世界で最高のケーキ プロローグ まるで降り積もった新雪のようなクリーム。 雪におおわれた大地はふわふわのスポンジケーキ。 横から見える地層は薄く輪切りにされたイチゴとシロップ。 そして、雪に埋もれることなく存在を主張する小さな家のような大粒の真っ赤なイチゴ。 ストロベリーのショートケーキは真っ白なお皿の上に可愛らしく乗っていた。 そのケーキの一角が銀のフォークによっていとも簡単に削られる。 削り取られた部分はそのまま女性の口元へと運ばれた。 「どうですか?」 「・・・スポンジケーキの焼き上がりは悪くない、生クリームもふわふわで、シロップも前よりずっと良くなっている・・・けど「ピエステモンテ」と比較するとやっぱり・・・」 「そうですか・・」 ケーキの製作者テンカワ・アキトは試食してくれた女性ハルカ・ミナトの感想を聞いて落胆したようだ。肩をがっくりと落した。 「私は美味しいと思いますよ」 ミナトの隣でケーキを食べていた少女ホシノ・ルリも感想を述べる。 ルリの感想はアキトに気を遣った結果ではなかった。 本当に美味しいと、そう思ったから言っただけだ。 しかし、ミナトはそうは解釈しなかったようだ。 ルリを意味ありげな視線で見つめていた。 「ありがとう、ルリちゃん。今度はもっと美味しく作るよ」 アキトは力弱く微笑んだ後、後片付けをするために厨房へと消えた。 ルリはそんなアキトの態度に不満を感じずにはいられないでいた。 「私の味覚はミナトさんよりあてにならないんでしょうか?」 少女は無意識のうちに、無実なケーキをフォークで一突きした。 1. 最近、アキトはケーキ作りに凝っていた。 ことの起こりはルリの誕生日パーティーにある。 もちろんルリ自身は自分の誕生日のことなど存在すら忘れていたぐらいだから、当然少女から言い出したのではない。 言い出したのはミナトだった。 彼女はどこから聞きつけたのか、ルリの誕生日を知るとナデシコ・クルー全員を巻き込み、ルリ本人には内緒で事態を着々と進行させていった。 パーティー当日、オモイカネすらグルだった知ったときのルリの表情は憮然としたものだったが、照れ隠し以上にはなりえなかった。 そのパーティーで出されたバースデイ・ケーキを作ったのはアキトだった。 しかし、その出来映えにあまり満足できなかった彼は、それからというものケーキ作りに励むこととなった。 戦艦内という閉鎖された空間で、貴重な材料を何とか集めながら作ったケーキの味見役を彼はミナトにお願いをした。 おそらく、この人選は間違ってはいなかった。 誤算がだったのは、彼女がもう一人の味見役をつれて来たことぐらいだろう。 「私とテンカワ君が食堂で逢引きしている、なんて噂がたったら困るでしょう?」 その言葉はアキトに向かって言われたのか、それともルリに向かい言われたのか、言った本人にしか分からなかった。 「「ピエステモンテ」には及ばない・・・か」 自室の布団に横になり、アキトは無機質な天井を見上げて呟いた。 「ピエステモンテ」 それは、ミナトが今までで一番美味しいと思ったケーキの店の名前であった。 しかしアキトはその店のケーキの味を知らない。 一体どんなものなんだろう・・・。 「今度、地球に戻ったら言ってみるか」 部屋の明かりを消すと、彼は眠りについた。 2. 想像したより大きくはない、わりあいこじんまりとした建物。 白い壁と緑の屋根を持つその建物の扉を開けると、明るい店内は人で賑わっていた。 ピエステモンテ。 それが評判の高いケーキを作る店であった。 木製の黒い椅子に座り、木製の黒い丸テーブルをはさんで、アキトとルリはピエステモンテの店内にいた。 テーブルの上には二つのコーヒーといくつかのケーキがのっていた。 「ミナトさんが言ってた通りだ、ルリちゃんが一緒に来てくれて助かったよ」 「・・・そうですね」 周りには女性どうしか、カップルの姿しかなく、もしアキトが一人で訪れたならケーキを持ちかえりにするしかなかっただろう。 すぐにでも食べて味を知りたかった彼は、ミナトの「ピエステモンテに行くなら誰か女の子を連れていったほうがいいわよ」という忠告に素直に感謝していた。 それに対しルリはちょと不機嫌だった。 「私をなんだと思っているんですか」 そのように半ば本気で言ってやりたい気分だった。 前の日に誘われたから、ミナトとの約束をキャンセルしてまでついてきたのだ。 