銀河アイドル伝説ラピス・ラズリ〜はじまりは春の陽射しのなかで〜 この物語は、一人の少女がまだはばたく翼をもたないころの、そして誰よりも強く、そして大きな翼で飛び立つまでの物語です。 少女の名前は、ラピス・ラズリ。 未来、彼女の名を知らないものはいません。 しかし今は、道ばたに咲く小さい花のような存在でしかありません。 誰も気にとめることもなく、強い風が吹けば散ってしまうような。 そんな少女の物語です。 プロローグ 淡い薄紅の髪が、穏やかな日差しの中で嬉しそうにきらめいている。 辺り一面に咲き誇る、桜の木から生まれた妖精のような少女は、木製のベンチに腰掛けて舞い落ちる花びらを見つめていた。 ふと少女は、思い付いたように小さな手を前に差し出した。 風に吹かれ舞う数多くの花びら。 そのなかの一枚が小さな手に降りてきた。 少女は、壊れ物を扱うようにそっと花びらを目の前に持ってくると、手の中にあるそれを珍しいものを見るように真剣な眼差しで見つめた。 突然、地面に落ちた花びらが舞いあがった。 意志を持っているかのように、一斉に動き出した花びらは少女の視界を奪った。 強い風があたりを一瞬に通り過ぎていく。 少女は反射的に目を閉じる。 そして風が止み再び目を開くと、手の中の花びらは消えていた。 慌てて少女は、顔を上げあの花びらを探し始める。 だが地面には花びらが一杯あり、どれが自分の手の中にあった物か分からなくなっていた。 「どうしたんだ?ラピス」 ひどく悲しい気持ちになった少女は、自分の名を呼ばれ声のする方を見た。 そこには、少女が待っていた青年が紙コップを両方の手に持って立っていた。 「アキト、遅い!」 強い調子の言葉だが、それには怒った感じを受けない。 むしろ安堵の意味が取れた。 「ごめんよ、ラピス。思ったより込んでいたんだ」 青年はそう言いながら、ジュースを渡す。 そして少女が受け取ったのを見て、彼は隣に座った。 アキトはラピスの様子がいつもとは違うことに気がついた。 「なにかあったのか?」 「ううん、なんにもないよ、アキト」 ラピスはコップに口をつけココアを一口だけ飲む。 ココアの温かさが不安を溶かしてくれるような気がした。 でもラピスは恐かったのだ。 自分もあの花びらのように、どこかへ消えてしまいそうな気がしたから。 そんなラピスをなんとも表現のしようのない瞳でアキトは見つめていた・・。 1. 四月。 ようやく厳しい寒さもなりをひそめ、穏やかで暖かな季節を迎えた日本。 アキトとラピスの二人はそんな季節に感化されたように、静かな時の流れに身を任せていた。 なぜ二人が地球にいるのか、というと・・・ネルガルの会長、アカツキ・ナガレが彼らを呼んだのだ。 「テンカワ君、地球に下りてこないかい?ちょうど今、桜が見頃でね。とても綺麗だよ」 戦いを終え、無為な日々を過ごしていたアキト。 彼は素直にアカツキの誘いに乗った。 それは誘ったアカツキが拍子抜けするぐらいであった。 もっとも、どんな理由があるにせよ歓迎すべきことであった。 少しずつだが良い方向へと変わって行くような、そんなことを思わせるから・・・。 ベンチに腰掛け舞い落ちる桜を眺めている青年と少女。 風が吹くたびに降る、桜色の雪。 その一粒が少女の手の甲に乗った時、彼女はとなりの青年を見つめた。 「ねえ、アキト・・・これからどうするの?」 それはずっと少女が考えていたこと。 戦いが終わったら、また一人になると思っていた。 でも彼は残ってくれた。 とても嬉しかった。 だけれど日がたつにつれ、ラピスは不安を感じるようになった。 いつかアキトが自分をおいて何処かにいってしまうのではないかと。 彼には帰る場所があったから。 彼女以外に帰りを待っている人がたくさんいたから・・。 