未来からきた天使 1.天使は突然逃げ出した 薄暗い部屋。窓が無いため日が射し込まないからか。 その部屋の隅にベットがあり、その脇には小さなトランクが置いてある。 いたってシンプルなパイプベット。その上に眠る一人の少女。 その少女は瞼をゆっくりと開いていく。どうやら目覚めたようだ。 ベットの上で目覚めた少女は、周りの雰囲気がいつもと違う事に気がつき、琥珀にも似た色の瞳で辺りを見回す。 確かに寝たときは自分の部屋だったはず。なのに目覚めたらあまりに殺風景な部屋。 「あたし、なんでこんな所にいるのぉ〜〜」 起きたばかりも関わらず彼女は大声で叫んだ。 その部屋では一人の女性が椅子に座り、目の前に浮かぶスクリーンと向かい合っていた。 スクリーンには何やら文字が記してあり、それは恐ろしいほどの速度で流れていった。 彼女は時にそのスクリーンに触れ、新たに書き込んだりしていた。 そんな彼女の横に新たにスクリーンが明滅を繰り返しながら出現する。 それに気づいた彼女は手を止め、新たに現れたスクリーンに手で触れた。 スクリーンは明滅を止め、何かを映す。 その中にはキョロキョロと辺りを見回している先ほどの少女がいた。 「ありがとう。ジュニア」 そういうと、少女を映し出していたスクリーンは「どういたしまして」と一瞬表示して彼女の前から姿を消した。 それを確認すると彼女は部屋を出ていった。 その頃、少女はベットの脇にトランクが置いてある事に気がつき、着ていたパジャマからお気に入りのワンピースへと着替えの最中であった。 そして着替えも終わり、髪をポニーテールにまとめたところで部屋のドアが開いた。 「いきなりこんな所に誘拐するなんてひどいよ、ママ」 どうやら先ほど仕事をしていた女性はこの少女の母親であるようだ。 そして部屋へと入ってきた母親に対し、少女はいきなり批難した。 それにしても誘拐とはちょと物騒な物言いであろう。 「誘拐ではありません。出発の時間はすでに伝えていた筈です。時間になっても起きないあなたがいけないのです。」 どうやら家で寝ている娘を連れてきたようだ。まあ少女にしてみれば誘拐も同然なのだろうが。 「あたし、行くなんて一言もいってないよ。それにあたしはオペレータはしたくないって言ったじゃない!」 「どうしてです?」 だが少女はその問いに答える事は出来なかった。 そのまま無言の時が続くと思われたとき、母親の前に再びスクリーンが浮かびあがった。 そこには、「各設備の最終確認および必要物資の搬入を終了」とあった。 それを見た彼女は、スクリーンを娘のほうへ向けた。 「見ての通りです。ここからはあなたの力が必要です。ブリッジへ行きましょう。」 淡々と話す母親。いつもこういう感じなのだろうか。 そんな言葉を聞き俯いていた少女は顔を上げた。そして・・。 「ぜった〜〜〜い、いっやっ」 舌を出して口を指で左右に拡げている。いわゆるアッカンベーである。 そんな娘をみて母親は軽くため息を一つして、彼女を諭す。 「ここからでは家には帰れないのですから、あきらめてください。」 だが少女は自分の胸のペンダントを取り出すと握り締めた。 「まさか!」 母親は娘の持つものに驚きを隠せなかった。 ペンダントのヘッドには宝石だろうか、ちいさな石が嵌め込まれている。 少女に握られたのと同時に、うっすらと輝き出すペンダント・ヘッド。 「待って!ヒスイ」 はっとして、娘『ヒスイ』を呼び止める。しかし彼女は光につつまれ、次の瞬間姿を消した。 「ヒスイ・・・」 後に残された母親はそっとため息をつき、娘の名を呟いた。 2.