ギャラクシーエンジェル〜旅立ちの歌〜


プロローグ
トランスバール皇国の辺境に位置する惑星エルダ−シャ。
希少な鉱物が産出されるわけでもなく、交易に重要な地点でもない。
しかしこの星を知らぬ者は少ない。
なぜなら先代文明の遺産、ロストテクノロジーであるナノマシンを自由に駆使し人や機械を治癒する者たちが住んでいるからである。
甲高い泣き声がする。
まだ幼い、赤子と形容するべき小さなそれはね自分が生きていることを訴えるがごとく泣き続けていた。
吹く風も冷たく、木々の葉は茶色くなり落ちはじめる季節。
サク・・・サク・・。
舞い散る落ち葉を踏み締め、ゆっくりと婦人が赤児に近付く。
その赤子をそっと抱き寄せる細い腕。
年老いた女性は優しくあやしすと、赤子はようやく笑みをうかべた。
「よしよし。もう大丈夫よ」
老女は赤児の名前を呼ぼうとして、衣類を見たがそれらしきものは見つけることができなかった。
一瞬逡巡した老女は、
「ヴァニラ・・・ヴァニラ・アッシュ」
と腕の中の赤児に名付けた。
その名が気に入ったのか、赤児はきゃっきゃっと小さな両手を老女の頬に伸ばす。
「私はバレルよ。よろしくね、ヴァニラ」
エルダ−シャの癒し手の頂点に位置するバレル・アッシュは琥珀色の瞳をした赤児を拾った。
ヴァニラと名付けられた赤児は、バレルに育てられすくすくと成長した。
ナノマシンの使い手としてもバレルが驚くほどに・・・。


1.
夏の日射しが降り注ぐそのん中を長い間歩いたにもかかわらず、バレルは汗一つかいていない。
彼女が住む教会より少し離れた場所にある丘。
辺り一面に白詰草が咲くその丘には、人知れずひっそりと建てられた墓がある。
奇妙なことに名前が刻まれていないその墓。
そこに誰が眠っているのか、それはバレル以外知るものはいない。
彼女の義娘・・弟子たちにすら教えてはいなかったのだ。
「・・・ノヴァは貴方の元へ辿り着いた頃かしら?・・・ついに私だけになってしまったわ・・・シーラ」
バレルは跪くと、呟くように今はいない人に向け語りかけた。
ムーンエンジェル隊の仲間はもうバレルしかいない。
もう一人だけ残っていた三番機の乗り手"予見者ノヴァ"も昨日亡くなったと連絡を受けた。
「自分の死期すら予見した彼女だけど・・・あの言葉だけは外れていて欲しいと願っているの」
一番機の乗り手がもうすぐ現れる。
それは大いなる災厄の始まり。
そして・・・。
突然、こほっ、こほっと何度かむせ返る。
しばらくしてようやく呼吸が整うと、口の中いっぱいに広がる血の味に顔をしかめた。
「もう少しだけ、もう少しだけ時間を頂戴・・・シーラ」
バレルは祈るような面持ちでそれだけの言葉を紡ぎ、その場を後にした。


2.
薄暗く、とても静かな室内。
凛とした空気が流れるそこで、エメラルドのような色の長い髪が印象的な少女が一人跪いて祈りを捧げ続けている。
幼いながら真摯なその姿は見る者にとても神秘的に映るだろう。
悠久に続くかに思われたその姿も、ゆっくりと開く扉の音とそこから差し込む日射しによって中断された。
「お帰りなさい、シスター」
「ただいま、ヴァニラ」
ヴァニラは心配そうな面持ちでバレルの側に駆け寄る。
「お体は大丈夫ですか ?」
「ええ、調子は良いぐらいよ。そんなに心配しなくても大丈夫よ」
微笑みながらバレルはヴァニラの頭をなでる。
ようやくヴァニラにも笑顔が戻る。
ここ最近、体調が思わしくないバレルを心から心配して祈り続けるヴァニラ。
そんなヴァニラをバレルは愛おしく思う。
血の繋がりなどないのだが、本当に自分の娘のように感じている。
琥珀色の瞳で自分を真直ぐに見つめているヴァニラ。
そう琥珀色の瞳で・・・。
「シスター !?」
バレルは視界が歪むのに自分でも驚いた。
なぜこんな時にと叱咤する。
何度も自分の名を呼ぶヴァニラの声が遠くで聞こえる。
すぐ側にいるはずなのに。
バレルは大丈夫と言おうとするが言葉にはならなかった。
「シスター !!」
バレルは自分を支える力さえ失い、冷たい床の上に倒れた。


