久遠海岸伝説 プロローグ 「ねえ、ルリルリ知ってる?」 「何をです?ミナトさん」 「ここの海岸にまつわる伝説よ」 「伝説・・・ですか?」 「そう、さっき宿の女将さんが教えてくれたのよ」 「どんな話なんですか?その伝説って」 「興味ある?」 「ミナトさんから言い出したんじゃないですか」 「ごめん、ルリルリぃ〜そんな怒らないでよぉ」 「それで、どんな話なんですか」 「それはね、ずっと昔、そう人類がまだ西暦で時の流れを刻んでいたころの話、この地に一人の女性がいたんだって」 「一人しかいなかったんですか?」 「そういう訳じゃないのよ。ただその女性は普通の人ではなかったの。不思議な力を持っていたんだって」 「不思議な力・・」 「それでその女性はこの辺りから・・ええっと、そう村って言ったわね、村から離れた所に一人で住んでたのよ」 「一人でですか?」 「ええ、その不思議な力のせいでみんなとは暮らせなかったようね」 「・・そうなんですか」 「でね!!ある時一人の男性が、この地に訪れたのよ。で、その人偶然に女性を見て、そして一目惚れしたんですって」 「ずいぶん軽薄な人なんですね」 「ルリルリ〜〜そんなこと言わないでよぉ〜」 「だってそうじゃありませんか。よく知らないの人なのに好きになるなんて」 「でも、考えて誰かを好きになるわけじゃないでしょう?」 「・・・・」 「そして、男性は女性に想いを告げ、女性はその想いを受け止めた」 「よかったじゃないですか」 「ところがね、男性の実家は身分の高いらしくてね、両親が反対したのよ。二人の仲を」 「そんなこと関係ないと思います!」 「そうね、男性も同じだったようね、家を捨てて女性の側に居続けたのよ」 「そうですか、そうですよね」 「・・・でも、男性の両親はそれを許さなかった。二人を力ずくで引き離そうとしたのよ」 「どうなったんですか」 「男性の留守を狙って、女性を傷付けようとした。でも間一髪というところで男性は女性を助け出したわ」 「それで・・その二人は・・」 「海へ逃げたんだって。女性は海へ行ったことがなかったらしいわ」 「ここで生まれて海へ行ったことがないんですか?」 「そうらしいわね。物心つくまえから山の奥でしか生活できなかったから」 「・・・」 「追手に追われながら海に辿り着いた二人はある約束をしたのよ」 「約束?」 「千年、千年たってもこの想いは変わらない。だから今度生まれ変わったら、またあなたに恋をするって、そう言って二人は海の中へ消えていった」 「・・・」 「ねえ、ルリルリ、素敵だと思わない?確かに報われない恋だったけど、それほどまでに人を好きになれるなんて」 「そうでしょうか?たとえ好きあっていても、死んでしまってはなんの意味もないと思います」 「でも二人には意味があったと思うわ。私達には無意味に思えても」 「それに生まれ変わりなんて馬鹿馬鹿しいです」 「でも信じてみたいでしょう。今度生まれてきてもまた同じ人に恋をする。永遠の愛よね」 「永遠の愛・・・ですか」 「そうよ、だからここは久遠海岸といわれているのよ。男女がここでお互いの愛を誓うと、永遠に結ばれるんですって」 「ツクモさんがいないのが残念ですね」 「そうね。だけどルリルリは良かったじゃない、ちゃ〜〜んと相手がいるんだから」 「別にそんな人はいません」 「ま〜たまた。お姉さんはすべてお見通しよ」 「恋は盲目といいますから、ミナトさんはツクモさん以外、なにも目に入っていないんじゃないですか?」 「そっそんなことないわよ。それに意味が違うわよ、ルリルリ」 「人は図星をつかれると声が大きくなるそうですよ、ミナトさん」 「それなら、ルリルリはあの時・・・」 「それとこれとは話が・・・」 「だってそう・・・」 「もう!あの・・」 「・・・・」 「・・・」 一日目 暗い山道を二人の男女が、互いの手を取り合いながら駆けていた。 まるでなにかから逃げるように、夜道を照らす明かりも携えずに走っていた。 夏といえど夜になれば涼しくなっていたが、かなりの汗をかいていた。 