天使は突然降ってくる 数多の星に囲まれた空間を進む一隻の船。 起動戦艦ナデシコ。 戦艦であるこの船が、その能力を発揮する必要が無くなりどれほどの時が流れただろう。 世界は平和になり、いまやナデシコの任務は見回りぐらいとなっていた。 たまに出没する宇宙海賊を相手にする事もあるが、それは本当に希な事であった。 そしてその日のナデシコも平和であった。 だが、いくら平和とはいってもブリッジには最低一人はいなければならないので交代で見張りについていた。 この時はコック兼エステバリスのパイロットであるテンカワ・アキトがブリッジにいた。 見張りといっても特にする事はないので、彼は本を読んでいた。 彼が熱心に読んでいる本は、前世紀に流行した父親と不仲の息子が究極のメニューというものを創造するため奮闘する姿を描いた本である。 そんな彼の頭上が急に光り始めた。ぼんやりとしたその光は周囲を照らし出す。 だが本に感動し、涙を流しながら読んでいた彼はそのことに気がついてはいない。 そうするうちに彼の頭上の光はだんだんに弱まり、完全に消えるとその後には一人の少女が出現した。 当然少女は重力に引かれ、落ちた。 「きゃっ」 「うぉっ」 そしてその少女が真下にいたアキトの腕の中に落ちたのと、突如出現した少女を侵入者と判断した思兼が艦内に警報をだすのはほぼ同時であった。 「どうしたの!アキト」 「どうした、テンカワ!!」 「なにがありましたか」 そんな声と同時にアキトの周囲に幾つものスクリーンが現れる。 そのスクリーンには艦長のミスマル・ユリカ、エステバリスパイロットであるスバル・リョーコ、そして管理者のプロスペクター。 その他、主だったクルーが映っていた。 そして警報を聞きいた一同がそこで見たものは。 見知らぬ少女をその腕の中に抱きかかえたテンカワ・アキトの姿だった。 「えっ・・え〜〜〜〜〜〜」 これがひさしぶりにナデシコに起きた事件の発端であった。 3.天使はすべて打ち倒す 突如ナデシコ艦内にあらわれた少女。 翡翠の色をした髪をポニーテールにまとめ、すらっと伸びた腕をアキトの首にまわし、真っ白なワンピースに包まれた少女。 「えっと・・・君は・」 「パパ?」 「えっ?」 彼女は目の前にいるアキトを見つめたままそっとつぶやいた。間抜けな返事をするアキト。 「パパ!!」 そして強く抱きしめ彼の胸に顔を埋めた。 アキトはあまりのことにボーゼンとなる。 「なにをしているんです。テンカワさん」 ナデシコの最年少クルーでありながらオペレータという要職につくホシノ・ルリが皆を代表して質問する。 ちょと怒ったような響きが含まれている。 「いや・・あの」 質問された当人は何が起きたのかいまだ把握できていなかった。 「アキト!その子アキトのことパパっていった!!」 「そうだテンカワ!説明してもらおうじゃねえか!」 プロスペクターと操舵士のハルカ・ミナトに抑えられていたユリカとリョーコは制止を振り切り、いまだ呆然としている彼に詰め寄った。 「・・・・」 しかし、問い詰められた本人はいまだショックから抜けきらないようだ。 見知らぬ少女がいきなり頭上から落ちてきて、その上抱きつかれパパと呼ばれたのだから、それもいたしかたのないことであろう。 「で、そちらのお嬢さん。あなたは一体何者ですか?」 そんなアキトを見て、埒があかないと判断したプロスペクターは少女のほうに質問を始めた。 その問いを耳にし、埋めていた顔を上げた少女。そして自己紹介を始める。 「あたしはヒスイ。テンカワ・ヒスイです」 「先ほどテンカワ君の娘と言われましたが?」 