緑幻想 〜前編〜 プロローグ 初夏を思わせる、強い日差しが照りつける。 だが、優しい風が、その日差しを和らげてくれる。 地平線の彼方にまで続く、緑色の海。 草原が風を受けて、波のように揺れている。 そんな草原の真ん中に、テンカワ・アキトとホシノ・ルリは佇んでいた。 ピースランド。 ここは、そう呼ばれている。 小さいが、とても豊かな国。 王制であるが、とても平和な国。 それが、ルリの両親が治める国。 そう、彼女の両親はピースランドの国王であり王妃なのである。 コンピュータを父と母だと思っていた。 そんなルリに、両親だと名乗りを上げた人。 ルリは、アキトと共にエステバリスで、父と母に会いに来ていた。 その途中、草原で休憩をしていたのだ。 「ルリちゃん、もう行こうか。国王様が心配するよ」 吹く風が、ルリの髪を揺らす。 その風に乗り、いい香りがアキトの鼻孔をくすぐる。 「テンカワさん、私、どうすれば良いのでしょうか?どんな顔で会えば良いのでしょうか?」 不安、なのだろう。ルリはずっと、そのことばかりを考えていた。 「いつものルリちゃんでいればいいと思う。ルリちゃんは、ルリちゃんだから」 優しい声が心に響く。 不器用に、真直ぐにしか生きられない青年の言葉は、いつも勇気づけてくれる。 ルリは、差し出されたアキトの手に、自分の小さな手を重ねた。 アキトの大きな手。 私の頭をやさしく撫でてくれる手。私の手を引いてくれる手。 私を・・未来に導いてくれる手。 「この手を離さないで下さい・・・・テンカワさん」 それは決して、口から紡がれることのない想い。 しかしその想いは、心から、溢れかえろうとしていた。 二人の乗るエステバリスは、空高く舞い上がると、ルリの両親の待つ王宮へ向け草原から、矢のように飛び去った。 1. 廊下の奥に、重厚な扉がある。 ルリ一人では開けることは出来そうにない、その扉の側には衛兵らしき人が立っている。 ルリは扉の前に立つ。それより一歩さがった所に、アキトは従者のように控えている。 ゆっくりと開いていく扉。 この奥に、私の父と母がいる。 ルリは、一歩ずつ、部屋へと進んでいった。背後にアキトのいる事を確かめながら・・・ 部屋の奥には、人陰が二つあった。 じっとルリを見つめている。 父と母・・ ルリも、二人から視線をそらすことが出来ない。 しばらく、無言の時が続く。 その沈黙を破ったのは壮年の男性、ピースランド国王であり、ルリの父親だった。 「よく戻られた・・・・我が娘よ」 落ち着いた、良く通る声。 「ずっと、夢見ていました。あなたに会える時を」 暖かい、春の日の木漏れ日のような、やさしい声。 王妃はルリに近づき、抱きしめた。 すでに感極まったのか、涙を浮かべている。 国王もすぐ側にきていた。 「・・お帰りなさい」 涙声で、王妃はルリの耳もとで囁く。 「ただいま、母・・・ただいま、父」 意識した訳で無い。自然に口をついて出た言葉。 育ててもらった記憶はない。 だが、今のルリは、自分の事を娘と呼ぶ二人を受け入れる事ができた。 思い出は、これから作ればいい。 二人の、私を想う気持ちに嘘は無いと思うから・・・ 王妃は母と呼ばれ、嬉しくなり、さらに力を込めルリを抱きしめた。 国王は、二人を包み込むように抱いていた。 しばらく部屋には、王妃の啜り泣く声が響いた。 両親か・・・よかったね、ルリちゃん。 アキトは再会を喜ぶ親子を、離れた位置から見ていた。 過去に一度は絶望をした少女は、輝く現在を手にしていた。 そのことが、アキトには自分の事のように嬉しかった。 自分はもうすでに、失った物だから。 「お恥ずかしい物をお見せして、申し訳ありません。テンカワ殿」 「いえ、そんな、俺・・私こそ、せっかくの再会に水を差してしまったようで・・・」 国王の言葉に、アキトは恐縮している。 ルリとアキトはソファーに腰かけ、国王、王妃と向かい合い、歓談をしていた。 