■紫1
あの人の平等な優しさが
愛おしかった。
だけどそれは
苦痛でもあった。
平等だからこそ、私に向けらる優しさは……ほんの僅かな物だったから。
「○○……」
目覚める筈の無い時間、私の意識が手元にある。
夢に出てきたあの人が、あんな事を言わなければ。
布団の裾を掴み、ぎゅっと握り締める。
何かに、しがみ付いていたかったのかもしれない。
『お願いだ、紫……殺さないでくれ……』
恐怖に歪んだあの人の表情には、畏怖だけではなく。
憎悪に満ち、私に向けられていた筈の僅かな感情さえ――残ってはいなかった。
「そんな事……あなたにする訳が、ないでしょう……?」
枕に顔を埋めると、そのまま再び眠りに落ちようと、目を閉じる。
けれど、意識ははっきりとしたままで、結局眠る事は叶わなかった。
カシャン。
「……あら」
手から茶碗が落ちて、割れてしまう。
半分眠っているかのような表情のまま、紫は落ちた茶碗を眺めた。
「ちょっと紫、何やってんのよ」
霊夢が驚いた様に言う。
が、割れた欠片を機敏に片付け、奥から拭き物を瞬時に持ってきた姿勢からは、
そんな様子は微塵も感じられなかった。
「割れた茶碗の音も風情があるでしょう?」
そういって笑顔で答える。
「風情でうちの茶碗を全滅させるつもりじゃないでしょうね」
「そういう異変もそのうち起こるのかしら。怖いわね」
「あんたがやったんでしょーが!」
そんなやり取りを交わす中、そのうち誰かが見ている事に気付く。
「趣味かしら?○○」
「漫才は何時見ても飽きないけど、趣味としてはどうかな」
「覗きなら○○にはお似合いなんじゃない?」
そうして受け答えを交わすと、○○もまた会話に参加した。
結局その日は三人で、そのまま暇という時間を大いに満喫したのだった。
やがて話す事も無くなった頃、自然と解散する。
○○は何時ものように一人、何事も無く帰路につこうとする、が。
「○○」
紫が声を掛けた。
「……何かまだ面白い話でも?」
笑いかけるように答え、返事をする。
「偶にはエスコートの一つでもしていきなさい。それがあなたの為よ」
「…なに?」
少し驚くように反応したが、直ぐに表情を戻すと、紫と一緒に歩き始めた。
「スキマを使えば直ぐだろうに」
「あら、○○はスキマ妖怪だったの?それは初耳ね」
「俺は人間だよ……って、何でそんな反応が返ってくるんだ?」
「エスコートをするのが今のあなたの役目。
なら私のそれで移動してしまっては、何の意味も無いでしょう」
「確かにそうかもしれないが……ううむ」
唸る○○に対し、くすくすと紫が笑う。
「バカねぇ、それならわざわざ一緒に帰る意味がなくなってしまうでしょう」
「ん」
納得したような顔をして。
「それもそうか」
頷く様に、返事をした。
「で。家に着いたのは良いんだが」
「お菓子はお煎餅だけ……あらあら」
「何でお前まで家に上がってるんだ?しかも人の台所を勝手に漁るな」
「おかまいもできず、ごめんなさいね」
「それは俺の台詞だ!いや、違うか」
勢いのまま家に上がりこまれ、台所を荒らされて。
そして、結局お茶を入れさせられ。
そのまま数時間ほど、エスコートと言う名の暇潰しが終わる事は無かった。
流石に気に触ったのか、○○が口を開く。
「まさか夕飯まで食べてくつもり……じゃ?」
そう言おうとした○○の前に差し出されたのは料理だった。
特に何もおかしな所の無い、普通の、料理。
「そうねぇ、○○がどうしてもというのなら」
「いや、待て。この料理は何だ?」
相変わらずの調子で紫は言う。
「お気に召しません?毒でも入れておけば、あなたの食指を誘えたのかしら」
「誰もそんな事は言ってない」
「……食べないのかしら?」
そういった紫の目は、他人から見れば少し甘える様な、優しげな表情だった。
が、○○は気にした様子も無く、こんな言葉を返す。
「……これ、紫は食べたのか?」
疑うような視線が、其処にはあった。
「……食べたわ。それが何か?」
先程までの空気はいずこかへと消え、紫は唇を噛み締める。
「そうか。いや、ならいいんだが」
その返事を聞いた途端、料理を口に運ぶ○○を見ながら。
それから一週間程経った頃、○○は紫と妖夢という、
少し奇妙な組み合わせで外に出かけていた。
この前のお礼がしたい、という名目で。
「私とは二人きりになりたくないという○○の思惑……」
と、紫がそんな事を言い始める。
「え」
二人が声を合わせて、反応した。
「取って食べられる事を恐れて?
