■鈴仙1
「ん…」
目を覚ますと、そこはここ最近ですっかり見慣れた、永遠亭の一室だった。
より正確に言うと、鈴仙の部屋だ。
もぞもぞと寝がえりを打つと、その先には微笑みながら自分を見つめる鈴仙の顔があった。
「おはよう、○○」
「……おはよう」
挨拶を返すと、赤い瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうに微笑んだ。
「○○の寝顔、可愛かったわ」
鈴仙は、少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ言った。
自分の頬が羞恥で赤くなるのがわかる。
「い、いつから見てたんだよ」
「私が起きてからずっとだから、1時間ぐらいかしら?」
なんという羞恥プレイ。
「朝ごはんの支度をするから、少し待ってて」
「わかった」
襖を開けて部屋を出て行く鈴仙を見送り、俺は幻想郷に迷い込んでから今までのことをぼんやりと思い返した。
迷い込んだ先の迷いの竹林を当てもなく彷徨っていた俺を、偶然通りかかって助けてくれたのが鈴仙だった。
その事が縁で彼女と親しくなった俺は、数ヶ月前になけなしの勇気を振り絞って彼女に告白した。
結果、彼女はそれを快く受け入れてくれ、晴れて俺たちは恋人同士になった。
それが彼女との馴れ初めだ。
「お待たせ」
そうこうしているうちに、膳を持った鈴仙が戻ってきた。
俺たちは二人だけの食事を始める。
「美味しい? 今日の朝食は私が作ったの」
「うん、美味しいよ」
「良かった」
そんな感じの和やかな雰囲気の中で食事を続ける。
「皆は元気でいるのかな」
「ええ。師匠も姫様もてゐもイナバのみんなも、変わらず元気よ」
「そう」
「最近は、師匠に褒められることが多くなったわ」
鈴仙はちょっとだけ誇らしげに言った。
「貴方と交際を始めてけら、実験の失敗が格段に減ったし、作業効率が大幅に上がったって」
「なるほどなぁ。だから、八意先生は何も言わないわけか…」
結局、あの人は自分の研究が第一なんだろうな。
「あら? てゐが、襖の隙間から私たちの様子を見てるわ」
言われて部屋と廊下を隔てる襖のほうに目を向ける。
僅かに襖が開いているのが分かるが、その向こうには誰の姿も見えない。
俺の視線に気づいたのか、襖はぴしゃりと音を立てて閉まった。
「俺には見えないんだけどね。気配すら感じないし」
「必要無いでしょう? 私だけ見えていれば」
鈴仙が、朝起きた時のようなキラキラした赤い瞳で俺を見つめた。
俺と付き合うようになっていから、鈴仙の赤い瞳は輝きが増したように思える。
「うん、確かにそうだね。でも、やっぱりちょっと不便かな」
「どんな生活でも多少の不便はあるわ。言い出したらキリがないでしょう?」
「だけどさ…」
なおも言い募ろうとしたとき、鈴仙にがっしりと肩を掴まれた。
ほんの数センチで唇が触れ合うような近距離で見つめあう。
「私に告白してくれた時に言った台詞、あれはウソだったの?」
鈴仙の目が俺の目をじっと覗き込む。
「確か、言ったわよね? 『俺にはお前しか目に入らない』って」
言った。確かに言った。はっきりと覚えている。自分でも随分とクサイ事を言ったと思う。
そのおかげで俺は、鈴仙以外知覚できなくなった。
人妖だけでなく、家畜や野生の生き物に至る動物全てが。
「だから、その通りにしてあげただけなのに…」
鈴仙がくすんと鼻を鳴らした。
よく見ると、目にうっすらと涙が滲んでいる。
「こんなことしなくても、浮気なんてしないのに」
「信じられないわ」
即答された。しかも断言口調で。
俺ってそんな奴に見えるんだろうか。
ちょっと凹んだぞ。
「貴方達人間の気持ちなんて、寿命と同じであっという間にうつろうものよ」
「うわっ」
肩を押さえられたまま、俺は仰向けに押し倒された。
そして今度は唇を奪われる。
鈴仙の舌が唇を割って侵入し、口内をねっとりと舐られる。
味噌汁の味なのが玉にキズだったが、構わずにそのまま、なし崩し的に行為に及んでしまう。
「いくら言葉を重ねても、こうやって身体を重ねても、それは変わらないわ。だから」
「俺の五感の波長を狂わせて、鈴仙しか知覚出来ないようにしているわけか」
「ええ、そうよ。そうすれば、貴方には私しか見えない。感じない。頼るしかない。依存するしかない」
鈴仙は、恋する乙女ってカンジに頬を染め、それはもう可愛らしい笑みを浮かべた。
「ひとつ、疑問に思ったことがあるんだ」
「何かしら」
「もし、俺とお前の間に子供が出来たとしたら、その子供も知覚出来ないようにするのか?」
「そ、それは…」
「どうなんだ」
「そ、その時に考えるわ!」
流石にそれは勘弁願いたいな。
子供の顔を知らない上に、成長を見守ることも出来ないなんて、いくらなんでも間抜けすぎるぞ。
>>ハンヴィー氏
「おはよう、○○」
朝目が覚めたら、鈴仙の顔があった。
鈴仙が俺の布団に同衾していることはよくある事なので、俺は特に何の疑問も抱かず、おはよう、と返した。
鈴仙はそれに対してにっこりと微笑んだ。
なんだが、普段より目が赤い気がするんだが気のせいだろうか。
そこで、ふと違和感に気付く。
身体が動かない。より正確に言うと、首から下が。
「波長を操って、あなたの身体の自由を奪っているわ」
俺の疑問に答えるように、鈴仙は事もなげに言った。
一体なぜだ。
「本来の目的とは違うけど、せっかく身動きが取れないのだから…」
鈴仙はブレザーの胸元を緩めながら俺に擦り寄ってきた。
吐息が俺の頬を擽る。
「ちょっとだけ、私の中の獣を鎮めてもらおうかな…」
アーッ。
「しくしくしく…汚されちゃった…」
「人聞きの悪いことを言わないでよ」
鈴仙に「そこまでよ!」的な意味で可愛がられた後。
俺は空を飛んでいた。
別にヤバイ薬をキメているわけではない。
鈴仙の能力で身体の自由を奪われた俺は、お姫様だっこされた状態で空を飛んでいるのだ。
飛んでいる方角や見える景色から察すると、永遠亭に向かっているようだが…
なにこの羞恥プレイ。
「なあ、鈴仙」
「なあに、○○」
「いったい、これはどういうことなんだ」
「説明すると長くなるから、あとでね」
「いや、長くなってもいいから説明プリーズ」
「簡潔に言うと、拉致監禁プラス洗脳かしら」
あっさりと凄い事言いやがったよこの娘。
でもちょっとだけ、胸キュンしてしまった俺はもうダメなのかもしれん。
「ねえ、○○。私のこと好き?」
「好きだよ」
「私もあなたが好き。だからいつも私だけを見てほしいの」
「見てるじゃん」
「いいえ。今のままでは不十分なの」
「だから、拉致監禁かよ、おい」
「洗脳が抜けてるわ」
「それが一番ヤバイわ」
「洗脳が完了したら、そんなことすら理解出来ないようになるんだから無問題よ」
「鈴仙、俺は悲しいよ。君はそういう怖い事を言う子じゃ無かったはずなのに」
「わかって、○○。これがあなたの為なの」
「いいえ、わかりません」
俺は鈴仙の顔を見つめる。
目の焦点が合っていない気がするんだが気のせいかな。
「ところで、どうやって俺を洗脳するんだ? 薬でも使うのか?」
「あいにく、師匠のように、精神を支配するような薬は私の知識では作れないわ」
「んじゃ、どうすんの。八意先生にお願いして作ってもらうのか?」
「いいえ。私の能力で、あなたの精神の波長を狂わせて支配するの」
「え」
「半永久的に相手の精神の波長を狂わせるなんて試みは初めてだから、成功するかどうか正直分からない」
「じゃあ、止めようぜ。無理して危ない橋を渡ることは無いさ」
「下手をしたら、貴方の心が壊れて廃人になっちゃうかもしれない」
「よし、落ち着け」
「でも心配しないで、○○」
鈴仙は、いかにも恋する乙女ってカンジに頬を染め、恥じらうような笑みを浮かべた。
こんな状況じゃ無かったら、思わず抱き締めていただろう。
身体動かないけど。
「そうなっても、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと面倒みるから」
「まてまてまてまて」
「本音を言うなら、壊れてくれた方が私にとっては好都合なんだけど……好きにできるし…」
