やはり秋は旅ですな!!!


    

夏の旅行に味をしめ、再びやってきました北國街道。
國道254号線を、武蔵松山、鉢形と進撃し、上野へ。
そして内山峠を越えて小諸、上田・・夜明けには善光寺平(長野市)を突破し、妙高へ。
そして、春日山城に到着です。
早朝の城は、人が全くおらず、さわやかで厳粛な雰囲気でした。
当然、売店などはまだやってません。
ちなみに、この場所は春日山神社の入り口です。

謙信公の像も、早朝の雰囲気と相俟って、威厳が増しておるようにも感じます。
前回はHANAが幼少などの理由でこれ以上登れませんでしたが、今回は万全を期して、本丸を目指します。
すでに、上越市街のコンビニで食糧を購入するなど、準備は整っております。

SAYAはまだお休み。
すやすややっとります。







HANAはすっかり起きており、おにぎりを食べるなどして準備万端です。
やはり長女よりも次女の方が行動力がありそうです。




今回は、春日神社から本丸を目指す事にしました。
朝の厳粛な雰囲気の中、出発いたしました。
神社内には色々な碑が立っておりました。
中には謙信公とは関係ないものもありましたが、まぁそういうこともあるのかな?
ともかく、水も持ったし、おやつも持ちました。
秋の暖かい日で、散策にはもってこいです。

ここが有名な毘沙門堂です。⇒
謙信公はここに篭って関東制覇あるいは、奥信濃奪還、越中・能登攻略の戦略を練ったようです。
「運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり。死なんと戦えば生き、生きんと戦わば必ず死するもの也・・」
謙信公の言葉を思い出させてくれる建造物です。
そして出陣は常にこの建物からと伝えられております。

本丸から日本海を望んだところです。
越後の海です。
現在は、日本海側のことを「裏日本」といいますが、謙信公の時代では、海運などが太平洋側よりも盛んだったらしいです。
謙信公もこの海を見ながら、酒を飲んだと思われます。
酒といえば謙信公は酒が好きだったようで、馬の上で酒を飲むための杯などが現在も残っておるらしいです。
越後が酒どころとなっておるのも謙信公の影響かもしれませんな。

遂に本丸。
SAYAもHASNも無事目的地に到着しました。
ここにたどり着くと、春日山城を制覇したような気分になります。
登ってみると、いくつもの郭(くるわ)が重なった複合的な山城で、まさに難攻不落の感があります。
天守閣などの建物は無く、なにやら字の書いた石柱や案内板だけだったのはチョット意外でした。

記念撮影です。
ここで、謙信公について少し触れますと、
謙信公は幼少の頃から戦を体験したそうです。
同時に仏門に入って戦國武将として卓越した素地を身に着けました。
19歳になった謙信公は越後守護代、兄・長尾晴景を追放し、長尾氏の実権を掌中にするや、越後では黒滝城の黒田氏を皮切りに、坂戸城の長尾氏、阿賀北の本庄、色部、新発田、中条氏等の諸豪族を攻略し、大熊氏、北条(きたじょう)氏らの謀反軍を破り、越後國主としての地位を確立しました。
隣國越中では、神保氏、椎名氏を撃破し、本願寺の一向一揆を鎮圧。
さらに足を伸ばして能登の畠山氏の七尾城を手中に収め、畠山氏を滅亡させました。
そして、関東管領職に就任するや弱小の上杉憲政を助け、三國峠を越えて関東制覇に乗り出し、後北条(ごほうじょう)氏との一進一退のシーソーゲームを繰り広げました。
一時は後北条(ごほうじょう)氏の本拠・小田原城の門にまで迫り、門前で弁当を食して茶を飲む等、後北条(ごほうじょう)氏の心胆を寒からしめました。
奥信濃では川中島で武田氏に敗れたものの、村上、須田、高梨、島津氏ら奥信濃の諸豪族を助けてよく戦いました。
加賀では織田信長の将、柴田勝家、羽柴秀吉、前田利家、滝川一益、丹羽長秀、佐々成政、佐久間盛政、安藤守就、稲葉一鉄、氏家直通、金森長近、不破光治らの織田軍最精鋭5万を一撃で粉砕するなど、戦國最強かつ頼れる義将として名を馳せ、現在でも人気ある戦國武将の一人です。
北國街道をさらにすすみ、親知らずまでやってきました。
途中、糸魚川という川も越えました。
かつては難所と言われたこの地も、道路が出来ており、交通に支障の無いところになったようです。
注意してなかったら、ただの「景色のいいところ」で通り過ぎてしまいそうなくらいです。
ココまで来たら越中まではもう指呼の間です。
そういえば越中といえば富山城とふんどしですな。
あと、昔は薬売りが有名だったとのことです。