「この峠をこえれば海はもうすぐだ」 男の励ます声が聞こえるが、返事を返す余裕がない。 女性は小さく頷くだけだった。 ただ、自分の細い手を強く握り締める男性の気遣いが嬉しかった。 息を切らせながら、ジッと男性の後ろ姿を見つめる。 「大丈夫か?」 返事をしない女性が気になったのだろう。 振り返り訊ねてきた。 「は・・い、大丈夫・・です・・あ・・きひ・・・と・・様」 「ルリルリ、どうしたの?良く眠れなかった?」 「はい、すこし疲れてるみたいです」 ホシノ・ルリの顔色がすぐれないのを心配して、ハルカ・ミナトは問いかける。 そしてルリはずいぶん素直に返事をした。 「そう、じゃあ今日みんなで海に行こうって言ってたけど、ルリルリはダメかな?」 「すいません、私、部屋で休ませてもらってもいいでしょうか?」 「いいわよ、みんなには私から言っておくから。私もついていた方がいいかな?」 「そんな、いいですよミナトさん。ちょと休めば良くなると思いますから」 「じゃあ、私は行ってくるけど、何かあったらすぐに連絡するのよ、ルリルリ」 そう言ってミナトは、腕にあるブレスレットのようなものをルリに見せる。 ナデシコの乗員どうしが、互いに連絡を取り合うための道具である。 「はい」 海に向かい歩き出したミナトの後ろ姿を見送る。 時折心配してか、こちらを振り返る。 ルリは安心させるように、白く細い腕を小さく振った。 やがてミナトの姿が見えなくなると、ルリは旅館の中へ入っていった。 海から吹く潮風に、背中を押されるように。 ある土地のその旅館は、正面に海が一望でき、その背後は山々が連なっていた。 高い位置に太陽があり、容赦のない日差しを降らせていた。 真夏の気配に生き物はなりをひそめていた。 人間と、一夏の命を懸命に生きる蝉以外は。 ナデシコの一同は現在そんな所に宿泊していた。 社員旅行という名目で。 現在一人を除き夏の海を楽しんでいるはずである。 そして残った一人はというと・・。 畳の上で横座りになり、木製の窓枠に右腕をのせて、遠くの海を眺めていた。 蝉の合唱に遮られ、潮騒は聞こえない。 だが、風に運ばれ塩の香りが彼女の元へと届けられる。 ホシノ・ルリはゆっくりと流れる時の中をさまよっているようであった。 ルリは昨夜奇妙な夢を見た。 自分が誰か男の人と暗い山道を走っている夢だ。 その男の人は自分の手をきつく握り締めていた。 なぜか不快感を感じなかった。それは夢だったからなのか? 自分を気遣う優しい声。どこかできいたような気がする。 それが嬉しくて、息苦しいのにその人の名を呼んだ。知らない人のはずなのに。 そして、その男の人が振り返ろうとしたところで夢は覚めた。 あまりにリアルな夢。 目覚めたとき、まるで本当に走ったように、息が切れていた。 息を整えるのにしばらく時間が必要だった。 それにしても何故、なんな夢をみたのだろう? 昨日、ミナトにあの話を聞いたせいだろうか。 それても願望があるのだろうか、誰かに連れ出してもらいたいという願望が。 ルリは琥珀の瞳を閉じた。 いくら考えても結論はでないのだ。 ただの夢して片づけるのが一番だ、ただの夢として。 そう思い彼女は眠りについた。 昨夜はあまり眠れなかったから。 「・・明人様・・あ・き・・ひ・・・と・・・・様」 眠る寸前、誰かの名前を呼びながら。 二日目 波の音がすぐ近くで聞こえる。 さきほどまで白んでいた海は、いまや深い青色であった。 「これが海だよ。とても綺麗だろう」 男性は女性の背後に立ち、彼女の肩に両手をのせながら呟いた。 「はい」 初めて見る海に、それ以上の言葉が出ない。 女性は目の前の光景に完全に見入っていた。 「私も海が好きだ。まるでおまえの髪のようで」 言いながら男性は女性の髪に視線を移す。 女性の髪は、海と同じとても深い青色をしていた。 「・・・明人様は私が恐くありませんか?」 女性は訊ねる。 他の人とは違う髪と瞳。そして不気味な力。忌み嫌われた存在。 そんな自分が恐ろしくないのかと。 「こんなに美しいのに恐いわけがないだろう・・・・瑠璃」 男性は両腕で女性を抱き留めた。 