| 第24話 『開かれた箱』 |
| ストーリー パンドラとケストラーの物語。 海で遭難したパンドラを旅人ケストラーが助け、二人は恋に落ちる。二人はコラールの村の 荒れ地に居を構え慎ましくも幸せな日々を送るが、ある日パンドラが畑で掘り当てた箱をき っかけに、すべてが狂い始める。 村には日照りが続き、パンドラの家を除いて作物は実らず井戸も涸れ上がる。ケストラーは 部屋に閉じ籠り、憑かれたかのように箱を開けようとする。そして飢えた村人たちは、すべ てが潤うその家を取り囲む。 パンドラの前に、頭に角の生えたケストラーが現われる。パンドラは魔族の王・ケストラー に愛を誓い、頼まれるがままに箱を開ける。箱から魔族が飛び出し、村人たちの姿は消える。 やがて二人の子供一ハーメルとサイザーが誕生する。軍王たちは北の都を建設し、大魔王の 血の半分を受け継ぐ天使の抹殺を企てる。これを知ったパンドラは、二人の赤子と家を出る。 だがその前にケストラーが立ち塞がり、自らの封印のためにもう一度箱を開くことを頼む。 パンドラは拒むが、急速に魔族化するケストラーの腕が迫った瞬間、箱を開けてしまう。 その後パンドラはスフォルツェンドに箱の鍵を、スラーに箱を預け、大魔王の封印を固める。 しかし魔族がサイザーを連れ去ったとき、その意図を読んだパンドラは笑顔で期待する。 愛する夫・ケストラーに再び会える日を…。 個人的感想 これが私にとって『ハーメルンのバイオリン弾き』、事実上第1話でした。そして、最終 話が第2話。 その後、設定の細かな部分…「大魔王の二つの血と肉」天使の血統や、大魔王・妖鳳王の 存在意味や、箱の開放・封印資格など(…って重大な設定)の記憶を損なってはいた。 しかし。過去の解き明かしと展開の意外性が魅力の物語、何も発端と結末を最初に見てか ら全話観賞したアタシって…(泣)。しかも悲劇。例えるなら、『ロミオとジュリエット』 をラスト2ページから読み始めるのとどこが違いましょう。ただでさえ予備知識を最大のタ ブーとする(オンエア見るまでは全情報シャットアウト主義の)私が、一番愛する作品を… いわば最悪の順番で見てしまったのだ。…一番愛する男が最悪の素性だった慈愛の女王気分 だからいいけど(違うと思う)、この痛手を抱えて生きていくのか…。 最初の本にも書いたけど、未だにこんなこと考えます。できることなら記憶喪失になりた い(泣)!そして一度、ハーメルンを放映順に見てみたい(泣)! …それでもなお。この24話から見始めたからこそ、終幕直前にしてよもや一話分丸ごと をシリーズの外に持ち出した、その不可思議な感覚はいつまでも新鮮に映るのです。今こそ 世界の命運が迫られる時に、女性の落ち着いた語りの昔話。タマりませんわ。 前置きが長くなりました。では振り返ってみましょう。パンドラの「愛」の物語を。 この物語のあらゆる人物がその名を口にしてきた二人は、遡れば名もない人間たちでした。 彼らが一体どこからやってきた何者なのかは、一切明かされない。ただ、のちに町や国を滅 ぼし復讐鬼どもを量産し王族を引き裂いた…忌まわしい「元凶」である筈の二人の実像は、 拍子抜けしてしまうほど質素で慎ましいものだった。…魔族の王とその妻は、畑仕事で糧を 得る若く貧しい男女にすぎなかった。 そして箱が出現し過酷な運命の歯車が回り始めようとも、二人は変わることはなかった。 ケストラーは蘇る大魔王の記憶を受け入れず、最期までパンドラの夫たらんとした。 これまでイメージの断片が偶像化されていた感もあるパンドラも、それを見事裏切る女性 だった。我が子の行く末だけを案じた慈愛の母。運命に翻弄された憐れな犠牲者。どこまで も美しく、どこまでも哀しみに満ちた人。…いずれもパンドラを形容しきるには至らない。 むしろ形容する言葉など要らぬ、ただの女でしかなかったのだから。 ケストラーの胸に抱かれ少女のように頬を染めたかと思うと、妖しい眼光を放ち魔族の王 に愛を誓う。このときの鏡に映る二人は、ベタベタのセリフといい…夕刻のアニメどころか 昼下がりのメロドラマでも見ているような気恥ずかしさなんだが、実は最初に今回を見終え た時の感想も、話は完全に飲み込めないながら「何これ…そこんじょそこらの実写ドラマよ り女の生々しさを感じる…」というものだった。 