「ラピスは、何かやりたいことはないのか?」 その問いに、少女は小さく頭を横に振った。 しかし、少女には「夢」があったのだ。 ただそれを口にすると、彼は安心して自分の前から姿を消しそうで口に出来なかったのだ。 ラピスは手の甲の花びらを捕まえようとしたが、それもまた風に吹かれ飛んでいってしまった。 2. 青かった空が徐々に赤み始める頃。 この時間になると桜を見に来る人もだいぶ増えてきた。 がやがやとざわめく雑踏をなんの感慨もなくアキトは眺めていた。 その隣でラピスは、ライト・アップされた桜を黙って見ている。 「クシュ・・」 少女は小さなくしゃみをした。 日が落ちて気温が下がって来た為だろう。 薄手の服しか身につけていない少女には寒すぎるようであった。 「冷えてきたな。そろそろ帰ろうか、ラピス」 側に居る少女が、寒さに身を震わせたのを見てアキトは立ち上がる。 そしてラピスが立ったのを見て、歩き始めた。 ラピスは歩調を速めて彼の隣に並ぶ。 ふと彼の大きな手が目に入った。 少女はそっとアキトの手に触れた。 「!!」 だが彼は、少女の小さな手を怖れるように振りほどいてしまった。 「あっ・・・ごめん・・ラピス」 少女のいたく傷ついた表情にアキトは罪悪感を憶えていた。 それでもアキトはラピスに触れることを、触れられることができなかった。 それにはあまりに汚れていたから・・・。 いつもなら少女を気遣い歩く青年。 しかし今の彼は動揺していたためであろう、少女を置いていくような格好で一人歩いていた。 慌ててラピスも後を追い始める。 だが歩幅があまりにも違い過ぎるのだろう、青年の姿は遠ざかる一方だ。 「待って・・・待って、アキト」 言い知れぬ恐怖が少女を襲う。 まるで助けを求めるような声も人の波に消えていく。 そして青年の姿も、いつしか人ごみに消えてしまった・・。 「・・アキト・・・あきとぉ・・」 地面にぺたりと座り込み、弱々しい声で何度も彼の名を呼ぶ。 琥珀の瞳から光が粒になって次から次に零れ落ちる。 一人泣く少女を心配した人がラピスに声をかける。 けれど少女の瞳には映らない。 なぜなら、ラピスの求めている人は彼だけだったから。 だけどその人は今、側にはいない。 だからラピスは何度も何度も彼の名を呼んだ。 まるで呪文のように・・・。 3. 闇夜の中を、人波をかきわけ走る青年。 必死な表情で走る黒ずくめの彼を周りの人は不審そうに伺っている。 しかし彼はそんなことも気にせずただ走り続けた。 「・・ラピス・・・」 アキトはかつてのようにラピスの声を心で聞くことは出来なくなっていた。 彼のナノ・マシンは戦いが終わった後、凍結されたからだ。 過去を失い、ボソン・ジャンパーの力も失われた。 すべてを失ったあと、最後に残ったもの。 宝石の名を与えた少女。 アキトにとってその少女はただ自分の目的のために利用した、されただけのはずだった。 復讐が終われば、自分は消えるはずだった。 だが迷っている。 アキトはそう考えると胸に刺すような痛みを覚える。 どれほどの人を殺しても痛みは覚えなかった。 もう痛むことはないはずの心。 だが、どうして今はこれほどまでに痛むのだろう。 「あきとぉ・・・あきとぉ・・・」 とても小さく、そして弱々しい声。 雑踏に紛れとても聞こえそうにない声は耳ではなく心に聞こえてくるようであった。 視界の中に飛び込んでくる、鮮やかな桜色の髪。 地面の上にぺたりと座り込んでいる少女。 「ラピス!!」 少女が顔を上げる。 ラピスの瞳は涙で溢れていた。 しかし少女は拭いもせず、アキトをその瞳で捕らえた。 目と目があった瞬間にアキトは、また胸に痛みを感じた。 それは今までで一番激しい痛みだった。 