信仰

1信仰という道
2 お山の信仰
3 お山の慈悲
4 合掌そして祈り
5 挫折と向き合う
 閉塞を見据える
6 思いは通ず
 祈りは届く
7 この世の実体を
  知ろう
8 億年の因縁 皆帰妙法
9 唱えることの意義

法生寺
1 花のように お知らせ
2 法生について 地図
3 法生寺内地図・留心  
4 年間行事・月例行事
・お札




心と人生
1 自由に生きる
2 判断基準と優先順位
3 占いと霊視
4 前生と今生

5 神霊と私たち

6 心の修行

7 理想の社会

8 小さな幸せ

9 執着と向き合う

10 中道 偏らない心

11 メメントモリ 
 死を忘れるな
12 時空を超えて
 神からの俯瞰

13 霊界と顕界

14 法界縁起 一即一切

15 憑依と除霊そして霊障





信仰体験
1 此経難持 義父を偲ぶ
2 霊格の差を思い知った私
3 前世は剣岳の修験道
4 信仰で心に平安が
5 予知夢そして火災
6 囚われた霊を救え



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  神からの俯瞰

 我が子がいじめられても、良識ある親は、相手の子を、すぐ叱ったりしません。自分の子が、何か先にしていれば、いじめられるのは当たり前ですし、また、すぐ親が出て行けば、周囲の非難や相手の親の反感を買います。無思慮に動くことは、結局、我が子を困らせることになります。だから、子の安楽を考えるなら、子を取り巻く状況、つまり相手の親や周囲の大人まで考え、子供の過去そして将来まで配慮しなければなりません。私たちを守護してくださる霊体も、同様の配慮をしているように思われます。よく、守護霊が、人間に、様々な指示を与えるかのように言う霊媒師がいますが、格の高い霊体は、そんなことはしません。人間の主体性を、もっと重視しています。守護される人間をずっと広い範囲で見ています。悪友と付き合い、やがて、困ったことが起きると分かっていても、その悪友が離れるべき人間ならば、困る状況に敢えて落とします。先回りをして、困らないようにするというような、甘やかすことはしません。子供の歩く道から、石を取り除いておくことはしないのです。霊格が上がれば、その範囲はさらに広くなります。例えば、立身のため、他人に犠牲を強いる人間がいます。前々から指示を与え、魔界に落ちないように導けば、本人が、困らなかった分、生き方を改めないことも起きてきます。むしろ、そのまま人生を歩ませ、罪業を積ませ、その報いを受けさせれば、反省し後悔して、更正する可能性が高くなります。また、もし、ひどくやりすぎて、魔界に落ちたのなら、それは、また這い上がればよいことです。なかなか上がれないのであれば、魔界の世界をしっかり経験でき、後生にプラスに働きます。中途半端に助ければ、何度も同じことを繰り返し、反って辛いかもしれません。だから、辛い世界に身を落とし、そこで何回か生まれ変わると分かっていても、敢えて、放っておくのです。
 ここで、見守る側のことも考えてみましょう。いじめている子供をすぐ叱って、我が子を解放してやりたい。それが、親の気持ちです。そうしないでいるというのは、忍耐が要ります。子供の気持ちを思えば、切なくもなります。私たちを見守ってくださる霊体も、同じ思いなのではないでしょうか。先々まで見えれば見えるほど、歯がゆいことも多いはずです。易々と人生を送っているかのように見える私たちですが、陰ながら守って頂いていることも多いのです。守護の霊体は、必要とあれば、身を楯にして、事故を防いだり、人間の罪を自ら被ったりすることもあります。私たちは、先が見えません。辛いこと困ったことが起きると、神様なんていないなどと言ってしまいます。それは、前生の業や今生の自分の行いで起きたにも拘らず、助けてくれるのが、当たり前という言い方をするのです。本人が、信仰という努力をしていれば、眼前だけでも照らして、苦難を避けることができます。しかし、それも無ければ、分かっていても、どうにもなりません。ブレーキの故障を放置して事故に遭い、「お母さんが直しといてくれなかったからだ。」と、責める子供のように、甘ったれた私たちです。そういう私たちを、守護の方々、そして、ご縁の神々は、どのように見ているのか。とりわけ、将来のそして先々の生まで見通せる神霊は、愚かな私たちに、どれほどの辛抱をしてくださっているのか、それを思うと、申し訳ない気持ちになります。私たちは、幸せな今を過ごしたい、あるいは、幸せな一生を過ごしたいというところに視点が来ますが、神からの俯瞰は、はるかに広いものです。まさに時空を超えて、私たちの成長を見守ってくださっています。