯も食べてないんじゃないの?」
〇〇「……はい」

医者に来てこんな事を言うのもおかしいが、言えるはずがない
それらは全て、今も僕の勝手な推測にすぎないのだから
今のあの子は、自分の力を自覚して使わないようにしようとする、優しい〔妹〕のような娘なんだから
その考えが不幸を呼んでいたなんて、まだ僕はこれっぽっちも思っていなかった

鈴仙「師匠、急患です! 森で薪を切ってたところを真っ二つにされてました! 虫の息です!」
永琳「え、なに、その黒い塊は?」
鈴仙「宵闇です! この闇を解除してしまえば、おそらく耐えられません!」
永琳「ウドンゲ、ちょっと静かにしなさい! 〇〇も……」
〇〇「今度は、今度は……ルーミア……」

震えが走った
あのときの悪寒は、今もまだよく覚えている
まるで氷点下のプールに放り込まれたような気分だった
彼女は大丈夫 妖怪の生命力は人間の非じゃない 絶対に助ける
そんな言葉が聞こえた気がする
でも僕の記憶は、そこからすっぽりと抜け落ちてしまう
次に記憶が繋がるのは、家に戻って泣いた場面だった





[七人の〇〇を愛した女の子が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった]





〇〇「ねぇ、フラン」
フラン「なにー?」

僕の家、何をするでもなくただお話をして過ごす
先月ならそれだけでも楽しく、心の安らぐ時間だった
けれど今は、怖い
それは胸に芽生えた疑念のせいなのか
僕と仲良くしていてはフランも犠牲になるのではないかと懸念しているのか、どちらとも言えなかった

〇〇「そういえば、来てくれたの一ヶ月ぶりだね」
フラン「うん。わたしも最近いろいろ忙しいんだぁ」
〇〇「……何 してるの?」

ずっと僕にくっついて笑っていたフラン
表情が曇ったのを、その一瞬、確かに僕は見た
それから、何かを考えるような顔をして
「やだなぁ〇〇、それは乙女の秘密だよ」
と、花が咲いたような笑顔を見せてくれた

フラン「〇〇、大好きっ」
〇〇「うん、僕も大好きだよ」

いつもと変わらないやりとり
その言葉に偽りは無いと、それだけは胸を張って言える

フラン「じゃあ……キス して」
〇〇「えっ?」

目を閉じて、小さな唇が僕に近づく
その時、初めて理解した
フランはもう幼い女の子じゃなく、女性なんだと
けれど、臆病な僕は、ただ彼女を優しく抱きしめる事しかできなかった
誓って言う。フランが怖かったんじゃない
疑念を抱えたまま、変わっていく僕達の関係が、怖かった
この選択が間違いではなかったかと、今でも僕は思っている
妹としてなのか、女性としてなのかは分からない
けれど、僕は確かにフランを愛していたのだから

フラン「……今は、これでもいいよ。今は ね」

嬉しそうな、でも少し泣きそうな声が、僕の腕の中から聞こえた


……その日の早朝、森でリグルが瀕死で倒れていたのを必死で永遠亭に運んだと、三日後にチルノに聞いた
周りには、彼女特製の頑強な巣箱が破壊され、空に解き放たれた数千のミツバチが
彼女を心配するように飛び回り、チルノはそれを見て位置を特定したらしい





[六人の〇〇を愛した女の子が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった]





〇〇「小野塚さん、僕を渡してくれませんか」
小町「……なんだい、自殺志願者かい?」
〇〇「違います。映姫様に会いに行きたいんです」
小町「あれ、あんた映姫様の知り合いかい?」
〇〇「ええ。一度映姫様がお仕事でこちらに来られた時、三日ほどですが仮住まいとして僕の家をお貸ししました
   それから一ヶ月に一度くらいですが、何度か我が家にお越しくださっている、といった関係です」
小町「ああ、映姫様が言ってた世にも珍しいほどの人畜無害な男ってのはあんたのことかい
   ……一ヶ月の一度の休みを潰して会いに行ってる男ってのがどんなのかと思ってたけど、普通の男にしか見えないねぇ」
〇〇「何か言いました?」
小町「なんでもないよ。それじゃ、あたいの船に乗りな。全速力で連れて行ってやるから」