3.
簡素な部屋なに設えたベットの上に眠る白銀の髪の女性。
側には緑色の髪の少女。
少女が女性の額に手をかざし、ゆっくりと息を吸い込むと白磁器のような手は光につつまれた。
それはナノマシンによる治療だった。
もう何度繰り返したろうか ?
精神的にも体力的にも消耗が激しいナノマシンのコントロール。
まだ幼い少女は自分の身を削りながら続けた。
その少女の小さな手をそっと包み込むように取るのは嗄れた細い手。
「もう・・大丈夫よ・・・ヴァニラ」
「申し訳ありません、シスター。私に力があれば・・・」
「ヴァニラ。気にやむことはないのよ・・・あなたは充分に助けてくれているわ」
バレルはヴァニラの頬に流れる汗を拭ってやる。
力の不足を嘆くヴァニラ。
だが、少女の実力はいまやバレルに迫るものになっていた。
その少女を力を持ってしてもバレルの治療は出来ないでいる。
いかにナノマシンとはいえ、バレルの命の灯火を守ることは不可能だった。
『あの頃は不可能なんてないと思っていた』
バレルは薄れる意識のなか自嘲する。
誰でも救える、この世界ですら・・・。
しかし親友だった女性一人救うことはできなかった。
目の前の少女も自分が救ってあげることはできないだろう。
いや、もしかしたら自分が傷つけるかもしれないのだ。
「少し休ませて頂戴」
バレルはそれだけ言うと意識を手放した。


4.
もう目覚めないのではないか。
こんこんと眠り続けるバレルを見守りながら、ヴァニラはそんな不安にかられる。
捨てられた自分を育ててくれた人。
母親、そう言い切ってもよいぐらいの少女にとって一番大切な人だ。
そんな女性が少女の目にもはっきりと分かるぐらい衰弱している。
あまりにその弱々しい姿にヴァニラは涙しそうになる。
「シスター・・・早く良くなってください」
昨日届いた手紙を呼んだ後、久しぶりに外出したバレル。
やはり止めるべきだったと思う。
「まだ起きていたの?もう子供は寝る時間よ」
目覚めたのか、バレルはゆっくりと目を開くと視界の隅に愛娘の姿を見つけ言った。
そして側にある呼び鈴をゆっくりとした動作で押す。
間を置かずに黄金の髪を持つ美しい女性が部屋へと入ってきた。
「お呼びですか、シスターバレル」
「夜分遅くに申し訳ないわね、ヴァルチェ。」
女性の名はヴァルチェ・アッシュ。
ヴァニラと同様にバレルに拾われ育てられた女性。
バレルの後継者と目されている。
「どうやら私にはあまり時間が残されていないようね」
「何を言うのですシスターバレル」
ヴァルチェはやんわりと返すが、ヴァニラは顔面蒼白で言葉も出ない。
「良いのよ、私はもう長くはない。だからヴァルチェ、あなたに後をお願いするわ」
「・・はい、お任せ下さい・・・」
「・・・いやです・・・」
ヴァニラは泣きながらバレルの手をとる。
「私が直してみせますから・・・そんなことは言わないで・・・ください」
「!!」
ヴァルチェは息を飲んだ。
ヴァニラの琥珀色の瞳が真紅に染まっているではないか。
それは充血しているからではない。
ルビーと見まごうばかりの鮮やかな赤色の瞳。
ナノマシンの光がヴァニラをそしてバレルを包む。
それは今までに見たことのないぐらい大量のナノマシンの集合体だった。
「もう良いのよヴァニラ。その力を今使ってはダメよ」
死を前にして穏やかな微笑みを浮かべるバレル。
友との約束はどうやら守れそうだ。
だけどそれは少女の辛く長い旅の始まりでもある。
「やはりあなただったのね・・・ヴァニラ、"白き月"に行きなさい」
「白き月?」
「この世界に危機が迫っているわ・・・あなたは希望なの・・・私の・・私達の・・・この世界の」
予見者ノヴァが残した言葉。
一番機の乗り手がもうすぐ現れる。
それは大いなる災厄の始まり。
そして伍番機の乗り手が災厄を終わらせる。
バレルの癒しの力と災厄の滅びの力を合わせ持つ少女が・・・。
翡翠の髪と紅玉の瞳を持つ少女が世界を救う。
「ごめんなさいヴァニラ・・・私はもうあなたを守ってあげられない。でもあなたには仲間が現れるわ・・そしてあなたと一緒に歩む人も・・・だから強く生きて・・・どんな辛いことがあっても」
「シスター!?シスター!!」
「・・・ごめんなさい」
それがバレルにとって最後の言葉だった。
謝罪の言葉。
それが誰に向けて言われたのかは本人以外には分からなかった。


