■穣子1

「また約束破ったね」
「う……次からは守るよ」
「本当?辛かったら約束の内容変えようか?」
「時計も無いのに門限なんか分かる訳無いだろ……日が暮れるまでで良いよ」

穣子との約束は簡単な事。
「日が暮れるまでに家に帰る事」
理由はちょっとだけ深い。
穣子は「何があっても○○君を守るよ!」
とは言ったものの、
生憎彼女の弾幕はそう強くない。
スペカルールを抜きにしても人に穣をもたらす能力の彼女は、
戦闘力は正直そこいらの妖怪とどっこいどっこいなのだ。
それ故、お互いに心配かけない様に日が暮れるまでには帰ろうというルールを編み出した。
しかし、たまたま最近は遅く帰る日が続いたのだ。
香霖堂にトランプが入ったから色々とやってたり、
つまりは些細な内容なのだが。
「もう……次約束破ったら問答無用で……言うこと一つ、聞いてよね!」
「分かったよ、まいったなぁ……」

しかしまた日暮までに帰れなかった訳で。
恐る恐る家に帰ると笑顔の穣子が待っていたのだ。
「た、ただいま……」
「おかえり、待ってたよ。
 ご飯出来てるけど先にお風呂が良い?」
「いや、穣子を、なーんて……はは?」
穣子は無言の笑顔のままだった。
「いや、ご飯で良いです……」
怒ってる、なあ……
僕が一人で夕飯を食べているのを穣子はじっと見ている。
……気まずい。
そうだ、とりあえず話を……
「そうだ穣子、次約束破ったら言うこと一つ聞くって約束してたよね?」
「うん」
すると穣子はにっこりと笑った。
「覚えてるよ」
「う……?」
邪気を帯びたというか、それを待ち望んでいたというか。
何か悪い予感がして僕はたじろいだ。

「で、その、穣子。
 何をすれば良いの?」
「……罰なんだし、しばらく外に出ちゃ駄目だからね?」
そのまますっと目の前まで近づいてキスされた。
……んあー、
流石穣子、穏便に済ませてくれるなあ。
「わかった……ごめんな、心配かけて」
「んー、それは良いんだけどね。
 2、3日は外に出ずに無理矢理篭ってもらうよ?」
「……長いな」
「大丈夫!私がたっぷり楽しませてあげるから、ね?」
穣子が擦り寄る。
葡萄の匂いが薄く香る。
彼女に数日付き合えってんなら、
一緒に外に出た方が愉しい気もするんだけどなあ。


「何でカーテンを閉めるの?」
「○○君をお家に閉じ込める為です」
舌を出してべっと笑う。
誰か妖怪に似ていた。





それから……たった数日、
帰る場所は元より此処にあったが、
僕は外の世界を失った。
穣子が解放してくれた朝、
外に出るとあらゆる木々植物が枯れ果てていた。
その様子も酷く、
水が無くなったというよりは枯葉剤でも撒いたかのように朽ち果てたと言った方が近い。
「何、だ……?」
家に閉じこもったのは数日、
すぐに確認したけどそれは間違ってない。
しかしたった数日で……この変わり様は何だ?
「穣子……」
穣子は今日も、にこにこ笑っていた。
「これから、
 作物が枯れ果てた里では僅かな食糧を巡って汚い争いが始まるよ。
 山の木々や住み処を失った以上妖怪達の間でも同じだろうね。
 じゃ、危ないからまたお家に篭ろう?」
手を引く穣子を突き飛ばす。
「……何をした」
「何も」
「そんな訳……!」
「あはは、やだなあ○○君。
 私にはこんなに環境を一変させるような力は無いよ。
 だから言ってるよね?『何もしなかった』って」
ああ、そうだった、
豊穣を司る彼女が何もしなかったら……
こうも……山々は荒れるのか?
「博霊の巫女も人間だからね。
 あれでも柔らかそうだし、餓えるのと食べられるのはどっちが先かな」
彼女を過小評価していたとか、そういう意味では無しに、
幻想郷はこうまで脆いのか……

呆然とする僕の手を、
穣子がすっと引いた。
「○○君の食糧位なら私はすぐに作れるからね。
 幻想郷に二人っきりになるまで、ずっと一緒だよ?」
そのまま穣子に抱きしめられる。
彼女の髪は相変わらず葡萄の香りがした。

穣子に頼めば葡萄の一つや二つ、すぐに出す事が出来るのだろう。
しかし僕は、それが人生で最後の淡い香りの気がしてならなかった。


>>ジョバンニ氏



俺は俺の部屋の前で戸を叩きながら甘い声を出している病んだ豊穣神の事を思う。
何であんなに病んでしまったんだろう。前は普通に芋の臭いをホコホコさせている恵みの神様だったのに。
最近では、部屋に帰る度に俺の部屋は焼き芋屋と化している。
しかも、病みが進む具合に臭いが濃くなっているような気がする。
考えろ○○、こういう時こそチェス盤を引っ繰り返して考えるんだ。
…………そうだ、俺が病んで見るんだ! これこそ逆転の発想だ。
こうすれば彼女だって、自分が如何に異様な雰囲気を発してるか理解してくれる筈。

俺は堅く閉ざしてた戸を開き、目の下に隈を作って一晩中戸を叩いてた彼女を抱き締める。
耳朶を軽くペロリとなめる……甘い。
「そんなに俺が好きなんだ?」「うん」
嬉しそうに頷く彼女に、俺は作った病み笑顔を浮かべて威嚇する。
「後悔するなよ? 俺の愛は異常だぜ?」

数ヶ月後……。

俺は彼女を独占した。住処を山中にある彼女の家へと移した。
俺以外の男とは口をきくなと命じた。
俺の所有物になれと命じた。
豊穣はこっそり夜になってから与えろと指図した。
必要でも無いのに俺以外に姿をさらすなと。
俺が必要だと思ったら側に居ろ。必要でなくても側に居ろ。
俺以外に笑顔を向けるな。無表情であれ。
俺がお前に何かを求めたら必ず叶えろ。お前は俺のものなんだから。

……等々、頭が痛くなるような事まで要求した。
彼女は嬉々として俺の要求を受け容れた。
少しも、俺のアレ具合に引くつもりは無いようだ。
と言うか、姉すらも遠ざけてしまう辺り、徹底している。

……今更ながら、俺は気付いた。
自分がやった事は物凄くドツボだったという事を。
おまけに、お互いに病み合いながらも愛し合う事が、結構素敵であると気付いてしまった事を。
「○○さぁん……」
「へへ、もう離さないぞこの芋娘」
「○○さん、私、生理止まっちゃった♪」
「おめでとー」


―○○は―
二度と人里の長屋へは戻れなかった……。
豊穣神と病みつがいの片割れとなり、永遠に歪んだ愛の生活を謳歌するのだ。

そして正気に戻りたいと思っても戻れないので

―そのうち○○は考えるのをやめた。

4スレ目 >>866