四季映姫様は白黒をはっきりさせる力を持っている
その力で、この一連の出来事の真相を教えてもらうため、僕は彼岸に来ていた

映姫「〇〇、いきなり仕事場に来るなんて有罪ですよ。机も片付けてないしお化粧もしていないのに」
〇〇「失礼しました。けれど、どうしても聞きたいことがありまして、失礼を押して参上しました」
映姫「いえ、怒っているわけではないのですが……小町、あなたはもういいか、早く彼岸の魂をつれてきなさい」
小町「いいんですか? あたいが早く連れてきてしまったら、〇〇といる時間が削れますよ」
映姫「……今日だけはのんびりやる事を許可します」

〇〇「あの」
映姫「何を聞きたいかはわかっています。  
   なので、その答えを調べるため、真実を映す浄瑠璃の鏡を見ていたのですが……」
〇〇「それで、どうでしたか」
映姫「……これを見てください」

書類がうず高く積み上げられた机に置かれたのは、浄瑠璃の鏡と映姫様愛用の笏
けれど、それはどちらも、半分になっていた

〇〇「これはいったい……?」
映姫「鏡で調べようとした際に、その“向こう”から攻撃を受けたんです
   とっさに笏で受けたので致命傷は免れましたが、鏡と一緒に真っ二つにされてしまいました」
〇〇「そんなことがあり得るのですか?」
映姫「私もそんな事を聞かされれば一笑に付すでしょうね
   けれど大妖怪クラスが、見られるであろう心構えを崩さずにいれば、あるいは。
   
   それと、短時間ですがその犯人との接触から感じたことは二つ
   あなたへの深すぎる愛情と、あなたを愛した女性への憎悪
   今回攻撃を受けた全ての女性の共通点は、その犯人に殺したいほど憎まれていたんです」
〇〇「……と、いうことは、まさか」
映姫「私のことは、気にしないで下さい。惨めになってしまいますので
   最後に、あの半分になった鏡が映した場所は、紅の館の大図書館
   そこで、あなたのよく知っているはずの、強い信仰心を感じられる赤い背表紙の書物を探しなさい
   どんな形であったとしても、全ての真相がわかるはずです
   さあ、行きなさい」
〇〇「……本当に、ありがとうございます」

僕が出来る最大に深いお辞儀をし、仕事場を出る

小町「あ、終わったみたいだね」
〇〇「……待っててくれたんですか?」
小町「当たり前だろ。あたいがいなくちゃ、あんたは向こう岸に渡れないんだから
   さ、また全速力で戻るからね、どっか適当に掴まっときな」
〇〇「お願いします」


映姫「ゴホッ……ゴホ……
   致命傷は免れましたが、脇腹を深くやられましたか……
   これで、私も、およそ一ヶ月は、休職です ね……」





[五人の〇〇を愛した女の子が法に夢中になった
一人が彼岸に入って、四人になった]





フラン「やっほー 〇〇」

彼岸から、その足でここまで来た
湖には朝日を日傘で受ける少女が待っていた
無意識に、足が一歩下がる

フラン「〇〇……どうして逃げようとするの?」

とても、とても悲しそうな声で、僕は我に返った
どうして逃げようとしてるんだ?
今でも、僕の抱えてる疑念の全ては憶測に過ぎないじゃないか
それなのに僕は、僕の事を大好きと言って、口付けまでせがんだフランから、本能的に逃げようとした
最低だ
その罪悪感を振り払うように、僕は彼女の左手を握った