それとも、逢引に誘う程の度胸が無かったから」
「――どちらかしら?」
「後者だな」
即答する。
「あら、そうなの?」
「女性に恥をかかせるよりは、な」
普段と変わらない調子で。
そういうものなのですか?と、妖夢が口を挟んだが、
その話題はそれ以上進展しなかった。
用事を済ませ、今度は下山する。
「まさかあんな所に果樹園があるなんて……」
「果樹園って程のものでもないけどな。
時々様子を見に来て、世話をする。
殆ど自生してるようなものだよ。大したもんだろう?」
自分の事では無いのに、嬉しそうにそう言う。
「あの場所が好きなのね、○○」
「……そうかもな」
今度は少し考えて、そう言った。
直後。
落石。
崖崩れが、起きた。
「最強って言う割には大した事ないなぁ。
驕るのも妖精の特技の一つ、かしらね」
「う、うるさいっ!あたいはまだ負けた訳じゃない」
ヘロヘロと飛ぶチルノに、天子が興味無さそうに相手をする。
先程の落石はこの余波で起きたものの様だ。
「……っ!」
あの人の、声がする。
咄嗟に避けてはみたものの、全部は避け切れなかったらしい。
自然に起きた落石までは読めなかった。
落石をあの人に当てない様にする事で、手一杯だったから。
スキマから、外に出て、聞いたのは
「……むっ!妖夢!!大丈夫か!?」
あの人が、心配している声。
『それは私では無かったけれど』
「あ、はい……私は何とか。○○さんこそ……」
「俺の方はなんともないよ。運が良かったらしい」
そうして、私の方を振り向く。
「……あぁ紫、大丈夫か?まぁ、お前なら心配いらな――」
お前なら。
心配いらない。
なんでって
だって、強いじゃないか
○○がその時何と言ったのか、聞こえはしなかった
ただ、ただ。私には、そう 聞こえた
聞こえた、気がした
「最近、あいつの様子がおかしい気がするんだが」
「あいつって……紫の事?」
霊夢は煎餅を齧りながら、縁側で足をぶらぶらとさせている。
「ああ。やっぱり霊夢もそう思うか」
「んー。あいつがおかしいのはいつもの事じゃない」
特に気に留めている様子は無い。
○○は、やっぱり思い込みかねぇと呟くと、茶を啜った。
スキマの中で何処か遠くを見る様に、紫はそんな○○を見つめていた。
「風見、幽香――」
「珍しいお客ね」
傘を差したまま、お互いに目線も合わせぬまま、言葉を交わす。
「花を見に来たって訳でも無さそうだけど?」
今度は笑顔で返事をする。眩しいほどの、笑顔で。
「……あながちち間違いでもありません」
なぜなら
「私は、あなたの弾幕という花を見に来たのですから」
「……ふぅん」
幽香は、笑ったままだ。
「要するに、本気でいじめて欲しいって事ね?」
「いいえ」
「本気では足りないわ。
死ぬ気で、来なさい。
殺し合い、という言葉では生温い――
そんな戦いになる様に」
……。
神社を出て直ぐの帰路、○○は嫌な予感がした。
正確には、嫌な物を見たかもしれない、そんな感覚。
ふらり、ふらり、と此方に歩み寄ってくる人影が一つ。
こんな所で、妖怪だろうか?