「はは、はははは…は…」
まずい。これはまずいぞ。
永遠亭に監禁ってだけでも十分死亡フラグだってのに。
必死に打開策を練る俺の視界の端に、こちらに近づいてくる黒い影が映った。
「あやや? これはこれは、○○さんと鈴仙さんじゃありませんか」
影の正体は幻想郷パパラッチこと、射命丸 文だった。
「お二人はいつもラブラブで羨ましいですね〜」
「しゃ、射命丸!! 良い所に…むぐっ!?」
助けを求めようとしたら、鈴仙に唇を塞がれた。
二人きりでなけりゃやらないような、そりゃあもうディープなやつをかまされた。
「んっ、んむっ、んくっ…」
呆気にとられる射命丸を尻目に、鈴仙は俺の口内を蹂躙し、舌を絡め唾液を送り込んでくる。
ぴちゃぴちゃという水音まで聞こえてくる有様だ。
「ぷはっ…」
やがて唇が離れると、鈴仙は射命丸に向かって艶然と微笑んだ。
誰だ、お前。
「お、おお、おお〜。朝っぱらから恥知らずというか恥晒しというか、お盛んですね!! さすが万年発情期の兎だけあります!!」
射命丸は興奮しながらパシャパシャとシャッターを切る。
お前、やめろ。こんなところを写真に撮るな。
「にしても、○○さん。そのお姫様だっこは…新手の羞恥プレイか何かですか?」
「ちが」
「ええ、そうよ。○○って実はこういう趣味があったの」
「な、なんと!」
「というわけで、これから私たちは、種馬でも顔を赤らめるような羞恥プレイに及ぶので失礼するわ」
「ま、待ってください! もうちょっと取材を!! プレイの内容について詳しく!!」
食い下がる射命丸に、鈴仙は苛立たしげに舌打ちした。
……ほんと誰だよ、お前。
「まったく、鬱陶しいカラスね。カラスはカラスらしく、残飯でも漁っていればいいものを」
「あやややや!? 仲間を見捨ててバックレた臆病者のチキン風情から、ものすごい暴言を頂いちゃいましたよ〜!?」
「チキンはあなたでしょう、鳥類」
「むむむ。それは弾幕ごっこのお誘いと受け取って良いのでしょうか?」
「なによ、やる気?」
二人とも口元に笑みを形作ってはいるが、身体から発せられる殺気が尋常じゃない。
その気当たりだけでパンピーの俺は十分死ねる。
「ふふふふふふ。私が勝ったら、○○さんを頂きますね」
「何ですって!?」
「実は、私も密かに○○さんを狙っておりまして」
射命丸が妙に熱の籠った目で俺を見つめた。
「しかも、羞恥プレイがご趣味との事。椛の分のスペアの首輪もありますし、兎よりも素晴らしいプレイを提供できますよ!」
まて。今、さらっととんでもないことを言わなかったか。
「あなた、○○の意思を無視して、何を勝手なことを言っているの?」
君がそれを言うのかね、鈴仙。
「略奪愛こそ、この幻想郷で最も美しいのですよ」
会話のキャッチボールが出来ていない。
ここの連中って、何でこうなんだろう。
「いいわ。やれるもんなら、やってみなさい!」
「もちろんですとも!」
言うなり、射命丸が弾幕を張る。
俺が居ることを忘れてるだろ、お前。
鈴仙は嘲るように口の端を歪めると、物理法則を完全に無視した超絶機動で、射命丸の弾幕をことごとくグレイズし、霊弾を撃ち返す。
しかし、相手は射命丸だ。
その程度で撃墜できるわけもなく、余裕で回避するとスペルカードを取り出した。
鈴仙も対抗するように、何かのスペルカードを取り出し――。
俺に認識出来たのはそこまでだった。
「―○、○○…」
「ん、んんっ? あれ…?」
「気がついた?」
気がつくと、相変わらず鈴仙にお姫様だっこの状態だった。
強烈なGで気を失っていたらしい。
「射命丸は…?」
「カラスならあそこよ」
鈴仙の示す方向に顔を向けると、そこには激しく動き回りながら、虚空に向けて弾幕を展開している射命丸の姿があった。
「何をしたんだ、鈴仙」
「視覚の波長をちょっと狂わせたのよ。あの鴉天狗は自分にしか見えない私の幻影と闘ってるの。滑稽でしょう?」
「それはまた…」
「いくら、長く生きている妖怪といっても、所詮は鳥頭ね。あっさり引っかかってくれたわ」
憐れ射命丸。
はて。
そういえば俺、なんか重要なことを忘れていないか。
「さて、邪魔者が消えたところで…」
鈴仙の赤い目が俺の目を覗き込む。
「永遠亭に戻ってからにしようと思ったけど、先に狂わせたほうが良さそうね」
焦点の合っていない狂気の瞳に俺の背筋が粟立つ。
恐怖を感じつつも、目を逸らすことが出来ない。
自分の中にある、ほんの僅かな歓喜を自覚してしまったから。
「あー…あ…ぅ……」
心を犯されている、というのがはっきりと理解できた。
自分の感情や、今までの知識や経験といったものがボロボロと零れ落ち、そこに鈴仙が入り込んでくる。
俺の心を形作っているあらゆるものが、鈴仙に置き換わっていく。
「可愛いわ、○○。ゆっくりゆっくり、狂わせてあげるから…」
唇が重ねられると同時に、俺は意識を喪失した。
>>up0552
アナウサギをキャプチャーしたぞ!
そんな声がどこかで聞こえた気がしたが、気のせいだろう
だが、実際今俺の家の中には兎が1匹眠っている。
最初竹林の傍で倒れているこいつを見つけた時は、里の人間が獣にでも襲われたのかと思った。
どうやら何者かに暴行を受けたらしい、着衣に乱れはなく財布も取られていなかったので
金銭や悪戯目的では無さそうだが、こいつを発見した直後は酷いものだった。
岩に叩きつけられて頭でも打ったのか、額からは大量の出血、背中は血塗れ、足は1本完全に折れていた。
細かい傷は無数にあるし、見立てが正しければ肋骨にヒビも入っているだろう。
最初妖怪と気づいた時助けるか迷ったが、悪そうな奴には見えなかったし
もし仮に放置しておいて後日同じ場所に通りかかった時に
死体で転がっていたら流石に夢見が悪いので連れ帰って治療する事にした。
そして現在、兎を小屋に寝かせたまま
竹林の入り口に置きっぱなしの自分とあいつの荷物の回収に向かっていると言う訳だ。
元々狩りに行く途中に通りかかった為、そこそこの量の荷物を持ってきていた上、人一人背負って
更に自分とこの兎の荷物を持つのは、不可能と考えて自分の荷物を置いて往復することにしたのだ。
竹林の入り口にたどり着くと、自分の荷物も兎の荷物も無事だった。
物盗りが目的なら、あいつが倒れていた時点で荷物は持っていかれていただろうから、
小屋と此処を往復する程度の時間なら無事だろうという予想は正しかったようだ。
肩にかけるためのバンドがついたその箱は、暴行を受けた時は外していたのか
本人はあれだけ酷い傷を負っているというのに箱は無傷だった。
中身を確かめるとどうやら薬品らしく、薬特有の匂いと共に湿布や錠剤の瓶が顔を出した。
幾つか何も書かれていない瓶もあったが、不気味な色をしていて中身を確かめる気にはならなかった。
こんなに大量の薬を持ち歩いているという事は、竹林の奥に居ると言う噂の医者の関係者なのかもしれない
助けると決めた時に、竹林の奥に助けを求めようかとも考えたが、
容態が何時急変するか分からない者を背負ったまま、行った事の無い場所を彷徨うなんて自殺行為以外の何者でもない
方向感覚には自信があったが、ここでそんな常識が通用しない事は分かっていた。
幻想郷に迷い込んでから1年と少し、○○は此処での生活に満足していた。
高校を卒業してから特にしたいことも無かった○○は、体を鍛えつつお金が貰えるから、と言う単純な理由で自衛隊にはいった。
しかし、いよいよ部隊配属が間近に迫った後期訓練の三ヶ月目が終了する直前に、逃げるように辞めてしまった。
体力こそ人一倍あった為訓練は辛くなかったが、銃器を扱う才能が全く無かった為、早々に見切りをつけたと言うわけだ。
衛生課や補給課への転属という選択肢もあったが、そこまでの執着は無かった。
しかし一年にも満たないこの経験が、○○の人生に大き過ぎる影響を与えることになる。
訓練課程での経験から、サバイバル生活にはまってしまったのだ。
休日の度に山や森に入り、在籍中に覚えた技術を活用し、それでも足りない技術は独学で覚えた。
大自然に囲まれた生活は、便利だが味気ない都会の生活に比べて、生きていることをはっきりと実感させ、とても楽しかった。