〇〇「これから、紅魔館の図書館に行くんだ。フランも一緒に行こう」
フラン「わたしも用事があるから行くつもりだけど……今の罰として、一冊わたしの好きな本を読んでくれる?」
〇〇「一冊なんて言わず、用事が済んだら好きなだけ読んであげるよ。図書館ではあんまりしゃべれないから、借りてだけどね
   でも、こんな朝から大丈夫? 眠くはないの?」
フラン「久しぶりに昨日は丸々一日寝てたから、ぜーんぜん眠くなんてないよ
    でも、それって今日は〇〇の家にお泊りしてもいいってこと?」
〇〇「いいよ。でもお風呂と布団は別々じゃなきゃダメだよ」
フラン「ええーっ!」
〇〇「はぁ……これでも僕だって男なんだから、突然オオカミになっちゃったらどうするの?」
フラン「わたし、〇〇にだったら、食べられちゃってもいいんだけどなぁ……
    こんなこともあるかなって思って、下着もかわいいのをはいて来たし」
〇〇「……」

フランに見られないように、自分の太ももを抓って、僕は必死に平常心を保つのに一生懸命だった
こんな事がバレたら、本当に一緒に寝る事になりかねないし

チルノ「おーい、〇〇ー!」

湖の真ん中から僕を呼ぶ声がする
近づくチルノに左手を上げて答えると、フランに右手を少し痛いくらい強く握られた

〇〇「やあ、なんだかご機嫌だね」
チルノ「うん。昨日リグルとルーミアから手紙が来たの! 大変だったけど、いまはもう落ち着いたみたいで……
    あれ、この娘誰?」
〇〇「そっか、チルノはまだ会ったことなかったっけ。この娘は」
フラン「フランドール・スカーレット。〇〇の彼女だよ、よろしく」
〇〇「こらこら」
チルノ「……」
フラン「あー! こっそり左手を握るなーっ!」
チルノ「うるさーい! あたいだって〇〇が大好きなんだからーっ!」
フラン「なんだとーっ!」
チルノ「やるかーっ!」
フラン「フーーッ!」
チルノ「シャーッ!」
〇〇「…………」

僕を挟んで、ネコのケンカのような声を出す
でも、僕は安堵していた
フランは495年も生きてきたとは思えないくらい子供っぽく、素直な心を持っている
そのフランが、憎悪を持つという相手にこんな接し方をするわけがない
そう思うと、なぜか涙が出そうなくらいに嬉しかった
そんな事を考えてるといつのまにか、二人は僕の手を離れ、後ろでにらみ合っていた

〇〇「フラン、行くよ」

そう一声かけて歩き出すと、なぜか両手にフランがくっついてきた
続いてもう一人、肩車をするように登ってきた娘もまたフラン
その三人は、まったく同じ傘を持っていた

〇〇「……どういうこと?」
フラン「スリー・オブ・ア・カインド。分身を作るわたしのスペルカードだよ
    こうしておけば、〇〇の両手も肩車もわたしが独占できる。しばらくしたら元にもどっちゃうけど」
〇〇「スペルカードはもっと有意義なことに使いなさい」
フラン「わたしにとっては、これ以上ないほど有意義なんだけどなぁ」

チルノ「おぼえてろー! きょうは許してやるけど、こんど会ったらぎったんぎったんに……」
〇〇「?」

変なところで切れた気にかかって、振り返る
誰もいない

〇〇「あれ? チルノ、チルノー?」
フラン「きっと飛んでいっちゃったんだよ」
フラン2「ねえ、早く行こうよ」
フラン3「早く用事を済ませて、〇〇にいっぱい本を読んでもらうんだから!」
〇〇「はいはい」

チルノのことは気にかかる
けれど、フランは間違いなく僕にくっついていたんだし、大丈夫
フランの言うとおり、何か用事でも思い出して行っちゃったんだ
そう思って、僕は視線を前に向けた
もう、後ろは見なかった


愚かな僕の間違いは三つ

一つ。どこかにいったと僕が勝手に思っていたチルノは、対岸まで吹き飛ばされて、か細い息をしていたこと
一つ。静かな憎悪に燃える者は、表面上の自分の心をいくらでも偽ることができるということ
一つ。フランのスペルカードは、二人の分身を作る【スリー】・オブ・ア・カインドではなく
   三人の分身を作る【フォー】・オブ・ア・カインドであり、もう一人のフランを、僕は見ていないこと





