ストーリー&感想(第2楽章 18〜21話)

第18話 『ラスト・ショー』
第19話 『心 乱れて…』
第20話 『復讐の幕開け』
第21話 『ツィゴイネルワイゼン』


第18話『ラスト・ショー』
ストーリー
魔族化したハーメルの姿にフルートは怯え、ライエルは憤る。そしてサイザーは嘲笑いと共
に大鎌をハーメルに向けるが、コキュウがそれを制す。
シターン国王の命でサイザーに手の出せぬコキュウは、白らの意図でへリウッド一座に祝賀
会の余興を申し入れ、座長はこれを受ける。
スラーは再びサイザーを迎え入れ、へリウッド一座は再びハーメルを迎え入れる。反発する
ライエルに、座長は一座を解散し、一座のための家を持つ決意を語る。
祝賀会の開幕。招待されたサイザーは、バーディの歌声に愕然となる。

個人的感想
 まず最初に。今一度、第一楽章の画面の輝きを再確認したいと思います。
 第一楽章…中でも4〜7話辺りは動画枚数ならぬ止メ絵枚数がおそるべき量なんですが、
その中でもハーメルンイズムが最高に結実した代表的な回として5話、特にそのBパートを
強力にプッシュ!いたします。

 まず止メ絵枚数が多いということは、その分映像の切り替わりも早いということ。例えば
ライエルが城に立ち入り、現場の痕跡を認める場面。呼吸の荒れるシュリンクス王以外は止
メ絵の連続で、セリフも「シュリンクス王!」のみ。しかし一枚一枚の緊迫した絵が惜し気
もないスピードで切り替わり、最後のライエルのズームのみ引っ張ることで、不穏な空気は
余すところなく伝わる。…だけでなく、唯一動きのある息絶え絶えな王も、その生々しさが
際立つのだ。
 またこの頃は、パース・方向・陰影がかなり強調され、レイアウトも計算された構築性の
高い絵が多い。それを担うのが、セルと背景の一体化。セルのミクロな線と、背景のマクロ
な線。その一致・交差に始まる効果は、両者の境を限りなく和らげると共に、濃密な[画」
を限りなく描き固める。セルと背景は本来別物なのは当然、別々の人が描くことを考えると、
一枚一枚の「画」を仕上げるのには通常より綿密な過程が要されたのではないか?という気
さえしてくる。…お疑いの向きは、「動かない」イコール手抜きでも妥協でも安い画面でも
ないことを、1話、村祭りのすべての止メ絵・または『涙の日』を弾くハーメルのパン、ど
ちらかだけでいいから再確認して下さい。この辺、最初回の気合いを差し引いても、もはや
気違い沙汰よ…。
 さて、再び5話。シュリンクス王が魔族と戦う場面は静と動の極端なコンビネーションの
祭典を見るかのようであり、ブラッディ・デス・イーターの場面はショッキングな絵と強烈
な色彩コントラストのド迫力に圧倒される。全話通してメリハリの効いてたセル→イラスト
処理も、このときの巨大顔面オーボゥは、最も豪快なものの一つ。
 因みにこの回、王妃がフルートに語りかける間、画面は戦場の止メ絵ズーム(というか、
アニメではコレをトラック・バックというらしい)のみ、シュリンクス王がハーメルを問い
詰める間、画面は微動だにせぬ幼いライエルの止メ絵一枚…双方約20秒間!なんてことも
平気でやってます…。ああ、第二楽章からすると信じ難い、呆れるばかりのハーメルン画面。
黄金期だったわ…(泣)。