そんな○○だったからこそ、幻想郷に迷い込んだ直後すぐにはその事に気づかなかった。
何時もの様に森でテントを張って就寝した後、翌朝外に出たら見覚えの無い景色が広がっていた。
今回は慣れた森を選んでいた為、ルートや方角を間違えるはずは無かったが、
実際問題寝て起きたら見知らぬ場所に立っていた○○は困惑してしまった。
幸いすぐ目の前に村が広がっており、道でも聞くかと村に立寄って最初に出会った村人に
ここはどこかと訪ねた所、幻想郷だと言う奇妙な返答が帰ってきた。
聞き覚えの無い地名に○○が困惑していると、○○の姿を見た他の村人から連絡がいったのか
村の重役らしき女性がきて、事情を説明してくれた。
慧音と言う女性によって幻想郷の説明をうけた後、彼女の予想に反して○○は歓喜した。
ここなら思う存分自然に囲まれて生活出来る。それだけで○○にはたまらなかった。
それから少しの間だけ村の中で世話になった○○は、山に小屋を建てて住み始めた。
当初村を出て暮らしたいと言う○○に反対した慧音だったが、○○の決意が固いと知ると嘆息して一枚の札を渡してきた。
この札を小屋の中に貼れば、下級の妖怪なら小屋とその周りを認識できなくなるとの事。
流石に上級の妖怪には効果が無いが、人里付近の山には殆どそういう妖怪が居らず、
後は獣にさえ注意すれば大丈夫だろうとは言っていたが、夜は妖怪の時間の為、絶対に家から出ない様念を押された。
こうして始まった生活は驚くほど順調にいき、最初の小屋を建てる時こそ鋸等を借りて
村人たちに随分世話になったが、小屋が完成してからは殆ど手を借りることは無くなっていた。
とは言え、付き合いが無くなった訳では無い、大体の物はサバイバルでも調達出来るが、
野菜や米、調味料等は罠で捕まえた獲物と交換で手に入れていた。
幸いこの辺りは割りと裕福らしく、獲物と交換で貰える米や野菜の量は一人暮らしの○○には
十分過ぎるほどの量であったし、稀におまけとして酒もつけてもらえ、夜の楽しみも事欠かなかった。
そんなある日の午後、竹林の傍に倒れている兎を発見した○○は、
家に連れて帰り今に至る、と言う訳だ。
一応応急手当ての講習は受けていたので、血止めと骨折の治療はしたが、
もし血管が切れていたり中で出血していたら、○○ではどうしようもない
幸い呼吸は安定しており、家に連れて帰って寝かせた後は幾分血色も良くなっている。
「後はこいつの体力次第か…」
1つしかない自作のベッドは怪我人が寝ているので、久しぶりに寝袋で寝ることにした○○は、
翌朝ベッドからの呻き声で目を覚ました。
意識を取り戻したのか思いきや、傷が痛むのか無意識のうちに声が出てしまったらしい
寝汗くらいなら拭ってやることも出来るが、骨が折れているせいか発熱が酷い、
なんとか痛みを和らげることは出来ないだろうか?
「そういえば、薬箱があったな」
○○の物ではなくこの兎の物だったが、昨日の時点で○○が最初に持っていた薬は殆ど使ってしまった為、この際仕方が無い、
改めて箱の中身を確認した○○だったが、幸い読める文字で書かれていてどれがどの薬品か簡単に区別はついた。
しかし、これだけ薬があるのに肝心の痛み止めがない、
仕方が無いので換えの包帯と消毒薬、熱冷ましだけ使う事にしたが問題が起こった。
消毒と包帯の交換は済んだが、熱冷ましが錠剤の為、飲ませる手段がない、いや、一つあることはあった。
「やっぱこれしかないよなあ…」
多少逡巡したが、助ける為の人工呼吸のような物だと割り切った後の行動は早かった。
錠剤を口で噛み砕くと、水を含み、直接口から口の中に流し込んで飲ませたのだ。
飲ませた後で、人間と体の構造が根本的に違うのではないかと多少不安になったが、ちゃんと薬が効いたようで
暫くすると呼吸が穏やかになった。
薬が良かったのか、それともやはり妖怪なので体力が違うのか、兎はその日の夕方には意識を取り戻した。
「う……痛、…ここは…何処?」
痛みに顔をしかめながら体を起こすと、額に乗せられていた手ぬぐいが頭から落ちた。
「お、気がついたか、気分はどうだ?吐き気とかは無いか?」
これから夜になるので、多めに水を汲んできた○○が丁度部屋に入ってきた。
「あなたは?」
「俺は○○、職業は…猟師、かな。よかったら君の名前も教えてくれないか?」
「レイセン……あ、あれ?」
「どうした?」
「名前が……名前が思い出せないの、レイセンって名前の部分だけは思い出せるのに」
「な…なんだって!?」
何と言う事だろう、怪我のショックかそれとも他の何かが原因なのかは解らないが、
このレイセン?と言う兎は記憶喪失らしい、一時的なものなら良いのだが…
「君は竹林の入り口で大怪我して倒れていたんだが、何も覚えてないのか?てっきり竹林の医者の関係者か本人かと思ったんだが」
記憶が混乱している時に不安を与えるのは得策ではないと判断し、何者かに襲われたらしいと言うことは黙っておいた。
「竹林、医者…うーん……ごめんなさい、全然思い出せないわ。」
「謝る事はないよ、それにそんな事で謝られたら、こっちも謝らないといけない事がある」
「…?」
「君を助ける時に薬が足りなくてね、君の荷物から包帯やら熱冷ましやら使わせて貰ったんだ」
「ああ、そんな事?気にしないでいいわよ、私を助けるためにしたことなんだし」
包帯が巻かれた腕に視線を移しながら、レイセンは言葉を続ける。
「それにこの怪我にしても、すごく的確に治療してあるわ、○○さんこそお医者様か何か?」
「いや、俺の場合訓練で応急手当の講習を受けた程度だし、レイセンこそよく解ったね。ああそれと○○でいいよ」
「昔の事や知識はある程度覚えてるみたい、変な話だけどね。…それより訓練って事は○○は軍人なの?」
一瞬レイセンの視線が鋭くなった気がしたが、気のせいだろうか
「他の国からは自衛軍やらジャパニーズアーミーなんて呼ばれてるけど、俺は違うと思っている。」
細かく説明しようとすると日本の歴史の授業から始めないといけないので、後は適当にはぐらかして答えた。
レイセンはその説明にいまいち解りかねる様子だったが
「ふーん、○○も軍人だったのね」
やはり軍として認識したようだ。それより今、○○も、と言った気がしたが
「○○も?レイセン、君は」
「あ、ううん、なんでもない、それと、助けてくれてありがとう○○」
「いいっていいって、それより丸一日寝てたんだし何か口にしたほうがいいな、お粥でいいか?」
「うん、悪いけど、お願いできるかしら」
それから軽く夕食をとった後、包帯を換えて体を拭いてやった。
多少恥ずかしかったが、峠を越えたとはいえレイセンは満足に動けないのでしょうがない、
何よりレイセンのほうがもっと恥ずかしいだろう
「まだ熱も引いてないみたいだし、そろそろ休むか?」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」
「わかった、まだ熱冷ましも残ってるし、飲むかい?」
「ええ、じゃあいただこうかな。って…あれ?そういえば熱冷ましって飲み薬の奴しかなかったような…」
「ぎくっ」
こちらが旨い言い訳を思いつけないでいると、レイセンも正解に行き着いたのか顔が真っ赤になった。
「あー…えーとだな、それについてはその…」
「い、良いのよもう、他に方法は無かったんだし」
そう言いながらレイセンも真っ赤だ
「と、とにかく今日は寝るね、おやすみなさい」
そう言って急いで薬を飲んだ後、毛布を被ってレイセンは寝てしまったので、こちらも寝ることにした。
「ああ、お休み、レイセン」
翌朝、熱が引いたレイセンと今後の方針について話し合ったが、すぐに壁に突き当たってしまった。
状況からみて竹林関係者だと言う確立は高かったが、竹林内部の様子をレイセンがさっぱり思い出せないので確かめようがなく、
完全に足が骨折して動けない今の状況では、無理に連れて行っても空振りに終わりかねないと言うことで、
足が治るまで養生させることにした。
レイセンは何度も謝っていたが、幸い食料は十分にあるし体力に自信もある。人一人養うくらいなんとかなるだろう。
それからの○○の生活に、今までの生活サイクルの中にレイセンの看護も加わるようになった。