女性はそのたくましい両腕に、自分のか細い手でふれた。 彼女はいつのまにか泣いていた。 「きゃっ!」 突然首筋に冷たさを感じ、ルリは可愛いらしく悲鳴を上げた。 そして勢いよく振り返ると、そこには・・。 「テンカワさん!!驚かさないでください。心臓に悪すぎです」 「ごめん、ごめん。ルリちゃんがボーッとしてたから驚かせようと思ったけど、ちょと効き過ぎたみたいだね」 Tシャツにジーンズというラフな格好。 昨日、日に焼けたのだろう、ずいぶん真っ黒な男性。 テンカワ・アキトは微笑みながらよく冷えたオレンジ・ジュースの入った缶を差し出す。 ルリはまだ憮然とした表情をしていて、黙ってそれを受け取る。 アキトに背を向けプルタブを引き、缶を開ける。そのまま缶を口につけ、オレンジ・ジュースを飲む。 一口、二口と飲んだところで口からはなすと、眼前に広がる海を見る。 真っ青な海は視界いっぱいに飛び込んでくる。 「みなさんはどうなさってるんですか?」 「みんなは昨日の宴会で飲み過ぎたから、多分お昼頃まで起きないんじゃないかな?」 そういって笑うアキト。 昨日の宴会とやらを思い出しているのだろう。 ナデシコはお祭り好きが多い。さぞ派手なことだったのだろう。 もっともルリは、小一時間いたぐらいで部屋に引き上げた。 あまりの騒ぎに付き合いきれなかったのだ。 「そうですか」 ただ海を見つめるルリ。 アキトは、そんなルリの背中を見ていた。 寂しそうな背中。 年上の大人たちにまじり、ナデシコで黙々と仕事をこなす少女。 同年代の友達がいない少女には、この旅行はつまらないのだろう。 現に一人でいる時間が長い。 自分はなにか力になれないのだろうか。 アキトはそう思った。 酒にあまり強くない彼は、そうそうに酔っ払ってしまい、あっという間に戦線離脱してしまった。 朝になり喉が渇いたため目覚めた時、海に一人で向かうルリの姿を見たのだ。 慌てて着替え追いかけた。 まだ早い時間なので辺りに人影もなく、二人は海と砂浜を独占していた。 打ち寄せる波の音だけが響く。 海からの風が二人にじゃれつくように吹いてくる。 「ルリちゃんは海が好きなのかい?」 沈黙を嫌いアキトは話しかける。 「ここに来て初めて見ましたけど、とても綺麗ですね」 でも、とても悲しい感じがします。とルリは心の中で付け足す。 まるで目の前の海は泣いているように見えたから。 「テンカワさんは好きですか?」 「そうだね、俺も好きだよ」 アキトは特に意識せすぜに答える。嫌いな理由もなかったから。 「私の髪のようだからですか?」 ルリは軽やかに身を翻す。 白い腕を後ろにまわし、こちらにすこし顔を突き出している。 その表情はアキトの知る、いつもルリとは明らかに違っていた。 「ル、ルリちゃん!?」 大胆な問いかけに、アキトは顔を赤く染めている。 もっとも日焼けをしていて目立たなかったが。 狼狽するアキトを無視するように、ルリはアキトに近づくと彼の胸に両手をそっとおいた。 あまりに自然な行為に、アキトはボーゼンとなった。 「そう言ってくださいましたね、明人様」 「!?」 この娘は誰だ? アキトは考えた。 自分を見上げてくる少女は、ルリのはずだ。だがどこか違う。 それに明人様とは誰だ。 目の前の少女は自分を見ながら自分ではない誰かを呼んでいる。 一体なにがどうなってしまったのだ? 「ルリちゃん!!ルリちゃん!!」 アキトはルリの肩に手を当て揺さぶった。 すると、驚いたようにルリはアキトの側から離れた。 二人は距離をおき、しばらく見つめ合っていた。 「ごめんなさい、テンカワさん。今の事は忘れてください」 なにが起きたのか理解できないアキトをよそに、ルリは彼に背を向け走り出した。 いったい私、どうしたの? なぜあんな行動をとったのか分からない。 勝手に体が動いていた。そして言葉になっていた。 私、テンカワさんの事・・。 ブンブンと大きく頭を揺らす。 よく分からない感情が心の中に渦巻いていた。 とても苦しい。 ルリはそれを忘れるために走り続けた。 