質問を続けるプロスペクター。 彼女はボソン・ジャンプでここに現れた。そして彼女はテンカワ・アキトをパパと呼んだ。 もしそれらが本当であるなら彼女は未来からきた・・ 「そうです、あたしはテンカワ・アキトの娘です。」 「!!」 プロスペクターは驚きのあまり声がでない。 ジャンパーとしての能力は受け継がれる? もしもそうなら、いずれ世界は・・。 そんなプロスペクターをよそに、他のクルーはヒスイに話し掛けている。 そのなかミナトは、ある事に気づく。 ヒスイと名乗る少女は、自分のよく知る少女によく似ていた。 そして、その疑問を口にする。 「ねえ、ヒスイちゃんていったっけ?ヒスイちゃんのお母さんてホシノ・ルリって名前?」 あっけにとられるルリ。いやルリだけではない。その他のクルーも同様だ。 確かに突如あらわれた少女はルリによく似ていた。 しかし誰もアキトの娘という事に気をとられていて、そのことには気がつかなかった。 水をうったように辺りはシンと静まる。 「ちがいます。」 きっぱりと断言する少女。 ほっと、安心のため息が周囲から漏れる。 だが先の戦争を生き抜いたナデシコ・クルーは、今まさに最後を迎えようとしていた。 「ちがいます。あたしのママはテンカワ・ルリです。」 少女の口から紡ぎだされた言葉は、並み居るクルーを撃破した。 バタバタと倒れるナデシコの面々。 「バカばっか」 そう呟いたルリもいつも通り冷静ではいられなかった。 4.天使は機嫌を悪くする 突如ナデシコを現れた少女。その少女の話した衝撃の事実にユリカ、リョーコ以下ほとんどのクルーが倒れ医務室でイネスの治療を受けている。 そして話題の少女ヒスイは今父親であるアキトと食堂にいた。 一通りの事情を話した彼女は、未来に帰るためのC・Cを調達するまでアキトの保護下の元ナデシコ艦内を自由に動き回れるようになっていた。 過去にジャンプした事を知った彼女だが、あまり動じた様子はなくアキトの作ってくれた料理を食べていた。 「ごちそうさまでした。やっぱりパパの料理は最高だね。」 「あっ・・ありがとう。」 にこやかに話すヒスイにパパと呼ばれ戸惑うアキトはぎこちなく礼をのべる。 そんな2人の後ろのほうではミナトとルリがなにやら話していた。 「ねぇ、ルリルリ。ヒスイちゃんと会話しないの?」 「・・・なぜですか?」 「なぜって、未来のルリルリの娘でしょ?なにか話したい事無いの?」 そのまま黙り込むルリ。 未来というものを考えた事の無い少女にとって、自分によく似た少女の出現は困惑をもたらした。 私とテンカワさんの子供。 子供がいるという事は結婚をしていて、そして・・・家庭を築いている。 そういう未来を思い描けない彼女はアキト以上に戸惑ってた。 「とにかく、行ってみましょうよ。ねっルリルリ。」 そんな彼女の葛藤をよそに手を引いて行くミナト。そして彼女達は、アキトとヒスイの前にやってきた。 「ヒスイちゃん、はじめまして。私ハルカ・ミナトっていいます。」 「はじめまして。」 丁寧に挨拶をするミナト。 ヒスイはミナトへ顔を向けにこやかに挨拶する。 しかし隣にいるルリの存在に気づくと彼女は顔を曇らせ俯いた。 そんな様子に一瞬ミナトは戸惑うが、続けてルリを紹介する。 「そしてこちらがホシノ・ルリ。ヒスイちゃんの時代ではテンカワ・ルリだけどね。」 「ミ、ミナトさん。」 珍しく顔を赤らめ俯いてしまうルリ。 同様にアキトも明後日の方を向いている。 そんな様子をやさしくみつめながら微笑んでいるミナト。 だがそんな微笑ましい雰囲気は一瞬で消えてしまった。 