最初の数日こそ完全に動けない日が続いたが、一週間もすると○○が作った松葉杖で多少動けるようになり、そして
「ただいま、レイセン」
「おかえり、○○」
「今日は大物が獲れたぞ、これで暫くは大丈夫だ」
「それはよかった、すぐ晩御飯の仕度しますね」
十日を過ぎる頃には、何時までも世話になるだけでは悪いからと家の中の家事を手伝ってくれる様になった。
記憶を失う前はどんな生活をしていたのかわからないが、レイセンは家事が旨く、特に料理は絶品だった。
調理器具の殆どがキャンプ用品で、素材も○○自身が手に入れた物を調理しているので殆ど差は無いはずだが、
それでも○○には、レイセンが作ってくれた料理が自分で作った時に比べて何倍も旨く感じた。
やはり女の手料理に男は弱いと言う噂は本当なのだろうか?そんな事を考えながら晩御飯を食べていると、
「ほら、ご飯粒付いてますよ」
そういってレイセンが○○の頬に付いた米粒を取って自らの口に運ぶ、
その様子を見ていた○○は、これじゃまるで新婚の様だなと思ったが口には出さなかった。
自分の思い違いだったらこれほど恥ずかしいものは無いし、ただでさえ相手は負い目に感じているのだ、
変に意識させて気を使わせるのはよくない
そう思った○○だったが、多少考えが表には出ていたらしく、レイセンと視線があうと、
レイセン自身今頃になって自分がした事が恥ずかしくなったのか真っ赤になって俯いてしまった。
ある日の事、○○は家の裏で薪を割っていた。
レイセンはと言うと、家の中でゆっくりしていて良いと言う○○に対し、家事も終わったし少しは日に当たらないと健康に悪い、
それに家に一人だと退屈だからと言う理由で、○○の後ろで椅子に座り、
何が楽しいのかわからないが、にこにこしながら○○を見ていた。
「よし、薪割り終了っと」
「お疲れ様、○○」
レイセンが軽く絞ったお絞りを手渡してくれる。
少し温くなっていたが、火照った体には逆に心地よかった。
「今日は天気もいいし、外で食べようと思って作ってきたの」
そう言ってレイセンは椅子の陰に仕舞っていた弁当を取り出した。
「ハイ、これは○○の分」
「ありがとう、じゃ、いただきます」
レイセンの近くの手ごろな石に腰を下ろした○○は、レイセンからお握りを受け取ると猛烈な勢いで食べ始めた。
「もう、そんなに急がなくてもお弁当は逃げないわよ」
「いや、だって美味しいし」
実際レイセンが用意した弁当はとても美味しかった。
レイセン自身が握ったお握りに、村人が前に差し入れてくれた漬物だけの弁当だったが、とてつもなく旨かった。
ああ、そうか。
体を動かすことが多い○○の為に、○○の分だけ少し塩分を多めに入れてあることに○○は気づいた。
きっと今までの食事もそういう風に気を使ってくれていたのだろう。
美味しいのも当然である、食べる相手の事を考えて作られているのだから。
「ふう、ご馳走様」
「はい、お粗末さまでした」
食事を終えた後、二人は近くの木陰に腰を下ろし、食後のお茶を楽しんでいた。
二人の周りだけ時間がゆっくりと過ぎていく。
「ねえ、○○」
「何だ?レイセン」
そう言いながら○○はお茶を啜ってレイセンの次の言葉を待つ。
「こうしていると、私たち夫婦みたいね」
ブホァッ
「きゃっ、ちょっと、大丈夫?○○」
お茶を噴き出してしまった○○を気遣いながら、手早くレイセンはハンカチで○○の胸元を拭いていく、
「ああ…大丈夫だレイセン。それより」
「それより?」
途中で言葉を止めた○○を不信に思ってか、手を止めてレイセンは○○を上目遣いで見上げてくる。
「もし…もしもだ」
先ほどのレイセンのセリフをきっかけに、少し前から秘めていた思いを○○は打ち明ける。
「足が治った後、色々やってみて記憶が戻らなかった時は」
緊張で浅くなった呼吸を一拍置いて整え、○○は最後の言葉を紡ごうとした。
「ここで一緒に暮ら…」
パシャリ
「!?」
「!?」
シャッターの音に○○が振り向くと、見たことの無い少女がカメラを構え木の陰から出てきた。
「あやややや、思いもよらない所で思わぬ人と決定的瞬間に遭遇しました。」
「君は…誰だ?」
「あ、申し送れました。私、烏天狗の射命丸 文と申します」
そう言いながら、パシャパシャと○○の影に隠れたレイセンを、○○ごと撮っていく。
「いやー、行方不明とは聞いていましたが、まさかこんな所でレイセンさんも恋の花を咲かせていたとは」
隅に置けませんねーこのこの、とか言いながらもずっと無遠慮にシャッターを押し続ける文に
○○は一旦撮影を止めさせようとして気が付いた。
目の前に立っている少女が、結界の隠蔽効果の意味が無いほど強力な妖怪だと言うことに、
幸い今の所敵対的な様子は無い、しかしこの妖怪の機嫌を損ねたらどうなるか…
どう対応するか必死に○○が考えていると、そんなこともつゆ知らず文は能天気に切り出した。
「まあこれで次の新聞でスクープはいただきですね。レイセンさんには悪いですが、あの人にやられちゃってください」
決して文の言葉は本気では無かった。
文にしてみれば、レイセンが居なくなった時、一応知らない仲では無いと言う事で多少は心配したのだが、
いざ見つけてみると、暢気に人間の男といちゃついていた(最初のシャッター時、後ろから見た文には抱き合っているように見えた)のを見て、
ほっとすると同時に、この人騒がせな兎に一矢報いてやろうと出た冗談だった。
彼女の師匠は、ちょっとした事でも弟子にお仕置きする事をてゐを通じてよく知っていたので、
いつもの様に涙目でこの後起こる事態を想像して頭を抱えるレイセンを期待して、文はとどめとばかりに切り出した。
「見出しは、そうですね”竹林の脱走兵、沢近くの小屋で発見、人間との熱愛も発覚”なんてどうでしょう」
脱走兵、と言う単語を聞いた途端、レイセンはびくり、と震えた。
「…めて」
「え、何か言いましたか?」
「記事を書くのを止めて、写真を捨ててここから出て行って、そして私の事は忘れて」
行き成り何を言い出すのかと不審に思った文だったが、そんな事を言われてはいそうですかと止めるわけはない
「何言ってるんですか、私がこんな面白いネタが転がっていて書くのをやめる訳ないでしょう?」
そう言った瞬間、文の足元が爆ぜる。レイセンが放った弾丸が文の足元に着弾したのだ。
「おっと、弾幕で実力行使ですか、けど、貴女程度の弾幕に私が当たるわけないじゃないですか」
そう言いながら翼を広げ、一瞬で上空まで舞い上がる文
「じゃあ、記事の完成を期待して待っててくださいね、それでは」
この高さまでは途中で消えるレイセンの通常の弾丸は届かない、仮に大きな弾なら目を瞑ってだって避けられる。
そう確信していた文は迂闊にも一気に加速しようと完全に背中を向けた。その時
ヒュッ ドッ
「……あれ?」
背中に何か重い物がくっついた感触がしたので、文は後ろを振り向いた。
そこには黒い何かが刺さっていた。
「あ……あれ、痛、痛い、レイセンさ…なんで」
弾幕ルールを無視した攻撃を食らい、力が抜けて落下していく文、その背中には先ほどまで○○が使っていた手斧が刺さっていた。
弾丸が届かぬ位置まで逃げられたレイセンは、咄嗟に近くに落ちていた○○の斧を拾うと、
片足が折れているとは思えない器用さで上半身のバネを使い振りかぶると、倒れこむ動きと体重を利用し遠心力に換え
振りかぶった斧を打ち下ろすようなモーションで文の背中に斧を投げつけたのだ。
ドボン
何かが大きな音を立てて沢に落ちたようだ。恐らく先ほどの少女だろう。
一瞬呆けていた○○だったが、レイセンのほうを見ると無理な体勢で投擲したのが響いて傷が痛むのか
蹲って起き上がれないようだった。
「レイセン…」
大丈夫か?と続けようとして○○は気づいてしまった。
目の前に倒れているこいつも、自分を一瞬で殺せる妖怪である事に変わりは無い事に。
○○が声を掛けられないでいると、なんとかフラフラと立ち上がったレイセンは、杖を拾いどこかへ歩き出そうとした。
「お、おい、レイセンどこへ?」
つい○○が聞くと、レイセンはさも当然の様に答えた。
「ちゃんと死んでるか確認しないといけないでしょう?もし生きてたら止めを刺さないと」