場所が神社の近くだけに、妖怪を見ても別段おかしな気はしなかったが、
何処か妙な雰囲気がある。
はっきりとその人影が、視認出来る距離まで近付くと、
それが、見知った人物だと言う事に気付く。
紫だった。
真っ直ぐと○○を見据えている、紫だった。
ボロボロの服を纏ったまま、四肢が揃っていないのに
傘を差して ふらり ふらりと
○○の方へ、近づいて行く。
「こんな時間に 何処へ帰ろうっていうの?
○、○。
……ふふ」
「どうしたんだ、その怪我!」
○○が、駆け寄る。
「お前がこんなになるなんて……一体何をしてたんだ?」
驚いた、表情をしている。
「そうねぇ……私が凄い怪我をしたら、あなたは一体どんな反応をするのか。
それが見てみたかった、なんてどうかしら?」
自然と、本音が出た。
「紫にしては。つまらない冗談を言うんだな」
そう言いながら、体を支え。
「……そうね」
「お前なら、何時も気をつけてればこんな事にはならないだろう?」
心配そうな表情で、気遣って。
「つまらない冗談なんかで、俺を惑わせないでくれ。迷惑だよ」
「え……?」
そのコトバで、ワタシを。ツきハナした。
支えていたその手ごと、押しのける様に、○○を拒絶する。
体の痛みも同様に、何処かへといってしまったようだった。
気付けば私は、マヨヒガにも戻らずに――スキマの中で、閉じ篭った。
「紫……?久しぶりだな。もう、怪我は良いのか?」
「おい、聞いてるのか?
そういえば、この前あった事なんだが……」
「それで……どうした?
やっぱりまだ調子が悪いんじゃないのか?
無理しないで、まだ休んでたほ……」
ぎゅっ、と 締める。
「迷惑だから?」
簡単に、それは砕けてしまう。
だってこれは、夢の中の
私の中の、あなただから。
私があの人を愛おしいと思えたのは、何が理由だったのだろう。
思い出そうと手を伸ばした先は、まるで靄が掛かっているかのように、先が見えなくなっていた。
今も昔も、あの人は変わらずに。
変わらないままの存在で、今も其処に在るというのに。
分け隔てなく、人外とも接する事の出来る存在。
それでいて、何処か掴み所の無い――
可愛らしいと思った。
それだけだった。
だから、霊夢達と同じ様に接していた筈なのに
……独占したくなってしまったのは、何故なのか。
短い様で長く。あの人と一緒にいる内に、与えられた優しさが。
私の中の何処かに、ひっかかっている。
……むずがゆくて、邪魔なもの。
だから私は、これを取り除いてしまいたい。
○○――
「私を恐れるかしら?」
誰も居ない。返事を待たず、紫は喋る。
「でも私は、あなたが恐い」
そして仰ぐ様に手を上げると。
ぎゅっ、と握り締めた。
「あなたを好きでいられなくなりそうで。
愛してしまいそうで、恐いの」
「壊して、しまいそうで とっても」
「はぁい、霊夢、○○」
「いきなり出てくるな」
「つれないわねぇ。相変わらず」
「お互い様じゃないのか?」
何時もの様に現れた紫の態度はいつもと変わらない。
怪我をしていたという素振りさえ、何処にも無かった。
「もう体の方はいいのか?」
○○が気遣う様に言うと。
「ええ、大丈夫――よ」
「――っ?!」
その手を取り、自分の体に、押し当てるように触れさせた。
「な、何を」
「ほら、なんともないでしょう?」
確かめさせる様に、そう言いながら。
○○が慌てて振り解こうとするが、その手は強く握られていて離れない。
……痛くは無いのに、押し潰されるぐらいの強さで掴まれている様な、感覚。
「いつまでやってんのよ」
「あら」
霊夢の言葉と同時に、その手がぱっと離れた。
腕に痕は……残っていない。
「あんたでも鼻の下伸ばすのねぇ」
「いや、これは……」
誤解だ、と言おうとする○○の口は紫の指で塞がれていた。
いつもと変わらない態度で。
しかし、何かがおかしかった。
「今日もエスコートして頂けるかしら、○○」
あの日の様に、紫が言う。
「……あぁ」
○○も、断らなかった。
先程の事を聞く為に。
