■神綺3
「私がどれだけ貴方を好きになったとしても……」
「終わりはない……
それは永遠に続いてゆく。
過去も未来も関係なく」
「世界の隔たりが それを許さなくなったとしても」
……テレビのニュースが、砂嵐の様に耳障りだった。
まどろみの中、朝食を食べていた俺はトーストを見て溜め息をつく。
「ユキ……だから俺は朝はパンは食べられないんだって何度言えば」
「えぇー?朝食って言ったらパンに決まってるでしょ。ね、マイもそう思うよね?」
「……どっちでもいいわ♪」
二人の妹の、ユキがマイに同意を求めたが、助け舟は出なかった。
「何だかご機嫌ね、マイ」
「……まあね」
ガタン、と後ろから物音がする。
「あれ、姉さん珍しい。帰ってきてたんだ?」
ユキがそう声を掛けた相手は、ルイズ姉だった。
「おはよう、みんな。
久しぶりに一段落着いたところだったから、ついでに帰ってきてたのよ」
「へぇ……そうなんだ……って、あーっ!!ちょっとマイ、何その首飾り!」
「……姉さんに貰っただけ♪」
「だからさっきから嬉しそうにしてたのね、ずるいー!
ね、ね、姉さん!私にお土産は?」
そうして詰め寄るユキに対し、ルイズが困った顔をした。
「ごめんなさい、ユキ……
お土産になるようなものはあれしかなくて」
「なんだってー!」
「今度行った時はユキに上げるから、それで許して……って、あら?」
ルイズがそう言おうとしていた頃には、きさまー!と言いながら、
ユキがマイを追っかけていた。
「○○も久しぶりね。変わりは無い?」
「ないかな。時々、母さんの夢を見たりはするけど」
「……え?」
複雑そうな表情で、こちらを伺う。
「……まだ、覚えてるの?」
「行って来ます」
「あぁ、行ってらっしゃい」
マンションを出る際、外で掃除をしていた管理人のサラさんに声を掛ける。
「なんか、今日は顔色が悪くない?ルイズさん、帰って来てるって聞いたけど」
あぁ、と軽く返事をする。
「すいません。それとは別で、体調が優れませんで」
「ダメだよー?大事な体なんだから。
男はあんただけなんだから、倒れたら面倒見られないよ?」
すいません、と取り繕うものの、結局そこで責任云々説教されてしまう。
サラさんは、こういう所が妙に厳しくて困る。
「ふう」
仕事の休憩時間となり、トイレで自分の顔を見る。
そんなに顔色が悪かっただろうか。
母親の夢を見る様になったのは何時からだっただろうか。
実際の所、あの人の事は余り覚えていない。
顔も、容姿も、どんな人だったかも。
なのに、時々漠然とした、母親の夢を見る。
内容は支離滅裂だったが、何時も共通する事が一つだけあった。
何故だろうか、憎しみの篭ったような、そんな視線。
それを思い出すたびに、体は悲鳴を上げ、拒絶感をもたらす。
もしかして、自分は母親に愛されていなかったんじゃないだろうか?
そう思えてならない。
父親がどうかも良く知らないし、可能性は十分にあると思った。
と、鏡を見ていると、妙な違和感。
俺の後ろに
金髪の、女が居る。
「!?」
直ぐに振り向くが、其処には誰の姿も無く。
が、もう一度鏡を見ると其処には信じられない光景が映し出されていた。
金髪の女が机に向かい、人形を繕っている。
其処に映し出されている光景はトイレとは程遠く、何処かの家の一室。
其処で彼女は人形を作り、時折本を取りに行ったりしていた。
休憩時間のことも忘れ、その光景に見入ってしまう。
そうしているうちに、机の上にあった一冊の本に気が付いた。
「ぐり……うん?なんだ、あり……す?」
アリス。
まるでその言葉が引き金となったかの様に
ガタン!!!
音を立てて、鏡が落ち ――割れる。
「なっ……」
気付くとトイレは、まるで廃墟の様に古びていた。
水道の蛇口から、赤黒い錆水が流れ出している。
カタン。
トッ トッ カタン。
……後ろの方から音が聞こえる。
個室から、扉が音を立てて――
それは出てきた。
全身赤黒い何かで塗りたくられたかの様な、女が。
……俺は逃げた。
此処が何処だか、訳も分からずに逃げた。
何処へ行ってもまるで廃墟のようで、しかし逃げるのを止める度、
あの女が顔を見せる。
髪を結んだ、銀髪が赤黒く染まった女が。
商店街に逃げ込んでいたのだろうか、街頭のテレビを見かける。
全てチャンネルは違うようだが、全てが砂嵐しか映っていない。
酷く耳障りだった。
まるで最初から全部なかったことにするみたいにしようとする、この音が嫌いで。
さっさとその場から立ち去ろうとする。
が、テレビの一つ――
其処にまた見慣れない光景が映る。
先程のアリスという、女の姿と。
何処か母親に似た、女の姿。
「だから言ってるじゃないっ!!○○は、とっくに死んだって!!」
「……何を言ってるの?」
理解出来ない、と言った表情で彼女は笑う。酷く、乾いた笑顔で。
「○○ちゃんは此処に居るじゃない。
ほら、ずっと此処に居るわ。
アリスちゃんが何を言ってるのか全然分かんないわ」
「……っ!そう、じゃあ勝手にして下さい。
私は、もう……知りません」
彼女は一冊の本を手に取ると、一度だけ後ろを振り向いて外に飛び出していった。
「あははは。バイバイ、アリスちゃん。
おかしなこと言うよね、○○。
もう貴方が居ないって。
帰ってくる頃には、なおってるといいんだけど」
「ね」
虚空に手を伸ばし、その瞳は何も見ようとしていない。
「……神綺?」
ふと、その女の名前が浮かんだ。
気付くと、テレビの砂嵐は消えていて、真っ暗になっている。
――あ。
追い続けていた女の姿が、その女性と重なる。
物陰から、女の姿が見えた。
「神綺!」
そして、名前を呼ぶ。
すると彼女は、笑顔で此方に近寄ってきて。
「○○!」
一瞬で――
「……違う」
その表情を憤りで固まった表情へと変えた……
「あ……」
彼女の手には何かが握られている。
ドクン、ドクンと脈をうつそれは
俺の――
……テレビの砂嵐の音がする。
「兄さん、パンが焼けたよー」
ユキがトーストを皿に乗せて、此方へと差し出してきていた。
「あ、ごめん。兄さんはお米がいいんだったっけ」
……が、差し出したそれを戻して、茶碗にご飯をよそっている。
「……どうしたの?」
無表情ながらも、心配してくれているのか、マイが袖を引っ張って顔色を伺っていた。
「なんでもないよ」
そう答えるものの、何か違和感の様なものが消えずに残っていた。
マンションを出て仕事に向かおうとすると、外にはルイズ姉が居て。
何処か、真剣な表情をしていた。
「○○……」
「母さんの名前、思い出せる?」
立ち話もなんだと言う事で、公園のベンチに座る。
家では話せない内容だったからだろうか、ルイズ姉は何度も周りを気にしていた。
「で、母さんの名前が……何だって?」
質問の意図がわからずに、俺は聞いた。
何でそんな当たり前の事を聞くのだろう、と思った。
