文章の最後に「以上」と書かれていないので中途までの文章である可能性もあります。(★むすめ)

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『悟り』

副題『どうやって悟らせるか』

            仏陀 星野守夫

 悟らせるには、どうしたら良いだろうか?考えてみました。

 先ず、心()の葛藤。葛藤とは悩みです。

悩みは何れを選択するかの拮抗と循環。

拮抗とは、どれも等しく考えられ、選択出来ない状態です。

循環とは矛盾です。矛盾は二つですが、三つは三つ巴です。ジャンケンの「ぐう・ちょき・ぱあ」の循環です。

循環が大きな循環となった場合に、いかにも循環が解決したように錯覚します。百々巡りです。無限連想です。大きな循環もいずれ破綻します。言葉遊びの尻取りや連想ゲームです。悪循環・無限地獄とも謂われます。

この悪循環・無限地獄の解決が葛藤・悩みの解決です。

先ずは簡単な二つの葛藤・矛盾の解決法。

「矛盾」の語源、ご存知ですね?

矛盾を解決するには、どちらを優先するか?を決めれば即解決です。

三つ巴の解決も同じ様なものです。 循環を断ち切り優先順位を付ければ即解決です。

 それを決められないから矛盾拮抗・悪循環なのだ!   その通りですね。

 優先順位を決める基準が必要です。

次の三ヶ条が私の考えたの基準です。

 一に、平和・平和・平和・・・・

 二に、平和の下の平等・・・・・

 三に、平和・平等の下の自由・・・です。

ただし、この基準を冷静に考察するには、その人が生きていく環境、精神的に安心して生きていける条件・最低の生活条件が整っている事です。釈迦においては「乞食」で生きていける確信。イエスは「神の子」として農園の作物を黙って頂く、即ち小鳥や動物が頂くと同じ様に「自分たちは必要以上の物は頂かない」と、農園主に文句を言わせない確信と説得力で、生きていける精神的確信・精神的安心を得ていました。

 私の場合は、労働による生産と収入です。

労働が出来なくて収入が無い場合は、社会保障・失業保険・預金貯蓄で食いつなぎます。預貯金等も底を付いたならば、生活保護などで生活する覚悟でした。幸い生活保護を受けるほど困窮しませんでした。しかし今後その様な事態に陥らないとは限りません。万一その様な事態になっても、決して犯罪を行なっては為りません。生活保護も受けられない時は、釈迦のように乞食(こつじき)でもして生きていきます。乞食=軽犯のこじきではありませんよ、托鉢・社会鍋などですよ。生きて行ける自信がつけば、心が安定してきます。

 ここで、復習の意味で一度、矛盾に戻りましょう。くどい様ですが、循環で矛盾に戻るのでは有りませんよ。

「矛盾」の鉾と盾、どちらを選択するかの問題です。「一に平和」ですから当然「盾」です。これで矛盾は解決です。

え!「盾」も武器の一つだ?その通りです。

「矛盾」の諺(言葉)そのものが「争い勝負」と同じで、使うべき言葉ではないでしょう。「矛盾拮抗」と言うよりは「葛藤拮抗」と言うべきでしょう。

 矛盾拮抗が解決できれば、次は三つ巴・三すくみです。三竦みでは「じゃんけん」を例にしましたが、これも勝ち負けを決めるのでは無く、あくまでも、順番を決める方便です。順番を決める方法は幾らでも有りますね。その時と、その場に合わせた方法を選択すれば良いだけです。さらに大きな循環、無限連鎖循環・悪循環を断ち切る方法は、繰り返し、一に平和・平和・平和・・・と検索・査察・考察する事です。決して平等を先に立ててはいけません。平等が拮抗の素・元・基・下・なのですから・・・・

全て「拮抗」です。「葛藤拮抗」です。

二つは一対拮抗であり、三つは三つ巴拮抗、四つは四つ巴拮抗です。循環拮抗。連鎖拮抗思考拮抗、即ち順位を付けられない状態です。

順序を付けられない事が『悩み』と為るのです。基準を作って順序を付けましょう。

それで、全ては解決です。

基準の第一が『平和・平和・平和』です。

心の基準ですから、人夫々、すこしづつ異なっています。また、その人の、その時の状況により変化します。非常に相対で、柔軟な、許容値の幅がある基準です。重ねて申しますが、一人一人基準が異なるものです。

 即ち大きな社会活動の中で、問題を解決する方法は、人夫々という事になります。

 話し合って、その時の最善と思われる解決方法で処理に当り、時間の経過と共に最善と思われるものが変化したら、変化に応じて処理も変化することもあるでしょう。頑なに最初の解決方法にこだわる事は、場合に依っては危険な方向に向かうことも有ります。

「変化する」これが最新の「哲学」です。