思えばそれこそが、作品のテーマに肉薄するものでもあったのだ。珍しく冴えてた私…じ ゃなくて、ラストシーンのパンドラは初見視聴者をも震憾させる、強烈な「ただの女」以外 何者でもなかった。 んなワケで、ついに出ました「テーマ」。それは「愛」。…そんなミもフタもない。 しかしハーメルンというお子様時間帯のアニメは、定型通りにその強さや尊さや美しさを 訴えたのではなかった。「愛すること」のむしろ弱く愚かな…不条理な側面を照らし出した ように思う。 「愛こそすべて」とばかりに「愛の力」オチで何もかも片付くアニメはゴマンとあろうし、 それはそれでいいのだが…いやちょっと待て。ハーメルンこそが史上最大の「愛の力」オチ アニメとも言えるんでは?最終話ラストシーン。何もかも片付けるどころか、いきなり何も かも無に帰してしまう…あれに勝てる「愛の力」オチは後にも先にも無かろう金字塔。 (因みに最終話ラストシーンは、西村監督の弁を『Megu』より引用しますと「フルート の回想でも、間違った記憶でも、どうとってもらってもいい」そうで、私は「フルートのち ょっとした妄想」ととった、この場合においての話です。) そう、一口に「愛の力」と言っても色々です。典型は男女愛・肉親愛・同志愛・人類愛な どが声高に叫ばれた結果悪は滅び世界は救われたりするんだが…これは、物語の円満解決に 極度に都合のいい一例でしかない。多くの場合、その楽観への偏りがかえって後味悪かった りする私。 …前々から思ってるけど、強迫観念的に肥大化したプラス・ポジティブ思考って何なんだ ろう。「愛の力」オチに限らず、今こんなんばっかでしょ…なにがなんでも勝利!成功!幸 福!克服!より強く!より優しく!より世のため人のため!…コワ〜…。激ハイな信仰やイ デオロギー操作じゃあるまいし。 いや、勿論それらは紛れもない正論だけど、架空の物語ぐらいさ…ガツガツするだけがす べてじゃないんだよ、完全無欠なゴールを目指さなくったって生き方ってのはあるんだよっ て…。社会生活での理想なんてイヤというほど分かってんだから、物語には自由なファンタ ジー(という名の非・理想的な現実)を求めてしまうんだろうな。TVアニメは現実に役立 つありがたいご教訓じゃなくて、ロクに役立たない娯楽であっていいと思うし。 ゴカイを招きそうな言い方。別に理想像を強調して描くことがアホらしいとか、斜に構え てるわけではないのよ。私前に、自分に小さい子供がいても残酷美アニメ・ハーメルンを見 せる!とか書いたけど、当然『サザエさん』も一緒に見せるし。幼い頃から様々な価値観・ 人生観に触れてもらってだな。何の話だっけ。そう、画一化は不自然、と言いたかったのよ。 アニメキャラって、みんな頑張りすぎ。世界に献身しすぎ。何のために戦うのか…ハッピー エンドの大団円を迎えるためでーす。としか思えないの多すぎ。 だから私、キャラがそんな理想や義務を背負う以前のキッツい話に心慰められるのかなあ …。悲劇のカタルシス…まさしく抑圧心理の解放と浄化だし。そんなに抑圧されてんのか、 私…。 えーと…「愛の力」オチでしたね。むろん描き方にもよるので、コテコテにやってのけて ギャグと化した『Gガン』や、さらに勢い余ってほとんどブラックと化した『はれぶた』な んぞは感動もひとしおでした。それらも含め、かつて「愛の力」が打ち負かさねばならなか ったのは、権勢欲や破壊欲や憎しみや逆境であったわけです。 しかし、「愛の力」は常に人を高め世の中に役立つ働きをするとは限らない。むしろそれ は、世のある統制を意識した条件でのみ実現されることかもしれない。 事実この物語の後半を彩った「復讐」は、肉親や伴侶への愛に裏打ちされてこそかくも力 強かった。その想いが強ければ強いほど、行動はシターンやサイザーのように無軌道な方向 へと走った。またパンドラやフルートは、愛する彼の存在が世の破滅を招くと知り至ってこ そ、想いを強めるかのように永遠の愛を誓った。 そう、「愛すること」とは基本的に個人の内なる力仕事、世の与り知らぬところでアナー キーに育まれるものなのだ。