[四人の〇〇を愛した女の子が湖に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった]

(※:道に燻製のにしんを置く=注意を他にそらす と言う意味の英国のことわざ)





〇〇「パチュリーさん、おじゃまします」
パチュリー「どうしたの、突然」
〇〇「ちょっと調べ物が……」
フラン「デートだよ!」
〇〇「こらこらこら」
パチュリー「……本当に?」
フラン「うん! 〇〇が一緒に行こうって誘ってくれたんだもん」
〇〇「あ、あはは……」

間違っていないだけに、二の句がつけられない

フラン「それじゃ、わたしもちょっと用事を済ましてくるね」
〇〇「うん。僕のほうはどれくらいで終わるかちょっと見当がつかないから、ゆっくりしておいで」
フラン「ダメだよ、早く終わらせて〇〇の家に行くんだからねー」
〇〇「はいはい、それじゃあ行ってらっしゃい」

フランが消えると、図書館は火が消えたように静かになる
峠は過ぎたとはいえ、小悪魔さんは今も永遠亭で、咲夜さんに付き添ってるみたいだ

パチュリー「……あの子も、ずいぶん笑うようになったのね」
〇〇「ええ。もともと素直で、優しい娘でしたから」
パチュリー「だれがそうしたのよ、もう」
〇〇「?」
パチュリー「自覚はないのね。そんなとぼけたところも、あの子は好きになったってところかしら。でも…………私だって……」
〇〇「へ?」
パチュリー「なんでもないわよ。鈍感男
      それより、あなたはさっさと用事を済ませちゃいなさい
      いつまでもここにいられちゃ、図書館が甘ったるくなってしかたないのよ」



〇〇「でも、僕の知ってる信仰心を感じられる本って何だろう?
   ……聖書とか? いや、僕は読んだ事ないしなぁ……」

この大図書館の広さはよく知ってる
【僕のよく知る、赤い背表紙の、多くの信仰を得た本】というヒントがあるにしても
ここから一冊の本を探すというのは、砂漠に落とした一本の針を探す行為に等しい
なんだか、探す前から気が遠くなってきた
しかし、信仰の本なのだからと宗教書の本棚を探し出し、そこにあった赤い背表紙の本を開いてみた

〇〇「うわ、これはダメだぁ」

一秒もかからず諦める。読めないのだ
よく見てみれば、僕に読める字で書かれてる書物のほうが少ないくらいだ

〇〇「……ちょっと息抜きしよう」

ほとんど本は開いてないけど、本棚探しでもう30分は迷っていた
あらためて小悪魔さんの凄さが身にしみてわかる
そうして到着したのは、僕が唯一場所を覚えている本棚
フランに読んであげたものが多く並ぶけど、それらは外から流れてきた僕の趣味の本だ
この本棚にあるのは外の世界の刑事物やミステリばっかり
どれもこれも古典作品ばっかりだけど、こういったものは昔のほうが面白い、というのが僕の持論だ
現代の科学捜査 みたいなのが横行してるお話っていうのは、どうも肌に合わないんだよね
エルキュール・ポアロ エラリークイーン フィリップ・マーロウ 新しめのでは刑事コロンボ
みんな大好きな作品だ

〇〇「さ〜て、何を読もうか……な……」

……見つけた

一冊の文庫本を手に取る
僕もよく知る、この棚唯一の赤い背表紙の本
作者は、世界一愛され、そして世界一多くの人間を紙面上で殺した女性
この人物なら、凡百な神なんて相手にもならないほどのカリスマと信望者を抱えている
著者、ミステリの女王 アガサ・クリスティー
その手法から、【アクロイド殺し】に次いでフェアかアンフェアかのミステリ論争を巻き起こした問題作

〇〇「……【そして誰もいなくなった】」

ストーリーは、ソラで言えるほどに読んでいる
その際、僕の膝の上で何度も何度も読んでほしいとせがんでいたのは誰であろう、フランドール・スカーレットだった



一つの脱出不可能な島に集められた男女が、マザー・グースの唄になぞらえて次々に殺されていく
そして最後の一人も首をくくり、島全ての息が途絶える
その唄を、少し長くなるが全文引用する