◆んなワケで18話。ブラウン管に、定規と鉛筆とエアブラシ持って向かいたくなる私…。
青ベッタリの夜空に泥人形が服着たようなスラー兵…ぬり絵じゃないんだから!背景に濃淡
つけて、スラー兵はいっそモノトーン!サイザーの浮いたロパク…要らな〜い!大鎌を突き
付けられたハーメル…ハイ、そこでイラスト化!コキュウが鳴らす手…これもイラスト一枚
でオッケー!無理のある歌うロパク…このアニメでだけは見たくなかった〜!そしてラスト
のオーボゥ…これじゃまるでツルツルのセル画だ〜!…いや、実際そうなんだけど。何はと
もあれ、この回の全編より最後の30秒次回予告のほうがハーメルン画面なのよ…(泣)。
◆あと気になったのが、城の中のシターンとコキュウの会話での、『メインテーマ 大魔王
の血と肉』。BGMの押しが強すぎて、内容が負けていると思う。この曲はこれまで何かと
激しい場面でばかり使われてきたので、どうしても違和感を覚えてしまう。常に選曲センス
は秀逸なだけに、全話通してここだけが惜しい…。
◆さらに細かいことだけど、サイザーのセリフ「仲間…とかじゃなかったのか?」。聞いて
きたような引用口調の「仲間」。ハテ。12話のハーメルの独白部分で「トロンは俺を仲間
と認め…」というのはあったけど、ハーメルとライエルorフルートの間柄を指して、今ま
でそんな表現あったっけ?…そういや、一度だけあった。3話でガーゴイルが「お前の仲間
(ライエル)はお前(ハーメル)を殺しかねないぞ」と確かに言ってたが…あれから様々な
道程を経てきた今に至って、それは遠すぎる!もう少しこの言葉が印象強く残っていたら、
そのキッツいニュアンスも痛感できたと思うけど。
◆そもそもガーゴイル(ベースの下っぱ)という発言者が地味すぎるし、サイザーとも直接
繋がらない。まあ離れた場所でも常に音声同時中継な世界(最たるものが、北の都でぜーん
ぶ聞いてるべース様)なんで、普段はそれが脚本にストレートな一貫性を与えてはいる。ス
フォルツェンド人が発した主語に、会話しているわけでもないスラー人が述語を繋げるよう
な感覚は、場面が転換してもそこで息をつかせぬ集中力を生む。でもここはさすがに遠すぎ
て、ちょっと不自然な気がしたのよ。
◆どの道、ズケズケマン1号・サイザーの面目は充分発揮されてますが。さらにその前後は
ズケズケマン2号が固める徹底ぶり。だけど2号って、親を急性アル中で亡くした遺児…と
いうよりは、単にアルコール飲んだらアレルギー起こす体質な人ちっく…。
◆花のライエル、一座でも浮いてます。しかしつくづくセレブで固めた物語、一時的にでも
肩書きに「王」の字の入る方は総勢二十名。そんな中で、このへリウッド一座は異彩を放つ
こと甚だしく、体型と同様(矢礼!)おおらかなバーディ、頭脳も筋肉系?と見せかけシャ
レたこと言うザンパーノ、年齢・国籍・(一人称は「おいら」だけどイマイチ)性別・素顔
不詳のダンス、もしかして体が成長しない人系?のブリキ(の太鼓って映画は全然関係ない
けどそうだったし)、そして一番アヤしいホロ&スコープ…と書いて今、初めて名前の由来
に気付いた私やっぱ鈍チン…。そうか…だから幕に星の絵が描いてあったのね…。
◆しかしバラバラな寄り集まりであるこやつらが、「一座のみんなは親兄弟、家族みたいな
もん」。一方、もし「人間対魔族」という図式がなければ、正月なんかその半分は集まって
宴会でもやりそうな、その全員が年賀状を辿っていけば繋がりそうな親族・縁故だらけで血
で血を洗う者たち…でも、この対比も何だかピンとこない。恐らく、ブリキやダンスほどの
カリカチュアされた造形のキャラを含みながら、軽いツルツル画面で重要な会話をサラリと
見せてしまうからか…。ハーメル・フルート・ライエルといった、折角その場に居合わせた
メインがほとんど会話に参加しないからか…。
◆しかし、ラストのドタン場急転回は戦慄度高し!サイザーが見たバーディに重なる母・パ
ンドラ→勘付くホルン→窮地のへリウッド一座→とうとう自分の家にも回ってきた回覧板…
じゃなくて血縁地獄に覚悟決めるオーボゥ→コキュウの企みに驚樗のシターン→怒涛のラス
ト・ショーが今、始まるステージ。散在したキャラがそれぞれの事態に直面しているけど、
「歌」に始まった求心力がすべてをタイトにまとめ上げる。こんな、フルコースのゴチソウ
をいっぺんに出された上に早食いを強制される「…ちょっと待て〜!お腹いっぱ〜い!」な
場面が、やはり第一楽章に多かった気がします…。