婚姻・家族制度とは、この統制を図るものでもあろう。…とい えば思春期の頃、私随分不思議に思ったのよ。男女の愛が、もう何者にも二人を止めること はできない!ってな勢いに高まった最大の証しが、たかが紙キレ一枚で法の下に置かれるこ とだなんて…こんな皮肉な話があるかしら?などと「25才までには結婚して…子供は30 才までに2人かナ?」気分の友人どもに持ち掛け、かなり煙たがられました。何の話だっけ。 脱線しまくり。 とにかく、そんな世の益とは別次元な境地で「愛すること」を最も純然と行使できる者… それが「ただの女」ではなかろうか、と思うのです。やった。元に繋がった。何ら社会生活 での使命や所属や目的を帯びず(たとえ先天的にあったとしても)、彼との日々だけで埋没 していられる女。それが第一であることを、臆面も無くさらけ出せる女。 パンドラは我が子がさらわれても、ケストラーとの再会の可能性に微笑んでいられた。箱 の再度の開放が、世界ではなく自分にとって何を意味するかがすべてであった。 フルートは箱の封印存続を願い、開かれた箱を再び封印した。それは世界の理に適っては いたが、彼女は単に女王の使命を全うしたのではない。まず念頭にあったのはハーメルとの 日々に他ならず、ハーメルの封印さえもまた…。逆転の発想でもって、「女王」と同時にパ ンドラを越えた「ただの女」に到達したフルート、16才。おそるべし。 私は、向上より安定で甘んじそうなパンドラやフルートとは気は合わないと思う。それで も彼女たちの中に自分を見ずにはいられないし、彼女たちだけがこの物語で感情移入が果た せる存在だった。 私には自分に人間外の血が流れているとか、親を奪った復讐の相手が友人であるとか、親 に捨てられ破壊殺戮しか生きる道がないとか、復讐のためだけにすべてを捨てるとか…想像 はできても、その実感など分かろうはずもない。 でもパンドラとフルートだけは肌身で実感できる。彼女たちの言動は常に「ただ、あなた のそばにいられたら…」という、至ってシンプルな想いから発生していたのだから。 …なんだか全話の感想になっちゃったけど24話に戻りまして。 今回は今まで書いてきた画面・音声のあらゆる演出も極上の完成度であったと思います。 パンドラの様々な表情は緊迫感ある画面でいきいきと描かれ、「ただの女」の生彩を放った。 音楽は快感のタイミングで挿入され、物語に重なり寄り添い流れた。特にべートーヴェンの ピアノソナタ、『ぺールギュント』、『母パンドラ』の入り方ときたら…それって全部なの で絞って、『悲愴』は…アノ使い方はズルいよ〜…。今回のクラシックでは唯一アダージョ おばさんな優しい曲なんだが、全話の繋がりで考えると、一番キッツい場面でかかるんだよ ね…。今に直結する、ケストラー一家の過去。 あと、この曲がバックのオーボゥカラス化場面って、夢見てるみたい…。それも幼い頃に 見た、恐怖と陶酔の入り交じったような夢…そんな懐かしさを感じるの。姿を変えられてし まう男、美しい鳥のシルエット、夕日のような暖かい光、コワいおじさん、なだらかなピア ノ曲…。ちょっとブラックな童話の世界というか。…もうウットリよ。 ホンットこのアニメ、一体どれだけ味わったことのない世界を教えてくれたやら…!人が こんだけ言ってんのにまだハーメルン見てないアナタ、だまされたと思って24話だけでい いから見なさい!そして堪え切れず25話も見てしまい前後して1話から見る羽目になり、 私のごとく後悔を抱えて生きるのだ!やった!…思い入れ深い回だけに、筆が滑ってすまん のう(泣)。 えーと。Bパートで登場する、見慣れた軍王たちやスフォルツェンド・スラー王家の人々 の姿がおそろしく懐かしく、一瞬違和感を覚えるほど異世界中の異世界な話。しかし、妙な ところで1話を彷彿させたりもする。 象徴的なのは、テーブルに置かれた鏡。違う村の違う家の出来事なのに、あたかもそれは スタカット村のハーメルが最初に登場した、1話のあの鏡と同一であるかのよう。今回の鏡 も、ケストラーの魔の芽生え…その不安を映し、パンドラとの道ならぬ抱擁を映した。 