花咲く頃に ナデシコのブリッジ。 自席に座り、読書をしていたハルカ・ミナトは、自分に向けられている視線を感じ、本から目を離した。 そして視線の方へ目を向けるとそこには、ちょこんとイスに腰かけ、こちらを見つめる、青色の髪と琥珀の瞳を持つ少女がいた。 ナデシコは通常、二人が一組となりブリッジに待機している。 この時ブリッジに待機していたのは、ミナトとホシノ・ルリだった。 「どうしたの、ルリルリ?私の顔に何かついてる?」 いつもなら、暇つぶしにゲームをしているルリが、自分を見つめていた事に戸惑うミナト。何ごとかと訊ねる。 「女の人って、どうしてお化粧をするんですか?」 ルリは唐突に質問する。 ミナトは、「ふーん・・ルリルリも、そういう事に興味を持ち出したのね」と思いながら、 「そうね。やっぱり、キレイになりたいからかな」 そう言ってルリを見つめる。 ルリは、そんなミナトの視線から逃げるように顔をふせ、しばらく考えこんでいた。 そして思い直したように再び顔を上げ、まっすぐミナトを見て言った。 「私も・・お化粧すれば、綺麗になれるのでしょうか?」 そのあまりに真剣な表情を見て、ミナトは言葉を失う。 「ルリルリも、こんな顔をするようになったのね・・・」 感慨深く、心の中で呟くミナト。 「そうね、ルリルリなら・・・・」 「お勤め、お疲れ様です。交代の時間ですよ」 そんな二人に突如、声がかかる。 見ると、通信仕のメグミ・レイナードと艦長のミスマル・ユリカの二人が、ブリッジに入ってきた。 ブリッジに入ってきた二人を見てルリは、気まずくなったのか、 「ミナトさん、変なこと聞いてすいませんでした」 と言って、ブリッジから出ていってしまった。 「待って!ルリルリ」 ミナトは慌てて呼び止めようとする。 「何かあったんですか?」 「たいした事じゃ無いのよ」 ミナトはメグミにそう言い、ルリの後を追った。 1. 「はい、ルリルリ、目を閉じて」 言われるまま、大人しく目を閉じるルリ。 ここはミナトの部屋。その部屋にある化粧台のイスに、ルリは座っていた。 そのルリの前に、立て膝でいるミナト。手には化粧道具を持っている。 あの後、ミナトはルリを捕まえ、自分の部屋へと引っ張ってきた。 そして、ルリに化粧を施していた。 ルリは、見たこともなく、使い方も知らない化粧品に圧倒されていて、ミナトの言うことをおとなしく聞いていた。 顔に薄く伸ばされる、液体。その上を何か柔らかいもので、軽く叩かれる。 やたら鼻につく匂いがしてくるが、じっと耐えていた。 睫に何か当たっている。次に瞼の上にも当たった。 ちょとくすぐったい。 唇に感じる冷たい感触。それはすっと、左右に走る。 「はい、出来上がり」 口紅を引き終えたミナトは、ルリを改めて見た。 「うん、上出来!!」 ミナトは自分の仕事に感嘆した。 色白な肌に、うっすらと色をつけ明るい感じに仕上げた。日頃、はかない印象をうける少女は、それだけでより健康的に見えた。 神秘的な瞳は、飾る長い睫と同様、その上の瞼のシャドウとともに、より深みを増していた。 愛らしい唇には、うすい桜の色をした紅がさしてあり、口元を飾っていた。 軽く化粧を施された少女は、妖精の名にふさわしい容貌をしていた。 ルリはバチッと、閉じていた瞳を開いた。 そして正面の鏡に映る自分をみる。 「キレイよ、ルリルリ」 「・・・ありがとうございます」 ルリはジッと、鏡の中の自分を見つめている。 その鏡の隅に映るミナトをちらりと見て、礼をのべる。 ミナトは、そんなルリを見て柔らかく微笑んでいた。 「それではお披露目に行きましょう、ルリルリ」 ミナトはルリを立たせて手を引いた。 ルリは、何故か大人しくついていった。 ミナトは、照れたように俯くルリの手を引きながら、少女の想い人が待つ食堂へと歩いて行った。 2. ナデシコの食堂は、料理長のホウメイ。ホウメイ・ガールズと呼ばれる五人娘、サユリ、ミカコ、エリ、ハルミ、ジュンコ。 そして、エステバリス・パイロットと兼務する、テンカワ・アキトにより運営されている。 