
自由に生きる
世の中が複雑になり、浅く広い人間
関係が当たり前になったせいでしょう
か、人を縛る決め事が多くなったよう
に思います。他の人が迷惑するから、
規制を設ける。もともとは、そういう
ものだったはずです。しかし、今は、
どうでもいいことにまで、対象が広が
っているように思います。子ども達は、
小さい頃から、目標あるいはあるべき
姿という形で、この規制の網の中に入
れられます。いつも笑顔でとか、友達
を大切にとか、文武両道とか、そうす
る気がない子ども達まで巻き込みます。
一番の被害者は、きちんと期待に応え
ようとする子供達です。疲れていても、
笑顔を作り、貸したくなくても、大事
なおもちゃを貸してしまいます。大人
になれば、それぞれが、それぞれの環
境で身に着けた規制を、押し付けてき
ます。営業は、夏でもスーツとか、名
刺は、おし戴いてとか、収益が絡むか
ら、仕方のない面もありますが、どん
どん増えてきます。そうするうちに、
規制の中に自ら身を置くことで、わが
身の安全を図る人も出てきます。ノウ
ハウを聞く、マニュアル本を読む等、
判断基準を外に求めることで安心し
ます。しかし、ここで困ることがおき
ます。正反対のノウハウ、真逆のマ
ニュアルが出てくるのです。大体が、
人の書いたものを見れば、すぐ分かる
ことですが、本当に自分で経験し、自
分で考えたものを書いている人の数は、
そうは多くないのです。また、誰かの
意見を滑り込ませ、全てが自分のもの
のように言っていることもあるのです。
他人の意見は参考に留めて、もう一度、
自分の頭で、考え直してはどうでしょ
うか。判断基準を自分に取り戻すので
す。もちろん、当初は、軋轢がありま
す。急に強くなっちゃってなどといわ
れるかもしれません。でも、自分の立
場は、自分でしか分からないはずで
す。かけがえのない自分を、少しでも
有利にするのは、大切なことではない
でしょうか。一緒に生きているのです
から、多少、人に迷惑をかけてもいい
のではと思います。きちんとしたにも
かかわらず、苦情が来たなら、謝って
済ませればいいし、自分のことは自分
で考えた方がいいと思います。双子で
も、同じ人生になりません。生きると
いうことは、それぞれが別の人生にな
らざるを得ず、違った道を歩むしかな
いのです。誰かが成功した生き方も、
他の人がたどる事はできません。一人
一人が、違うものを背負って、この
世に来ているのです。待っている運
命も違います。誰もが使えるマニュア
ルなどあるはずありません。一人一人
が、地図のない街に踏み出していく
のです。まっすぐ行くべきか、曲がる
べきか、その判断を自分で下すのです。
人のアドバイスを聞くのもいいでしょ
う。しかし、判断は自分です。振り返
れば、稚拙ではあっても、間違いなく
自分のたどった跡が見えます。人の意
見ばかりで歩くのでは、自分の人生が
もったいなく思えます。うまくいった
かどうかの結果ではなく、どう対処し
たのかが大切です。自分なりで結構。
自分の人生なのですから。周囲をうか
がってばかりいないで、そして、成果
に捉われないで、自由に自分の人生を
歩んでください。