「なっ…その足じゃ下まで下りるのは無理だろう?それに流石にそこまでする必要は無いんじゃないか?」
そんなに悪い娘には見えなかったし、という言葉は飲み込んだ。
○○が初めて見るほどレイセンの様子がおかしい事に気づいたのだ。
「そんなこと無いわ、○○、あいつは私の事脱走兵って言ったのよ」
「あれは冗談で言ったんじゃないのか?俺だって昔、一時期そう呼ばれていたし」
「それに全部ではないけど、竹林の事を少しだけ思い出したわ」
「えっ」
「私、随分酷い目にあっていたみたい、相手の顔は思い出せないけど、ちょっとした事で骨を折られたり何日も寝込むような仕打ちを受けてたわ」
泣きそうな顔でレイセンは説明を続ける。それは彼女の師匠である薬師の事であり、確かにそれは事実であった。
しかし怪我をさせた場合もその後外傷だけは完璧な処置がされていたのだが、その事を○○は勿論、今のレイセンではわからなかった。
「ちょっとしたミスや反抗でもそんな仕打ちを受けてたくらいだし、脱走なんてしてたのなら殺されるか死ぬより酷い目に合わされるに違いないわ」
噂では金の無い者からは料金を徴収しない、善良な医師だと聞いていたのだが、
そこに居たはずのレイセンがこう言ってる以上、本人と会ったことが無い○○には否定できなかった。
「そんな事より○○」
「なんだ?」
「なんで○○が脱走兵なんて言われていたの?」
さっきまで泣きそうだったはずなのに、そのすぐ後に何事も無かったかのごとく聞いてくるレイセンは
正直少し気味が悪かったが、○○は素直に答えた。
「恥ずかしいから黙ってたけど、実は前に居た所は任地にいく直前に辞めたんだ、そのせいで仲間や知人から脱走兵なんて言われていてね」
まあ、長い間平和だったから特に問題にもならなかったんだけどさ、と言い訳の様なものを続けていた○○は
レイセンがこっちをじっと見てることに気が付いた。
「どうしたんだ?レイセン」
「ううん、なんでもない、それよりやっぱり足が痛いから様子を見てきてもらっていいかしら?○○」
「ああ、それくらいなら」
○○自身気にはなっていたので、素直に落ちた辺りに歩いていった。
その様子を見送っていたレイセンの表情には、確かに笑みが浮かんでいた。
結局落ちた辺りの沢周辺を暫く探したものの、下流に流されたのか文の姿は無かった。
幸い手斧は近くの浅瀬に引っかかっていたので回収できたが、文が生きているのか死んでいるのかはわからず終いだった。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰ってきた○○の目にはレイセンは普段通りに見えた。
しかし
「ねえ、○○、さっきの事なんだけど」
「ああ、まあ色々大変だったな、結局下流に流されたのか見つからなかったよ」
「ううん、そんな事じゃなくてその前の事よ」
「その前って?…あっ」
そうだった、色んな事がありすぎて忘れていたが、俺はこいつに一緒に暮らさないかと言い掛けていたんだ。
「な、何のことだい?」
「ふふふ…嘘、なんて言おうとしたか解ってるんだから。」
腰掛けていたベッドから立ち上がったレイセンは、足を引き摺りながらこちらに歩いてきた。
「貴方も私と同じ気持ちだったなんて、本当に嬉しいわ」
レイセンは、○○の元にたどり着くと首に手を回し、抱きつこうとした。
「さ、触るな!」
ドン
「きゃっ」
思わず突き飛ばしてしまった○○だったが、突き飛ばしてしまった罪悪感と、予想以上のレイセンの軽さに愕然とする。
「あ……」
そう、こいつは間違いなく自分に好意を向けてくれているし、可愛いし、料理も旨いし気配りも出来てて申し分ない、
しかし、こいつは間違いなく「妖怪」なのだ。
先ほどレイセンが射命丸にした事思い出し、○○は身震いする。
片足の状態ですらあんな動きが出来るこいつは、やはり化け物なのだと
今は自分に純粋に好意を向けてくれているが、もしこの感情が少しでも反対の方向にいったら…
「○…○○?」
突き飛ばされたレイセンが、どうして?という顔をして、真っ赤な瞳をこちらに向けてくる。
「なんで私を拒むの、さっきの言葉はなんだったの」
ショックで立ち上がれないのか、それとも傷が痛むのかそれとも今ので痛めたのか、這うようにしてレイセンがこちらに向かってくる。
「ねえ こ た え て ○○」
「う…うわぁ!!」
バン
下から見上げてくる真っ赤な瞳に恐怖を感じ、思わず○○は小屋を飛び出す。
「はあっはあっ」
無我夢中で人里を目指して走る。
レイセンを保護してから、その事を一切村の人間には黙っていた。
ただでさえ無理を言って人里から離れて暮らしている上に、その上妖怪を世話してるとばれたら何を言われるか解ったものではなかったからだ。
だが、このさい恥も外聞も無い、烏天狗の件も含めてレイセンの事を打ち明けて相談に乗ってもらおう。
「はあ…はあ…おかしい」
どれだけ走ったのか、もう完全に日は落ちて辺りが暗闇に染まる頃になっても○○は人里になぜかたどり着けなかった。
「道を間違えたか?いや…そんなはずは」
仮にも訓練を積んだ身である、ましてや慣れた道を走ったはずだったのに、おかしい
「くそっ、このまま完全に夜になったら…」
夜は妖怪の時間だ。だから絶対に外を出歩いてはいけない。
慧音に言われていた言葉が脳裏に蘇る。
「なんとか人がいる場所にたどり着かないと…ん?あれは…」
木々の向こうに明かりが見えた気がして、○○は近づいてみる。
「あれは…小屋か、やった!誰か人が居るんだな、助かった」
周りに民家もなく、ぽつんと一軒だけの小屋に違和感はあったが、もしかしたら自分みたいな奴が他にもいるのかもしれない。
とにかく日が昇るまで一晩だけでいいから泊めて貰おうと○○は戸口を叩く、
「すいません、誰かいますか?ごめんくださーい」
何度も戸口を叩くが反応がない、不審に思って開けてみると、あっさりと開いた。
「……?」
遠めに見た時は明かりがついていた気がしたが、その割りに部屋の中は真っ暗だった。
消耗品なので、余り使いたくなかったが、ポケットの中に仕舞っていたライターを使い、ドアの傍にかけてあったどこか見覚えがあるランプに火をともす。
「こ…ここは」
見覚えがあって当然だった。そこは○○の小屋だったのだから
外から見た時は全然違う小屋だと認識していたはずなのに、おかしい、おかしすぎる。道に迷ったのだってそうだ。
まるで感覚を完全に狂わされてるかのようで、なにがなんだかわからない、しかし、ここが○○の小屋だと言う事は…
「おかえりなさい、あ な た」
振り向こうとした途端、誰かに足を掴まれ転倒する。
仰向けになった○○の上に馬乗りになったのは、やはりというかレイセンだった。
「何処に行ったのかと思ったけど、やっぱり戻ってきてくれたのね。うれしい」
「違う」と言おうとしてレイセンの唇によって口を塞がれる。
こちらとて腕力には自信がある。しかし抵抗しようとするが、怪我人とは思えないほど凄まじい力で押さえつけられ、抵抗できない。
ふと視界の端に何かが転がっているのに○○は気づいた。
それは、最初○○がレイセンを拾ったときに、何の用途かわからない上に不気味な色をしていたので放置していた薬瓶だった。
それが今、3本ほど空になった状態で部屋の隅に転がっている。
ゴクリ
一瞬そちらに気をとられた瞬間、事前に口に含んであったのか何か薬の様なものを口移しで飲まされた。
その瞬間全身から力が抜け、○○の体が崩れ落ちる。
「ねえ○○、私の足が治ったら遠くに逃げましょう。そこで結婚式をあげるの、周りからの祝福はないかもしれないけど、かまわないわ」
○○は動かなくていいわよ、と言いながら○○の服を脱がせ始めるレイセン。
「最初は色々と大変かもしれないけど、私と○○ならなんとかなるわ」
何か言おうとするが、痺れてしまって何もしゃべれない。
「ああそれと、子供は最低3人は欲しいわね、私、貴方の子なら喜んで産むわ」
レイセンが、ブラウスの胸元を緩めながら覆いかぶさってくる。
ああ、そうか、キャプチャーされたのは、俺のほうだったのか
「兎は寂しいと死んじゃうんだよ?」
だ か ら ズットイッショニイテ?