そこいらのレストランよりも、品数豊富で味も良いこの食堂は、ナデシコクルーの憩いの場ともなっていた。 この時も、整備班長ウリバタケ・セイヤを筆頭に整備班の人たちが談笑していた。 そんな人たちに、お茶を出すホウメイ・ガールズ。 こんなところも、ここが憩いの場と化す理由であろう。 その中にミナトとルリは入ってきた。 ミナトはざわめく食堂を見回すと、スゥッと一呼吸して、 「ジャーン!皆様、こちらに御注目下さい!!」 と言い、背後に隠ているルリを、自分の前に立たせる。 その凛と良く通るミナトの声に、食堂にいた人は何事かと注目する。 みんなの視線が集まる中、ルリはモジモジしながら、ミナトの前に立ち顔を上げた。 「キャー!!ルリちゃん可愛いー!!!」 「本当!どうしたの?」 最初にホウメイ・ガールズが気がつき、声を上げる。 「一体なにがあったんだ?」 訳が分からないウリバタケは訊ねる。 「ウリバタケさん。ルリちゃん、メイクアップしているんですよ」 改めてルリを見るウリバタケ。 そんな視線にルリは、再び俯いてしまう。 「へぇー。よく似合っているじゃねえか」 「でしょう?」 ミナトは自分の事のように胸をはる。 いつのまにか、ルリの周りには人垣ができていた。 ちょっと戸惑うルリだったが、その顔は嬉しそうだった。 厨房の中で、仕込みをしていたホウメイとアキトは、外が騒がしい事に気付きお互い顔を見合わせた。 「何か、あったんですかね?」 アキトはホウメイに尋ねたが、ホウメイは「さぁね」と言って、外の様子を伺っていた。 ナデシコではしょっちゅう問題が発生する。今回も何かやらかしたのだろう。 そう思い、ホウメイは手を休め、厨房を後にする。アキトも慌てて後を追った。 ミナトは、人垣から少し距離をおき、辺りを見回していた。 「肝心のテンカワ君はどこかしら?」 そう思いながら厨房の方に目を向けると、ホウメイの後ろにいるアキトを見つけた。 「テンカワ君!ちょうどよかったわ。こっちに来てみてよ」 そんなミナトの言葉を聞き、ルリは自分の心臓の動きが速くなるのを感じた。 周りから話しかけられるが、もう耳に入ってはこなかった。 「一体どうしたんです?」 呼ばれるまま、ミナトの側に歩み寄るアキト。 「みなさん、ルリルリを通してあげて下さい!!・・・お姫様の登場です、王子様」 すると、ルリを囲んでいた人垣が割れ、その中からルリは静かに歩いてきた。 頬をうっすらと染め、照れからか、服のスソをギュッと掴んでいる。 ゆっくりと、静かに、アキトへ向かって歩いていく。 今まで見た事の無い少女の様子に、辺一面まるで水を打ったように静まり返る。 ルリはアキトの前までくると、出来るだけ平静を装い、アキトと視線を合わせる。 「あっルリちゃん、お化粧したんだね・・・可愛いよ」 アキトは、ルリの変化に素早く気がつく。 気がついてくれたことに、うれしそうに、微妙に頬を染めるルリ。 「よかったね、ルリルリ」 ミナトは心の中で呟く。 「でも俺としては、いつものルリちゃんの方が良いな」 そのアキトの一言にルリは俯いてしまう。照れからでは無く、失望から。 みんなの視線がアキトに集中する。その視線は、とても好意的とは言えなかった。 「どうしたの?みんな」 後ずさりながら、アキトは誰ともなく尋ねる。 ルリは、先ほどまでの幸福感は微塵もなくなっていた。 「私の・・バカ・・」 ぼそりと、消え入るような声で呟く。 「ルリルリ・・」 そんなルリを見かねたのか、ミナトは声をかける。 「・・・・って意味ないんですね」 ルリは一言ポツリとつぶやくと、脱兎のごとく食堂から逃げ出した。 「テ・ン・カ・ワ!!!」 一気にアキトにつめよる整備班。 そのあまりの迫力に、アキトは壁際にまで追い詰められる。額には汗が浮いている。 整備班がアキトに飛び掛かろうとしたその時、 「ちょいと待ちなよ」 ホウメイは、待ったをかける。 さすがの整備班も、ホウメイには逆らえないのか動きをとめる。 「テンカワ、なぜルリっ子が出ていったのかわかるか?」 いつもの優しい、だが真剣な眼差しで訊ねる。 