「パパ、部屋に帰りましょ」 ヒスイはいきなり立ち上がりアキトの腕を引いた。 アキトは困った顔をしながら、ヒスイとルリを交互に見ていたが、ヒスイに腕を引かれるまま食堂を出ていってしまった 後に残された2人は、無言のままその後ろ姿を見つめていた。 5.天使はすべてを打ち明ける 誰もいないナデシコの通路を歩く2人。アキトとヒスイである。 2人は食堂を出てから黙々とアキトの部屋に向かい歩いていた。 「どうしたんだい?ヒスイちゃん」 アキトは自分の腕につかまっている少女に声をかけた。 「・・なんでもないよ。パパ」 ビックと一瞬ふるえたヒスイは、彼女には似つかわしくない沈んだ声で答えた。 「ヒスイちゃんは、ルリちゃ・・・・ママと何かあったのかな?」 アキトは言い難そうに質問をする。 だがヒスイはそれには答えず俯いたままだった。 困ったアキトが声を掛けようとしたとき、ヒスイが口を開いた。 「パパ・・ママってどんな人?」 真剣な面持ちでアキトにそう尋ねるヒスイ。 「えっと、ルリちゃんは・・その・・」 アキトはその問いになんと答えてよいのか分からず言葉を濁す。 そんなアキトをヒスイはじっと見ていた。 その視線に気がついたアキトは、そのまま黙ってしまう。 「パパ。見ていて。」 ヒスイはそういって自分の手の甲をアキトに見せる。 そうして瞼を閉じたとたんに輝き出す手の甲。そこに浮かび上がる紋様はルリのものに酷似していた。 それだけではなかった。ヒスイの髪までもが発光しはじめた。 髪全体ではない。一部の髪が輪を描くように光り輝いていた。 その姿はまるで宗教画に出てくる天使のようであった。 「IFS・・・」 ヒスイは閉じていた瞼を開くと輝きは失われ、紋様も消えた。 「あたし・・生まれつきなのよ、パパ」 「えっ」 突然のヒスイの告白に驚くアキト。 それもそうだろう。通常IFSは後天的なもので、生まれつきIFSであることはない。 母体のナノマシンが子供に受け継がれることはないのだから。 そう思った瞬間、アキトは気づいた事があった。 彼女の母親であるルリはIFSを強化するため遺伝子レベルからの操作を受けている。 そして、そうした人の子供がどのような事になるのかは判明していない。 なぜならそうした強化体質の最初の例がホシノ・ルリなのだから。 「紋様が普通じゃ見えないから判らないけど、たしかにあたしの体の中にはママからもらったナノマシンがあるの。」 「みんなは言うの、あたしの事を。電子の妖精の再来だって」 「でもそれはあたしじゃない。だれでもいいんだ、ママの子なら」 つぶやくように言うヒスイ。アキトはじっと、次の言葉を待つ。 「あたしはママの代わりじゃない!あたしはママじゃない。」 「ヒスイちゃん」 彼女の心の内を聞き、何か気の利いた言葉を掛けようとするが、彼女の名前しか呼べなかった。 そんな不器用な彼の声を聞き、ヒスイは彼の胸に飛び込んだ。 アキトは自分の胸に顔を埋めすすり泣く少女を抱きしめる事しか出来なかった。 6.天使の想いを知る妖精 「ねぇルリルリ。機嫌なおしてよぉ」 「別に私、不機嫌じゃありません」 「るりるりぃ」 だがルリは明らかに不機嫌な様子でむすっとしていた。 あの後に残されたルリは少しの間、2人の出ていった空間を見詰めていたが、気を取り直すと無言のまま食堂を出ていった。 その後ろ姿にいつもとは違う何かを感じ、ミナトはルリの後についていった。 ルリは心の奥から湧いてくるかのような自分の感情に戸惑っていた。 確かに何を話してよいのかわからなかった。 自分が彼女の母親だと言われても自覚はあるはずも無かったが、まさか拒絶されるとは思ってもいなかった。 