ギャラクシーエンジェル〜命と決意と〜
プロローグ
広い室内の中央に青年が一人、立体映像の星図を凝視している。
そこには彼の指揮する儀礼艦エルシオールと、偵察より報告のあった敵艦隊の位置がそれぞれ写し出されてた。
無造作に伸ばされた髪をタクト・マイヤーズは掻きむしり溜め息を吐く。
周囲は敵艦ばかりで味方の艦影は一つとしてない。
五機の紋章機があるとはいえ、エルシオールの船員はロストテクノロジーの研究者が大部分を占める。
エオニア軍との戦力差は比べる気にもならない。
「ルフト先生も難題を押し付けてきたな」
仕官学校時代の校長を囮に使ったことなど棚に上げ一人退毒づく。
「さて・・・どうやって逃げきろうか・・」
軍人ならもっとも嫌うであろう言葉を年若き司令官は平然と口に出す。
名門貴族の子息ながら辺境星系の司令官を志願した変わり者で知られている彼にとって、玉砕とか軍人の美学からは無縁の存在だった。
なにより彼の使命は唯一生き残ったトランスバール皇国のシヴァ皇子をローム星系まで送り届けることなのだ。
そのためなら逃げたすことなど恥とは思わない。
「しかし・・・ローム星系に辿り着いたとして勝算はあるのかな」
言い方は悪いがローム星系の司令官はエオニア皇子を陥れた人物だ。
彼が軍人としての使命というより、エオニアの復讐を恐れているから戦っているのでは、と意地悪く考えた。
「良く言って慎重、有り体に言えば小心者といったところだ」
彼の下に付いた仕官学校の先輩の人物評に従えば期待はできそうになかった。
暗くなりがちな思考を振払うように頭を軽くふると、タクトはコーヒーカップに口をつける。
しかし中身はもうすっかり空になっていた。
ティーポットも同様だ。
人間、無いと無性に欲しくなるもので、タクトもこの時は欲求を押さえられなかった。
彼はティーポットを片手に作戦室を出ていった。
1.
医務室での仕事を終え、就寝しようと自室に向かう翡翠色の長い髪をした少女。
ティーンを迎えたばかりの少女はティーポットを片手に歩く青年の姿を見て足を止める。
青年も少女に気がついたのか、側までくると、
「こんばんわ、ヴァニラ。こんな遅くまで仕事かい?」
「・・・こんばんわ。・・・仕事はもう終わりました・・・タクトさんは何をしているのですか?」
少女の姿を見つけた青年、タクトはいつもの悪戯な口調で話しかけてきた。
話しかけられた少女、ヴァニラ・アッシュは素直に疑問を口にする。
タクトはティーポットを掲げて見せ、
「ちょっとコーヒーが飲みたくなってね、食堂へ行くところさ」
「・・・それでしたら医務室へ来て下さい。ケーラ先生のコーヒーがまだ残っているはずです」
「それはありがたい。お言葉に甘えさせてもうおうかな」
ケーラ医師の炒れるコーヒーがとても美味しいとの噂はタクトも知っていた。
自分で炒れる手間も省けることも手伝い彼は医務室へと足を向ける。
するとヴァニラも足早に後についてきた。
「ヴァニラも医務室に用があるのかい?」
「はい・・コーヒーを取りに・・・」
「ヴァニラもコーヒーを飲むのかい?眠れなくなるんじゃないのかな」
「いいえ、私は飲みません。ですがケーラ先生はもう就寝してますので、医務室には誰もいません。ですから・・」
医務室の鍵を開けられるのは自分だけです、とヴァニラ。
タクトはようやく合点し歩調をヴァニラに合わせるように落とす。
ヴァニラはようやく自分のペースで歩くことができるようになった。
二人は並んで医務室へ行き、そこでまだ暖かいコーヒーを手にいれることができた。
2.