>>up0566
「れーせん、れーせん」
「はいはい。私はここに居るわよ、○○」
「うー…」
私は○○を抱き締めると、背中を優しく撫でて上げた。
「あー…」
○○は安心したように目を細めた。
途中でカラスに邪魔をされたりしたものの、私は○○を無事狂わせる事に成功した。
目から光が失われ、感情が抜け落ち、徐々に正気を失っていく様子は、今までで最も儚く美しかった。
たった一度しか見る事の出来ない、○○が私に見せた最もキレイな瞬間。
不覚にも軽く達してしまったほどだった。
時間をかけてじっくりじっくり狂わせた結果、今の彼の中には私しか存在しない。
思考も感情も全て私に対する恋慕しかない。
言葉だって、まともに話せるのは、理解できるのは私の名前ぐらいしかない。
濁って光を失った瞳は私しか映し出さない。
こんなに素晴らしい事があるだろうか。
「れーせん?」
「ううん、何でもないのよ、○○」
抱き締めたまま、○○の背中を軽くあやすようにポンポンと叩いてあげる。
こうしてあげると、○○は安心するのだ。
彼の一挙手一投足全てが狂おしいほどに愛しい。
やはり、狂わせて正解だった。
こうすることが、○○にとって最善だったのだ。
その証拠に、○○はとても幸せそうだ。
もちろん、私もとても幸せだ。
「少しの間我慢していてね。師匠の手伝いをしてくるから」
不安そうに私を見送る○○の表情に後ろ髪を引かれつつ、私は自室を後にした。
部屋を出ると、物陰からてゐやイナバ達が、廊下の陰から様子を窺っている事に気が付いた。
その目には明らかな奇異の色が宿っているが、そんなものにはもう慣れた、というか、最初から気にしてはいない。
下等な地上の妖怪兎風情の目をいちいち気にしているほど、私は暇では無い。
え? 姫様にはどう思われているのかですって?
さあ? あの人とは昼夜の生活が逆転しているから、半年以上も会っていないし。
WEBマネーさえ与えられていればそれで満足な引きこもりなんて、そもそも眼中にすらないわ。
「遅かったわね、ウドンゲ」
「す、すいません、師匠」
咎めるような師匠こと八意 永琳に、私は申し訳なさそうに頭を下げた。
所詮、適当に師匠だなんだと持ち上げていれば、それで満足していられる安い女だ。
内心の想いを押し隠し、せいぜい従順に従って見せる。
「貴方が○○にした事だけど…」
暫くの間、指示された作業を続けていると、師匠はぽつりとつぶやくように言った。
「最初はちょっと度が過ぎていると思ったわ」
「は、はい」
「だけど、○○がああなってからの貴方の働きぶりは目覚ましいわ」
「あ、ありがとうございます」
だから、不問に処す、とでも言いたいのだろうか。
本当につまらない女。
億単位の歳月を生きてきたくせに、こんな愚にもつかない実験をしていればそれで満足だなんて。
それはともかく、今まで失敗が多かったのは当然だ。
月から匿ってもらうための、お義理で手伝いをしていただけなのだから。
好きでもない事を義理でやっているのだから、片手落ちになるのは当たり前のことだ。
だけど、今は違う。
仕事を早く終わらせれば、それだけ多くの時間を○○と過ごせるのだ。
それに、明確な目的だってある。
それは○○を妖怪化するための薬を作り上げるというものだ。
人間である○○は、このままでは確実に私より先に老いて死んでしまうからだ。
「……あっ」
「どうかしたの、ウドンゲ?
「いっ、いえ。何でもありません」
……そうよ。そうよね。
別に、製薬にこだわる必要なんて無いじゃない。
師匠は私に背を向けている。
たしか、蓬莱人の生き胆って。
師匠は実験に集中している。
ねえ、師匠。いいですよね?
どうせ、死なないんだし。
私と○○の幸せのためですもの。
弟子のために一肌脱ぐのも師の務めですよね?
私は、音を立てずに師匠の背後に立つと、手に持ったソレを 大 き く 振 り か ぶ っ て
>>up0572
え? ヤンデレのうどんげ?
そ、そういうのは言いだしっぺの>>52さんに頼んでくださいよ!
あれ、○○さん。奇遇ですね。
はい、ちょっと大事な用事で。
え、ああ、この服に付いた血?
大丈夫ですよ、私の血じゃありませんから。ただの返り血です。
ふふっ……相変わらず優しいんですね、○○さんは。……本当に、誰にでも。嫌になるくらい。
――ガシッ
ねえ○○さん、ちょっと目にゴミが入っちゃったみたいなんです。
すいませんが、私の瞳を見てくれませんか?
ほら、さあ、ちょっとだけですから……。
どうして私から目を逸らすんですか?
優しい優しい○○さんからそんなそっけない態度を取られると、いくら私でも傷ついちゃうんですよ?
今日だって、○○さんの所まで来るの大変だったんですよ?
○○さんの元に行きたくて行きたくてしょうがない無い私を、イナバの皆が止めるんですから
だから、ちょっとだけ、強引な手段を取っちゃいました
少し悲しいけど、仕方ないですよね?
私と○○さんの恋路を邪魔するヒ゜ーでヒ゜ーな畜生共なんか、欠片も生きる価値が無いんですから♪
……知ってます? 私は○○さんの事を想うと夜も眠れないんですよ?
お陰でこんなに目も真っ赤になっちゃって。
だからよく見てください、私の、この赤い目を。
ほら、ほらほらほらほらほらほらほらほら。
もっと、もっともっともっともっともっともっと。
――――。
ふふっ、ははっ、あはははははっ!
……一緒に、壊れましょう?
1スレ目 >>55
「うん……」
僕と彼女は今、別れ話をしている。
原因は僕に他の好きな人が出来たこと。
彼女は終始俯いて話を聞いていた。
「でも……る……け…なら……」
何かを呟いていたが顔を上げ、僕の顔を覗き込んできた。
「私は○○と一緒に居られればそれでいいの」
彼女の真っ赤な瞳。
狂気の瞳にはそれを覗き込む僕が映っていた。
「どんな形でも側ににいられるだけで幸せ」
視界がぐにゃりと歪んでいく、目眩がする。
漸く視界のぶれ治まったとき、彼女の姿はどこにも無かった。
自分以外に誰もいない空間、僕はごめん……とだけ呟いてその場を後にした。
「でも、見てるだけならいいよね?」
去り際、耳許で彼女の囁く声が確かに聞こえた。
>>346
こんなの?
狂気の不可視密着24h嬉しいです。
2スレ目 >>351
「ねえ、○○。どうして貴方は浮気性なの?」
赤い瞳から能力を全開放射しながら、鈴仙が聞いてきた。
「え? 浮気なんかしちょらんよ」
慌てて目を反らしながら俺は答えた。
何も知らない人が見たら、俺のほうがやましい様に見えるだろうなぁ、とか思いながら。
「嘘。1時間32分前に白黒と話してたじゃない。その14分前にはハクタクと。さらにその52分前には紅白と。その24分前には鴉天狗と。その2時間11分前には…」
指折りしながら数える鈴仙。
どこで見てたんだよ、いったい。
「いやいやいや。顔見知りと道で会えば挨拶や世間話ぐらいするだろ」
このまま放っておいたら、今日一日会話した女性全員の名前を上げそうだったので、適当なところで遮った。
「浮気じゃない」
鈴仙は子供みたいにぷっと頬っぺたを膨らませた。
「なんでそうなるかなぁ?」
「なら、どうして目を反らすの? 私に対してやましい事が無いのなら、まっすぐ私の目を見て頂戴」
「いやいやいや。お前、能力を全開にしてるだろ」
「それがどうしたの?」
「いやいやいや。どうしたの、じゃなくて」
「寝ても覚めても私の事しか考えられなくなるだけよ。何の問題もないじゃない」
「いやいやいや」
「しっかりと私の目を見て。ほらこっち向いて」
ギリギリと無理矢理鈴仙と見つめあう形に顔を向けさせられる。
俺は慌てて目をつぶった。
「こ、こらっ。目を開けなさい」
無理矢理瞼をこじ開けられる。
「うぎぎぎぎぎぎぎ」
「白目を剥くんじゃないの。あーもう! いい加減にしないとセクハラするわよ!?」
「意味が分からん!」
「うるさいわね! えいっ!!」
「うひっ!? ちょ、おま、ぎゃははははははは!! くすぐってえ!!」
「このっ、えいっ」
「ま、負けるもんかぁ!!」
「往生際が悪いわね。こうなったら!」
むちゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
「んむうううっ!?」
ベロチューされた。
思わず黒目に戻ってしまう。
「クスッ」
「あひゃー」
ぐぐぐ。おのれ。このまま俺一人だけでは狂わん!!