知らない筈が無いのに。
「深い意味はないですわ。ただ……ね」
彼女は、片目を見開いていて、此方の様子を探っているといった感じがした。
「……それで、どうなのかしら?名前」
良く分からないまま、俺は答えた。
『あなたは神綺様に相応しくない』と、夢子が言っていた。
だから、彼女の与り知らぬ所で、脅しておけば――
そう考えて。
しかし、其処に偶然神綺が通りかかって。
脅しで投げた筈の刃物は、○○を避ける事無く、その体へと吸い込まれていった。
刃物を投げた張本人の夢子は、後ろでただ呆然としていた。
こんな筈ではなかったと、言いたげに。
「私は……神綺様の為を思って……っ」
そう言って、その場から走り去って行ってしまう。
刃物が突き刺さっている自分の体を引き摺りながら、神綺の元へと近寄る。
「ち、違う。……○○……○○じゃないっ」
神綺はそれを認められないのか、目の前に居る相手の存在を否定する。
涙ぐんでいる彼女の表情を憂いながら、精一杯笑顔を作ってみせる。
指で涙を掬おうとして、自分の体から、完全に力が抜け落ちた――
壊れた世界を、アリスは見つめていた。
たった一つの、命が壊れた世界。
その一つだけで、全てが壊れてしまった世界を。
アリスは時折、”似せた”人形を作ると其処へと送り出す。
何時も、その中に一つの魂を込めて。
そうして、何時も人形は壊されて、魂は再びアリスの元へと戻ってゆく。
何時か、その事に気が付くまで。
何度でも、繰り返す。
はず、だった。
「アリス、だろ?」
そう答えた。
魂以外、自分は人形の体で。
彼女に、作られたと言う事を。
此処で似たような事を繰り返しているうちに、なんとなく理解していたのかもしれない。
其処にルイズの姿は無く。
公園も、何も無く。
ただ真っ暗な闇が広がっているだけだった。
暗闇の中で浮かぶ神綺へと近付いてゆく。
何時の間にか忘れられた世界で眠る、彼女へと。
多分また、壊されてしまうかもしれない。
それでも、いつかきっと。
壊されて、直されてを繰り返して。
何時かは自分の名前を呼んでくれると、そっと願いながら。
人形の体を引き摺って、彼女へと近付いてゆく。
彼女が死んでしまった人間の自分を好きである限り、それは続いてゆくかもしれない。
けれど。
好きになる気持ちに、終わる事は無いと信じているから。
その気持ちには、長さも、時間も、世界も関係なくて。
だからその子が、自分を好きだと想い続けてくれる限り。
彼女へと、手を伸ばす。
「ふふふ……また○○ちゃんの偽物だ」
冷たい表情をした彼女は、また自分をバラバラに引き裂いた。
けれど。
「……でも、少し寂しいから」
バラバラになった中から出てしまった魂を引き寄せて。
抱きしめる様にして。
「少しだけ、こうしててね」
少しだけ、その先へ。
>>おやつ氏
全てを、失った。
あの羽の、化け物のせいで。
家族も、家も、財産も……そしてこの両腕の感覚も。
何もかも全て、失ってしまった。
腕は残っているものの、全く言う事を聞かず動かない。
……どうしてこんな事になったのだろう。
俺はただ、何時も通り暮らしていただけの筈なのに。
燃え盛る火の手は全てを奪っていった。
爆発だろうか、轟音と共に家の天井が崩れ落ち、
家族の悲鳴が聞こえてきた。
火災を止める事も出来ないまま、窓の外から脱出しようと試みる。
しかし、崩れ落ちてきた瓦礫の破片をかばった両腕が――
激痛が走る。
そして、痛みだけが残り、俺は倒れた。
窓の外に見えた、あの化け物が……
全てを破壊する光景を、焼き付けるようにして。
何もかも失った。
そう、本当の居場所さえ。
奇跡的に助かったのか、意識を取り戻した俺が見たもの――
それは、何処かも分からぬ見慣れぬ風景。
そしてその先で見た人里の、明らかに異質な世界だった。
家も無い、素性も知れない、体も不自由。
こちらからすれば、寧ろ非常識なのはこの世界だと思いたかったが、
どうあがいても現実は変わらない。
俺は、ただ淘汰されるだけで。
食事も、まともな生活をする事も出来ずに。
そうして、数日のうちに森で倒れ、泥水を啜っている所を、
あの化け物とはまた違う異形に襲われて、死に掛けていた。
――どうして。
神を怨む様にして、俺は異形を睨み続けていた。
せめて呪い殺せるなら、と。
ヒュッ。
風の吹くような音がした。
そして、其処に。
「大丈夫?」
……見知らぬ、一人の女性がいた。
女性の名前は神綺といった。
瀕死の俺を介抱し、自宅だろうか、小さな家へと運ぶと料理を作って持ってきた。
「怪我が酷くて何も口に入らないかもしれないけど……
そんなにやせ細っていては、治るものも治らないわ」
俺はただ、差し出された料理を眺めることしか出来ない。
両腕が使えない事を伝えると、彼女はスプーンを取り出して、自分の口に含み――
「んっ……んっ……」
ゆっくりと、自分の口に流し込む……口移しで。
俺はまた、眺める事しか出来なかった。
行く当ての無い俺を哀れんでくれたのか、彼女は此処に養生する様提案してきた。
そして俺も、それを喜んで受け入れた。
とはいっても、男と女ゆえ、色々と不都合はあった。
一例で言うならトイレだ。
口移しで料理を食べさせてくれた時とは違って、顔を真っ赤にしながら悩んでいた。
……後ろ向きで、と言う事でお互いに納得する。深くは語らないが。
まぁそんなこんなを繰り返すうちに、次第に腕が動く様になっていた事に気付く。
が、折角なら神綺さんをびっくりさせてやろうと、隠しておく事にした。
治り次第、料理でも作って喜ばせてあげようと。
「それじゃあ○○、私は買い物に行ってくるから」
彼女を見送ると、治りきった腕で料理を作ろうと台所へ向かう。
……ん?
台所に妙な扉がある。
そういえば、神綺はよく台所でこの部屋に入ったりしていたような。
食糧貯蔵庫か何かだろう、と俺はその扉を開けた。
――ギィ
……扉は、簡単に開いた。
そこには、真ん中に置かれた一つの水晶玉と……
明らかに、”俺の家の私物”が置いてあった。
なんでこんなものが……
「見ちゃったのね」
振り向く間もなく、背中に柔らかい感触と共に体温が伝わってきた。
「……まさかもう、腕が治ってたなんて」
がっちりと腕を掴まれ、悪寒が走る。
――水晶玉には、俺の家族が映っていた。
ゴキリ!!
両腕から、おかしな音がした。
……まるで痛みは無い、けれども。
そう、”確実に折れている”と言う事だけははっきりと分かった。
「あの人達の事なら、心配ないわ。
だって、あなたのこと、”何も憶えていないから”」
……何を言ってるんだ。
「幻想入り、おめでとう。
といっても私が門を開いたのだけど。
……何でこんな事するか、聞きたい?」
俺は心を落ち着けて、頷いた。
「うん。そう言ってくれると思ってたわ……
ずっと前に貴方、私と出会った事を覚えてる?