居住ブロックからは程遠い場所で、タクトは立ち止まる。
ヴァニラはタクトの後ろにある部屋が作戦室であることに気が付いた。
「俺はこの部屋に用事があるから。どうもありがとう、ヴァニラ。今日は助かったよ」
タクトは作戦室に入り、コーヒーカップにケーラ医師特製のコーヒーを注ぐ。
噂以上のその味に感心するタクト。
頭がすっきりとしてきたところで再び星図に目を向けた。
「何を考えているんですか?」
タクトは急に話し掛けられたことに驚いたが、その動揺を押さえこんだ。
背後にはヴァニラがちょこんと立っていたのだ。
どうやら一緒に作戦室に入ってきたらしい。
少女の真紅の瞳に浮かぶ真剣な眼差しにタクトは誤魔化すのを諦める。
「・・・戦わずにローム星系まで行く方法を考えているのさ」
「戦わずに勝てるのですか?」
「我々の今の目的は戦って勝つことじゃない。生きて無事にローム星系まで辿り着くことがだよ」
ヴァニラはその言葉にはっとした。
確かに彼の言葉は彼と自分達エンジェル隊に課せられた使命を正確に表現している。
「それにその方が楽だろう?」
そういって笑うタクト。
しかしヴァニラは無表情のままだ。
「その後はどうなるのです」
「それはまた別の人が考えるさ。俺はそこまでの宿題をルフト先生から頂いてないからね」
してやったりという表情でタクトは答えた。
ようやくヴァニラは夜分遅くまでタクトが作戦を練っているのかようやく理解できた。
みんなが言う程悪い人ではないのかもしれない。
ヴァニラはそう思いはじめていた。
「そのためにこんな苦労をしているですね?」
「君ほどではないけどね」
ヴァニラもタクトの笑顔につられるように表情を崩す。
それはヴァニラにとって、ク−デターが起きてから始めての笑顔だったかもしれない。
3.
「熱いから注意して」
タクトは温めた直したコーヒーにクリームと少し大目に砂糖を入れ、カップをヴァニラに渡す。
小さな両手をそっと伸ばしヴァニラは受け取る。
ふうふうと可愛らしい仕種で熱を冷まそうとするヴァニラを見て頬を緩めるタクト。
だが、すぐに星図に視線を移す。
それはとぼけた青年ではなく、責任を持った指揮官の顔だった。
その表情をヴァニラはちらりと盗み見る。
甘くした暖かいコーヒーと見つめる先の青年の姿に、気持ちが落ち着つくのを感じた。
「少し疲れてるようだね。朝から働いてるようたけどちゃんと休んでいるのかい?」
「・・・申し訳ありません・・あまりよく眠れないです・・」
皇国を脱出してからずっと張りつめていたものが溶けたのか、素直に気持ちを出してしまう。
ほんの少し前まで・・そう、それまでは平和だったのに・・・。
突如現れた黒い艦隊に多くの人命が奪われた。
それをただ見ていることしかできなかった自分。
彼らを、そして月の聖母シャトヤーン様を守るために私は存在しているのに。
そんな悔恨の念がヴァニラを嘖む。
だから少女は昼夜を問わずに働いた。
仕事をしていれば忘れられたから。
眠っていても夢にまで見てしまうから・・・。
「不安なのかい?」
「それもあります・・・でもそれよりもっと後悔しています。誰も救えなかったことを」
「そうでもないさ、少なくとも俺は救われたよ、ヴァニラに」
「えっ?」
「君が、君たちがいなければあの辺境でとう昔にやられていた。だから今度は俺が助ける番さ」
頼りないかもしれないけど、といって笑うタクト。
私がタクトさんを助けた ?
呆然とした様子で呟くヴァニラ。
「なぜ、私は誰も助けられないのですか・・・シスター・・私はどうすればよいのですか?」
幾度となく繰り返し問い掛けてみても答えてくれる人はもういない。
だから答えは自分で探し出すしかないのだ。
4.
