法界縁起 一即一切

 私たちは、しばしば個の主張をします。そして、個としての幸せを考えます。しかし、自分のものだ信じて疑わない、この肉体は、本当に自分のものでしょうか。受精した卵は、父と母のものでした。その後、植物や動物が作ってくれたものを採り入れて、この肉体が出来上がりました。出来上がった後も、排出と吸収を繰り返し、肉体を保っています。大嫌いなあの人が吐き出した炭素が、まわりまわって入ってきているかもしれません。自分の涙が、恋人の血液に変わっているかもしれません。このように、私たちの肉体は、ほかの生物、いやもっと大きく言えば宇宙と物質を共有しているのです。これは、心についても言えることです。自分ひとりだけ幸せになれればいい、ついそう思ってしまいます。しかし、それは可能でしょうか。周囲に不幸せな人が増えた場合、子供さんの将来はどうですか、自分の老後はどうですか、安全と言えますか。人の心が荒んでくれば、私たちにもその影響は来るのです。自分さえよければという考えは、長い目で見れば、賢明とは言えません。また、死後、生まれ変わって、この世に来ることも十分に考えられることです。もしかしたら、辛く苦しい生き難い世の中になっているかもしれません。仏教には、法界縁起という言葉があります。また、一即一切と言います。ひとつのことが、全体につながっていると言う意味です。あなたが、人を押しのければ、押しのけられた人はあなたの邪魔をするはずです。そして、周囲の人は、協調より足の引っ張り合いに傾いていきます。押しのけたその瞬間は得ができても、やがては無駄な争いが増え、得な状態は続きません。芥子粒のような私たちですが、その考え行為は、全体に広がり、また私たちに返ってきます。仏さまが、衆生済度を誓われたのも、衆生全てが救われなければ、ご自身も幸せにならないからではないしょうか。私たちは、時として、人に悪意を持ったり、憎んだりします。心の中だけのことで、表面には出ません。それでも、その悪意や憎しみは、波となって伝わっていくのです。関係ないはずの他人の不幸は、この世の質を変え、私たちに不幸の種を宿します。しかし、逆もまた可能です。私たちは、ちょっとした思いや行いで、幸福の種をまくことができます。ゆっくりですが、社会を変えることもできます。私たちが次世代の人々に遺せる最大のものは、この良い連鎖です。この世の中を、少しはましなものにして、あの世に行く、それが今を生きる私たちの尊い責務ではないでしょうか。
 

信仰
1信仰という道
2 お山の信仰 
3 お山の慈悲
4 合掌そして祈り
5 挫折と向き合う
 閉塞を見据える
6 思いは通ず
 祈りは届く
7 この世の実体を
  知ろう
8 億年の因縁 皆帰妙法
9 唱えることの意義


法生寺
1 花のように お知らせ
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心と人生
1 自由に生きる
2 判断基準と優先順位
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6 心の修行

7 理想の社会

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9 執着と向き合う

10 中道 偏らない心

11 メメントモリ 
 死を忘れるな
12 時空を超えて
 神からの俯瞰

13 霊界と顕界

14 法界縁起 一即一切

5 憑依と除霊そして霊障


信仰体験
1 此経難持 義父を偲ぶ
2 霊格の差を思い知った私
3 前世は剣岳の修験道
4 信仰で心に平安が
5 予知夢そして火災
6 囚われた霊を救え

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