「急にどうしたって、顔してるわね」
「当たり前だろう」
二人きりで、家への道を歩いてゆく。
いつもよりも、静かな様に感じるのは気のせいなのだろうか。
「私がああする事が意外かしら?」
「……あ、あぁ。そういうの、興味ないって言うか」
そう言おうとする○○の口は再び塞がれる。
彼女の、唇で。
「ん――ぐっ!?」
慌てて後ろに下がり、よろけてしまう。
「今日は一体何なんだよ!!」
怒鳴る様に言うと、直ぐに『しまった』といった顔をした。
だが、紫はそれを気にした様子もなく、○○に微笑みかけている。
いつもと何も変わらない。
何も、変わらない。
……変わっていない、筈なのに。
「そうねぇ」
「無自覚に人の境界を犯す様に上がりこんで」
「自分の用件だけを済ませたら帰ってしまう」
「知らなかったでは済まさせない――
自分が何を与したかすら判っていないあなたが
何を、理解出来ると言うの?」
……加えて、言った。
『何も変わってないわ』と。
紫と別れ、○○は自分の家へと帰った。
何も言わずに。
あなたが欲しい。
他の誰でもない、あなたの口から
一言でいい、心の底から
私を想った、言葉が欲しい。
朝、目が覚めた○○の部屋には紫が居た。
「いい夢は見られた?○○」
それが当然の様に。
「何で俺の部屋に……とは、もう聞かない」
息を落ち着ける。
「何が目的だ?」
そう言われ、紫は答えた。微笑みながら。
「朝食をね?作ってみたの」
「食べて、下さるかしら」
○○の手は握られていた。
「は、離せっ」
紫を押し退けようと、乱暴に手を振り解こうとする。
が、振り解こうとした腕は動かせず、もう片方の腕も掴まれ、押し倒されてしまう。
「あらあら……」
「食べさせて欲しいのかしら?まぁ、子供っぽいのも悪くないか」
「誰もそんな事は頼んでない」
そう言った○○の口調は、いつも通りではあったが、何処か震えた感じだった。
「此処で食べます?そうなら直ぐにでも」
「……いや、いい。着替えたら行く」
紫は笑った。
何時もの様に、掴み所の無い笑顔で。
「本当に……何も変わって居ないのか?」
着替え終わりテーブルへと向かうと朝食が並べてある。
以前よりも華やかな料理の数々には、見たことの無いものも混じっていた。
朝からこの量は無いだろう、とため息をついてテーブルに座る。
「で……味見はしたのか?」
その言葉に紫の表情は固まった。
……どうして?と、驚いたような、悲しそうな顔をして。
が、直ぐにその表情は消えた。
「食べ……たわ」
「そっか」
そして食べようとした○○を静止する。
「あ、え?どうしたんだ?」
「……待って」
「食べさせて欲しいんだったわよね?ほら……」
そういって料理をスプーンで差し出した。
「いや……だから!」
「何で頼んでもいないのにそんな事するんだ?からかうのもいい加減にしてくれよ!!」
逃げる様にして席を立つ。
○○は置いてあった財布やら何やらを手にすると、鍵も閉めずに飛び出していった。
「○、○……。
何で どうして 何が気に入らないの」
紫は○○が出て行った扉を暫く見ていたが、台所に立つといそいそと何かを始めた。
(やっぱりあいつの様子は何処かおかしい)
仕事へと向かうでもなく、○○は何処かの山の中へと入り込んでいた。
この辺りには夜になっても、余り妖怪を見かける事は今まで無かったので、
無意識の内に此処へ向かっていたのかもしれない、そう思った。
(あいつは何を企んでるんだ)
紫にたばかられているとしか思う事が出来ず、○○は不安になる。
何かあいつの気に触る事をしてしまって、それで――
考えたくは無かった。
いつも、くだらない話をして、一緒に居て、それで。
……結局頭を働かせても、悪い考えしか浮かぶ事は無く、○○は木陰に座り込んだ。
――そして両目を手で覆われた。
「 だ ー れ だ 」
「ッ!!」
ビクリ、と体がそれに震えてしまう。
両手が離れ、何とか後ろを振り向く。振り向こうと、する。
「朝食をダメにするは勿体無いでしょう?