エピローグ
白詰草が咲き誇る丘の上。
ヴァニラが住む教会かを見下ろす位置にあるそこには碑銘のない墓と、並ぶようにバレルの墓が建てられていた。
その場所に墓を建てて欲しいというのがバレルの遺言だった。
葬儀には多くの人が参加した。
彼女の育てた弟子達や彼女に助けられた者たちが。
それから少し時間はながれたがバレルを失った悲しみは完全に癒えなかった。
「白き月へ行くのね、ヴァニラ?」
「はい。それがシスターバレルの願いでしたから」
バレルの後を継いだヴァルチェと、バレルの言葉に従い住み慣れた家を離れようとしているヴァニラ。
ヴァルチェは複雑そうな視線でヴァニラの横顔を見ていた。
昨日まで・・・バレルを失うまでは琥珀だったのに、今はまるで血のような真紅の瞳。
それは彼女が尊敬する師が待ち望んだ後継者の証。
「ヴァニラ、これを持っていきなさい」
そう言ってヴァルチェは純白のカチューシャをヴァニラに渡す。
それは真紅の宝石が中央に埋め込まれている以外、とくに変哲もないものだった。
「それはシスターが若い頃使っていた物よ。シスターも"白き月"に居たのよ」
「シスターも白き月に・・・」
「そうよ・・・だからヴァニラ、持っていきなさい。きっとシスターが見守ってくれる」
ヴァニラは逡巡したが大事そうにそのカチューシャを頭につける。
それはやっと居場所を見つけたように優しい輝きを放つ。
「良く似合ってるわよ、ヴァニラ」
ヴァニラはちょっと照れた様子で再びバレルの墓標と向き合う。
そしてすぐに真剣な面持ちになった。
「シスターバレル、白き月に行ってきます。しばらくのお別れですが、またここに戻ってきますので皆を見守って下さい」
「そして旅立つヴァニラに祝福を」
自分のことは守ってくれと言わないヴァニラに内心で苦笑してヴァルチェはヴァニラを送りだした。
小さめのトランクを抱え遠ざかる背中。
白詰草と緑の髪が風に揺られている。
少女は長い旅に出た。
目的地も仲間もまだない、長い旅に・・・。

ギャラクシーエンジェル〜旅立ちの歌〜了

後書き
久々の小説です。
そしてこれがヴァニラ嬢とともに赤城の長く続く旅の始まりです。
ここから赤来のギャラクシーエンジェルが始まり、バレル様達の活躍がはじまります。
これが分岐点と言うわけです。
言い訳として赤城は公式設定を知りません。
ので、ギャラクシーエンジェルのゲーム版以前の世界観をまったく理解していません。
テレビ版?なにそれ、といった感じです。
ヴァニラ達以前のエンジェル隊はバレル達です。
あとはオリキャラですが、小説でも登場しましたので御紹介を。
一番機は欠員(ミルフィーユが最初)
二番機は戦姫シーラ
三番機は予見者ノヴァ
四番機は銃姫アリア(この人はまだ出てきてませんね)
伍番機は癒し手バレルです。
シーラとバレルは大親友でシーラの怪我を治療とたことから付き合いが始まります。
でもシーラはある事件をきっかけにエンジェルの称号を剥奪されてしまいます。
それで彼女は碑銘すら刻むのを許されていません。
いずれ彼女達の物語も綴りたいと思います。
それがヴァニラ達の物語と対になるのですから・・・。
それでは皆様、また次回作でお会いしましょう。
2003/10/26
日本シリーズ第五戦を眺めながら。