アキトのことは、ここに来る前にすでに紹介してあったので、国王は好意的に受け入れてくれた。 気さくな国王、お淑やかな王妃の人柄も手伝い、話は随分はずんだものとなった。 日頃は口数の少ないルリも、積極的に会話に加わっていた。 ルリは、これまでの出来事を話す。 国王と王妃は、その話を時に笑い、時に心配そうに、時に考えながら、聞いていた。 アキトは少し、疎外感を、忘れていた感情を覚えたが、幸せそうにしているルリを見て、そっと微笑んだ。 「今夜、ルリとテンカワ殿の為に宴の用意をしました。どうぞ楽しんでいって下さい」 国王は、娘をルリと呼ぶようになっていた。 そして、ルリの話が一通り終えたのを見計らい、国王は二人に申し出た。 「すいません、国王様。俺、いや、私は・・・」 辞退しようとするアキトに、みなまで言わせず国王は、 「遠慮は無用だ、テンカワ殿。すべてこちらで用意してある。ルリの恩人である君を、無下にはできんよ」 と言い、アキトを制した。 断わる理由をなくしたアキトは、承諾するしかなかった。 よかった・・ 断わるかに見えたアキトが了承したのを見て、ルリはホッとしていた。 両親がいるとはいえ、見知らぬ大勢の人々の中に一人混じるのは、遠慮したいことであったからだ。 2. 開かれた窓から、沈んでいく夕日が見えた。 地平の彼方に沈み行くそれを、ルリは頬杖をつき、ばんやりと眺めていた。 両親と対面を終えた後、ルリはあてがわれた部屋にいた。 先程まで女官たちにより、髪や顔をさんざん弄られ、着せ変え人形のように扱われていたので、疲れが見える。 コン、コン 扉を叩く音が聞こえてきた。 「開いてますよ」 また女官が来たのかと思い、そっけなく言うルリ。 「失礼します。ルリ姫」 ハッとルリは声がした方に顔を向ける。 「!!・・テンカワさん、どうしたんですか、その格好は?」 「似合わないかな?」 ルリが驚くのも無理はない。 アキトは、今まで見た事の無い派手な格好をしていたのだ。 黒を基調とした服だが、金や銀の刺繍や飾りがいたるところに付けられており、とても豪奢な服だった。 「これがピースランドの正装なんだってさ」 照れたように話すアキトを、ルリはポッーとなって見ている。 なぜなら、服はアキトに似合っていたから、つまり格好よく見えたからだ。 日頃の重労働で鍛えられ、引き締まった体を包む服は、まるで誂えたよう。 そのせいか、過剰といえる装飾も嫌みが無く、品がよく感じられる。 いつもボサボサの髪もすっきりと整えられており、全体的に引き締まった印象を与えていた。 「ルリちゃん?似合ってないかな?」 その言葉にルリは我に返る。 「よ・よく似合ってますよ、テンカワさん」 まさか見とれていたとは言えない。ルリは、そう答えるのが精一杯だった。 「ルリちゃんも、良く似合っているよ。その・・・とてもキレイだよ」 珍しく気の利いたことを、アキトは照れながら言う。 頬をそめて俯いてしまうルリ。まともにアキトの顔を見れなかった。 ルリは、髪の色に合わせ、薄い青色のドレスを纏っていた。 髪型は変えられていない。髪止めは、アキトから貰ったものを使っていている。 そして薄く化粧を施していた。 化粧には良い思い出がなかったが、アキトの一言ですべて帳消しになった。 「結構、私もバカよね」 あまりに現金な自分を自嘲してみたが、心の奥から涌いてくる、不思議な気持ちを消す事は出来なかった。 3. 宴は豪勢なものだった。 テーブルの上には見た事のない料理の数々、そして酒。 いたるところに惜しげもなく、花が飾られている。 会場は数百という、王宮の人々でうめ尽くされていた。 だが、辺はシンと静まり返っていた。 「皆、聞いてくれ。今宵は我が娘、ルリがピースランドに帰還した祝いだ。皆、楽しんでくれ」 「「「おかえりなさいませ、ルリ姫様、」」」 国王の挨拶で、会場の人々はルリに、一斉に挨拶をする。 