道の駅、「親知らず」にて昼食。
やはりファミレス感覚とは行かないようで、意外と値段帯が高くてびっくりしましたが美味でした。
写真は天ぷら定食です。
付属の味噌スープには地魚の各部が入っており、味が良く出ていた為、由美殿も絶賛しておりました。
子供向けのメニューが無かったのがチョット残念。

少し越後方面に戻り、能生の道の駅の中にある広場です。
ずっと車の中にいた子供らがハネを伸ばすにはうってつけの場所です。
写真は、棒に登るSAYA。



同じく、怪しげなモニュメントから顔を覗かせるSAYA。
子供が遊べるほかにも、近代美術的な作品も転々と存在します。
それらについては、「まぁ、怪しいながらも悪くはない」といった感想です。



こんな雰囲気の広場です。
風車と怪しげな近代美術作品と芝生がなんとも言えん雰囲気を作っております。
晴れた日はなかなか良い感じです。




宿に着きました。
今回の宿も新潟県名立市というところで、前回と同じ宿です。
写真は、プールとお風呂を済ませて寛いでおるところです。
プールは子供達のお気に入りで、今回の宿の選定もSAYAとHANAのリクエストによるものです。
今回の部屋は、なかなか広い部屋で、キッチンもついております。

夕食です。
メチャンコ豪勢で、食べきれるかな?と心配になるくらいです。
なんと、寿司も付いておりました。
ビールはもちろん名立の地ビールです。
飲み放題格安料金はうれしい。

お刺身はイシダイ様らです。
子供達には、焼き魚以外では頭の付いた魚は比較的めずらしい存在です。
歯が鋭い魚で、SAYAはしきりに気になってイシダイ様の口をつついておりました。





焼き魚も地物で、焼いてもらう魚を自分達で選ぶことが出来ます。
今回はホウボウと小鯛です。

朝の風景です。
晴れ渡ってすがすがしい朝です。
♪あた〜らしい〜あ〜さがきた〜♪
などと歌の一つでも出てきそうです。




宿の眼の前は日本海です。
この日はきわめて穏やか。






イスです。
これらのイスは夜になると光ります。
しかし、座り心地はあまりよくなさそうです。




この日は偶然にも、宿の前では催し物がやっており、にぎわっておりました。 ちょっとした店も出ており、朝食を食べた後だったのですが、思わず購入。
参考までに、蟹汁200円、串焼き300円でした。
安いです。
帰りに立ち寄った小千谷の道の駅です。
ここには、子供らの遊べる広場があり、SAYAもHANAも大好きです。





恐竜の滑り台です。
周囲には、南国風な葉を持つ木が生えており、雰囲気があります。





卵の中を覗くSAYA。







これも恐竜の滑り台です。
下から見上げると、むちゃくちゃ巨大に見えます。
なんとかサウルス、もしくは、なんとかドン、というヤツかも知れません。


三国峠を越え、いよいよ下り坂。
法師温泉の手前で野猿を発見しました。
野生の猿はSAYAもHANAもめったに見たことが無いので、車を止めてしばし観察。
この後は、法師-猿ヶ京-名胡桃-月夜野-沼田と順次進んでいき、関東平野に突入します。





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