また、村人に水を分け与えたパンドラが上機嫌で勢い良く戸を開けて家に入ってくる場面 …それはスタカット村のフルートの初登場に酷似している。さらにコジつけるならハーメル の家もまた、小川の流れに水車の回る…水の豊かな場所であった。 余所者を入れてはならぬ掟、村祭りの夜に始まる運命…今回の舞台は至る点でスタカット 村に重なるのだ。遡れば大魔王の後継者と次期女王も、ただの小さな村の少年・少女であっ たのだし…。 それにしても謎の多いケストラー。彼自身には双子の天使はいなかったのだろうか。古文 書に記録があるということは、この人が初代大魔王じゃなかろうし。いたけど魔の血の発作 で(5話のハーメルのごとく)既に殺しちゃってて、その後記憶喪失にでもなって旅してた とか。私その辺がスゴく気になる…ハーメル世代の話じゃなくても、また違った悲劇があり そうで。西村監督のおっしゃる「パート2」もいいけど、旧世代話も見たいわ。 魔曲とは何だったのかも結局明かされなかったけれど、私、まずはケストラーがパンドラ に伝えた気がしてならんの。あの特大バイオリンも元々ケストラーの所有だったんじゃない かなあ。パンドラは体一つで海辺に流れ付いたんだし、あの生活で高価な楽器…しかも特注 品買えるとは思えないし。ああ、気になる…。 |
| 第25話 『終りなきひとつの道』 |
| ストーリー サイザーはパンドラを抱き締める。 母は娘の腕の中で悲願を繰り返しながら、はかなくも消え去ってしまう。 オーボゥは妖鳳王の使命、大魔王の存在意味を明かし、サイザーに箱を潰させようとする。 ギータがオーボゥを捕らえるが、ギータの血に潜んでいたドラムが蘇り、二人の軍王は相討 ちして果てる。 サイザーは事実を伝えるのが遅すぎた周囲を黙らせ、箱を開く。 その箱の中には、鳥の化石のようなものが入っているだけであった。だが大魔王の魂は後継 者に受け継がれ、ハーメルのさらなる変貌が始まる。オーボゥは命と引き替えにハーメルを 打ち倒さんとするが、サイザーが阻む。 スフォルツェンドではホルン女王の最後の法力によってべースが倒れ、王子リュートが蘇る。 リュートはフルートの女王継承を宣言し、その使命を促す。オーボゥは、大魔王の愛を奪っ た者だけがその解放と封印の資格を持つことを語る。 フルートは決意を固め、やがて箱は静かに閉じられる。 何年かの後。 箱とハーメルに関わり合った人々は、それぞれの新たな日々を送っていた。スフォルツェン ドにはフルート女王がバイオリンを弾く姿があった。魔族の姿は箱とともに封印されたが、 復活を待つベースの声は残る。 そして。 舞台は再び1話のスタカット村。 ハーメルとフルートは村の掟に従い、スフォルツェンドからの使者を助けず見捨てる。二人 は揃って村祭りにやってきて、レシクと語らう。三人の見上げる、星の多い夜空。 レシク「わしらの幸せを祝福しているかのようじゃ」 フルート「ほんとう…きれい…まるで…」 <完> 個人的感想 前回とまったく逆のことを前置きします。ナンとー!この期に及んでとてつもない発見が ありました! さっき、私にとって事実上の第1話・第2話を見返し、続けざまに正規の第1話を見る… ということを初めてやってみたら、すべての初見時の気分が蘇り、ついそのまま2話以降も 見返してしまうところでしたが…重大な差に気付きました。 正規の第1話『鎮魂歌(レクイエム)』…今となっては一番読み返すのがツラい、異様に ハイテンションなベタ誉め感想書いたハズですが。あれはあくまで、ラスト2話の次に見た 場合の興奮であると、今になって強く強く念を押させて頂きます。ひいては、全話の感想が そうであることも。 また、これまで私は最終話の不評に関して「あんなカンペキな結末に何でケチ付けんの? 物語はハッピーエンドあるのみ?…随分カタワな感性ですこと。カワイソ〜」と思ってまし た(…言わなきゃいいのに)。でも。あの結末に抵抗を感じるという感覚が、今更少し理解 できるようになりました。 そうですよね…だって普通は、『鎮魂歌(レクイエム)』から見るんだから。ハーメル・ サイザーを始め、親しんだキャラが何故あんな救いのない末路に追い込まれてしまうのか? あれだけ苦難の旅をした結果がこんなネガティブな解決でいいのか?