だから、持ってこれるだけ、お弁当に……」
「や、やめろ……」
「――え?」
「俺が悪かった。……この通りだ。だから」
「ちょ、ちょっと○○。私は、あなたがお腹が空いてると思って……」
「だから、お願いだ、紫……殺さないでくれ……
お前にだけは殺されたくないんだ。お願いだから……」
いつか夢で聞いた様な、見た様な気がする光景。
○○の表情は必死だった。
紫は○○が何を考えているのか、何度考えても同じ答えしか出せなかった。
――この人は、私を恐れていた。だからもう、何をしても――
気が付くと其処に紫の姿はなく。
そして、○○が神社に顔を出しても、紫を探しても、見つける事は出来なかった。
式達も彼女を探していた。
何処へ行ってしまったのだろう。
幻想郷の何処か、山の中。
激しい豪雨が降り注いでいる。
帽子も被らず、傘も差さず。
紫はただただ、歩いていた。
自問自答を繰り返しては、その答えに絶望する。
――私を想う、事は無い――
……人影が一つ。
紫はそれよりも前からその存在に気が付いていたが、特に気にする事も無かった。
人影はやがて此方に近づき、二つ。
二人に、変わっていた。
「……紫様」
「紫様!」
藍は何度も主人の名前を呼んだが、返事をする事は無く。
橙が心配そうに、主人と、その主人の主人を交互に見るが、何の解決にもならなかった。
二人の呼びかけに応える事無く、紫は見晴らしの良い崖へと辿り着いた。
雨は今も降り続けている。
藍と橙もまた、その雨に打たれていた。
――紫が口を開く。
「ねぇ、藍。
……私が恐い?」
そう言った紫は振り向き、濡れた髪を靡かせた。
「そう、ですね」
藍は、少し頭を垂れて言った。
「恐いです。貴方の力も、貴方の性格も。
ですが、私は――
今の貴方の方が、よっぽど恐ろしく思えます」
「何に置いても、です」
そう答えた彼女の表情は、悲しげというよりは、何処か諦めにも似た表情だった。
――手遅れだった。
そう言いたそうな顔で。
「もう遅い、と思っているのかしらね」
「……それは正解では無いわ。答えには近い、けれど正しくはないの」
ゆらり、と手を伸ばすと。
「藍。私の式だから、というそれだけの理由でこの場所に居るのなら」
――空気が、重みを得た。
「その役目を……終わらせて差し上げます」
その言葉には、何の感情も込められていなかった。
「……折角ですが」
即答する。
「私が貴方の式で居る理由。貴方の方が良く御存知の筈」
「貴方の能力に惹かれ。
私は貴方を選んだ。
……そんな単純な理由などで例えられるものではない。
貴方だからこそ、選ばれて、受け入れられたのです」
「わっ、私も!」
橙が必死に口を挟む。
「私だって藍様の式じゃなければいやです!