(98年11月9日)


第19話 『心 乱れて…』
ストーリー
◆画面・脚本揃って、第二楽章では相当レベルの高い回。…といっても、ラスト4話はもう
そんな思考能力もマヒする麻薬のような世界なんですが…。
◆とりあえず今回の画面。数井作監回は、何だかキャラの絵ヅラからして乱れてきた(泣)
第二楽章で最も安心して見られます。大雑把に言って動きが激しいほど止メ絵(久々に第一
楽章並みの量!)、微かなほど動画、という基本イズムにも忠実。力強い画面です。
◆前方より異常な真希です!…ありがとう。名もない妖鳳兵…に私呼ばわりされた(してな
いって)カラスも正体はセレブだったという事実、威圧的なセリフと共に画面が訴えてやま
ない。やはりセル→イラスト(恐らく名称は「ハーモニー」)処理が欠かせぬキャラよ。
◆が、その娘はエロ姉ちゃん。『魔曲全集―2』・『第二楽章―1』両ジャケの、まんこも
見えそうなスタイルがず〜っと気にはなっていたが、実際の画面で見ると犯罪。こんなの何
されても「そんなカッコしてるお前が悪い」挑発ボディ、なのに首から上はトサカ頭に戦士
の傷跡(?)も勇ましいレトロな熱血ヒーロー(5人中、色で言えば赤)ってのも、両性具
有的というか倒錯的というか。
◆ただ、こんなのが上司だったらイヤですね…じゃなくて、変身シーンが凡庸。風船のよう
に膨らむカラスは、お得意のシリアス最中に敢えて混入ギャグ映像だけど、その後が余りに
お手本通り…。こんなお約束場面こそ、違う切り口で見せて欲しかった。凡庸でない画面が
スタンダードなアニメの、ちょっとした遊び心…とも取れるけど。
◆さて、脚本は漢詩(の日本語訳)調の言い回しが耳を引く作品。その第一人者・ナレータ
一は15話予告で「孤帆の遠影、碧空に尽く」などと地味な引用までしでかし、漢詩の授業
を寝て過ごした私にはツラかったわ。「古の東の酒家」李白が長江に友人を送ったときの詩
を、別れの港・センザの情景に例えたらしい。
◆しかし今回はその比でない。完全シリアスの異世界ファンタジー、既成の西洋音楽はそれ
でも中世欧風の舞台が利点となればこそ。それがまさか劇中で「古、あの楚の名将、項羽と
言えども…」…オイオイ、それって中国の史実…さえ違和感なく…つーか、もう有無を言わ
せず通してしまう大胆さに拍手。因みにスコープがサイザーを差して言ったのは、「意気が
盛んで世の中を眼中に置かない」というコトだって。
◆3話から、こやつらタダの人のいいオヤジと人形ではない気配はあったけど、今回は芸人
ペースにメインのセレブも乗せられて、Bパートはほとんど劇中劇の味わい。
◆まず一幕目。歌姫は、サイザーを無意識のうちに舞台裏…つまりは一座の本陣へと誘い込
む。サイザーが歌姫を殺さんばかりの勢いで問い詰めた事実は、人形・スコープの口を借り
ておとぎ話のごとく語られる。その虜となったサイザーは観客に甘んじ、回想のパンドラは
いつしかこの舞台の客演者然として、その眼前に存在する。そして暗闇の舞台でスポットラ