と…まず感じてしまう のは仕方のないことかもしれません。…だからといって全面否定するのは理解できないけど。 作品のテーマを考えれば、やはり然るべき結末ですから。 一方私はその結末を先に見た身上、何ら抵抗を感じる下地は無かった。むしろ今時珍しい 悲劇的なムードが気になったからこそ、全話観賞せずにはいられなかった。 またラスト2話は1話を強力に意識させるもの。1話を見るとき、その前にラスト2話が 有るか無いかで印象はまったく異なるでしょう。…ハッキリ申します。1話はラスト2話の 後に見た方が楽しめる!さらに大胆発言、ハーメルン全話はラスト2話の後に見た方が楽し める!…あ、後悔転じた開き直りじゃないですよ、確かに前回は「過去の解き明かしと展開 の意外性が魅力の悲劇」を「最悪の順番」で見たと嘆いたが…いえいえ!そんなことはあり ませんよお! 発端と結末を先に見ての全話観賞というのは、「これから何があるのか」より「この間に 何があったのか」という視点が強い。つまり1話から、物語に「過去」の色合いが出てくる のだ。その代表格がハーメル。誕生と、大魔王としての封印。それから見るハーメルは1話 で既に「過去の人」でもあり、旅の過程は「同時体験」とともに「過去の確認」でもある。 ところが。放映順で見てもハーメルは「この人は過去に何があったのか」と、「過去」に 重点が置かれる存在。さらにハーメルに限らず、物語全体が「過去の解き明かし」に満ちて いる。つまり発端・結末を先に見ることで「何があったのか」は二重の意味を抱え、現在と 過去の交錯する物語…繰り返される歴史・巡る運命の悲劇は、累乗されたかのような濃度で 迫るのです。加え「展開の意外性」によって、「過去の確認」であっても臨場感は失われな い。 例えるならもはや、謎の解明を楽しむ「推理ドラマ」に「心理ドラマ」の重みが、旅の過 程を楽しむ「道中記」に「人物伝」の深みが加わったも同じなのです。…そうなのよ。私、 一番愛する作品を最高の順番で見てたのよ…。またラスト2話以前に1〜23話の予備知識 が一切無かったこと、おかげで断片しか記憶できなかったこと、しかも都合よく最終話ラス トシーンをマチガイ記憶していたこと…等々の好条件が重なり、そのオイシさときたらもう タイヘンなことに!…そりゃ、普通に見るよりハマるわな…(泣)。 正直申します。もし放映順に見てたら私、ここまで狂ってなかったと思う…。ちょっと今 までダマされてたような…。うわ〜、この期に及んで問題発言。ホラ、日常生活で出会った 恋よりリゾート地で出会ったそれの方が熱く燃え上がるというか。 ただ、そのリゾート効果がバレても最高傑作の地位は何ら揺らぐことはありません。あの 海で知り合ったものは仕方ないし…。どの道、何万分の一かの偶然で(数字に根拠はない) 最高傑作と最高の出会いをしたなんて…運命を感じるわ!…ああ、カラクリが暴露したおか げで益々ハーメルンに狂いそうな私…助けてー!もうサイコ〜! そんなワケで再度。まだハーメルン見てないアナタ!アナタにはまだ、24話から見ると いうチャンスが残されている!だまされたと思って24話だけでいいから見なさい!そして 堪え切れず25話も見てしまい前後して1話から見る羽目になり、私のごとく大満足を抱え て生きるのだ!やった! 因みに記憶喪失になれたとしても、やっぱり24話から見たいです。このオイシさをもう 一度。放映順に見られた方もゼヒ一度、極力頭をまっさらにして24話からの観賞をお試し 下さい。感触は必ずや異なると思います。 前置き長すぎ!…メンゴ。さて。最後の感想、参ります。 ◆まず単体の回として見た場合。何もかも凄まじい気合いを保った24話の次ということも あり、画面も音声も…決してベストであるとは思えません。でも、もういいの。そんなこと は、どうでもいいの。 ◆暗い、ヒドい、キツいと褒めたたえてきた作品ですが、もうサイコ〜!にいたたまれない 回となりました。ハーメルンと同時代に生きることの幸運を、今回の物語にはどれだけ噛み 締めたか(感涙)!もう、気がヘンになりそうな悲劇。