アキトにつかまれた肩が痛かった。 三日目(最終日) 月明かりが辺を照らす。 よせてはかえす波の音だけが、あたりにこだましていた。 浜辺で月明かりを浴び、男女が見つめあっていた。 「私が恐いですか?明人様」 女性は全身を赤く染めていた。 壮絶なまでの姿に男性は言葉もない。 「ふふっ、そうですね。恐くない訳ありませんね」 「そんなことはない!!」 そう言いたかった。しかし言葉にならなかった。 追手に切られた右肩を押さえながら女性を見つめる。 女性の近くには、人間・・・人間だったものが転がっていた。 本来なら静かな夜の海辺。 しかし今夜は賑やかな声が響き、色とりどりの光の花が咲いていた。 ナデシコの一堂は、旅行最後の夜を花火で楽しんでた。 赤や青、緑の光が鮮やかに、浮かんでは消えていった。 ホシノ・ルリはすこし離れた場所で、その光景を見ていた。 砂浜に腰をおろし、両膝を抱えている。 ハルカ・ミナトは元気のない少女を、不安そうに見やった。 そして自分と同様な瞳で見ている、一人の青年の存在に気が付いた。 その青年は周りいる女性達から時々話しかけられているが、生返事を返すだけだった。 ミナトはテンカワ・アキトの側に行った。 一言、二言やりとりすると、アキトはルリの方へゆっくりと歩いていった。 「優しいお姉様に感謝するのよ、ルリルリ」 二人は、ミナト達にから遠ざかるように浜辺を揃って歩き始めた。 月明かりのおかげで、それほど暗くなく明かりを持たずとも歩くことができた。 ミナトはそんな二人に背を向け、みんなと騒がしい一時を過ごした。 「ここに来てから元気がないようだけど、大丈夫かい?」 波打ち際を歩くルリとアキト。 「はい、もう大丈夫です。すいません、ご迷惑をおかけして」 「いや、ルリちゃんが謝ることじゃないよ」 「でもご迷惑をおかけしたことは事実ですから」 なぜか反応が冷たい。 嫌われることでもしただろうか? それとも昨日の朝のことをまだ気にしているのだろうか。 「迷惑だなんて思ったことはないよ。その・・できればルリちゃんの力になりたいかな・・・なんて」 「テンカワさん・・」 照れくさそうに言うアキトを、ルリはチラリと横目で見て俯いてしまった。 「あっ、いや・・そんな変な意味じゃなくて・・放っておけないというか・・・寂しそうなルリちゃんは見たくないかな・・」 だんだんと墓穴に落ちていくアキト。 そんなアキトが面白いのか、くすくすと小さく笑うルリ。 「相変わらずですわね」 そう言って俯いていた顔を上げた。 「明人様」 「!!」 まただ・・。 瞳の奥の輝きが違う。 ルリとは違う誰か。この娘はいったい・・。 「明人様に会えるまで、私はずっとお待ちしていました」 「君はいったい誰なんだ?」 ルリ、いやルリの体を操っているその誰かに問いただす。 「・・・私をお忘れになったのですか・・」 失望、いやそれよりも深く悲しいもの。それは絶望? 「千年・・・千年待ったのです。私のことも、あの時の約束もお忘れになってしまったのですか?」 「・・・」 「瑠璃は忘れませんでした。だって約束しましたもの・・・明人様と」 月明かりを浴び、悲しげに呟くルリ。 それは美しい光景だった。 だがアキトは恐怖していた。 「俺はアキトだ、アキヒトじゃあない。それに君は誰だ。ルリちゃんをどうしたんだ?」 「瑠璃ですわ、明人様」 「だが俺の知ってるルリちゃんじゃない」 その時一瞬だけ風が吹いた。 いや空気が動いたのだ。大量の空気がほんの一瞬に移動した。 その空気はアキトの側を通り過ぎた。音よりも速く・・。 「・・?」 アキトは右腕に流れる生暖かいものを感じた。 左手の指で腕をなぞってみる。 ぬるっとした奇妙な感触。 「!!」 赤く暖かかった液体。それは血だった。 右の二の腕がスッパリと切れていた。 見事なほどの切り口に、痛みすら感じていなかったのだ。 「お怪我をなさっています。早く手当てをしないと」 ポケットからハンカチを取り出して傷口にあてる。 「大丈夫ですか?あまりご無理をなさらないでください」 心配そうに見上げてくるルリ。 