イトを浴びるパンドラと幼いハーメルが登場するに至って、それを見つめる現在のハーメル
とサイザーでさえ、このへリウッド一座命懸けの芝居に取り込まれてしまう。
◆やがて語り部は人形からピアノ弾きに引き継がれる。3話以来、パンドラに淡い恋心抱い
てるよーな?疑いもあったライエル、友人の母を語る口調には常に特別な思い入れを感じさ
せた。ただ今回は舞台に立った芸人たるもの、座長のノリに準じ、「ある人」の胸打つイメ
ージをことさら観客に訴えようとした演出も伺える。自然に過去を懐かしむ言葉とは微妙に
異なる、まるで与えられたセリフを感情移入タップリに読みこなすような言葉(ある意味、
22話のライエルよりコワい)。この息の合った連携プレー・迫真の演技には観客も揺れた
ものの、芝居の中の母を打ち砕くことでこの舞台を終わらせる。
◆さらに観客が涙と共に飛び去った後、次の幕が開かれる。それは、重苦しい室内劇とは打
って変わったパストラル…。小さな書割りはそのままのどかな田園風景へと広がり、今度は
芝居をやめたはずの芸人たちがその中に取り込まれる。「自然」を現す効果音が多用され、
安らぎの音楽が流れ、陽射しを模した眩い照明が座長の目を細めさせ、瀕死の体に旅の終り
の安堵を促す。だが所詮書割りは書割り、決して(むろん、ここは意図的に!)背景と馴染
むことはない、一座の姿の気持ち悪さ。「みんなの家を建てる場所」も、残された者にとっ
ては座長の血が流れる暗い舞台裏でしかない。
◆でも何だか…似てますねえ…16話前と。ああ、何もかもな…音楽も同じなら演出自体が
3話と同じ方なので、コレはあの「嵐の前の静けさ」とも見えた異様に牧歌的なエンディン
グへの返答歌…と受け取ると、痛烈にブラック〜!なので勿論私はそうします。ハーメルン
を十倍楽しむ方法、それは何ごとも悪い方向へ悪い方向へと受け取ること。悲劇をしゃぶり
尽くせ。因みに3話のラストカットは、幼いハーメルとライエルがパンドラを囲んで楽器に
興じる絵。そこに座長の「旅芸人のへリウッド一座!さて!最後の出し物は…!」の高らか
な声が響いておりました。…ああ、何をか言わんや。
◆そのへリウッド一座、まさしく最後の出し物が終わるやいなや、セレブペースに舞い戻る
本編。ベースの「新たな舞台…」、コキュウの「復讐の幕が…」といったセリフは拡大する
戦局への宣言のみならず、芸人舞台の終焉も告げているかのよう。
◆所で肝心要のパンドラの歌。あんまり「何を歌った歌」かに誰もかれも拘るんで、「パン
ドラ語(要はスキャット)」説が有力だった、日本語詞と絶対噛み合わない歌詞を再度検証。
今度は歌も聴きながら字面を追いました。…やっと分かったよ、あれは何語でもない、タダ
のローマ字です。「それがあなたの旅の始まり」を逆さに読んでるだけ。あのなあ。…それ
はギャグタッチなキャラで怒涛のシリアス・音楽版と受け取るからいいけど、願わくばパン
ドラとバーディで歌声を分けて欲しかった気もいたします…。