[十人のインディアンの少年が食事に出かけた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった

九人のインディアンの少年がおそくまで起きていた
一人が寝過ごして、八人になった

八人のインディアンの少年がデヴァンを旅していた
一人がそこに残って、七人になった

七人のインディアンの少年が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった

六人のインディアンの少年が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった

五人のインディアンの少年が法律に夢中になった
一人が大法院に入って、四人になった

四人のインディアンの少年が海に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった

三人のインディアンの少年が動物園を歩いていた
大熊が一人を抱きしめ、二人になった

二人のインディアンの少年が日向に座った
一人が陽に焼かれて、一人になった

一人のインディアンの少年が後に残された
彼が首をくくり、後には誰もいなくなった]




そして全てが終わり、警察が島を訪れたとき、そこには島に集められた十人の死体が転がっているだけだった
そこには、物言わぬ骸となった犯人もいた

犯人は、U・N・オーエンと名乗った
U・N・OWEN、その名の意味は、UNKNOWN(アンノウン。どこのものともわからぬもの)
そして昔、その名で呼ばれたことのある女の子を、僕は知っていた




〇〇「パチュリーさん! パチュ……」

本棚の森を転がるように駆け抜け、入り口脇のパチュリーさんの指定席にたどり着く
けれど、この大図書館の主は、青白い顔をし、口から一筋の血を流していた

〇〇「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
パチュリー「……少し 落ち着き、なさい。死んでない、わよ……
      けれど、かなり、辛い わね……肋骨を、ほとんど、砕かれた、から……
      ヒーリングで、どうにか、してる、けど……」
〇〇「誰がこんなことを!?」
パチュリー「茶番は、やめなさい。あなたは、分かってるん、でしょ……?
      数分前、戻ってきた、フランが、私に抱きついてきた……
      あの子は、昔からそんなことをしてた、から、気にしなかった……
      でも、そのまま、私の体に腕を回したまま、力を、込めた……」
〇〇「わかりました! だからもう静かにしてください! 怪我に障ります!」
パチュリー「いいから、聞きなさい……。あの子は、最後に私の耳元で、こう言ったの
     
     『〇〇を好きになるなんて、絶対に許さない』って……」
〇〇「……」
パチュリー「話すことは、もう、みんな話したわ……あなたは、早く、行ってあげて」
〇〇「でも!」
パチュリー「私は、大丈夫。それよりも、あの子が、心配なのよ……行きなさい!」

弾かれたように、図書館を飛び出した
ごめんなさい
喉まで出かかった言葉は、ついに言えなかった





[三人の〇〇愛した女の子が図書館に来ていた
少女が一人を抱きしめ、二人になった]      





フランがいるとすれば、おそらく地下室かレミリアさんの当主室
そう考えたとき、僕の足は自然に階段を駆け上がっていた
確信があったわけじゃない
けれど、思い当たるのはマザー・グースの一節
八人目のインディアンの少年はすでに抱きしめられた
なら、次の少年はいったいどうなるのか

〇〇「フラン! ここにいるんだろ!?」

扉が壊れるかと思うくらい、強く押し開く
今現在、時刻はおよそ9時半ごろ
それでもこの部屋は常に薄暗く、日光が刺すことなんて絶対に無い
しかし今、天井にきれいに開けられた大穴から日光がさんさんとふりそそぎ
その光は、蓋の開かれた棺桶の中の灰をも平等に照らしていた