そんな思いが彼女をさらに落ち込ませていった。そして生まれて初めての感情をもてあましていた。 それを何と呼ぶかも解らずに。 「あら、テンカワ君」 そういうミナトに反応し顔を上げるルリ。たしかにそこには少し前に出ていったテンカワ・アキトの姿があった。 「ちょといいかな?ルリちゃん。」 申し訳なさそうに頼むアキト。そんなアキトに先ほどの出来事を思い出し、さらに落ち込むルリ。 「ええ。かまいません。何のご用でしょうか?」 いつも通りに答えたルリ。だがそこに含まれる寂しさはごまかせなかっただろう。 「じゃ私は部屋に戻るわね」 そういって2人を後に歩き始めるくミナト。 ルリが救いを求めるような眼差しで見つめるがウインクひとつ返しただけだった。 アキトとルリはバーチャル・ルームにいた。 ここは使用者の希望の環境を演出でき、かつ緊急時以外他人の割り込みが排除できるので、こういう場合もってこいの場所といえる。 二人はいま草原の真ん中に座っていた。どこからか水の流れる音が聞こえてくる。 これはルリの希望である。唯一彼女の記憶にあった風景である。 しばらくじっとしていて、吹いてくる風と辺り一面に漂う草花の香りに身を預けていた。 ルリは横にいるアキトに一瞬目を向け、ふたたび前を見ながらしゃべりはじめた。 「私、彼女に嫌われているんですか?」 ホシノ・ルリとしてではない。未来の母親としてのルリについてのことである。 アキトはルリに視線をうつしながら答えた。 「そんなことはないよ。ルリちゃん」 「でも、話もしてくれませんでした」 ルリとても悲しそうに言う。 そんなルリを気遣うようにアキトは、 「彼女は、ヒスイちゃんはルリちゃんを嫌ってなんかいないよ。ちょといじけてるだけなんだ」 「いじけてる?」 俯いていた顔を上げ、自分を見詰めるアキトと視線をあわすルリ。 そのまっすぐな視線に恥ずかしくなり慌ててあさってのほうを向く。 そんなルリをみながら、ちょとおかしそうに微笑むアキトは言葉を続ける。 「ヒスイちゃんは母親似だからルリちゃん並みのIFS能力を持っているみたいなんだ。 それでそのIFSの能力をかわれ次世代オモイカネのオペレータになるらしい」 「次世代のオモイカネ・・」 感慨ぶかげに呟くルリ。 自分の友達でもあるオモイカネ。そのオモイカネの後継機を娘がオペレートする。 そのことに不思議な想いを抱いた。 「でもヒスイちゃんはそのことで悩んでいるみたいなんだ。」 「どうしてです?」 「そのことで、いやその前から母親と比較され続けられたらしいんだ。」 「えっ!」 「それで自分を見失ってしまった。」 驚愕に目を開き、アキトを見るルリ。 自分の境遇を思い返す。 IFSとしての能力を最大限に引き出すために創りだされた自分。 生まれた瞬間からすべてが決定付けられていた。 そして周囲の期待通りの性能を発揮した私は最高傑作、電子の妖精などと呼ばれた。 だがそんなものに意味はなかった。ナデシコにくるまでは。 与えられた仕事を淡々とするだけの存在でしかなかった。あなたに逢うまでは。 「そして新型のナデシコの進宙式を前に逃げ出した。」 そう言ってアキトはルリから瞳を外し、前の風景をぼんやりと眺め始めた。 ルリは顔を自分の膝の上に置きしばらく考え込んでいたが、急に立ち上がった。 「テンカワさん、彼女に会わせてください。」 何かを決意した表情のルリを見てアキトは柔らかく微笑むと、大きく頷いた。 7.天使は妖精に叩かれる バーチャル・ルームを出たルリはアキトの部屋へと向かっていた。 