第20話 『復讐の幕開け』
ストーリー
スラー上空は激しい戦火に包まれる。
サイザーはオーボゥに危機を救われるが、その慈悲の言葉にも復讐心を新たにし、スラーの
5人の子供達―聖鬼軍に押される妖鳳軍を叱咤激励する。
スフォルツェンドからは、トロン・コルネットがハーメルに事実を伝えるべく旅立つ。
やがて聖鬼軍はサイザーとの対決を迎える。母の仇と刺し違える覚悟の5人に、サイザーは
冷酷な事実を明かす。父・シターン国王の本心を知った5人は、炎に包まれ砕け散る。
そして、瓦礫の中を逃げ惑うライエル・一座・フルートたちから、ハーメルは一人離れる。
個人的感想
◆室井作監、レギュラーが肥えてます…(泣)。一番目に痛かったのは、ライエルのぎこち
ない息つぎ動画だけど。
◆逆に、重要なセリフの音声ナシ口パクはズルいけど効果絶大。純真無垢な幼女・サイザー
の耳元で、何やら大変イケナイことを囁く美少年の唇。背徳の芳香かぐわしく、ヨダレ出そ
うでしたわ…。全話中、一番ゾクッとクるエロい場面、ああ…ゴチソウさまってカンジ。
◆2番艦、5番艦、変態を離脱!したくもなるオカリナ指揮官も、相変わらず露出狂エロ姉
ちゃん。妖鳳兵って知能高そうなだけに、「後ろを振り向いたら(色んなイミで)最後」な
職場がいと哀れ…。戦艦中央、女性の顔の口の部分から巨砲が飛び出るジーグ砲門もエロす
ぎるんだけど、もしやデザインした妖鳳兵(?)の鬱屈した心理の現れか。それは深読み。
◆一方、健全な目の保養はスラー聖鬼軍の活躍。その造型美はミスター・シルエット、ギー
タ様にも迫る勢い。ジーグ戦艦に下り立った5人の、髪や衣類を果敢に靡かせたポーズには
しばしウットリよ…。そしてついに明るみに出た変形後の彼等は赤ーっ!青ーっ!黒ーっ!
と、元祖「五つの星」より色も自巳主張激しいものの、人の姿の時には最も男前なコキュウ
兄さんが最もカッコ悪ぃー!…これもひとつの悲劇か…。
◆またこの人、体は機械化されながらもサイザーを「確かにお前は美しい」と形容する辺り
審美眼は衰えてなかったようで、そのサイザーに「醜い体(キッツー!)」「いつその体に
なるのを望んだ」などとズケズケ言われた日にゃあ…あの動揺っぷりはやはり自覚があった
のね…。
◆さらにその後の音声ナシ口パク情報には、致命的な打撃を受ける5人。ことごとく、言霊
の幸おう国…の美称の裏街道を突っ走るアニメ。特にヤバい単語を含まなくても、時折『ど
ろろ』を30年間再放送させなかった数々のコトバスレスレな…いや、それより深く痛手を
負わせかねないセリフが多い気がする。元は「区別」的なニュアンスから生まれたある種の
単語が抹殺されようが、個人にとっての禁句というものは永遠に無法地帯であることを実感。
だからさ、字面だけに神経質になってもナンセンス…まあいいや。「こんな奴がいるから」
「何の役にも立たん」「おかしくって涙が出るぞ」…こう書き出しても別にヤバくないんだ
けど、劇中で言われると深刻に差別的。私はドキドキしてしまいます。
◆そして遂にフルートたちの元から駆け出すハーメル。ヒーローたるもの、漆黒のマントも
仰々しく翻し、『凛々しきその姿』の頼もしい管の旋律もオレの栄光を奏でる…と言わんば
かり!…そう、そこが暗い舞台裏でさえなければ。一人逆方向に向かうのが、疫病神自らの
退散でさえなければ。そして、ハーメルが表情を見せないままでさえなければ…。最終話ま
で見てしまうと、これ以上胸締め付けられるBGMがあろうか、いやない。勝利のファンファ
ーレを思わせるこの曲が使われるたび(と言っても3回だけど)、胃が重くなる私。
◆そんなハーメルとスラー聖鬼軍にトドメを刺すサイザーの言葉。ズケズケマン1号、人の
図星に的を射させたら適う者無し…。冷静に考えたらムチャクチャなキャラだし。
◆いや〜、いくら親に捨てられたからって、それもべース情報を鵜呑みにしたまま十数年間
「復讐」と称し無関係な場で破壊殺戮を繰り返してたら、フツー要入院だって。知識・教養
は兄などよりずっとありそうな一方の非道な言動は、もはや性格破綻者的…。あの世界設定
と、北の都で洗脳されるように育ったであろう状況でやっと許されてるけど、やはり決め手
は言葉の選択と声優さんの演技でしょう。凶悪だけど粗暴にはならない、格をたたえた整然
としたセリフ、並びに他者を傷付けると同時に自身も深く傷付けるかのごとく翳りを帯びた
声の勝利。「言外」の部分の方が大きいキャラ率は高いと思うけど、禁句しか言わないよう
なサイザーは、格別それを匂わせる。…あとさー、美人ってのもズルいよね…。
♪ワーグナー『ワルキューレの騎行』
◆最終話まで見てしまうとね…、魔曲も前向きなやつほど切なくなるのよ…。翼あるもの、
その背負った運命は一層過酷である物語が聞いたら笑うようなコト、健気にも言い放つサイ
ザー。その存在が妖鳳軍にとっていかに強大であり、物語からすればいかに弱小なものにす
ぎなかったか、同時に痛感させられる場面。躍進する笛の音が痛々しくて、音楽で泣かされ
っ放しの回ですわ。それはいつものコト。