だがアキトは、答えることが出来ない。 そんなアキトを見てホウメイは、フッとため息をつき、物わかりの悪い息子を諭すように言う。 「テンカワ。三日休みをやるから、あとは自分でしっかりと、考えるんだね」 そして厨房に戻ろうとして、思い出したように振り返った。 「おっと、そうそう・・ウリバタケさん、後はすきにしてくれていいよ」 アキトには、そのまま厨房へ消えていくホウメイの姿が悪魔のように見えた。 その悪魔の使いは、彼の目の前に迫っていた。 その中ミナトは、追い詰められているアキトを一瞥して、食堂を後にした。 通路にでると、ルリの部屋に向かって走り出す。 「今日はルリルリを追い掛けてばかりね」 食堂の方から、アキトの悲鳴が聞こえてきたが、今のミナトにはたいした問題ではなかった。 3. ミナトはルリの部屋の前までくると、呼び鈴を押す。 しかし、やっぱりと言うか、中からルリの出てくる様子はなかった。 「ルリルリ・・・」 心の中で呟くミナト。 目の前のドアが、この中にいる少女の、心のように感じた。 プシュー 突然ドアが開いた。 いきなりのことに驚くミナトの側に、スクリーンが現れる。 「オモイカネ!」 ドアは、オモイカネが開けてくれたのだろう。 スクリーンには、「ルリをお願いします」と映し出されていた。 「ありがとう、オモイカネ」 その言葉がオモイカネに伝わったか、IFSを持たないミナトには分からないが、お礼を言わずにはいられなかった。 「ルリルリ?」 部屋に入ったミナトは、ルリの名を呼んだ。 答えがなかったので、耳をすますと、浴室の方から水音が聞こえてきた。 「ルリルリ!!」 浴室のドアを開けると、洗面所で顔を洗うルリの姿があった。 何かに取り憑かれたように、顔を洗うルリ。辺一面、水浸しになっていた。 声をかけても、こちらを向こうとしないルリの肩を掴むミナト。 そのままこちらに向け、ルリの表情を見て、ミナトは息をのんだ。 「泣いているの?ルリルリ」 すっかり化粧は落ちてしまい、服は水に濡れていた。 そして、琥珀にも似た色の瞳は、赤く充血していた。 ルリは、ミナトの問には答えず、逃げるように顔を背けた。 「ルリルリ。あなた・・・」 ミナトは、少女が淡い想いをよせる青年が、この時ばかりは恨めしいと思った。 4. 「さあ、もう寝ましょう」 あの後ミナトは、びしょ濡れのルリをお風呂に入れ、その間に自分の部屋に戻り、着替えを持ってきた。 そして、ルリに続きお風呂に入った。 今は、ルリのベットの上で、ミナトとルリは一緒に横になっていた。 シングルペットだが、ルリはあまり大きくはないので、二人でも寄り添えば十分だった。 ミナトはルリを胸の中に抱いている。ルリは顔を見られたくないのか、ミナトに背を向けていた。 ルリは先程から一言も発していない。当然、ミナトも口数が少なくなる。 そんなミナトは、ルリの名前通りの色をした髪を、優しく撫でていた。 「・・お化粧って・・・意味無いんですね」 どのくらい時間がたったのだろう。ルリは呟いた。 「私、お化粧しても、キレイになれないんですね」 「そんな事ないわよ、ルリルリ。だって、みんなキレイって言ってくれたじゃない」 ミナトは言いながら、そんな言葉が慰めにならないことを知っていた。 ルリがキレイだと言って欲しい人は、唯一人だけだったのだから。 「もう・・いいです」 自分の腕の中で震える少女。ミナトにはルリが泣いているのが分かった。 「なんて、なんて悲しい泣き方をするのだろう」、とミナトは思う。 声をあげずに泣く少女。この少女に、ここまで悲しい思いをさせる青年に、怒りを覚える。 「テンカワ君、あなたは・・・!!」 だが、ミナトは不意に気付いたことがあった。 あの青年は、アキトはいつものルリが良いと言った。もしかすると、それは・・・・。 ミナトは先程までの怒りが、急速に晴れていくのを感じた。 そうだ、あの青年はいつも、いつでもこの少女を気にかけていた。 それは、兄が妹を想う気持ち、なのかもしれない。 だがあの、不器用な青年は、自分の気持ちに気付いてないのかもしれない。 