ああ、私の目に狂いはなかったわ…。 ◆まず生身の登場を果たした途端に消え去ったパンドラ…にも絶句したけど、母娘の抱擁も 悲痛なものだった。恐らくパンドラは水晶から出てきた時点(やアンセム時点?)で、既に 命は無かった気がする。そして残留思惟だけが想いを果たすべく母の形を保ち、娘に伝えね ばならぬ言葉は最小限に要約された。24話のパンドラの言葉がこの場で語った内容として も、あの丁寧語の告白は娘に対してでは不自然だし。…母が娘に送った直接の言葉。それは、 最愛の夫・ケストラー解放の願いだけであったのだ。 ◆一方「自分が母に愛されていた」事実に感極まった娘には、その母の言葉さえ聞こえては いないかのよう。パンドラは夫を解放できるたった一人の者にすがり付き、サイザーはたっ た一人の母を抱き締める。誤解もとけた感動の再会は…そして最初で最後の母娘の抱擁は… 完全にすれ違っていた。 ◆それでもサイザーはまだ、母と触れ合えたからいい。母に恋い焦がれたもう一人の子は、 存在さえ気付いてはもらえなかった。彼はただ、懐かしい母の霧となるまでを見守るだけで あり、感動の再会はその心を引き裂くだけだったのだから。そしてこれが、ハーメルの味わ う最後の…人間の心ゆえの体験であったのだから。 ◆片や、とことんマイペースな軍王。ギータ様、お詫びいたします。14話感想にて、ドラ ムの血を舐める描写が下世話だとか書いてしまいました。あれはれっきとした伏線だったの ですね…。ごめん!ワンちゃん。この方も終盤は随分ブレイクしようと頑張ったのに、いつ も肝心なところで下準備が水泡に帰しておりました…おいたわしや。 ◆ワンちゃんに飼われてた竜・ドラム、血の復活。魔族の生態ってグロすぎ。しかしこのギ ータ内のドラム場面にはビビりつつも、やっぱり仲いいんじゃない…とか。ある意味、フル ート内のハーメルより濃い関係を感じてしまいましたわ。合掌。 ◆一方、スパイ軍王・オーボゥ。土壇場で出てきた妖鳳や天使の使命、これも何らかの伏線 張って欲しかった気も。人間・魔族とともに重要な存在なのに、全話通して影薄かったし。 ところで「妖鳳の翼を持つ者」には、妖鳳軍もまるごと含まれるの?だとすれば、22話で ハーメルの魔族化に最終的に貢献したのは彼等…というおそろしく皮肉な事実が浮かび上が るので、そう思うことにします。 ◆一番皮肉なのは大魔王の設定か。魔族のエサ…もムゴいけど、子供がまんま後継者とその 封印に働く天使に別れるとは、自身の肯定と否定。ケストラー…それは中出しと同時に悲劇 の種も撒く男。でも、もしや箱を最初に手にした男は大魔王となる運命?説も考えられる。 それも益々ムゴくていいかも。ともかく、別にパンドラが箱を開けなくてもハーメルとサイ ザーの対立って避けられなかったのでは。これが血とは裏腹に父の封印存続・解放を巡って 対立したんだから、底イジの悪い話。 ◆しかし、偽りの対立の解かれた兄妹はさらに行き場を失う。「大魔王」の血統…父、そし て暗に兄の存在は根本から否定される。何も知らず数奇な運命に翻弄され追い詰められた末 に、サイザーは初めてハーメルを弱々しく「兄さん」と呼ぶ。…が、妹の絶望に構う余裕も なく、ただ母の消失を嘆き続ける兄…再びすれ違う家族。世界のどこにも入るスキは無くな ったかのような二人。ならばそんな世界に何の意味が、価値があろう。今こそサイザーの、 沈黙を守った人間界に対する真の復讐が始まる。世界を魔族のものに塗り替えるべく。 ◆箱の中の父。大魔王はあまりに惨めな姿をしていた。ちっぽけな死骸は、少女の手によっ ていとも簡単に砕かれてしまう。…この場面は初見時からセリフもハッキリ覚えてたんです が、やはりフルートの…異世界ファンタジーの可憐なヒロインにあるまじき生々しい言動に ギョッとしたからだと思う。2度目に見たときはもっと怖かった。そしてもっと骨身に染み た。彼女がこの過酷な物語の中心にいながら、それには最も値しない人物であったことが。 「ヒロイン」という栄えある呼称も重荷となる、ただの女の子であったことが。 ◆だけど、物語はまたもや彼女を置いて進展してしまう。大魔王・ハーメルの誕生。