そして宴は始まった。 賑やかに、華やぐ会場。楽の音が流れる。 ルリは、両親に挟まれたイスに腰かけていた。 そんな彼女は、宴が始まる前から瞳だけ動かして、何かを探していた。 「どうした、ルリ?」 そんな娘の様子を面白そうに見ながら、国王は訊ねる。 「いえ、何でもありません・・父」 「こんな所にいつまでも座っていないで、一緒に楽しんできたらどうだ?」 国王が指差した先に、ルリは探し物を見つけた。 少し考え、父と母を横目に見る。 そして王妃が微笑むのを見てルリは、「父、母、行ってきます」と言って、階段を下り、人込みの中に消えていった。 そんな娘を笑いながら眺めていた夫に、王妃は顔を曇らせた。 「あなた・・・」 妻の呼びかけに、真面目な顔に戻ると視線を落した。 「ルリには今まで何もしてやれなかった。だから、あの子の願いを叶えてやりたいのだ」 「・・・親バカなのね、知らなかったわ」 妻の言葉に国王は、笑うだけで答えなかった。 彼の見つめる先には、アキトに走りよる娘の姿があった。 アキトは料理人としての血が騒ぐのか、豪華な食事を一つ一つ味見していた。 「・・テンカワさん・・・」 料理を手に取ったところで聞き覚えのある声で呼ばれ、彼は振り向いた。 そこには思った通り、ピースランドのお姫様が、肩で息をしながらこちらを見ていた。 アキトはそんなルリを見て、ジュースの入ったグラスを片手に近付いた。 「ルリちゃん。これ」 そっとグラスを手渡す。 「ありがとうございます」 素直に受け取り、口をつける。 ルリが飲み終えるのを見て、アキトはルリからグラスを預かる。手短なテーブルに戻す。 「テンカワさん、何をしてらしたんですか?」 一息ついたルリはアキトに視線を合わせた。 「見ての通りさ、ルリちゃん。見た事の無い料理がいっぱいで、とても食べきれないよ」 くったくなく笑うアキトに、ルリはホッとしていた。 私が何物でも変わらないでいてくれる。 「テンカワさんらしいですね」 アキトは手にした料理から、一つをスプーンにのせ、ルリに差し出した。 「ルリちゃん。これ食べてみてよ、とても美味しいよ」 ルリは疑いも無くそのまま口にする。 「確かに美味しいですけど、テンカワさんの料理の方が、もっと美味しいですよ」 ルリは言った後、自分の口にした言葉の意味に気がつき、一人赤面する。 「ありがとう、ルリちゃん。とっても嬉しいよ」 誉められたことに、嬉しそうに礼を述べる。 アキトも料理を口にする。 「・・!!」 それを見てルリはさらに赤面した。もう全身を真っ赤にしている。 「テ・テ・テンカワさん!!」 どもりながらアキトの名を呼ぶ。 アキトは、「どうしたの?」といった感じでキョトンとしている。 ルリには、アキトの手にしているスプーンが、まるで自分自身の事の様に錯覚してしまう。 しかしアキトは何の事かまったく分からず、そのスプーンで食事を続けていた。 「・・・バカ・・」 ルリは、その言葉を呟く事しか出来なかった。 賑やかな音楽が、ゆったりとしたものに変わる。 数組の男女が踊り場で、その曲に合わせ、体を寄せ合い踊り始める。 「ルリちゃん、一緒に踊ろうよ」 それを見ていたアキトは、ルリを誘う。 ルリの手を引き、踊り場へと向かう。 「待って下さいテンカワさん。私、踊りなんて出来ませんよ」 その誘いを断ろうとするルリ。 だが珍しく強引に、アキトはルリの手を引き続ける。 そんなアキトにルリは、黙ってついていくしかなかった。 二人は、踊り場の中央へと来ていた。そこで再びアキトとルリは向き合う。 「ルリ姫、一曲踊って頂けますか?」 ルリが一言文句を言おうとする前に、アキトは芝居がかったように、丁寧にお辞儀をする。 「はい・・」 熱にうなされたように、ルリは素直な返事をする。 断ろうと思っていたのに・・・ そんな思いは、何時の間にか綺麗に消えていた。 