もっと小さくて、きっと記憶も曖昧でおぼろげな頃に。
私達は一時、迷い込んだ貴方に興味を持って、帰る時に一つの約束を交わしたの――」
神綺の手は、折れた腕から離れ、○○を抱きしめた。
「貴方が全てを失った時、貴方の全てを私に捧げるという約束。
……随分と待ったわ。
そして、様子を見ていて思ったのよ。
――このまま老いて、命の残りカスしかなくなった貴方なら。
……いらないってね」
俺は、思い出していた。
彼女の顔。彼女達の家族。
そして……魔界の事を。
「だから壊したの。
貴方の全て、全部、まるごとひっくるめて。……一つ残らずね」
自分で失わせておいて約束を守れと?と聞く。
「うん」
彼女は否定しなかった。
「……もう、どう足掻いても。貴方は私のものだしね」
抱きしめていた手は、心臓を掴むようにしていて。
もう、どうする事も出来なかった。
「その代わりといってはなんだけど――」
彼女の手が俺の腕に触れる。
……と、腕に違和感が無くなる。
間髪入れずに、唇を重ね――何かを、飲み込ませた。
「そっちのは……ふふふ、あと100年位すれば分かるかしら」
……まさか。
「さぁ行きましょうか、○○。
出来ればもう少し貴方と二人きりで過ごしたかったけど、
魔界を放っておくわけにもいかないし。
……ま、あっちに行ってもその時間が少し減るだけだけどね」
彼女は微笑むと、翼を広げて包み込み、ふわりと宙に浮く。
俺は……
この美しい化け物から……もう、逃げる場所は足元一つ残されていなかった。
「永遠を約束するわ。これからも一緒よ、○○」
>>おやつ氏
長編の前のおやつに神綺様好きが書いてみた。
「○○が、死にました―」
「・・え?」
突然だった。
自分の部屋で休んで居た神綺に夢子が告げた言葉。
彼女がそれを理解するのには、かなりの時間を要した。
そして、一言。
「殺してくる」
重い口調で、そう告げた。
「いやぁ〜こりゃ良い死体が手に入ったってもんだ!
今日のあたいはついてるねぇ」
お燐は○○の死体を運びながら鼻歌を口ずさみ上機嫌だった。
「お燐、それってついさっき死んでた人間の死体?
ただの人間にしか見えないけど・・何処が気に入ったの?」
空が興味無さそうに尋ねる。
「こいつはただの人間じゃないってあたいの勘が言ってるんだよねぇ。
なんて言うか…そう。神々しいっていう感じ?
そういう匂いがするんだよ!」
「ふ〜ん…。ね、ね!一口でいいから頂戴よ!」
「駄目駄目!こいつはこれから立派な怨霊にしてやるんだから!
お前につまみ食いなんかさせちまったらこいつの神様っぽい匂いが
落ちちまうかもしれないじゃないか!」
「む〜」
「それにしても、この人間ついてないね。
多分間欠泉の一つが落とし穴みたいになってて、それに落ちて死んだんだね」
「なら、私のおかげじゃない。ね、一口で良いからさ」
「だーめ!」
くぐもった 声。
「そっか…あんた達か…」
「「え?」」
「私の○○を殺したのは…」
可愛らしかった服の赤さは その返り血で黒く染まり
白く美しかった銀の髪は 服よりも濃い赤い返り血を浴びていた。
「・・ひっ!お、お燐、逃げよう!何かこいつ、やばいよ!」
「ち、違うよ!○○って誰だい?!あたい達は―」
ズブリ。
嫌 な 音が した。
空が横を向くとお燐の背中から 何 か が出ていた。
それは 何? い や。 いやだ。違うよね?
お願い、夢なら覚め―
ゴトリ。
「○○…ああ、○○ッ…!!」
何かが切れたように、神綺は泣いた。
先程までの見た者を恐怖させる表情とは一変し
○○の死体を抱きしめ、子供のように泣きじゃくった。
「ううっ・・ヒッ・・グスッ・・うぇぇっ・・!!」
涙が止まる事はなく、神綺は泣き続けた。
その泣き声は、地霊殿全てに響き渡り、三日三晩止まる事はなかった…。
「○○…」
神綺の腕の中に○○は居た。
「お腹が空いたのかしら?それとも、遊びたい?」
優しい声であやす様に○○をベッドに降ろすと
遠くに居た子供を呼び、一人こう呟いた。
「○○を殺した責任がなかったとしても…貴方達には付き合ってもらうわね」
呼ばれた少女達には、猫耳と、烏の翼。
「ままー。どうかしたのー?」
「きっと、あたいとあそびたいのさ!だよね、おかーさん?」
「ちがうよー、ままはごはんのじかんだからよんだんだよー」
「あんたはさっきからたべてばっかりじゃない!」
「うにゅ・・じゃあおやつ?」
「それいがいにないのか!」
「うふふ・・じゃあ、ご飯を食べたら皆で遊びましょう?ね、○○?」
「あ、○○ずるいー」
「○○にはあたいがご飯食べさせてあげるねー」
(○○…今度こそ幸せになってね…この新しい世界で…)
神綺は魔界に戻る事はなかった。
地霊殿の奥深くで彼女を見かけたという話もあったが、定かではない。
確かめに行った者達も
二人の少女と、一人の女性が大切な何かを守るかの様に襲い掛かって来る為
とても近付く気にはなれなかったのだと言う。
そして―月日は流れ。○○が大人になった頃。
「ねぇ、○○。あなたは今、幸せかしら」
「突然、どうしたんですかお母さん。
俺は皆が居れば、それだけで幸せですよ?」
「そう―」
そして、何かを思った彼女の頬に。
一筋の涙が流れた―。
1スレ目 >>510-511
好きになって欲しかった。
……それだけ。
――雨が、降っていた。
私の手にはべっとりと、いやらしいものがこびりついている。
……あぁ。そうだ。
これは、私の醜い感情のせいで付いた――
洗い流す事の、出来ない、証。
……涙は、幾らでも溢れてくるのに。
雨は、さっきよりも強く降り注いでいるのに。
色濃く、張り付く、その朱色――
『 』
幻想郷と呼ばれたその世界で、彼は女性と二人、仲睦まじく暮らしていました。
少女の名前はルイズ。彼の名前は○○。
魔界の旅行会社、そのツアーでの途中、二人は出逢い、一目惚れをしたそうです。
魔界の創造主である私も、彼女自身からその話を聞き、
とても目出度いと喜んだ事を良く覚えています。
私が創った子が、他の世界の子と幸せを育むだなんて。
とっても、とっても素敵な事だと思っていました。
私は夢子ちゃんと二人、ルイズちゃんの家へと向かい二人を祝福しようと訪ねました。
突然の訪問に、ルイズちゃんは驚きを隠せないと言った顔のまま、私達を招き入れます。
此処の風習に合わせ(?)肉じゃがを鍋に入れて持参していた私は、そのまま台所へと向かいました。
其処には、例の彼の姿。
一目見た感じでは、私には彼を好きになる理由が判りません。
「あぁ済みません、気が利かなくて」
私が彼を目視している事に気付き、彼は鍋を受け取ろうとしました。
気が利くのか、でしゃばりなのかは判りませんが、ルイズちゃんの顔もあるので、
大人しく笑顔を作ると、渡して上げます。
「貴方がルイズちゃんのいい人ね?」
「えっ……その、……はい」
私は改めて自己紹介をしました。