もはや 止まらぬ人々の攻防。元・形態上マスコットキャラ然としていたカラスが共に旅した元・ヒ ーローに向ける最後の絶叫。さらにこの期に及んでたった一人で兄を守り始めるサイザー、 世界のためにオーボゥを守るライエル・トロン・コルネット。…何なんですか。アタマ真っ 白になりました。それぞれの取らねばならぬ行動の…道理至極でありながら信じ難き酷な光 景に、頭脳がしばし活動停止。 ◆サイザーの主張は胸を刺し、オーボゥたちもまた当然のことをしたまで。…さっき私さ、 放映順に見てたら結末に抵抗を感じる気持ちも分かる…とか書いたけど、でもさあ。やっぱ ここまで来たら覚悟決めない(泣)?だってもう、どっちに転んでもこの話、哀しい結末に しかなり得ないって思わない(泣)!?…これでメインがみんな笑顔ふりまくようなラスト だったら、金返せ!と思うんだけど私。 ◆今回も筆が滑ってスマン。私もリュート登場には(結末を知っている2度目さえ!)一瞬 多大な期待をしてしまったし。復活とともに『スフォルツェンド その勝利と栄光』も果敢 に鳴り響き、16年の逆境にも耐え抜いた毅然とした態度、なんたる高潔さと頼もしさよ…。 言い方変えれば、操り人形だったクセしていきなり勝手に王位継承(ホルンが「誰もそんな こと言ってないって」とかツッコんだらどうしょう…とヒヤヒヤ)や新女王への命令をテキ パキ段取るもんだから(アンタ何様?王子様か)、そこまでデカく出るんならもう何もかも 解決してくれそうな…悲劇の救い主にも思えるのです。そう、窮地に最強の助っ人が現われ てくれた気分!…でも…どっちの? ◆場面が元の海岸に戻ったところで、その期待の甘さを思い知らされるのでした。格好いい …とも思えた兄妹の翼が、最も惨めな立場の象徴となった今では…。んーと、んーと…この アニメって主人公誰で、物語終盤の主役とも言えたあの天使は誰で…マトモに考えたら耐え られなくなる場面…は、これから。 ◆フルートは、終始静かにハーメルに語り掛けた。愛する人との別れに涙も見せなければ、 世界が自分に求める行為に反発も示さなかった。このまま彼を世界に晒しておいても、人々 は何としてでも彼をなきものにしようと働くだろう。彼も人々も血を流すだろう。それなら いっそこのまま、彼を一番安全な場所に隠してしまうほうがいい。もう一緒に旅はできない。 触れ合うことも、声を聞くこともできない。だけどこれで…「この箱の中であなたを私のも のにできる」。去来するハーメルとの思い出。彼の過去と未来のすべてを…その小さな体で 抱き締めるフルート。 ◆新たな女王がついに世界を救った!物語の最高潮は、一人の少女の切ない恋心だけに彩ら れた。きらめきも絶えた海。沈黙する人々。 ◆サイザーは飛び立つ。肉親の愛に飢えた彼女の戦いは、母・父・兄を立て続けに失うこと で幕が下りる。しかし破壊殺戮を繰り返し人々の肉親を奪い続けた彼女には、これが当然の 報いでもあろう。ともかく、すべてを失ったことですべてから解き放たれたサイザー。その 胸中は重くも、魂は初めての軽やかさを知ったはず。 ◆エピローグ。恐らくは、物語の終わりから7〜10年の後の光景かと。…明暗ハッキリ。 ◆ミーファ。初登場の16話ではまさかここまで踏ん張るとは思わなかった漁師親子、幼い 少女を一人残して父は戦火に消える。しかし、そんな第一次産業者の事件なぞ虫に刺された 程度な、どろどろぐちゃぐちゃのセレブどもの物語。それを見つめ続けた無垢な瞳。新たな 家族を得て、健やかな成長が感じられます。…でも、ハーメルのことは忘れてしまうのかも。 ◆ライエル。全話中、この場面の彼に女として最もグラッときてしまいましたわ。あれだけ 劇的な旅を駆け巡ったこの人も、最後は不美人度NO.1(失礼!)のバーディとくっつい て、過去の華やかさは見る影もないただの旅芸人に戻った。魔曲を捨て去ったライエルと、 相変わらずパンドラの歌を歌えるバーディ…表情の差は歴然。ハーメルとの旅で何も果たせ なかった自覚は、一生この男に翳りを帯びさせ哀愁を添えることでしょう…うう、ヨダレが。 ◆トロンとコルネット。思えば、第1楽章から息の合った連携プレーを披露していた二人。 