鈴仙の能力に精神を浸食されつつも、俺は挑むように鈴仙の瞳を覗き込む。
そこには俺の姿が映っている。
つまり、俺の瞳にも、同じように彼女自身の姿が映っているはずだ。
そう、能力全開で狂気を放射する彼女自身の姿が。
「お前も一緒に狂ってもらうぞ! 鈴仙・優曇華院・イナバ!!」
「なっ…あ…あふぅ…」
自分の能力に当てられてしまったのだろう、鈴仙の瞳から急速に光が失われていく。
狂わされるのは腹立たしいが、どうにかドローに持ち込んだ事で俺は満足していた。
「なーんてね」
そう思っていた矢先、鈴仙の瞳に突然光が戻った。
鈴仙は両手を俺の背中にまわしてガッチリとホールドすると、睫毛が触れ合うほどの距離まで顔を近づけた。
「ねえ、○○。毒蛇が自分の毒で死ぬ? 死なないでしょ? そういうことなの。わかる? ワカル?」
鈴仙がしきりに何か言っていたけど、俺にはもう殆ど理解できなかった。
鈴仙が好き。鈴仙が愛しい。湧き上がる感情に思考が駆逐される。
「それにね」
れいせんのからだやわらかいいいにおい。
「私はもう、貴方に狂ってるんだから―」
>>up0583
「おはよう、○○」
目を覚ますと、隣に鈴仙が居た。
鈴仙が俺の布団に同衾していることはよくある事なので、俺は特に何の疑問も抱かず、おはよう、と返した。
鈴仙はそれに対してにっこりと微笑んだ。
そこでふと違和感に気付く。
はて。
俺の部屋はこんなに広かっただろうか。
天井が妙に高く感じるし、調度品も妙に大きく感じられる。
着ている寝巻がやたらとダブダブしている。
そもそも俺の声はこんなに高かっただろうか。
「あえ?」
あれ、と言ったはずなのに舌が回らなかった。
口から出た声はやけに舌足らずだった。
何気に自分の両手に目を落とし。
「なにこええええええ!?」
上がった悲鳴はやっぱり舌足らずだった。
「可愛いっ!」
感極まったように叫び、鈴仙は俺を自分の胸に抱き締めた。
嬉しいけど苦しい。
「せつめいしてくえよう」
ああもう。舌が回らなくてイライラするな。
「私が作った若返りの薬の効果で、今の○○は5歳児ぐらいになっているの。はい、鏡」
そう言って鈴仙は、取りだした手鏡に俺の顔を映した。
どこの幼稚園児だってぐらいにガキンチョな俺の顔が映っていた。
いつの間にそんなもん飲ませやがった。
「昨日の夕飯の時よ」
ああ、そういえば。
鈴仙が俺の家で夕飯を作ってくれたんだっけ。
その時に飯に混ぜやがったのか。
いったいどういう了見なんだ。
「○○は人間で、私は妖怪でしょう? 今は良いけど、いずれ貴方は年老いて、私を置いて逝ってしまうわ。だから」
「…だかぁ?」
「だから、ある程度の年齢になったら、この薬を飲ませて若返らせるようにしたの」
おいおいおいおい。
そういう理由なら、せめて俺を妖怪化する薬とかにしてくれ。
「それは私も考えたわ。だけど、こっちの方が色々なバージョンの○○が楽しめるもの」
お前は俺を何だと思ってるんだ。
「何って。恋人に決まっているじゃない。だから、貴方の身も心も未来も私のものなの」
まて。その理屈は間違っている。
「本当は、精神も退行させるはずだったんだけど」
ろくでもねぇ。
「精神は見たところ大人だったときの○○のものだし。次は成功させないと」
良いから。成功させなくて良いから。
「どうせなら、赤ん坊の状態まで若返らせた方が良いわね。そこから私が自分の都合の良いように育てて娶るの。うん、そうしよう」
紫の上ごっこですか。勘弁してください。
「それは今後の課題として。とりあえず、今は…」
え、え、え。何。何で、ブレザーの胸元を緩めてるの、鈴仙。
「可愛らしい○○を堪能させてもらうわ」
いや、ちょ、おま。
こんな子供に対してそういうよろしくない事を…アーッ!!
ハンヴィー氏
おはよう!
どうしたの? びっくりしちゃって。
えっ。いきなり目の前に現れたら、驚くって?
それもそうよね。
ふふ、ごめんね。
私の能力で相手の五感の波長を狂わせれば、こんな事も出来るの。
相手からすれば、私はいきなり現れたり消えたりして見えるでしょうね。
そんなことは知っている?
そうよね。
貴方は私の事は何でも知っているものね。
私も貴方のことは何でも知っているわ。
私達ってば、やっぱり最強のカップルね!
その言い方は頭が悪そうに聞こえるから、やめろですって?
むう。いいじゃない、別に。
聞きたいのはそんな事じゃない?
鍵がかかっているのに、どうやって入って来たのか、ですって?
ふふ。簡単よ、そんなの。
最初から部屋に居たもの。
昨日から今日まで、貴方をずっと傍で見つめていたの。
貴方は気が付かなかったでしょうけど。ふふ。
どうしたの、後ずさりなんかして。
顔色が悪いわよ。少し横になったらどう?
ふふ。そうそう、じっとしていた方が良いわ。
疲れが溜まっているんじゃないのかしら。ゆっくりしていた方が良いわ。
私がずっと傍にいるから。
ずっとずっとずっとずっとずっと。
>>ハンヴィー氏
「結婚しましょう、○○」
「何を仰る兎さん。意味が分かりません」
「私は貴方が好き。だから結婚するの。それ以上の意味があるの?」
鈴仙は甘えるように小首を傾げた。
妙に子供っぽい仕種だが、中々可愛らしい。
「俺の意思は無視ですか」
「○○は私の事が嫌い?」
「嫌いじゃないよ。むしろ、好きな方だと思う。だけど、少なくとも恋愛感情は持っていないなぁ」
「些細な事よ。結婚して一緒に暮らせば、いずれ恋愛感情も生まれてくるわ」
「ふつうは逆じゃないのかねえ」
「幻想郷では常識にとらわれてはいけないのよ」
「どこかの青腋巫女みたいなこと言うなよ」
まあ、この話はまた今度にでも…と言いつつ、俺は鈴仙に背を向けた。
一歩足を踏み出した所で、ぐにゃりと視界が歪んだ。
そして、気がついたとき、俺の横には衣服を肌蹴た状態で、すやすやと眠っている鈴仙がいた。
これは一体どういことだ、と腕組みをして考え込んでいると、直ぐ傍の茂みから「これは大スクープです!!」と大声を出してパパラッチ鴉天狗が飛び出していった。
呆然と鴉天狗を見送った後、鈴仙に目を向けると、そそくさと服装を直しながら、俺を見つめ返す彼女と目があった。
「初めてなのに、野外だなんて…凄く緊張したわ」
恥じらうような笑みを浮かべてはいるが、顔に思いっきり「計画通り」と書いてある。
彼女の能力を良く理解していなかった俺の敗因だった。
そんなわけで、新聞沙汰にまで発展してしまった俺は、責任を取らされる形で鈴仙と所帯を持つ事になった。
ハンヴィー氏
地上人で外来人で、彼女達からしたら人類の最底辺だそうだけど、
なんだってまた好かれてしまったのか。
嫌じゃないし、気恥ずかしいばかりで嬉しいんだけどさ。
理由なんて聞くのも野暮だけど、鈴仙はよくわからないなあ。
ちょっとばかし愛が重くって、嫉妬深い彼女は他人と話す度に膨れていた。
それを面白がって、烏天狗がからかって、意図を汲んだ俺がそれに乗っかって、事は起こった。
スペルカードなら生易しいさ、自分の行動が間に合う辺り彼女だって躊躇する無意識はあっただろう。
とっさで拳銃を構えて発砲した鈴仙、文を庇った自分。
ええ、動けない?