アキトはというと、C・Cを受け取りにプロスペクターの元に行っていた。 部屋の前までくるとルリはちょと考えたがドアをあけた。 「オモイカネ、お願い。」 シュッと小気味よい音をたてドアが開く。 「パパ?」 部屋の奥からヒスイの声が聞こえてくる。ちょと不安そうなその声 を聞きルリは彼女に話しかける。 「ルリです。」 「ママ!」 ヒスイはルリの姿を見とめると、プィッと踵を返した。 「何しにきたの。」 質問というよりは詰問のような口調で問うヒスイ。 そんなヒスイの後ろ姿をみながらルリは話を続ける。 「話はテンカワさんから聞きました。」 「パパから。」 その言葉に振り返りルリと見詰め合うヒスイ。 自分の瞳と同じ色の瞳にみつめられ、はっとするルリ。 未来の私の可能性。そんな思いが頭を過ぎる。 そんなルリに吐くような言葉を掛けるヒスイ。 「ママの方が優秀なのは分かってるわよ!あたしは所詮ママの出来損ないでしかないもの!」 「!!」 パッーーーン!! 乾いた音が部屋中に響く。 ルリの平手がヒスイの頬を打った。 感情的な行動。日頃ルリがもっとも嫌う行為であった。 だがルリはそんな行為を微塵も後悔していなかった。 「そんなことは言わないで下さい。」 「ママに何がわかるのよ。何にも、何もわからないくせに。」 気持ちが高ぶりすでに泣き顔のヒスイ。 そんなヒスイをやさしく抱きしめるルリ。 年のあまり変わらない少女を胸におさめたルリはそっと語り掛ける。 「あなたの気持ち判る気がします。」 涙ぐみながらルリを見詰めるヒスイ。 「私はIFSのためだけに生み出された存在です。でもそんな私でも好きになってくれた人がいます。」 「パパ?」 その問いにルリは、ほんの少し顔を赤らめた。 「それにオモイカネやこの船のみんなも好きだといってくれました。」 「でもあたしはあたしが嫌い。ママの代わりをできないから。」 悲しそうに、本当に悲しそうにつぶやくヒスイ。 「ですから駄目なのです。」 「!でも、一所懸命がんばってもママに追いつけない。」 否定され、恐くなり強い口調で言うヒスイ。 そんなヒスイを宥めるように、ルリは彼女の頭を撫でてあげた。 「違います。その事ではありません。あなたはまず自分を好きになってください。」 「自分を好きに?」 ヒスイは確かめるようにルリに、母に問う。 「そうすれば、きっとあなたは今よりもっと、私よりもずっと、強くなれます。だってあなたは、わ・・・わ、私の娘です。」 「ママ」 ふたたび涙を流し始めるヒスイ。だが今度は悲しみのためではない。 嬉しさのために泣いているのだから。 時を超えた親子はしばらくそのまま抱き合っていた。 そんな2人の様子をオモイカネに頼み覗いていたアキトは、自室のドアを開け入ってきた。 それに気づいたルリとヒスイはバツがわるそうに抱擁をといた。 「C・Cをもらってきたよ。ヒスイちゃん」 そういって手に持っていたC・Cをヒスイに渡す。 「ありがとう。パパ」 にっこり微笑むとそれを受け取る。 そしてペコリと頭をさげ挨拶をはじめる。 「どうもご迷惑おかけしました。あたしはもう帰ります。」 輝きにつつまれるヒスイ。手にしたC・Cが光り出す。 アキトとルリは別れの挨拶をしようとして口を開いたときヒスイが先に話し始めた。 「ありがとう、パパ、ママ。」 そう言い残し彼女は消えていった。 残された2人は彼女の消えた後をしばらく見詰めていた。 どのくらいそうしていただろうか。アキトはルリに視線を落とし話し掛けた。 「ご飯でも食べに行こうか、ルリちゃん?」 その言葉にルリはそっとアキトを見詰めた。 