少女はゆっくりと立ち上がると、のろのろとアキトへと近づいていった。 そして彼の正面までくると恐る恐るといった感じで、小さな手を伸ばした。 その手がアキトの服を掴んだとき、少女はさらに涙を浮かべ、体当たりをするようにアキトの体にしがみついた。 「ラ、ラピス!?」 あまりに突然なことにアキトは驚き声を上げた。 そして、そっとラピスを引き離そうとしたが、少女の肩に手をかけた瞬間動きを止めた。 ぷるぶると震える少女。 それは寒さのせいではない。 あまりの心細さがそうさせているのだと分かったから。 「ラピス、ごめん・・・もう大丈夫だよ」 「あきとぉ・・・アキトはいつかラピスを置いていっちゃうの?ラピスはまたひとりぼっちになるの?」 腰にしがみつき震える声で訊ねてくる少女。 アキトはようやく理解した。 少女がなにを怖れていたのかを。 アキトは黒のコートで少女をやさしく包み込む。 「俺はどこへもいかないよ。ラピスの側にいるよ」 いつか、確実に離れる時はくるだろう。 だがそれまでは・・・。 「本当?ずっと、ずっと一緒にいてね、約束だよ、アキト」 「ああ・・・約束だ・・・ラピス」 ふっと少女の腕の力が緩んだ。 倒れそうになるラピスを慌てて抱きかかえるアキト。 見るとラピスは小さな寝息をたてていた。 アキトは、ラピスがとても小さいんだということを始めて知った。 4. ラピスが心地よいぬくもりのなか琥珀の瞳を開いた。 それはとても幸せな気分にされるもので、ラピスはまた眠りにつきそうになった。 だが慌ててそれを振り切りると上体を起こした。 少女の視界には見慣れた黒い髪が飛び込む。 「アキト・・」 ラピスは安心したように再び顔を彼の肩にうずめた。 少女は青年に背負われていたのだ。 「起きたのか、ラピス?」 「・・うん」 そのまま沈黙がおとずれた。 永遠に続くように思われた静寂は、だがラピスによって破られた。 「ねぇ、アキト・・降ろして」 「いいんだよ、ラピス。疲れているだろ?」 「ううん、大丈夫・・・今は、今だけは自分の足で歩きたいの」 アキトは、そうか、と言ってラピスをゆっくりと背中から降ろしてやった。 ラピスは跳ねるようにアキトの前に廻り込むと彼を見上げ、そして・・・。 「アキト、ラピスに聞いたよね、やりたいことはないのかって」 「・・ああ」 何かを決意したような、まっすぐな瞳で見つめられ、黒ずくめの青年の返事は少々遅れた。 先ほどまではあれほどたよりなく感じたはずの少女。 だが今のアキトにはなぜだか少女がとても大きく、そしてまぶしく見えた。 「ラピスはあるよ」 今なら言える。 彼が側にいてくれると言ってくれたから。 もう怖れなくてもいい。 彼を信じられるから。 軽やかに身を翻すラピス。 サングラスの奥に隠されたアキトの瞳を見つけると、ラピスは微笑みを浮かべる。 そして少女の唇から言葉が紡ぎだされた。 それは可憐な少女にふさわしい、まるで春を思わせる暖かい歌声となった。 舞い散る桜 つかまえようとするけれど この手をすり抜けていく そうねきっとわたしも同じ 誰も振り返ることもない ひとりぼっち でもあなたがくれた言葉が まるで魔法のように 錆付いた時間が動き出したの 明日を夢見ることを教えてくれたあなた きっといつかつかめると 強くはばたける翼をくれたあなた だから負けない どんな悲しいことがあっても そんなわたしになりたいの 暖かい春の陽射し けれどあなたは背を向ける すべてを一人で背負い ガラスの海で血を流す でも誰もあなたを忘れない やさしいひと だからもう消えたりしないで あなたの傷は癒せないけど 一緒に夢見ていてほしい 明日が見えない時はわたしの声を聞いて きっといつか届くと いつも唄っているから だから諦めない どんなつらいことがあっても そんなあなたでいてほしいから 「ラピスはね、「アイドル」になりたい」 街灯の明かりの中、ラピスは照れたようにそれでもはっきりと告げる。 