いやあ、伊達に平和ボケした国で生きてたんだ。
銃は危険なんて体は教わってなかったのさ。
でもよく考えれば、文は妖怪なんだしたいした事はなかったのかも。
目が覚めて辺りを見回したが、
永遠亭のベッドではないようだった。
鈴仙が運んでくれたのか?
起き上がろうとしたところで腕、いや手足の感覚が無い事に気づく。
「え・・・」
手足の付け根には包帯が巻かれていて、そこから先は、
無かった。
「え、えぇ・・・」
痛さとか経緯よりも先に、言い用の無い喪失感が心を襲った。
むしろ虚無感と言うべきか、ああ、もうあんな事は出来ないんだろうな、
と、そんな思考が走馬灯のように走り巡る。
起きてごそごそしていたのに気づいたのか、隣の部屋から鈴仙が入ってきた。
「鈴仙・・・俺の、体は?」
彼女は黙ってうつむいたままで、小さく「ごめんなさい」と言った。
許すものか、でも、なんというか、ねえ。
「頭を撫でて励ましてやれないけどさ」
「河童とか永琳なら良い感じに義手とか作ってくれるさ?」
気にしないから、気にすんなよ。
そう伝えるのがやっとだった。
永琳の提示した金額は余りにも高く、
理由を聞いてみれば「河童が」と言う。
河童に聞いてみれば「一部の金属部品を作るのに採掘から始めないといけない」と言う。
結局、後払いでなんとか返す事になった。
こんなどことも知れぬ離れにわざわざ来て貰って申し訳ない。
とりあえずの義足が出来るまで鈴仙が身の回りを世話してくれる事になった。
結局ここがどこなのか教えてくれなかったが。
時々、あるはずの無い手足が痛む。
幻肢痛だったか、覚えてないが。
鈴仙が痛み止めを持って来てくれた。
永琳謹製なだけあって効果は高い。
「中毒でもならんかね」
「まさか」
鈴仙は笑っていた。
二度目に永琳が訪れた時、
彼女は輝夜を連れていて、鈴仙はちょうど留守だった。
「ああ、見舞いに来てくれたのかい?」
永琳は嫌悪するような表情で、
「あなた・・・今まで一体!」
何かを怒ろうとした所を輝夜がたしなめた。
「あの子が選んだ道よ」
言葉の意味は理解出来なかったが、
とりあえず永琳は引き下がり、懐から小瓶を取り出した。
「自決するぐらいの覚悟・・・いや、ただの、強い痛み止めよ・・・」
「ちょ、ちょっとまってくれよ。
だからまだ手足が無いんだってば」
永琳は何故か一瞬戸惑いながらも、懐に小瓶を忍ばせてくれた。
「うどんげには内緒よ」
彼女達の来訪を告げると鈴仙は大いに取り乱した。
挨拶できなくて申し訳ない、と言っていたがどことなく不自然だった。
その日は痛みが酷かった。
薬が切れてしまい痛みが酷い。
応急策として狂気の瞳を受ける事になった。
効果は抜群で痛みは消えるようだった。
しかし、
歪まない、狂わない、惑わない。
いくら彼女が力を制御しているとはいえそう上手くいくものか。
力が使えるのなら元より治療に使うんじゃないのか。
一つとして変わる事なく、甲斐甲斐しく世話をする鈴仙が、怖かった。
「お前は本当に鈴仙なのか?」
「意味が分からないよ」
「本当は狂気が見せた幻像じゃないのか?」
鈴仙は優しく唇を重ねてくれた。
「この温かさが証明にならないかな?」
ああ、よかった。
鈴仙はちゃんと居てくれる。
疑ったのが少し申し訳なく感じた。
すると鈴仙は頭を撫でて、
「寂しい思いをさせちゃったんだね、ごめんね」
と言った。
なんだかそれが申し訳なくて、
身を乗り出して喋ろうとしたとき。
ごとり、小瓶が懐から落ちた。
「・・・何、それ」
「永琳が前来た時に渡したんだ」
隠しようもないので素直に言ってみれば、
頑張って笑顔は取り繕うものの目に見えて不機嫌になっていた。
「ふーん」
薬は彼女にも判別つかないようで、
それが一層機嫌を悪くしたようだ。
「隠しててごめんね」
「や、そうじゃないよ、◯◯は悪くないよ、うん」
鈴仙は焦ってそれを否定した。
それで有耶無耶になったものの、
結局薬の正体は分からず仕舞いだった。
まあ構わないが。
永琳が意味ありげな言動を取ったところで、
鈴仙にも検討がつかない薬をおいそれと飲む訳にはいかない。
まあ、永琳だからなあ。
「そういえば、林檎買って来たんだけど剥いてあげるね」
「ああ、ありがとう」
というか自分が「あーん」ってやりたいだけなんだろうなあ。
嬉々として林檎を剥く鈴仙。
ふと思えばフォークが無い。
直接手で食べさせて貰うのも悪く無いが、それとなく聞いてみた。
鈴仙もそれをすっかり忘れていたようで、
すっと立ち上がりナイフを机の上に置いたが、
たまたま、それが滑って布団の上に落ちた。
「え・・・」
そう、理解していたはずだったが、
ナイフは布団から15センチほど上に、
何かに刺さったように立っている。
それに、幻肢痛が酷い。
なんだこれ、まるで、手足があるみたいだ。
「◯◯」
鈴仙が顔を覗き込み目が合う。
いや、疑念を持った俺は視線を逸らした。
「痛むの?」
鈴仙は焦ったようにナイフを取り除き隠した。
「永琳の・・・薬」
「あ、あれはダメよ◯◯」
「痛み止めって言ってたし・・・」
下手に拒絶しない方が良いと思ったか鈴仙は薬を取り出し、
観念して飲ませてくれた。
痛みが目を覚ます、
意識ははっきりと、幻を掻き消す。
「え・・・手が・・・ある?」
「◯◯それは幻覚ざ」
この手は、勢いよく鈴仙を突き飛ばしていた。
「なんで、幻覚なら君を突き飛ばせた?
なんで幻覚なら刺された傷があるの?
なんで・・・銃創なんてどこにも無いんだよ・・・」
「あ・・・うぁ・・・」
「騙したのか・・・鈴仙?」
ざあざあと音が立ち霧が晴れていく、
この霧も歪んだ力によるものか?
道理で誰も訪れない訳だ。
「あ・・・嫌・・・お願い・・・嫌わないで」
鈴仙は怯えていた。
違うよ、馬鹿だなあ。
悪いのは君がこんなに脆い事に気づかなかった俺だから、
よく我慢したよ、いつだってダルマにする機会があっただろうに。
それでもそんな事をしなかった君の気持ちは分かるから。
「鈴仙、それを離せ・・・」
ナイフを握って、震えていた。
自分よりよっぽど強い軍人崩れが。
力の無い自分の手が届くと信じて、
久々に足を働かせた所で、
「こうすれば・・・一緒だから」
情けないなあ、俺は。
車椅子に乗るのは四肢の繋がった鈴仙。
結局、彼女の思い通りに動いてしまった俺は、
自殺なんかするつもりの無い彼女のナイフをずらし、
半身不随という重い後遺症を負わせてしまった。
もちろん、責任は自分にあるので身の回りの世話は自分がする事になった。
まさに立場逆転だ。
彼女からすれば俺が自分から離れないのが御満悦なようで、
「ん」
動く手を伸ばすので前に立ってあげると、
そのままたぐり寄せて、強引にキスをした。
「ごめんね、◯◯」
「何が?」
「動けない自分が、好きな人を手繰り寄せる嬉しさ。
君に教えてあげられなかったね」
そっちかよ、よりによって。
狂気の瞳で記憶を改ざんして監禁した事はお咎めなしか。
ちょっとむかついたので、
そのままぎゅっと抱きしめる。
「じゃあ俺が経験してない、
好きな人が抱きしめてくれてるけどキスできない苦しみを教えてやるよ」
「んなっ!ずるいよ◯◯!ああ頭撫でないでよ〜!」
やれやれ、手篭めにされたのはどっちなんだか?
ジョバンニ氏