トロンは第2楽章で地味な登場になってしまった分、出番のある度に成長ぶりは顕著に伺え たものの…まさかこんなイイ男になりくさりやがって、美人の嫁さんまで貰いやがって!リ ュートといい、最終話の王子ってズルすぎ。自分らだけオイシイとこ持っていきすぎ! ◆スフォルツェンド。人々の静かな佇まい。引退したホルンの…口許の微笑。そして。 ◆新たな女王に、笑顔はない。少し思い詰めたような表情は、バイオリンで不安定な旋律を 弾きこなす真剣さか。あるいは…奇妙にズレた世界を垣間見ているのか。 ラストシーン。 私はまず間違い記憶のおかげで、1話と異なり始める分岐点…ハーメルのセリフに一層ガ ク然となりました。そして、これはフルートの回想なんてカワイイもんじゃない、おそろし い妄想だったんだ…とばかり信じてたのだけど。 ともにこのラストシーンに衝撃を受けた同居人に先日よく聞いてみたら、実は二人してま ったく違う見方をしてたし。やつはキャラの想像ではなく、制作者側による「ある仮定」の 提示と受け取っており、「私は、想像の中で好きな男を悪者にできてしまうのって…女って こういう部分あるある!と感動したのよ」と言ったら「それは男には分からない!女の人の 見方だね」とビックリされました。…アララ。 また西村監督も特にラストシーンについてはその意味を限定されてないし…そんな、私の 受け取り方ってかなり特殊だったのか〜(泣)!?…だってあれはフルートの「復讐」だと さえ思ってるし。 以下、フルートが女王として結界の知識を得て、星の多さはその稀薄化のしるしだと認識 している…とした上での、私の考え。 フルートの「復讐」は、過酷な旅の事前阻止に向けて完全犯罪を目指す。 自分を迎えにきたスフォルツェンドの使者など、重傷を負っていようが助ける必要はない。 でも自分は悪者にはなりたくない。ならばその冷酷な役目は、レシクの命に従い自分を旅立 たせたハーメルに押し付ければいい。村ではいつも自分が手を引かねばならなかったのに、 あんな旅には先頭に立ち自分の手を引いた彼に。 …そう。あの村祭りの日から、ハーメルは私を引っ張ってくれるの。そしたら、私はハー メルに思い切り怪訝な顔をしてみせて(だって私は怪我人を放ってはおけないから!)…で も、従うしかない(だって私はハーメルを愛しているから!)。 しかしレシクは星の多さで異変に感付くかもしれない。ならば自分に村娘の日の終わりを 告げたレシクなど、それさえ無邪気に歓迎する…ただの愚鈍な老人になってしまえばいい。 …そう。おじいちゃんは平気で私にこんなことまで言うの。 「見てごらん…今夜は星が多い。わしらの幸せを祝福しているかのようじゃ」 そしたら、私も笑顔で答えるの。 「ほんとう…きれい…まるで…」 彼女の完全犯罪はここでレシクに同調しきれない、言葉を続けられないことによって成立 を見ない。 なぜなら、自分は星の多さの意味を知っているから。想像の中で他人をどこまで偽者に作 り替えても、自分までは作り替えきれない。 自分を過酷な旅に追いやった男たちを想像の中で都合よく支配下に置く「復讐」と、自分 自身を誤魔化しきれなかったゆえの破綻。 もちろん、フルートは上記のごとくハッキリ意識して過去を悔やみ、周囲を恨んでいるの ではない。ハーメルのバイオリンに触れているうちに、大した感慨もなく…ただモヤモヤと 浮かべた過去の幻影にすぎない。この後でフルートは、ふと我に返り「私っておバカさん…」 などと苦笑さえするだろう。 そんな誰もが心当たるだろう(…私だけか?)恋心のちょっとした悪戯は、架空の物語全 体を否定しかねない威力であった。そう、「愛」は「世界」の統制に必ずしも相容れない。 その本来の混沌とした様相を描き綴った物語に、最高に相応しいラストシーンだと思うので す。 でもやっぱ私、フルートに自己投影しすぎ?…まあ、いいや。 一それでは。放映終了後遅れてきたやつの、更新はダラダラ時間かかる・内容もダラダラ 長いだけが取り柄な感想は相当読みにくいものだったと自覚しておりますが、それでも気長 にお付き合い頂いた皆さま、誠に誠にありがとうございました。 (98年12月26日) |