魔界の神である事。
彼女の創り手である事を。
すると、彼もまた驚いた表情を作り、敬う様にしてお辞儀をすると、丁寧に自己紹介を返します。
「……です。名前は、○○と言います」
「うふふ。そんなに畏まらなくてもいいわよ」
少し浮く様にして、彼の頭を撫でると、真っ赤な顔をして俯いてしまいます。
「その、やっぱりルイズさんのお母さん……とは、少し違うのかな。
でも、同じ位、その……綺麗で」
「あんまりそういう事をされると、恥ずかしいです」
と、照れくさい事を言って返してきました。
「と、当然じゃない」
当然よ、と私は答えました。
……いや、少しどもっていたかもしれません。
ルイズちゃんと夢子ちゃんと○○。
私と四人で、食卓を囲みながらその日は色々な話をしました。
○○が特に興味を引いていたのは、ルイズちゃんそっくりの子がまだ魔界には居るという事。
「じゃあ魔界に行く時には、自分は浮気しない様、入念に注意しないとですね」
そう三人で笑って話しましたが、やっぱりルイズちゃんは頬を膨らませ、○○ちゃんを抓ります。
「私というものがありながら、ひどいですわ!実家に帰らせて頂きます!!」
「じゃあ、皆で一緒に帰って皆で見張らないとですね」
「そうね。万が一変な気を起こしたら隙を見て私が後ろから……」
「ちょ、ちょっと!夢子さんも神綺さんも何言ってるんですか!!」
皆の談笑は、夜遅くまで続きました。
夢子ちゃんとルイズちゃんが就寝の支度を終え、私へとおやすみを言いに来ました。
「それでは、先に休ませて頂きます」
「神綺様も、余り夜更かしは……」
「いいのよ。もう暫く、色々と考えていたい事があるの」
「そう、ですか」
「おやすみなさい。二人とも」
……そうして、またルイズちゃんの事を思い出します。
私が創った子は多く、こういった話もまた、稀にある話でした。
時には、その子よりも強い妖怪とか。
ですが、私には一つ。
悩んでも、答えの出ない、何かがあったのです。
……ぐっと、拳を握る様にして私はテーブルに突っ伏してしまいます。
……私は……
―― 夢 子 ち ゃ ん は
お 気 に 入 り の お 人 形
私 の 言 う 事 を 何 で も 聞 い て
何 も 言 わ ず に
何 で も 何 で も し て く れ る
特 別 な お 人 形 ――
彼女の名前には深い意味を込め、画数の多い漢字を使いました。
唯一、その名前を持つ夢子ちゃんは、他の強く育った子達とも、同等以上の力を持っている。
そして、他の子達以上に。
私の言う事を、聞いてしまう。
……妄信。
彼女を見ていると、作り出した子達の行動の全てが。
本当は、私が無意識にやらせているのではないかと。
疑って、しまいたくなる。
そんな時が、ありました。
……だから今、幸せそうなルイズちゃんと○○を見て、その懸念が晴れたのだと。
私は思ったのです。
『 』
嘘です。
「え?」
『嘘よ』
「何……が?」
『嘘だって言ってるのよ』
「何を、言って」
『貴方の思った事、貴方の辿った事』
「だから、何の話よ!」
『何処からが嘘か、何処からが虚実か』
「いや……!知らない!私は、知らないっ」
ゼンブ シッテルクセニ。
立ちはだかっている。
同じ顔をした、”私”が。
でも、その翼は汚れてはいない。
真っ白くて、攻撃的では、ない。
……それに何故か、私の方の手は……
魔界で流行の、幻想郷ツアー。
私はそれに参加していた。
名前を伏せ、ルイズちゃんの姿を借りたまま。
現地へと辿り着くと、私は当初の目的をあっさりと忘れていた。
人里へ行って
居心地の良さそうな森を散策して
丘の花畑を眺め
あの神社を、通り過ぎた。
楽しい。
旅行会社が私の意見も聞かず、ツアーを組む理由も良く分かる。
でも、楽しいのに、何かが足りない。
ふと同じ旅行者の子達が通り過ぎて。
……それは直ぐに判った。
一人だからだと。
(それなら、夢子ちゃんを)
呼ぼうとして、はっとする。
そういえば内緒で来たんだった。
文句は言われないだろうが、ややこしくなるかもしれない。
私が悩んでいると、後ろから声が聞こえた。
「どうか、しましたか?」
……人間の、男だった。
「何か困っているみたいだけど」
「そ、そんな事ない……ですわ」
慌ててルイズちゃんの口調を作って、答えた。
彼は不思議そうな顔をして、私に何かを手渡そうとする。
「えっ。何」
「おにぎりだよ。腹が減ってるのかと思って」
「何で、いきなり」
「いや……道に迷ってるって言う感じでもないしさ」
「……えっと」
「……」
「ちっ、違……わなくもないん……だ……ですけど」
「……ん?」
妙に喋り方を変えようとするせいか、少し口が回らずにいた。
お腹が減っていたわけではないのだけど、
確かに、人里で色々な子達が物を食べているのを横目に、
何か食べたくなっていたのは事実だったから。
照れくさいと思いつつも、目線を合わせないようにしてそれを受け取る。
「い、頂くわね」
「どうぞどうぞ」
じゃあこれで、と言った感じで彼が立ち去ろうと通り過ぎる。
「ごちそうさまぁ!」
そしてその言葉で、彼はこけた。
「え……もう食べたのか?!」
「ええ。悪くない味だ……でしたわ!」
私は嬉々として、彼へと礼を言う。
「……いやはや」
彼は呆れているのか驚いているのか判らないと言った顔で、私を見ていた。
「お礼に、って言われてもなぁ」
「あっ、あそこのお団子も食べてみたい!あのお饅頭もよさそう……ですわ!」
「……食べ歩きに付き合わされてるだけなんじゃないのか?」
「何よ。ちゃんと奢って上げてるんだから良いじゃない」
「……っても、さっきから殆ど食べてないんだが」
「あーっ!あのお店なんか、隠れた名店って感じで、良さそう!」
「聞いちゃいねえな」
あの後、私はお礼にご馳走すると言って彼を連れまわしていた。
けれど、彼は結局は文句一つ言わずに私へと付き添い、日が暮れるまで相手をしてくれた。
「あーっ、楽しかったわ」
「そうか、それは良かったな……」
へとへとだと言わんばかりの返事をする。
「……ごめんね。もしかして、迷惑だった?」
「あはははー。さて、どうかな」
「あはははー。どうなのかしらねぇ」
「……」
「……」
「……ごめんなさい。お礼、のつもりだったんだけど」
私は、目を伏せるようにして俯いてしまう。
さっきまで、あんなに楽しかったのに、それは私だけだったんだ。
……こんな事なら、やっぱり夢子ちゃんと一緒に来ていれば……
「……ぷっ」
噴出す様な声が彼の方からして、私は頭を撫でられていた。
「冗談だって。……まぁ、疲れたのは本当だけど」
「……な、な」
「迷惑じゃなかった。楽しかったよ。此処まで派手に振り回されたことなんて、なかったしな」
「……なによぉ……」
「えっ……」
「ばかぁ……ばか、ばか、バカァッ!!
本気で嫌々だったのかって思っちゃったじゃない!!