だがそれはアキトの知っているルリではない。 「ルリちゃん!ルリちゃん!・・」 腕が痛むのもかまわず、ルリの腕を掴み何度も名前を呼ぶ。 「そうです、明人様。瑠璃です」 「違います!!ルリは私です」 雷に撃たれたように、ルリとアキトの体が離れた。 「ルリちゃん?」 最後に聞こえた声は確かにルリだったとアキトは感じた。 ルリは砂浜の上に両膝をついて、両手で頭を押え込んでいた。 「やめて、瑠璃。あなたの明人はもうこの世界にはいません。なぜなら・・・なせなら、あなたが殺したのだから」 「うそです。私は殺してなどおりません。私達は約束しました、生まれ変わったら一緒になろうと。そう約束して・・」 「それは嘘です。」 「違う!!私は殺してなどいません。殺してなど・・」 ゆっくりと立ち上がるルリ。 ボーゼンとしているアキトに近づいていく。 そして、愛しそうにアキトの胸に顔をよせた。 「そうですわよね?明人様」 微笑みながらアキトに問いかける瑠璃。 「テンカワさん!!」 届かない悲鳴を上げルリ。 このままでは夢で見た光景が、伝説が繰り返されてしまう。 アキトは琉璃の髪を撫で上げた。 そして顔をよせ、彼女の耳元で囁いた。 「瑠璃、もうよいのだ。お前がこれ以上つらい思いをする必要はない」 穏やかな声が瑠璃の耳に届く。 テンカワ・アキトの声。だが雰囲気が違う。 「・・明人様」 胸にあずけていた顔を離すと、アキトの顔を食い入る様に見つめる。 たとえどれだけの月日が流れようとも分かる。たとえ千年逢えなくても間違えるはずはない。 愛しい人を。 歓喜の表情で瑠璃はアキト、明人を見つめる。 「瑠璃、すまない。あの時私はお前を助けてはやれなかった。なにより脅えていたのはお前だったのに・・」 明人を助けるため、不思議な力を使い他人を傷付けた瑠璃。 そのことに一番恐怖していたのは、このか細い少女だった。 「明人様・・私は・・・私は・・」 琥珀の瞳にしずくをためて呟く。 思い出した。すべてを、罪を。 脅えた瞳で自分を見た明人を許せなかった。 だから瑠璃は・・・。 「私は明人様を・・」 「許してくれ瑠璃」 瑠璃の謝罪の言葉を遮り、明人は言う。 「もし許してもらえるなら、また私と行こう。あの時のように二人で」 穏やかな表情で涙を浮かべる瑠璃は、その言葉の意味をかみしめると綺麗な微笑みを明人に向けた。 「はい、明人様・・瑠璃は明人様についていきます」 突如、アキトとルリの体は光で満ちた。 その光はとても明るかったが、不思議と眩しくはなく、とても優しいものだった。 多くの人がその光を目撃した。 エピローグ ホシノ・ルリとテンカワ・アキトはあの海辺に立っていた。 ルリの手には花が握られている。 「彼女は辛かったんだと思います」 ポツリと話始める。 「愛する人に嫌われたと思った。だから衝動のままに行動して、彼を傷つけた」 浜風がルリの頬を優しくなでる。 水平線の向こうはだんだんと赤くなっていた。 「でも彼を失って生きていけるほど強くはなかった。違いますね、彼を失ったことを信じたくなかったんです」 アキトはただ黙って聞いている。 腕の傷にはハンカチが巻かれており、止血してあった。 「琉璃、あなたを哀れんだりはしません。でも、あなたは大馬鹿です」 手に握り締めていた花を海に投げる。 その花の名前は知らない。 だが、海の側に咲いていた小さく青い花は、彼女に似合っている気がした。 青い花は、青い海に融けるように消えていった。 「・・ルリちゃん」 「テンカワさん」 ルリの細い首にアキトの太い腕がまわされる。 普段のアキトからすればあまりに大胆な行動。 気負いも照れもなく、今は自然に出来た。 そしてルリもごく自然に受け入れていた。 「俺では頼り無いかな?」 「少しの間、少しの間こうしていて下さい」 背中に感じる温もり。 他人は疎ましい存在だったはず。 「素直になりなさい、ルリ」 「よけいなお世話ですよ、瑠璃」 私は少女ですから・・。 いまはこれだけでいいんです。いまは・・・。 久遠海岸伝説〜完〜