(98年11月15日)


第21話 『ツィゴイネルワイゼン』
ストーリー
ハーメルにワルキューレ率いるサイザーの追撃が始まる。
戦いに魔族の力を使わないことを誓ったハーメルは逃げ惑い、サイザーをスラー王宮に誘い
込み魔曲『ツィゴイネルワイゼン』を演奏するが、その幻覚効果も破られる。
再び相対する二人の前にフルートが立ちはだかる。サイザーの大鎌は地面を割り、フルート
は亀裂に落下する。ハーメルの差し出す救いの手一魔族の腕に躊躇するフルート。しかしハ
ーメルの必死の叫びの中フルートの記憶は蘇り、二人の手は重ねられる。
さらにトロン・コルネットが出現し、ハーメルはサイザーが実の妹であることを知る。
サイザーは『ツィゴイネルワイゼン』の影響下、すべての心情を涙ながらに吐露する。
そしてオカリナはサイザーを救わんがため、ジーグ砲のトリガーを引く。
個人的感想
 まず最初に。どうも画面の話が多いわりに、それと同様に素晴らしい音声の話が足りない
ので、ゼヒこの機会に。

 音声…殊に音楽の扱いは実に丁寧なものです。魔曲もオリジナルBGMも、常にベストな
形で音声全体図の中に存在しておりました。
 実際単に「音楽がいい」アニメは多々あれど、折角のいい曲が取って付けたように浮いて
いる、他の音声…つまりは内容と結ばれないものが少なくない。音楽・セリフ・効果音それ
ぞれ単体が良くとも、同時に鳴った時のバラバラな主張は決して耳心地が良いとは言えず、
なまじ「音楽がいい」ことは逆に音声全体の均衡を崩す要因ともなり得るのです。特に効果
音の呪縛が大きいロボット物は、過度な音の情報量の中で音楽が無残に引き裂かれることも
…って、ハーメルンを見るまでは全然気にならなかったのだけど。
 そのハーメルンを最初に8話辺りまで見て気付いたこと。…このアニメって、場面転換が
早いのに何故BGMはひとつのものをずっと流してて平気なんだろう。そう、TVアニメの
BGMは通常1〜2場面用に曲が短縮される・または途中でフェードアウトというパターン
が一般的だと思いますが、ハーメルンは3〜4場面に渡って全曲流れることが珍しくないの
です。
 それもただ冗漫に垂れ流されるのではない。『魔曲全集』と『ドラマ全集』を聴き比べる
と、後者…他の諸々の音声が被る本編使用時の方が、曲の個性が顕著に聴き取れる場合もあ
る。それは、この作品に登場するあらゆる音楽は物語展開にそのリズム・メロディの転機が
生かされるのが常識だからです。曲の節目と場面の節目は、実によく一致する。これにお得
意の脚本の一貫性が加わることで、ひとつのBGMが何場面を跨いでも耐えられるのです。
この手法は映画音楽に近い気もします。また微細な音量調節や絶妙なタイミングでの挿入に、
時には音楽・セリフ・効果音からなる「もうひとつの音楽」さえ聴くことができる。