楽しくって……楽しかったから……
ぐすっ、……ばか」
「わ、悪い!そんなつもりで言ったんじゃ……」
「……ひっ、くっ、ぅぅぅ……」
「あぁぁ……えーと!」
……彼はあやすようにして、私を抱きしめていた。
……私達、まだ名前も知らないって言うのに。
だから、決められていた事の様に。
「貴方は……名前、何て言うの?」
私は、名前を聞いていた。
「あぁ、そういえば。○○って言うんだよ」
「ばか○○ね。覚えたわ」
「誰がばか○○か!で、そっちは?」
「……神綺。神綺よ」
「……ふぅん」
彼の表情が少し固まる。だが、ああやっぱり、とも言いたげな。
「普通の人じゃないんだろ?」
「……ええ」
「そっか。別にいいんだけどさ」
「いいの?」
「いいんだよ」
そうして、私達は手を繋ぐと、別れを惜しむ様にしていた。
「じゃあな、神綺。楽しかったよ」
「うん。……ありがとう、○、○。私も……」
何度も振り返る彼を見送って、私は少しだけ、泣いていた。
……多分もう会えない。
いや、会ってはいけないと。
私の中の何かが、そう告げていたから。
「……綺様」
「……」
「……神綺様!」
「あにゃ?」
「あにゃ?じゃないですよ。どうされたんですか、ぼーっとして。
此処の所、毎日じゃないですか。
もう一月は経ちますよ?」
「みょん。そうだったかしら」
「何ですかみょんって……ほら、もっとしゃきっとなさって下さい!」
「あーうー」
「あーっもう!」
そんな感じで、夢子ちゃんに何か言われてもやる気が起きなかった。
ただあの時の感覚を拭えぬまま、私は毎日を過ごしていて。
思い出に浸る事で、癒されてようとしていた。
本当は何がしたいのか、判っている癖に。
「今日は用事があるとルイズが来てるんです!だから、ちゃんとして下さい神綺様ぁ……」
泣いて縋り付いて来る夢子ちゃん。
ああもう、可愛いなぁ。
……仕方ない。
「分かったわ」
「神綺様!」
「直ぐに支度をするから。夢子ちゃんはルイズちゃんを先に持て成していて」
「あっ……いえ、支度の手伝いを私も」
「一人で十分だと言っているのよ。分かるわよね?」
「……!はい」
そうして、夢子ちゃんが部屋を出ると、私は直ぐに鏡を見て、身なりを整えた。
……何だかやつれた様な気がした。
まぁそんな訳無いんだけど。
「今日は神綺様に報告したい事が御座いまして」
「あら、そう。何かしら」
態々言いに来ている時点で、面倒事かなぁ、と若干素っ気無く話す。
が、以外にもそういった事ではなく、ルイズちゃんが旅先でいい人を見つけたという話だった。
なので、あちらに住み、結婚することを許して欲しい。
少し塞ぎこんでいて、尚且つ彼との事ばかり考えていた私には、目出度い話だと思えた。
「それは素敵ね。ルイズちゃんが幸せになれるなら、私からは何も無いわ」
その言葉に、彼女も嬉しそうな顔をする。
私も、にっこりを微笑みかけていた。
少し羨ましいなと、思いながらも。
私はルイズちゃんを祝福しようと、彼が住んでいるという家へと向かった。
いきなり押しかけて、どんな男なのか見ておこうかしら。というのが半分位本音ではあるけど。
ルイズちゃんから貰った魔法の地図が示す家へと着くと
私は窓から見えた姿を疑った。
――え?
○、○?
が、何で、此処に
彼の目が、私を見た。
けど、その目は……
ドアが開く。
「あれ。うちに何か用ですか?」
やめて。
嘘でしょう。
「……?どうしたん、ですか」
彼が、遠ざけるような目で私を見る。
当たり前だ。
だって、私は――
「もし…………」
私は――
”彼と会った事が無い”
”彼と会ったのは神綺だが 彼と会った姿はルイズだった”
それでも、最後に希望に縋る様にして
私は彼に、聞いた。
「……あな、たは……ルイズちゃんの……?」
「え……あ、はい。そうですけど」
……。
私は、名も明かさぬまま、その場を後にした。
何も視たくない。
何も聞きたくない。
私は、私は、私は。
”私はルイズじゃない”
「私は、神綺じゃない……」
……何を、ばかな。
気が付くと、私はまたあの家に向かっていた。
ただ先にルイズと二人きりになっておくと、私の名前を明かさぬ様に念を押した事を覚えている。
……説明は、した。
魔界の神であり、彼女の創り手だと言う事は。
それ以外は、何を話しても、何を聞いても、二人とも心配そうな顔をしていたような気がする。
良く覚えて、いない。
はっとした頃にはもう、夜で。
食事をしても、味が、していなかった。
そして私は、何時の間にかベッドの中に居て。
疲れているのだろう、と、先に休まさせられたのだ。
……。
私は、立ち上がって、音も無くドアを開けた。
明かりは消えている。
○○とルイズの寝室の方を見ると、魂が抜け落ちる様な気がした。
「ぁ、あ、ぁ……」
力なくへたり込む。
何を、しているの、わたしは。
……ガチャン、と。
寝室の扉が開く。
「……あ!?」
彼の声。
「どうしたんですか、こんな所で」
私は、あんな風に
「すいません、疲れている所、態々来て頂いたみたいで……」
楽しく、過ご過ごす事が出来て
「とにかく、こんな所じゃ風邪を引きますよ」
幸せだったのに――
「貴方みたいに綺麗な人が、病気でもしたら大変ですよ。ベッドまで運びますから、肩に――」
何でそんな 残酷になれるの? ○、○――
「……やっぱり、あなた”ばか”よ、○○」
「え、何」
私は、ルイズへと姿を変えていた。
○○の顔が、一気に青ざめていた。
「神、綺……」
「覚えてたのね」
この、浮気者め――
経った一日過ごしただけの彼とは
付き合っていた訳でもないのに
そんな言葉を口にしていて
もう 訳が分からなかった
気が付くと、ルイズを壁へと追い詰めて、私は手をかざしている。
「……ねぇ。彼と付き合ったきっかけはなんだったの?」
「し、神綺様……何故、こんな」
「答えて」
冷たくそう言い放つ。
「か、彼の方から声を」
「……それで?」
「知り合いに似てる……って、言われ、て……
それ、で、話してみた、ら……
で、でもまさか、神綺様が」
「……そう。で、仲良くなっちゃったの」
「は、はい……で、でもわざとではありません。
それに、私達は本当に想い合って……」
「……い」
「えっ」
「聞いてない。お喋りね、ルイズちゃん」
「あ、ぅぁ、そのっ」
――。
響くような音と共に、ルイズは倒れた。
また、意識が飛んでいたのだろうか。
「ねぇ○○私と一緒に魔界で暮らしましょう?」
○○が何か言っている。私には聞こえない。
「ルイズちゃんが好きなら、ルイズちゃんとも暮らしていいわ。
魔界は良い所よ、ルイズちゃんに似た子だって一杯居るのよ。
それに、もっと可愛い子だって、あなたが望むなら一から創り出してあげてもいいし」
○○が何か言っているが私には聞こえない。
「あなたの望む事なら何だって叶えてあげる。
何がしたい?ねえ何をしたい?