そのまっすぐな眼差しにドキリとするアキト。 そんな彼の動揺をよそにルリは。 「そうですね、私はラーメンを頂きます。」 「よし。まかせとけ。腕によりをかけて作ってあげるよ。」 「期待しています。」 2人は部屋を出ていった。 ドアが閉まる瞬間ルリは振り返り部屋の中を見た。 だがそこには自分をママと呼ぶ少女はもういなかった。 そして閉まるドア。 「ルリちゃん?」 じっとドアを見詰めていたルリに声をかけるアキト。 ハッとしてアキトへ走りよるルリ。照れくさいのをごまかすため、アキトに話し掛ける。 「テンカワさん。覗きとはいい趣味ではありませんよ?」 そんなことを言うルリに、アキトはお返しとばかりに言葉を返す。 「ルリちゃんは、いいお母さんになるね。」 「・・・バカ・・」 ルリには顔を真っ赤にしてそれだけを言うのが精一杯だった。 そしてそのまま2人は食堂へと歩いていった。 8.天使は家に帰ってくる 「アキトさん」 不安げな声で夫の名を呼ぶルリ。 「僕達の娘だよ。大丈夫さ、ルリ」 ここはルリに与えられた部屋。 飾りのあまりない部屋だが、テーブルの上に一つフォトスタンドが乗っている。 その中には彼女が手に入れた大事なものが写っていた。 彼女と彼女の夫、そして子供たち。 過去を持たない彼女が夢見た未来、そして現在。 家族という一枚の写真がそこにはあった。 「きっと帰ってくるさ。」 根拠はなにもない。だがそんな彼の言葉に何度勇気付けられたことだろう。 画面の向こうではアキトは微笑みながらルリを見つめていた。 ルリはその微笑みをみて、気持ちが昂ぶったのかその美しい瞳に涙を浮かべた。 「ああ。ほらルリ泣かないで。」 アキトは妻の涙を見て慌てはじめた。 そんな夫の様子が可笑しかったのかルリは泣きながらも笑みを顔に浮かべた。 彼女が感情をあらわにするのは夫の、アキトの前だけである。 いや、なぜか彼の前では簡単に笑ったり、怒ったり、そして泣いたりしてしまう。 子供たちに対してはこんなに感情を出す事はないのに。 「どうやら帰ってきたみたいだよ。」 その言葉に彼女は画面の向こうの夫を見つめた。彼はたとえようのない笑みを浮かべルリの後ろを指差した。 後ろを振り返るルリ。彼女がそこに見たものはぼんやりとした光に包まれた、彼女の娘だった。 「ただいま、ママ」 ヒスイはルリへとてもきれいな笑顔でそう言った。 「お帰りなさい。ヒスイ」 ヒスイを自分の胸元に引き寄せ抱き締めるルリ。今まで見せたことのない、あふれる涙を拭いもせずに。 その感触に、ついさきほど別れた過去のルリの抱擁を思い出し、ヒスイはうっすらと涙を浮かべた。 「ママ、あたしオペレータになるね。」 ルリだけに聞こえるように、まるで囁くようにヒスイは言った。 「いいの、もう無理にはすすめないから。」 ルリはヒスイの髪を手で梳きながら静かに言う。 「ママ、ううん、テンカワ艦長。あたし、私テンカワ・ヒスイはただいまよりナモイカネJr.のオペレータとしての任務に就かせていただきます。」 娘を力強く抱き締め、ルリは何度も頷いた。 そんな母子をスクリーン越しにアキトはいつまでも見詰めていた。 Fin 後書き 作者の”赤城しぐれ”です。 この話はアキトとルリの子供がいたら、ということから書き始めたものです。 そのため本編とは舞台設定が大きく異なり、大変分かりにくいところがあると思いますがご容赦ください。 そして、この物語を最後まで読んでくださいました皆様、大変ありがとうございます。 また皆様に読んで頂けるような物語を作っていきたいと思います。