 例えば何かと評価の高い5話、『二つの道』は王妃の言葉が終わり戦場の場面に切り替わ
ると同時に主旋律が始まり(常識)剣の音・スケルトンマンモスの咆哮・シュリンクス王の
雄叫びが続々と投入されるのだが、その音声全体が「音楽」に等しい快感で耳を刺激する。
哀切極まる『二つの道』が、一層濃くなった音楽が聴こえるのです。そして最初のメロディ
が一段落付くと同時に再び王妃の場面に戻る…こんな「常識」の連発、偶然にしては異常に
多いよ〜『ドラマ全集』は要チェック!必須アイテム。またブラッディ・デス・イーターの
場面、王にキバをムくハーメルの叫び&メロディの融合も聴きものだが、ライエルが忌まわ
しい影を見た瞬間『メインテーマ 大魔王の血と肉』は大胆にもクライマックスでブチ切ら
れ、三本角の悪魔の唸り声だけが残る…これも「音楽」。
 あるいは4話、ギャグ場面のテンポの良さもあらゆる音声が噛み合ってこそ。音楽(効果
音?)とピタリ同時なフルートのセリフ、アッサリ終わったかと思うとライエルの鼻血表現
のごとくキンコンカンコン鐘鳴らして復活する『スフォルツエンド その勝利と栄光』…こ
んな品のいい下ネタギャグは初めて見たわ(感涙)。そういえば『進軍』は中断部分を余裕
に取って、10語ラストではフルートのセリフを19語ラストではべースのセリフをビシッ
と挟むことで曲の盛り上がりに拍車を掛けてたし。9話Aパートラストの『旅立ちの決意』
も印象深い。せわしない場面転換・物語の急展開・ハデな効果音の中で一貫して霞むことな
く、ホルンのセリフ途中で曲が終わった後までも余韻が生かされるカッコ良さ。

 今時珍しい『ドラマ全集』の発売は、こういった音声部分への自信の現れでもあるかと。
…何?買ってない?今すぐ買いなさい!そして「音楽」に耳傾けなさい!…命令形でメンゴ。

♪サラサーテ『ツィゴイネルワイゼン』
◆さて、今回の魔曲は原曲の第一部と第三部から成立しており、第一部は省かれた第二部と
共に抒情的な哀愁が漂い、第三部は一転して奔放に飛び跳ねるような曲調、まず原曲の二大
要素は押さえられてます。
◆そして本編Aパート。第一部は、薄闇の柱廊に神秘的な幽玄さをたたえて響き渡るハーメ
ル・ソロ。が、サイザーの「行けーっ!」の掛け声と同時に第三部に突入、飛び交うワルキ
ューレたちと現われては消えるハーメルを、伴奏付きの舞曲が盛り上げる。曲の転機に合わ
せた画面展開…「常識」の大変分かりやすい例です。
◆しかしBパートはかなりスゴい。何せ曲が実際に演奏されておらず、その影響もサイザー
一人の心情吐露のみ、展開上特に表立った動きもないという…他の魔曲場面とは一線を画し
た地味〜な状況。にも関わらずその響きが他の魔曲に劣らぬのは、どう聴いても音楽が先な
脚本の成せる技。あるいは録音されたセリフが先にあって、それに合わせて作られた音楽な
のでは…と倒錯しかねない密着度なのです。
◆サイザーの長丁場な告白は、言葉のアクセントやニュアンス・声の強弱や緩急にドンピシ
ャリ合致し、「間」をきめ細かに紡ぐ曲の流れによって、まるで「歌」の様相を呈す。中で
も「最後に私を!」の絶叫シンクロ、第一部は「原因」…過去の恨み話であったのに対し第
三部は「結果」…将来の復讐話が繰り広げられる移行、ゼヒともご確認下され。「常識」は
目に見えない部分でも守られていることが良く分かりますが、今回はもはや劇音楽、または
歌劇の世界を感じるわ…。音声全体の「音楽」完成度、一つの到達点とも言えましょう。        
◆こうして魔曲『ツィゴイネルワイゼン』、ジプシーの心秘めた憂欝と血の沸く情熱を表現
した原曲特性は、まさにサイザーのそれとして劇中で如実に反映されるのです。