何か食べたくはない?そうね、また二人で一緒に何か食べに行かない?」
○○が何か言っているが私には聞こえない。
「魔界には貴方の見た事のない物が一杯あるのよ。
きっと楽しいよ、だから私が案内してあげる。
まだお礼してないもの、○○を案内してあげたいの。
○○に喜んで欲しいの、○○に楽しんで欲しいの。
ねえ○○、私と一緒に」
○○が何か言っているが私には聞こえない。
「本当はもっと一緒に居たかったの、でもいけないなって我慢したの。
だって貴方ただの人間でしょう?
でもずっと一緒に居て欲しいから。
ずっと一緒に居て欲しいって、あれからずっと想ってたから!
私は、貴方が、好きなの……
愛してるのよ……
だから、貴方が望むなら。
あなたと一緒に居られるなら。
例え禁忌を犯してでも……」
○○が何かを言っている。
「貴方を、愛して……」
「……お前は……」
……あ
「お前は、ルイズじゃな……」
好きになって欲しかった。
……ただそれだけの事だった筈なのに……
私の手が、彼の体を貫いていて
いやああァああぁぅぁぁっ!!!
○○に覆いかぶさる様になっていた私は、ふらついたまま立ち上がると、
そのまま外へと飛び出していった。
何も、判らないまま。
手はべっとりと、朱色に塗れていた。
そうして何時の間にか、真っ暗な夜の闇を貫くようにして。
冷たい雨が、私の周りに、降り注ぎ始める。
……手の色が、落ちてゆく。
なのに、このべっとりとした感覚が、消えてくれない。
なんて、醜い。
出来るならこの両腕を、今直ぐにでも切り落としてしまえたらと。
……私は翼を広げ、そうしようと構えた。
先程よりも顔が熱い。
泣いて、いるのかもしれない。
けど。
勝手に勘違いして、人の幸せを妬んで、奪った。
私にはお似合いの姿かも、知れない。
手の朱色は、もう落ちてしまっている。
……私のは、もっと汚い色かもしれないね。
誰に言ったのか、目を伏せると、腕に向け魔力を込めようとして
私の前方から、何かがぶつかって来て、後ろへと吹っ飛ばされた。
「……神綺っ」
「……○、○……?」
目を開けずとも、その声で分かった。
何で、此処に……いやそれより、傷は――
「お前、勝手に自分で傷付けて、勝手に自分で治して飛び出してくから。
心配、させるなよ……」
「だっ、て……私、貴方を……」
「落ち着けって」
何時の間にか彼が今度は私に覆いかぶさっている。
振り解こうにも、そんな気力も無かった。
「わた、しはっ。ルイズちゃんじゃ、ないしっ……!ないから……っ」
「……おい」
「さいしょっから、この姿で、あなたと会えてたら、本当は、本当はって、だか、らっ……だか、らっ……」
「おい!!!」
「ひっ」
彼は物凄い目をして睨んで――いなかった。
それどころか、悲しそうな顔で自分を見つめている。
「お前は、神綺なんだからって」
……
「神綺なんだから。……本当はお前のが好きだったって、言ってやりたかった」
「…… …… …… …… え?」
「だから。……その、ルイズさんには悪いけど……本当はお前の事が忘れられなくて、その……」
「…… あ、あの」
「神綺の事が、好きだった。……いや、今でも好きだけど」
「あ、あの○、○」
「な、何も言うな。確かに、どうかとは思うけど」
「そうじゃなくて、うし――」
ガツン。
ろ。
遅かった。
後ろにルイズちゃんが来てるから、一旦その話は……と言おうとしたのだけど。
……わざと止めなかったんだけどね。
「し〜ん〜き〜さ〜ま〜?」
「ル、ルイズちゃん。顔が恐いわよ。なんか目、開眼してるし!」
「人にボディブローかましてぇ。壁に激突させられて、笑顔でいられる魔界人がいるとでも?」
「え、えっと」
「……(にっこり」
「そ、そーなのかー」
それから暫くの間、私はルイズちゃんに頭が上がらずぱしりの如く使いまわされていた。無論、○○も。
「……そんな事もあったわね」
『全部知ってる癖に、何故あんな嘘の記憶を辿ろうとしたのかしら』
白い翼を広げた私が言う。
私の手は汚れたままだった。
「それを貴方が言うの?」
『私だからこそ、言うのよ。”私”ではなく』
「……」
「そうね」
「でも、だからこそ。嘘を付かれた事が許せなかったのよ」
『ルイズちゃんを好きでもないくせに、好きになった振りなんかして』
「代用品で本物を諦めようとした、その脆い脆い魂が」
「『 私 に は 許 せ な い』」
ぽちゃん、と私はそれを沈める
私とは出会う事も無かった世界の”元”を
○○……
貴方を人形にして……創り替えてしまえば……
もっと、私の事を好きになってくれるのかしら……
愛して、くれるのかしら……
でもそれで、夢子ちゃんの様に尽くすだけの人形みたいになって欲しくは無いの
私は、本当に貴方に愛して欲しい
だからね
もしも貴方が、私を愛してくれなくなったり――
壊れた人形の様になってしまったら
全部破壊して、この嘘の記憶で創り上げられた世界を、再生してあげる
私との事 全部無かった世界を……
それでどうするのかって?
決まってるじゃない
私は 汚れた手のまま、指を舐る
「貴方を拾い上げるのよ。例え禁忌を犯してでも、この汚れた世界(みず)の中から……
どれだけこの手が汚れたって、構わないから」
でも、私の事を好きだって言ってくれた貴方を……私は信じてるから
彼を傷付けてしまった部分をそっと撫ぜる。
傷跡はもう、あの時から無いけれど……
貴方の匂いが染み付いた手には、洗い流す事の出来ない証が刻まれているから。
朱色の宝石が左手の薬指で輝くのを見つめながら。
貴方も、私へと近付いていて――そっと、唇を重ねた。
>>おやつ氏
『0年目 12月』
「渡したい物があるの。……はい、どうぞ」
手渡してきた神綺の顔は顔を真っ赤で、手はぷるぷると震えていた。
「て、手編みのマフラーなんてっ、今時流行らないかもしれないけど……
好きな人が、自分の作ったものを使ってくれてたら、嬉しいじゃない!だから、そのぅ」
神綺の言葉を待たず、マフラーを取り出して、首へと巻いて見せる。
「……ぁ、ありがとう……って、お礼を言うべきなのは、私じゃなくて」
「でも、ありがとう……マフラーと一緒に、私の事も離さないでね?」
『1年目 1月』
「一年の始まりか。……今年もよろしくね、○○」
そう言いながら、神綺は肩を寄せると、嬉しそうに笑っている。
「……気に入ってくれてたの?そのマフラー」
頷くと、彼女は複雑そうな顔をした。
「でも、いつもは着けてないわよ……」
大事な物だから、神綺と会う時にだけ、身に着ける様にしていたと答えた。
しかし何故、着けて居ないことを知っているのだろう。
「え?え、ぇへへ……。その、魔界から穴をあけてね。時々、こっそりと」
「だから要らなかったんじゃ無かったって、少し憂鬱だったんだけど。
……今年は、いい年になりそう。
貴方も居るしね……」
『1年目 2月』
「魔界では、この季節にね。想いを寄せる異性に、贈り物をする事になってるの」
いきなりの挨拶がチンプンカンプンな神綺だったが、黙って聞き入れておく。
「だから。私からは何もないわ」
そして、こけた。
「……勿論○○の事は大好きなんだけど。
でも、もっともっと、もっともっともっと、好きになって貰いたいから。
私を満足させられたら、その時は必ず上げるからね」
ほっぺたに、優しく唇が触れる。
「ごめんね。だから、今回はこれで我慢――ひゃっ!?い、いきなり何っ」
「だ、だめだってばぁ!