この少女をどう想っているのかに・・・ そうか、そうなのね。 ミナトはクスリと小さく笑った。 「何が、可笑しいんですか」 ルリの怒った声が聞こえたミナトは我に返った。見ると、ルリはいつの間にかこちらを見ていた。 充血した瞳に涙を浮かべながら。 ミナトは、そんなルリの涙を、細い指先で拭ってあげた。 「よかったね、ルリルリ」 「なにがですか?」 いきなりのミナトの言葉にルリは、まだ怒ったようにしている。 「恋する乙女はね、何より綺麗になれるのよ」 その言葉に目をまるくするルリ。 「女性はね、恋をすると、本当に綺麗になるのよ、ルリルリ。それこそ、お化粧なんかするよりも、もっと・・ずっとキレイになれるのよ」 ルリはジッとミナトを見つめ聞いている。そんなルリの瞳を覗きながら、 「テンカワ君は知っているのよ。一番キレイなルリルリをね。だってルリルリが一番キレイになれるのは、テンカワ君の前だもの」 ミナトの胸に顔を埋めるルリ。ミナトはそっと抱き締める。 「今のルリルリに、お化粧なんて必要ないのよ。だって自分の力だけで、とてもキレイになれるんだもの」 そうであってほしい。いや、きっとそうだと思う。 そして、その事をあの青年も感じていると。 フト、ルリを見ると、いつの間にか寝息をたてていた。 泣き疲れたせいかもしれない。安心したためかもしれない。 ルリは穏やかな顔で眠っていた。 少女の安らかな寝顔を見て、ミナトも小さな欠伸をした。 そして、そっと瞼を閉じると、眠りの世界へと落ちていった エピローグ その日も待機任務のため、ハルカ・ミナトはプリッジに入った。 そこには当然の様にオペレータ・シートに座る、ホシノ・ルリの姿があった。 いつもならそこで挨拶をかわすはずだったが、ルリは目の前のスクリーンを見入っていて、こちらに気付いた様子はなかった。 「ゲームにでも熱中しているのかしら?」 そんなことは無いだろうと思いながら、ミナトはルリに近付いていった。 「あら?」 ミナトは、ルリがいつもと違うことに気がついた。 ルリを飾る髪止めが、いつもの物と異なっているのだ。 赤い色をした、何の装飾もない、シンプルな髪止めが、ルリを飾っていた。 「ルリルリ、その髪止めどうしたの?」 突然声をかけられ驚き、ルリは慌ててスクリーンを消した。 そして振り返り、そこにミナトがいることに、はじめて気がついたようだった。 「あっミナトさん、おはようございます」 と言って、ペコリと頭を下げた。 ミナトもルリに「おはよう」と言った後、もう一度先程の質問をした。 「これは、その、テンカワさんから、この間のお詫びだといって貰ったものです」 消え入りそうな声で、しかし嬉しそうにルリは言う。 「よく似合っているわよ。ルリルリ」 「ありがとうございます」 ミナトは自分の席につくと、横をちらりと覗き見る。 そこには、再びスクリーンを目の前に置き、アキトから貰った時の事を思い出しているのだろうか、時に頬を染めている少女がいる。 シートの背もたれに寄り掛かりながらミナトは、「やっぱり、私のお化粧なんて必要ないわね」と思った。 ルリを飾る髪止めは、特に凝ったものではないが、ルリの髪の色と相まって、非常によく映えていた。 それはまるで、ルリの為に創られたようだった。 実際その髪止めは、ホウメイからもらった三日の休みの間、ウリバタケに教えを請いながら、アキトが創ったものだった。 ルリは、それが分かっているのだろう。 頬を髪止めに負けないくらい赤く染めながら、スクリーンに映る自分の姿を、いつまでも眺めていた。 そんな少女は、ミナトの目から見ても、一番キレイな女性に見えた。 後書き こんにちは。赤城しぐれです。 今回の物語は、映画でルリの髪止めがテレビと違っていましたので、あの髪止めはアキトがプレゼントとたものならば、ということで書きはじめました。 この物語を最後まで読んで下さいました皆様、本当にありがとうございます。 最後になりましたが、この物語の発表の場を与えて下さいました、中田様に感謝を込めて。