◆いや〜、何だかんだ言って待った甲斐がある(感涙)第2楽章初の新・魔曲…はハーメル
の弾く最後の曲でもあり、久し振りにハーメルペースに戻った話…は人間ハーメルが登場す
る最後の回でもあり…。佐藤作監の、神経質そう〜な幸薄そう〜なキャラの表情がより厳し
く切ないものに見えるのでした。
◆でもさ〜幻覚作用&バッドに陥っての延々のグチ…それってモロL…「ハーメルめ!アシ
ッドをやるつもりか!?」体が勝手に踊り出す『白鳥の湖』…それはマッシュ。「射つだけ
で力がどんどん湧いてくるぜえ!」な『悲劇的』はセリフ違うけどS。「体が動かねえ〜」
な『ワルキューレ』は…H?…ハーメルンって、L食らったオヤジが空飛ぶピンクの象なぞ
生み出した某国アニメに対するジャパニメーションからの回答?…そういや、旅芸人の馬車
に描いてあった絵は…やめなさい。
◆でも、手法こそ違え「音楽と画面の一致」というポイントも同じだよなあ…。私、昔本に
「ハーメルンは以下の方にはオススメしかねます」という条件の中に「セル画アニメの最終
理想型は●ィズニー作品である」とか書いたけど、アレ、取り消します。まあ元々本気でオ
ススメできないと思ってるワケじゃなくて、イヤミで書いただけなんだけど。バラすな。

◆さてさて、今回は各種崩壊シーンも盛り沢山。中でもトロン・コルネット出現直前直後の
目まぐるしさが豪勢。…しっかし単に「お母さんがお兄ちゃんばっか可愛がるの〜っ!」と
いう話が、なんでこう凄まじいモノになるのか…。フルートの「あなた達、似てる」の指摘
は血の繋がりこそが復讐の的となるサイザーの逆鱗に触れ、否定されるパラドックス。「ば
かな事を…言うなーっ!」…カワイイ。また事実を知ったハーメルに驚愕の目を向けられて
「ムスゥッ」とふてくされる表情…カワイイ。軍王でもなければ天使でもないフツーの女の
コのリアクションに、実はその程度の話なんだよな…と改めて気付き、呆れた次第…。
◆お兄ちゃんもやっとこさ、これまたカワイイ彼女に非常に遠回しな告白をするのだが、で
きたら今一つ「保護者」を越えたコトバも欲しかった。シャイなあんちくしょうにはアレが
精一杯だった気もするが…後に魔族化した際のどえらい自信満々ぶり(アンタ何様?…後継
者様か)とのギャップがデカすぎるような…。
◆ラスト、オーボゥ親子の絶叫&表情も凄まじいにもほどがあるのですが、前回予告で言っ
てた「もう一つの悲しい家族」ってこの鳥さんたちのコト?…にしては19話辺りから「再
会」未遂な状況だし、慈愛の血筋のコト?…にしては一年振りながら何の感慨もなかったし
…ちょっとどっちか分かんなかった。といえば、コードに絡まるカラスは一体何やってんの
か。最初私、妖鳳軍に捕らえられたのか…と思ったけど、自分で絡めて艦の自爆細工をした
&その機械的なショックで人の姿に戻った…で正解かしら?




1〜6話  7〜12話  13〜17話  22〜23話  24〜25話
技巧大絶賛!  魔曲を訪ねて  ハーメルンと私  TOP