やんっ、そんな風にしなぃで……なんか、……らしっ…………よぉ♪」
『1年目 3月』
「ルイズちゃん」
「はーい」
「夢子ちゃん」」
「はい」
「サラちゃん」
「はい!」
「マイちゃん、ユキちゃん」
「はいはーい!!」「…………はい♪」
「そして、アリスちゃん」
「えっと、はい」
「……おめでとう。
こうやってまた、今年も祝う事が出来て嬉しいわ」
蚊帳の外で一人、合わせる様にして取りあえず拍手。
「あ、ごめんね。
女の子のお祝いみたいなものなんだけどね……
ルイズちゃんやアリスちゃんとは、顔を合わせる機会が減っちゃったから。
帰郷させてるって訳じゃないけど、なんかそんな感じ。
研究やら旅行やら、自分の趣味に没頭しちゃってて、二人揃って帰って来る事なんて、
最近では稀な事だから。
こうやってお祝いを口実にでも利用しないと、なかなかね」
耳打ちするように、神綺がぼそぼそと話していると、夢子とユキがむっと膨れる。
「なにデレデレしてるんですか、もう!」
「なんか分かんないけど、ずるいよー!」
「え、えっと(汗)」
『1年目 4月』
「……貴方には、どう見えるの?」
神綺と、二人きりだった。
人里や神社の宴会の席に顔を出してもよかったが、彼女からの『花見』の誘いは珍しく、
迷わず其方を選んでいた。
尤も、これを見る為に魔術を覚え、瘴気をどうにか克服しなければならなかったのは、
大変な苦労だったが。
そのせいもあってか、目の前の木に咲き誇る銀色の花弁をしたそれが、
何よりも美しく感じられる。愛おしいまでに。
「桜っていうのをね、真似てみたのよ」
「木の形だけ。でも蕾から咲かせた花は、私の心が現れる様に、思いつきで作ってみたの」
「……貴方の事を考えながら」
神綺は不安そうな顔をして、自分の服をそっと掴み、体重を預けてくる。
「……私は、自分で創ったものだから。分からなくて、わからなくて。
あの子達と違う、何かの為じゃない」
「貴方を想ったら……咲いてしまっていた、花なの」
「……醜くない?」
すぐに首を振って、否定しながら、神綺の頭を撫でた。
「あっ……」
何度も、何度も、優しく。
その髪の柔らかさに、酔ってしまいそうになりながら。
「…………○○のにおいがするね」
神綺は、そのままずっと傍に居た。
『1年目 5月』
「夢子ちゃーん、夢子ちゃぁぁぁん」
先程から夢子は呼ばれては雑務、呼ばれては雑務を繰り返している。
魔界に居る時もそう、此方に来た時もまたと、殆どがそういう風になっていた。
不憫になり、手伝おうとするが。
「○○は此処にいなきゃダメよぉ。だーめー」
寝転がっていた神綺が自分の足をつかみながら、唸る。
「だーめーよー」
言う事を聞きそうにはない。その上。
「そんな目でみないでよぉ……。
腕枕頼めるのなんて、貴方しか居ないんだから……
それにまだ六時間しか経ってないじゃない。
半日位いいでしょー……ねぇってば」
神綺の甘い香りが、色々な意味で鼻をつく。
先程から夢子の視線が、どんどん凶悪な物になっている上、
腕の痺れはもはや極限状態だというのに。
あと六時間、持つだろうか。
「わかったわよ。……それなら今度はふとももを借りるから」
…………が。
『1年目 6月』
「……はぁぁぁぁ」
暗い。ものっそい、暗い。
神綺はこの所、ずっとこんな感じが続いている。
理由を尋ねても首を振るばかりで、何も答えない。
一体何を悩んでいるのかは、分からなかったが。
なので気晴らしになるようにと、デートに誘った先で、小物の指輪をプレゼントする。
神綺はそれを受け取ると、少し涙目になって喜んでくれていた。
それからは毎日のように上機嫌で、自分も気分がいい。
これからもそんな日々が続いていくと良いと思った。
『この月に結婚をすると、幸せになれる。そんな話を聞いて。
でも、私は。
魔界の神の癖に、結婚の経験がない。
指輪の交換なんて、した事ない。
くちづけだって、それに。
初めてだって……
それに○○と以外、そんな事はしたくない。
○○とじゃなきゃ、いやだ。
嫌、嫌、嫌。
でも○○が私と結婚しようとなんて、思うだろうか。
今は好き合っていると思える、けど、それだって何時壊れるかわからない。
あの人は人間だから。
脆くて、簡単に壊れてしまう。
……そんなあの人が、今日、指輪をくれたのは。
私への、あてつけなのか。
私は、泣きたいのを必死に我慢して、笑顔をつくる。つくる。つくればいい。
……あの人の傍に居たいから。
○○の事を、好きだから』
『1年目 7月』
先月から何回目のデートなのか。
彼女から誘われた回数はもう直ぐ二十回目を越えようとしている。
少しでも時間があれば来て、用事が無いと分かれば、
二人で出掛けるのが当たり前になっていた。
そして時間が無かったとしても、ぎりぎりまで家に居てくれる。
彼女なら夜道の心配もないし、本当に有難いと思った。
七月の中旬を過ぎた暑さの中、そんな事を考えながら湖に浸かりながら。
日傘の下で手を振っている神綺を眺め、手を振り返して戻る。
「お疲れ様っ。でも態々出掛けなくても、避暑地なら魔界にうってつけのがあるわよ」
タオルを取り出しながら、そう言う。
「此処じゃ見られない海とか、氷の世界とかね。
でもそれだけじゃ寂しいから、可愛い生き物や、綺麗な景色だってあるのよ」
得意げに彼女は喋りながら、タオルを手に取る。
受け取ろうとするが、その手は宙をきった。
「あ、いいわよ。動かなくて。
私が拭いてあげるから、ね?」
それは流石に、と断ろうとするも
「いいの、いいの♪」
と神綺は頭にタオルをかぶせ、わしゃわしゃと髪の毛を拭く。
そのまま肩、腕、背中と器用に拭いながら、腹へと。
「……んっ」
むせる様な声がして、足をさっさっと拭き終える。
……そして何故か、そのまま太股の辺りを摩っていた。
「…………えっ?何?」
どうしたのかと尋ねる。
「あぁ……そういえば枕にしたなって」
目線を合わそうとしない。何か不味い事を言っただろうか。
それでも、神綺は摩るのをやめないまま。
「何でもないから。それよりも今度、また、……して欲しいな。腕枕」
口にすると、タオルを仕舞い、笑顔で笑った。
『1年目 8月』
猛暑が続いている。
泳ぎに来た訳ではないが、魔界の避暑地に結局お邪魔する形になっていた。
辺りは黒白の飛べない鳥やら、液体生物やら、何だかよく分からないものがうろついている。
可愛くはあるが、どこかセンスのずれの様な物を感じていた。
だが、
「どうかしら。綺麗な景色だと思わない」
その海は、暗い空の下にありながら、煌びやかな自然が見え隠れしている。
海の中の中まで。
それを眺めながら、神綺といつもの様に会話する。
何気なく些細な、どうでもいい話を。
「何で創った物を簡単に壊すのかしら、貴方達は。
魔界みたいに、土地が多くないから置く場所がないとか?