「十人の〇〇を愛した女の子が食事をしていた
一人が咽喉をつまらせて、九人になった」


フランが、いた
奇妙なマザー・グースのような唄を口ずさみながら、部屋右端の本棚に寄りかかっている


「九人の〇〇を愛した女の子がおそくまで起きていた
一人が寝すごして、八人になった」


一歩、僕はフランに向かって足を踏み出す


「八人の〇〇を愛した女の子が旅をしていた
一人がそこに残って、七人になった」


すると今度は、左端からも唄が響く
そこに置かれた机にも、フランが座っていた


「七人の〇〇を愛した女の子が薪を割っていた
一人が自分を真っ二つに割って、六人になった」


そうか、これはさっき湖で見た、分身を作り出すスペルカードじゃないか


「六人の〇〇を愛した女の子が蜂の巣をいたずらしていた
蜂が一人を刺して、五人になった」


ああ、やっぱり
いつのまにか現れた三人目のフランは、日光の中で、日傘をさして僕を見ていた


「五人の〇〇を愛した女の子が法に夢中になった
一人が彼岸に入って、四人になった」


フランの分身は、本体を含めて三人
この三人で何をするのか……その考え自体が間違いだった


「四人の〇〇を愛した女の子が湖に出かけた
一人が燻製のにしんにのまれ、三人になった」


その言葉は、僕の背中から聞こえる
けれどそれがわかったとき、すでに僕は羽交い絞めにされ、身動きが取れなくなってしまった
そして、もう一つ
〇〇(燻製のにしん……)
そうか。僕はこの手に引っかかって、四人目がいるとは夢にも思わず、みすみすチルノを見殺しにしたのか……


「三人の〇〇愛した女の子が図書館に来ていた
少女が一人を抱きしめ、二人になった」


ちろり と首筋に舌が這う
その感触に思わず小さく声が漏れた
それを見た三人のフランが微笑を浮かべて近づいてくる
そして僕の顔を覗き込み、心底愉快そうに、声をそろえて言った



「「「「二人の〇〇を愛した女の子が日向に座った
一人が陽に焼かれて、一人になった」」」」



そこで、僕は気を失った







フラン「〇〇、〇〇ってばぁ」
〇〇「…………ん?」

目を開く。そこは僕が気を失った場所と何も変わらない、紅魔館の当主室
ただ、僕を優しく包んでくれた太陽の光は消え失せ、部屋を照らしだすのは数多くの蝋燭と淡い月明かりだけ
そして、僕が頭を置いているのは、フランの膝枕
あんな事があってもなお、僕はその感触を気持ちいいと思ってしまう
それに顔に触れるものは、絹のレースのような感触
フランの着る白のドレスだ

フラン「あ、おはよう〇〇」
〇〇「……うん。って、その服は何?」
フラン「むぅ〜 だめだよ〇〇、起きたらちゃんと おはよう の挨拶をしなきゃ」
〇〇「あ、お、おはよう」
フラン「うん、よろしい」

〇〇「僕の質問に、答えてくれる?」
フラン「いいよ。どんな質問でもお姉さんにまかせなさいっ」

お姉さんぶったそのしぐさが可愛い。素直にそう思える
けれど僕には聞かなきゃいけないことがいくつもあるんだ
たとえ、それが聞きたくないことであっても 信じたくないことであっても

〇〇「もうわかってる。でも、確認させて欲しいんだ。フラン、君が、U・N・オーエンなの?」
フラン「違う!」

突然、さっきとはうって変わった激しい剣幕で否定される。何度も何度も、違うと叫ぶ

フラン「わたしはもうU・N・オーエンなんかじゃない!
    あなたが、わたしをあの暗い地下室から救い上げてくれた時から
    わたしが、あなたを愛したときから
    ずっとわたしはあなたの視線にいられるように頑張ってきた!
    わたしの名前はフランドール・スカーレット! U・N・オーエンじゃ、UNKNOWNなんかじゃない!」
〇〇「……ごめん」
フラン「ううん。わたしも怒鳴っちゃってごめん  
    でも、もう大丈夫。もう〇〇は、わたしを見るしかなくなっちゃんたんだし」
〇〇「え」
フラン「〇〇、全部わかってるんでしょ?
    わたしが あなたを惑わせようとする九人の邪魔者を 駆除したって」

言われるまでもない。図書館であの本に行き着いたときから、もうわかってたさ
ただ、フラン。君が一言「わたしは犯人じゃない」と言ってくれれば、僕は一生、その嘘を信じ続けようと思っていたんだよ
たとえ、それがどんなに白々しい言葉でも、自分の心を殺してでも、疑わずに ずっと