だから藍様のご主人様も、紫様じゃなければ駄目なんです!!」
段々と口調がどもってゆくが、感情は伝わった。
「だっ、だから。
上手くいえないですけど……
家族を心配するのは当たり前じゃないですか!!
恐いとか、そんなの関係ありません!
そ、それに藍様は八雲って姓を貰ってるし、それに……
だから、そのっ……」
……紫の伸ばした手が、ゆっくりと橙を撫ぜた。
ごつん、と。
「もう、いい」
その目に光は無かった。
「もういいわ。もう、いいのよ」
ゆっくりと、ゆっくりと橙の頭に触れた紫の手は。
「――ありがとう」
……冷たかったが、弱々しさは感じられなかった。
むしろ、触れられている橙の方が、震えていた。
「あ、ぁ、あ、ぁ……」
「ゆ、紫……様?」
藍もその妙な空気を感じ取り、後ずさる。
紫は、何処か遠くを見ている。
「家族に……家族なら、恐いのなんて関係無い……
家族にさえ、なってしまえば……
恐怖する事も。
ふ、ふふ、うふっふふふ」
……普段聞かない様な声で、笑っている。
「ありがとう。藍、それに橙。
貴方達が迎えに来てくれなければ、私は今頃は」
そう言って何かを捨てる。
……それはスキマに飲まれ、何かは分からなくなった。
「楽しみだわ。”新しい家族”が増えるかもしれないのよ?」
寝転がったまま、○○は溜息ばかり着いていた。
紫の不審な行動の数々が、頭から離れなかった。
俺は、紫に殺されてしまうかもしれない――
……彼女の力は知っている。
霊夢や、彼女と対峙した者達ほどではないにせよ、それが強大な物だという事は。
だから、今こうして考える時間があるのも実は彼女に踊らされているだけなのかもしれない。
……そう考えてしまうだけでも、○○の胸中が安らぐ事はなく。
眠れぬ夜が続いていた。
――ふと。
見慣れた天井が
その姿を、変えた。
ス キ マ だ。
開かれたその空間から、紫が飛び降りるように○○に圧し掛かった。
「な、なっ!?」
突然の事に○○の口から驚きの声が漏れる。
「○○……」
「ゆか、り……?」
名前を呼ぶと、にこりと笑った。
「良かった……」
「まだ名前を呼んでくれるのね。
あなたが私を嫌っていて、それで。
……もう口も利いてくれなかったらどうしよう。
そんな事も考えたわ」
○○は隙を見て体を起こそうとするが、紫は完全に○○を押さえ付けていた。
「やっ、離せッ!離してくれ」
無駄だった。顔を背ける事位なら、出来そうなのに、出来なかった。
「ねぇ○○。
あなたが好き。
私が愛する殿方は、あなただけですわ。
だからね?
恐がる必要なんて無いの。
私は貴方を殺さないし、傷付けるつもりなんて、塵一つも可能性も存在しない」
「う、嘘だ。どうせそれもまた、何時もみたいに冗談なんだろう」
「嘘じゃないわ。本当よ」
「嘘だろ!?お前みたいな妖怪が、そんな事を言う筈……無いじゃ、ないか。
頼む……俺に何かあるなら、出来る事なら、してやるから……
これ以上そんな嘘をつくのは、もう……」
……私も馬鹿ね。
こんな人、なんで選んだんだろう。
○○の態度は変わらない。
こうして告白してみても、なーんにも。
何時も、何時でも、変わらない。
他の妖怪を相手にしている時だってそうだった。
それにしても、好きだとか、愛してるとか。
言葉がこれほどまでに薄っぺらいものだとは、思わなかった。
あぁ。
もう後戻りは、出来ない。
今この手を離したら、彼はもう二度と私と交わる事は無いだろう。
――早く。
早く、○○を
「私の家族にしないとね……」
1.顔を見る。
2.目を逸らす。
3.もっとよく考えてみる。
おやつ氏