なのに・・・人をダシにつかうなんて・・・。 「ありがとう、ルリちゃん、用事があったみたいなのにつきあってもらっちゃって。ルリちゃん以外、他に頼める人がいなくて・・」 「いいですよ、今日はテンカワさんのおごりでしょうから」 アキトの一言で不機嫌は遥か彼方へと飛んでいき、代わって嬉しさの波が押し寄せてきた。 ルリは自分の顔がほころんでしまうのを隠すことができなかった。 3. 「美味し〜い、さすがねテンカワ君、これはピエステモンテの味だわ」 「本当、苦労しましたよ。ホウメイさんの協力がなければ完成しませんでした」 ピエステモンテで食べたケーキの味を思い浮かべながら作ったケーキ。 ホウメイ秘蔵の品を、無理を言って貰いようやく完成したそのケーキはミナトを満足させたようだ。 アキトも努力が報われたことに笑顔だった。 そんなアキトを見てルリはかなりためらったあと、意を決したように口を開いた。 「私は・・・前の方が美味しいと思います」 「「えっ!?」」 アキトもミナトも瞬間的に声のした方へ顔を向けた。 ルリは美しい琥珀色の瞳を微妙に揺らしていた。 「・・・ルリちゃん」 アキトが自分の名を呼んだことに含められている意味を、ルリは理解しているつもりだ。 彼女の一言が彼の料理人としての誇りを傷つけたことも、彼の今までの努力を無に帰してしまうことも。 それでも、それだからこそルリは言わずにはいられなかった。 「このケーキは美味しいです。でも、これはテンカワさんの味ではないです・・だから、私は前の方が好きです」 珍しく自分の意思を通そうとするルリをミナトは驚きの視線で見つめていたが、やがて何か悟ったような表情になった。 「どうやら味見役の人選を誤っていたみたいね、テンカワ君」 そう言って席から立ち上がったミミナトは、そのまま食堂から出ていこうとした。 アキトはなんのことだが理解できず、ただそれを見送ることしか出来ずにいた。 ミナトは食堂のドアの手前で軽やかに振り返ると、 「ごちそうさま」 と言い残し二人の前から鮮やかに消えた。 エピローグ 「・・・」 銀のフォークでケーキを食べながらルリは、物思いにふけっているようなアキトを眺めていた。 あれから幾日が過ぎたが彼は、ミナトの言葉の意味が未だに理解できずにいたのだ。 鈍感だとは思っていましたけど・・・。 呆れ気味だったルリも、彼がここまで鈍いのかと思うと、いっそあっぱれだと妙な感心をしてしまう。 「テンカワさん、まだミナトさんの言葉が気になってるんですか?」 コーヒーを一口啜り、その苦味に顔をしかめてルリは訊ねた。 「いや、ミナトさんのことではないんだ」 「じゃあ、なんなんです?」 クリームと砂糖を入れるべきだったと思いながら、ルリは小首をかしげた。 アキトは再び考え込んだが、やがて苦笑すると、 「どうしてルリちゃんは、このケーキの方が良いのかなと思ってさ」 「・・・」 ルリは一瞬だけ寂しさを瞳にひらめかせたが、すぐ何もなかったようにいつもの表情に戻った。 「このケーキも、誕生日でのケーキも、私のために作ってくれたものですよね?」 「う、うん」 「では、私以外の人が美味しいと感じなくても良いではないですか」 ルリはそれだけを言うと、再びケーキを食べ始めた。 その姿を見つめながらアキトは、なんとも形容しがたい感情が湧き上がってくるのを感じていた。 ああ、そうだ、自分が望んでいたものはこれだったんだ。 なにを今までやっていたのか・・・。 自嘲めいた思いのあとには、それ以上の感慨がアキトの心を満たした。 「そうだね、ルリちゃんの言う通りだね」 「そうですよ」 アキトは自分が何を求めていたのかあらためて気づき、自分の作ったケーキを食べるルリを穏やかな瞳で見守っていた。 世界で最高のケーキ〜完〜 後書き こんにちは、赤城しぐれです。 世界で最高のケーキ、いかがでしたでしょうか? お料理ネタです。 結構昔から考えていて、その時はルリ一人称で書き始め、プロローグが終わった時点でボツとなってしまいました。 いつか書こうと暖めながら、ふと思ったんですよね。 何もルリが料理をする必要はないのでは、と。 まあ、たまには立場を入れ替えてみるのもよいでしょう。 この物語を最後まで読んで下さいました皆様、本当にありがとうございます。 お忙しい中この作品を掲載してくださいました、中田様に感謝を込めて・・。