ルリは、自分の心が自分のものでない、不思議な感覚を覚えていた。 アキトは、ルリの小さな手を取った。 「テンカワさん、踊り、上手なんですね?」  ルリはアキトのリードに合わせて踊っていた。 最初、ぎこちなく動いていただけのルリだったが、しばらくするとアキトに体を預け踊っていた。 しっかりと握られた手も、腰にまわされた腕も、頬に感じる温もりも、すべて心地よかった。 いつもと違うアキトの雰囲気に浸っていたルリは、疑問を口にする。 「ルリちゃんの従者として、踊りくらい出来ないとまずいって、ミナトさんが教えてくれイタッ!!」 突然おそった激痛に、悲鳴を上げるアキト。見るとルリの踵がアキトの足の上に乗っている。 「ルリちゃん、足、足・・・ルリちゃん?」 涙目になりながら、抗議の声を上げるアキト。 何故か知らんぷりをするルリ。とても怒っているように見える。 確かにルリは怒っていた。 「ミナトさんと、こんな事していたんですか!!」 喉元まで言葉は出かかっていた。 「ミナトさんも、ミナトさんです。いくらなんでも・・・!?」 心の中で次々に文句を並べていたルリは、突然の出来事に思考を中断された。 見ると自分の手を取り、そっと口付けるアキトがそこにいた。 アキトはIFSの紋様が浮かぶ、ルリの手を取り、その手の甲に口付けたのだ。 「機嫌を直して下さい。ルリ姫」 囁くように言われ、ルリは頬を薄く染めながら仕方ないというように、もう一度アキトに体を預けた。 「今だけですよ・・・」 再び二人は寄り添い、踊り始めた。 そんな二人の様子をずっと見ていた国王は、ゆっくりと立ち上がると片手を上げた。 とたんに音楽は止む。 夢心地で踊っていたルリとアキトは、ゆっくりと顔をあげる。 会場は静寂に包まれてた。誰も一言も発しない。 その中を国王は、玉座から下り、悠然と踊り場へ歩き始めた。 人々が道をあける。その先には、いまだ手を握ったままのルリとアキトがいる。 「皆、今宵はもう一つ良い知らせがある。聞いてくれ」 国王は、二人の後ろに立つと、それぞれの肩に手をおいた。 「先に紹介した我が娘のルリと、その夫となるテンカワ・アキト殿だ。この二人がこれからのピース・ランドを支えてゆく事になる。皆、祝福してくれ」 静まり返っていた人々は、国王の言葉を理解すると、一気に歓声を上げた。 周りから、数々の祝福の言葉がかけられる中、ルリとアキトは今だ手を握り合ったまま、硬直していた。 その様はまるで、お互いの心を確かめ合う、恋人のように見えた。 宴は、さらに盛り上がり、あたりはお祭りのようになっていた。 その夜、ピースランド王宮から、明かりと喧噪は止む事が無かった。 後編に続く 後書き こんにちは。赤城しぐれです。 今回の物語は、初の前後編となりました。 理由は単純でして、話が長くなりましたので、きりの良いところで切らせてもらいました。 この物語を読んで下さった皆様、ありがとうございます。 緑幻想〜後編〜でお会いしましょう。 次回予告 ピースランドのプリンセス、ピース・ラウル・ルリは、城でコックとして働くテンカワ・アキトと恋に落ちる。 だが、その恋は許されるものではなかった。 ルリは両親の決めた人物と、婚約をさせられてしまう。 「テンカワさん・・・私を、奪ってください」 アキトは、琥珀の瞳に決意する。 二人は手を取り合い、城を後にする。 しかし、無情にも追手が二人に迫まる。 「俺達は、ここで出会ったんだ・・・・」 草原に囲まれた、小高い丘の上。そこは二人の想い出の場所。 ついに追いつめられる二人。 「私たちを助けて・・・オモイカネ・・」 ルリの、祈りに似た願いに、永き眠りから目覚める伝説の獣。 「ルリ・・」 「・・・アキトさん」 果たして二人は結ばれるのか!! 緑幻想〜後編〜をお楽しみに。 なお、この予告は嘘にまみれています。