タクトがエオニアを許せなく思うのは一般市民を犠牲にしたという一点にある。
前皇帝は確か武力でエオニアを廃し、そして白き月を我が物にした。
だが彼は市民に手を出したことはなかった。
そのことだけは誉めてもよいとタクトは思う。
そして皇国軍は皇国を守るためにある。
皇帝を守るためじゃない、皇国とそこに住む市民を守るためにだけ暴力を振るうことを許されているのだ。
「それが俺の戦う理由さ。これ以上市民に犠牲を出させるわけにはいかなからね」
ヴァニラがタクトに問い掛けたのは彼がこの戦いを引き受けた理由だった。
「私は月の聖母シャトヤーン様を守るために紋章機をお貸しいただきました」
ヴァニラ達エンジェル隊は月の聖母を守護するために存在している。
そのためロストテクノロジーの塊である紋章機を与えられた。
だけれど、シャトヤーンの力を借り唯一の皇族シヴァと逃れるのが精一杯だった。
本来守護すべき月の聖母を白き月に残したままで・・・。
「そしてシャトヤーン様はこうおっしゃいました。シヴァ皇子を安全な所へ逃してくださいと」
少女にしては珍しく一気に喋る。
それはヴァニラの決意たっだから、そのことを目の前の青年に知って欲しかったから。
「ですからタクトさん、どうかシヴァ皇子をこの国に住む人を守ってください・・・・そしてあなたは私が守ります・・・この命に代えても・・・」
そのヴァニラの言葉にタクトの表情は歪む。
青年はコーヒーカップをテーブルの上に置くと、その大きな両手を少女の小さな両肩にそっと乗せた。
「大丈夫さ、ヴァニラ。今、俺はみんなが無事に惑星ロームまでたどり着けるように作戦を考えているんだ。だから命を懸ける必要はないさ。もう少し気楽にいてくれ」
「・・・はい。信じます・・・タクトさんが必ず導いてくれると」
ヴァニラはそういって近くのソファーに腰を落とした。
安心したからなのか、うつらうつらと眠たげな様子だ。
タクトが部屋へ戻るよう声をかけようとしたときには、すでに眠ってしまっていた。
青年は苦笑を浮かべると、小柄なヴァニラを抱き上げると少女の部屋まで送ってやる。
その後、朝まで若き指揮官は星図と格闘を続けた。
エピローグ
大きな欠伸をしながら、よれよれの格好で青年は歩いていた。
その姿をティーラウンジから見ていたランファ・フランボワーズは
「まったく頼りない姿よね、そう思わない?ミルフィー」
と悪態をつく。
話をふられたミルフィーユ・桜葉にしても、否定はしたいがその材料を持ち合わせていないのか、
「えーと、その・・・あの・・そんなことないよ、多分」
と口ごもりながら答えるのみにとどまった。
そんな同僚達にヴァニラはなぜか胸の奥にモヤモヤしたものを覚え声に出そうとしたその時、タクトに駆け寄る小さな影に気がついた。
自分よりも小さいその姿は良く見知っていた。
蒼の髪とそこから覗く白く長い耳。
「タクトさん、お待たせいたしました。云われた通りにC241宙域を偵察してきましたわ。これがそのデータです」
「ありがとうミント。これで作戦がまとまりそうだよ」
「お役に立てて嬉しいですわ。またご用がありましたらいつでも御申し付けくださいませ」
タクトはミントの手を取ると、嬉しそうに踊りはじめる。
恥ずかげにミントは周りの視線を気にしながらも、白い耳は嬉しそうに上下に揺れていた。
そのタクトとの奇妙な踊りから開放されてミントがティーラウンジに入って来たのと同時にヴァニラは声をかける。
「おはようございます、ミントさん。いままで偵察に出ていたのですか?」
「あら、ヴァニラさん、おはようございます。そうですの、昨夜からずっとですのよ。タクトさんも人使いが荒くて困りますわ」
そういいながらもどこか嬉しそうなミント。
その様子がなぜか面白くないとヴァニラは思った。
不意にピクンとミントの白い耳が動く。
驚いた顔でヴァニラを見つめるミント。
「私の顔になにかついてますか?」
なぜか不機嫌な声になってしまうのも止められないヴァニラ。
少女自身、自分の気持ちを持て余していた。
「いいえ・・ただ手ごわいライバルだと思いまして。負けませんよヴァニラさん」
そう言い残し紅茶と駄菓子をテーブルに広げるミント。
何事もなかったかのようにティータイムを楽しんでいる。
「私だって負けません」
何を争ってるのかはっきりと自覚はないままにヴァニラは呟く。
ただそうしないといけないような気がした。
今はただそれだけだった。
いまはただ・・・
命と決意と〜完〜
後書き
つ・・疲れた・・・。