フラン「わたしはもう〇〇のもの。〇〇ももうわたしのもの
    わたしは〇〇の妹じゃなく、恋人になりたいの
    それなのに、あなたを奪おうとする女が九人もいる
    本当に欲しいものは、戦ってでも手に入れなきゃいけないの。だからだよ
    ……でも〇〇は、私を地下から出してくれたとき
    「何であっても、食べる以外の目的で生き物を殺しちゃだめ」って、言ったよね
    わたし、約束守ったよ。誰も殺してないんだよ。ねえ、いつもみたいに いい娘だね って、ほめてくれるよね?」
〇〇「奥で、灰になっていたお姉さんは、死んでないって言うの?」
フラン「……吸血鬼は、灰があれば再生するよ。何百年後か分からないけどね
    でも、どうして? なんであんな女なんて気にするの?
    わたしを使って、あなたに良いお姉さんだって思われたかっただけなのに!」
〇〇「違うよ、レミリアさんはフランのために……」
フラン「違わない! わたしの力が不安定なのに地下から出したのはなんでだと思う!? 
    あなたに好印象を持ってほしかったからだよ! それに、お姉様はどうせ私がまた暴走して地下行きになると思ってた
    そうなれば、今度はあなたに同情までしてもらえる。そんなふうに考えてたんだよ!
    あいにく、わたしはあなたのために必死で、頑張って力を制御したままだったけどね
    他の誰を狙うにしても、お姉様だけは最後に回すとずっと決めてた
    そして、〇〇と図書館で別れてから天井に穴を開けて、お姉様が寝てる棺の蓋を開けたの」

何もかも僕のために、フランはこんな事をしたって言うのか?
それならどうして、もっと僕はそのことをわかってあげなかったんだろう
……いや、わかっていた。ただ、僕が臆病で優柔不断だっただけだ
いつも二人で言っていた[大好き]の言葉も、はじめから僕とフランでは意味が違った
キスをせがんだのは、フランの精一杯の勇気
その勇気を僕が受け止めていれば、マザー・グースはそこでおしまいになっていたはずだったのに
二人のハッピーエンドへの切符をみすみす捨てたのは、僕だ

〇〇「どうして、マザー・グースを使ったの?」
フラン「〇〇、この話が大好きだって言ってたから、そんなところにも嫉妬しちゃってたのもあるし
    過去のわたしである、U・N・オーエンを葬るためっていう目的もある
    でも、本当は……〇〇、わたしを見て。……わからない?

    一人の〇〇を愛した女の子が後に残された
    彼女が首をくくり、後には誰もいなくなった」

純白のドレス    
それは誰もが見たことがあるもの
女性の誰もがあこがれる晴れ衣装、ウェディングドレス
理解した
フランが、この不吉なマザー・グースにどんな願いを託したのか、わかった

〇〇「……違うよ、そのマザー・グースはこうやって終わるんだ
   
   一人の〇〇を愛した女の子が後に残された
   彼女がお嫁に行って、後には誰もいなくなった」

フランが唄ったのは、クリスティが最後の一人を吊り下げた一節
けれど、このマザー・グースにはもう一つの終わりかたがある
それが このエンディングだ
クリスティはミステリという演出上、前者を取ったんだろう
けれどぼくらがいる場所は、死に満ち溢れるインディアン島じゃない
生きたいように生きることが許されるはずの、幻想郷なんだ

―――幸せになりたい

それだけ。僕もフランも思いは一つ
もう、二人は永遠に許されない存在なのかもしれない
それでも、僕らはお互いの罪を背負って生きていく
僕の胸の中で泣きじゃくる花嫁を抱きしめながら、今度こそ僕は誓いを立てた



フラン「〇〇、愛してるよ」
〇〇「うん、僕も、愛してる」





天井の穴から心地よい風が吹く
気がつかなかったが、その穴の脇には、僕が選ばなかった未来があった
首をくくるのに使われるような縄、それが二人分――――

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