真っ直ぐにアキトを見つめて。 「・・・」 「プラスが教えてくれたんだよ、「アイドル」は歌を歌ってたくさんの人に夢とか希望とか与えられるって。だから・・・」 「・・・」 「・・・だめ?ラピスじゃなれない?」 なにも返事をしないアキトに不安になったのか、ラピスの声が不安に揺れる。 「そんなことはないよ。ラピスは、ラピスならなれるよ」 「うん!!」 その言葉に満面の笑みをうかべるラピス。 アキトもつられるように微笑んだ。 それは久しく笑ったことのない彼が見せた心からの微笑みだった。 エピローグ 長い通路を歩く青年。 青年はあるドアの前で立ち止まると、そのドアを開けた。 部屋にはラピスがソファーに座っており、その正面にはスクリーンが浮んでいた。 だが、いつものように雑談をしているようではなく、なにやら相談しているような雰囲気がそこにはあった。 「ラピス、プラス、何をしてるんだ?」 「あのね、デビューするための歌をプラスと一緒に作ってるんだよ」 「?・・・歌ならあるじゃないか。この前歌ってくれたろう?」 「あの歌はね、もう唄わないよ」 「どうしてだい、ラピス」 「だって、あの歌はアキトのために唄ったんだもん。だからもう・・・唄わないよ」 「・・・そうか・・ありがとう、ラピス」 アキトはそっとラピスの頭をなでた。 初めてアキトが触れてくれたことに、ラピスは嬉しそうに目を細める。 しばらしくしてアキトは用事を思い出した。 「ラピス、俺はこれからネルガルに行ってくるからおとなしく留守番してるんだよ」 「うん」 「プラス、頼んだよ」 「まかせて、アキト」 部屋から出て行く時、アキトは後ろを振り返った。 そこには明るく笑うラピスと、その相手をつとめるプラスの姿がある。 その光景を見て、アキトはサングラスをかけた。 そして一人歩き出した。 アカツキに会って力を借りよう。 そしてドクター・・イネスさんに会って凍結したナノ・マシンを復活させよう。 俺に何が出来るのかわからない。 だが出来る限りのことはやろう。 死ぬ為ではなく、生きる為に。 明日を夢見る為に。 そう、すべてはこれからだ。 銀河アイドル伝説ラピス・ラズリ〜はじまりは春の陽射しのなかで〜完 後書き おひさしぶりです。 今度の物語は前作「アイドル誕生」以前になります。 しかし、この話はもともとアイドル伝説として考えられたものではありません。 別シリーズで考えていたものをアイドル伝説の連載にあたって流用したものです。 作中の詩は、はずかしながら作者自身のものです。 詩というものを初めて作ってみましたけど・・・。 これで勘弁してください。 次はもうすこし修行して出直してきます。 この物語を読んで下さいました皆様、ありがとうございます。 そして物語を発表する場を与えてくださいます、中田様に感謝をこめて終わりたいと思います。 次回予告。 アイドルとして日夜活躍するラピスにCM出演の以来が舞い込んだ。 依頼者は太陽系にチェーンを持つ、ホテル平◯閣。 「ねぇアキト。ウェディング・ドレスってなぁに?」 そう、それは結婚式場のコマーシャル。 「ねぇプラス?」 ウエディング・ドレスを着て出演することになったラピス。 「女の子が結婚する時に着る服だよ、ラピス」 無邪気に喜ぶラピスにまるで父親の心境を味わうアキト。 「じゃあ、アキトが新郎さんだね」 この仕事は新たな波瀾の幕開けに他ならなかった・・・。 銀河アイドル伝説ラピス・ラズリ〜ハッハッハッピー・ウェディング?〜 をお楽しみに!!