それとも、単に気に入らないから、捨てるのと一緒?」
そう聞かれ、悩む。……答えられない。
「難しいかな、○○には。
じゃあ、もっと簡単な問題にしてあげる」
神綺は目を少し細めて、優しい顔で言った。
「貴方の子が、多すぎて養えなかったら捨てるのは何故?
気に入らなかったから、捨てるの?」
……そう聞かれ、ぽんと手を打つ。
人間には限界がある。力が、足りなかったから。
そう答えた。
「なるほどね」
神綺は少しだけ寂しそうな表情をする。
あまり良い答えではなかったか。
「でも力があれば、その子達なんか最初っから要らなかったんじゃないの」
「母親は……力なんか無くたって、欲しかったかも知れないのにね」
神綺のその顔が、少し胸を締め付けて居た。
顔を伏せると、その頭を撫ぜる手がある。
神綺は、何も言わない。
ただ優しく、その手で撫でていて、くれていた。
『1年目 9月』
山の登り道の途中で息を切らし、座り込んでいる自分。
……というのも、神綺の登るペースが早すぎるのだ。
「ほらっ、○○!あんな所に鳥の巣があるわよ」
と言いながら絶壁を飛ばずに登り切り、雛を眺め撫でていたり。
「珍しい木の実があるわね。ちょっと取ってくるから、先に行っててくれるかしら」
と言って木登りを始めたかと思えば、そのてっぺんから軽くジャンプして、
遥か先にショートカットしてきたり。
普段の服装は、控えめな物が多く(今もそうだが)、
まるで想像もつかない姿に驚く他なかった。
……まぁ、自分と比べれば仕方の無い事なのだが。
これでも瘴気を克服する為に、色々と特訓し、少しはマシになったと思っていたが。
見当違いだったらしい。
「あ、あはは、またやっちゃった……
夢子ちゃん達と一緒に登った時も、
ユキちゃんやマイちゃんのペースを考えずに置いて行っちゃった事を思い出したわ。
サラちゃんも夢子ちゃんも着いてくるのがやっとだったって言ってたんだけど、
ルイズちゃんが普通に隣を歩いていたから、ねっ……」
それは恐らくルイズさんが凄すぎるだけだと思う。
彼女も含めて。
「大丈夫?○○も疲れてるんじゃない?」
心配そうに覗きこむ彼女は汗一つ掻いていない。
そう思っていると神綺は背中を向け、荷物を下ろした。
「はい、どうぞ」
と。
……が、男が女に背負って貰うと言うのは、流石に恥ずかしい。
やんわりと断ると、神綺もそれを察したように慌てる。
「そ、そうよね。○○は男の人だし、まして私の創った子でもないし!
ごめんね、変な事言っちゃって」
そんなやり取りを交わしながら、やっとの事で頂上へと辿り着いたが。
「飛ばずに誰かと山を登るのは、やっぱり楽しいわね。
練習としては、悪くないわ」
その直後に何か物騒な事を呟いた気がした。
「また一緒に登りましょうね。今度は皆も誘って!」
それに条件反射で頷いてしまった事に気づき、後悔しながら。
『1年目 10月』
最近、また神綺の様子がおかしい。
今まで毎日の様に来ていたのが、まるで顔を見せなくなっていた。
心配になって魔界を尋ねてみても、その時は普通に会ってくれる。
そして、理由を聞いたところで。
「魔界の管理が忙しくてちょっと。ごめんね……」
「体調が優れないの。あ、でも貴方が来てくれたから元気に……」
何処か歯切れの悪い返事しか返ってこない。
結局今月は、自分から会いに行った時にしか、顔を合わせる事はなく。
月の終わり、郵便受けに一通の手紙が入れられた事にも、気付いてはいなかった。
『1年目 11月』
……ぐしゃぐしゃになった封筒に、一通の手紙が入っていた。
濡れた後乾かされたのか、文字も時々読み辛くなっている。
神綺からの、手紙。
『○○、貴方に会いに行かなくなってから。
貴方の事が気がかりで、頭から離れない。
毎日の様に貴方の事を考えて。
貴方を想う、それだけで幸せになれた。
何もかもがどうでも良くなる位、夢中に。
貴方が会いに来てくれた時にはそう、私の世界を壊してもいいとさえ 思えた
だから 私は気付いてしまった
貴方はまだ 私と同じ位には、私を愛してくれていない事に。
私から会いに行ったのと同じ位、貴方は 私に会いには来てくれない。
貴方が誘ってくれた逢引の数も また、半分の数にも満ちていない。
何より。
貴方から 私を求めてはくれることはない
決して。
貴方が、貴方が、貴方が 貴方が あなたが
こんなにも好きなのに、めちゃくちゃにしてやりたい
ううん こんなにも好きだからこそ
だい好き
だからもし、わたしがおかしくなって あなたがたえられなくなってしまったら
どうか これで」
……封筒の中に残っていた、重みに気付き覗き込むと。
抜き身のままの、銀色の短剣が――
『1年目 12月』
神綺が、
「……どうしたのよ、そんなに暗い顔をして」
居た。
11月の初めから、魔界へのゲートは見当たらなくなっていた。
自分から会いに行く事も出来ず、ただ彼女を待つ日々が続き。
そして今、彼女は自分の目の前に居る。
「暫く会わなかったから、体でも壊れちゃったの?
……私が治して上げましょうか?ふ、ふ」
特徴的だった髪はより長く下ろされており、髪留めもしていない。
ケープも身に着けぬまま、この寒空の中で彼女は、ゆっくりと自分へと近付いて来た。
「ねぇ……聞いてるの、○○」
彼女はにやにやと笑いながら手を伸ばすと、胸へと当ててくる。
「うん、そうだね そうだね」
そうして何かと話す様にしながら、ゆっくりと手を剥がした。
「貴方の鼓動って、何時聞いても心地良いわ……
眠ってしまいそうになるもの……永遠に」
はっと我にかえる。
妙な様子の彼女を心配し、寒くないかと尋ねた。
「……寒い?……何で?」
自分の体を一瞥し、興味無さそうに視線を戻す。
じっと、その目は自分の目を見続けている。
「あぁ、そっか……」
神綺はそう言うと、何処からか小さな包みを取り出して、自分へと差し出す。
その包みは、何処か不格好だったが、しかし何重にも巻かれている様で丁寧に包まれている。
受け取るのを少し躊躇っていると、神綺は気にもせずその包みを思い切り自分で破いた。
「ごめんね、面倒そうだったから。代わりに開けちゃった……。
まあでも中身に変わりないしいいよね。
例え破けちゃってても、また作ってあげるから……ね」
そう言いながら中にあったのは、マフラーだった。
去年貰ったのと同じ、同じ色の、全く同じデザインの。
「○○は私の大切な人だから貰ってほしいの……
だから、寒い日は毎日着けていて?」
神綺の手は、所々痛々しく、真っ赤になっている。
そうしてまた何処からか小包を取り出してみせると、再度それを破り、中を見せた。
「代わりは幾らでもあるから。
ち ゃ ん と つ か っ て ね ?」
……マフラーが、あった。
分岐A B C
おやつ氏