*の語の意味
地蔵菩薩
お釈迦様の滅度のあと、衆生を助けて下さる菩薩様
帰依 きえ
教えを信じすがる事
輪廻 りんね
業によって様々な世界に生まれ変わる事
色即是空
しきそくぜくう
物質(色)は実体をもたず(空)であるという考え
因縁
結果の原因を因、結果をもたらす様々な条件を縁という
ビッグバン
空間のエネルギーが高温の物質に変化すること
反物質
電子は普通マイナスだが、それと反対に、陽電子反陽子反中性子でできている物質
大通智勝如来
化城喩品に登場する最初の仏
十小劫
幾億万年、極めて長い時間
戒律
道徳規範や規則
読誦
声に出して経文を読むこと
解説 げせつ
解いて説明すること
億年の因縁 皆帰妙法
これでは、降りられぬぞ
多くの宗教では、悪魔や異教徒は排除されます。神道でも、穢れを排除します。しかし、仏教やお山は、違うのです。排除より、まず救おうとします。救いようのない者たちばかりがいる地獄でも、*地蔵菩薩様が、手を差し伸べていらっしゃいます。攻撃してきた異教の神が*帰依した例もたくさんあります。お山には、魔も妖怪も穢れも、帰依してきています。この受け入れようとする姿勢、そこには、元は同じだったという認識があります。また、*輪廻があり、修行によって、高い世界に行くことが可能で、現状のままではない、変わるはずという判断があります。
仏教では、*色即是空と言います。我々の存在あるいは物の存在を、空(くう)と考えます。縁によって、あるかのように見えますが、実態は何も無い、空です。縁を取り去れば、元の空っぽ。修行によって、縁を取り去っていき、元の空っぽに戻ろうと考えます。
物理学でも、物質が出来たことについて同じような認識があります。真空から、*ビッグバンによって、物質と*反物質が生成されました。元は真空、何も無かったのです。物質と反物質、プラスとマイナスのように、合わさればゼロになります。しかし、その時、物質の方がわずかに余分にでき、反物質は、物質と衝突して消滅しました。そして、気の遠くなるような時間が流れ、物質がこの世に満ちる状態になりました。しかし、その周りを満たしているのは、やはり真空です。
法華経を最初に説いたのは、*大通智勝如来です。お釈迦様は、大通智勝如来の16番目の王子です。大通智勝如来が法華経を待ち続けて、*十小劫経ってやっと法華経が現れたそうです。現れたのであって、教えられたのでも、どこかから来たのでもありません。法華経には、法華経の教え自体を記述した箇所はありません。法華経とは何かあるいはどういう教えか、は書かれていないのです。法華経を保てという言葉は、たびたび登場します。どうも、*戒律を守れとか善行を施せという種類の教えとは違うようです。ただ*読誦・書写・*解説せよ、つまり触れていれば良い。保っていれば、自然に道が開ける、そういう教えなのです。法華経は、法に通じる教えです。空すなわち法に通じ、*因縁から離れる助けをします。八方ふさがりとなってしまった人生。因縁というしがらみが絡みついています。しかし、ちょうど、一つの原子が、電子と核を除けば、隙間だらけのように、しがらみをとれば空なのです。しがらみにとらわれていると窒息しそうでも、空間から考えれば、がらがらに空いているのです。御法や法華経を唱えると、空すなわち法に通じることが出来ます。大通智勝如来が法華経を待ち続けて、やっと現れたように、法はもともとここにあります。ただ、因縁によって、接することが難しくなってしまいました。億年という時間が過ぎたのですから。縁に因って魔になってしまった。また、縁がないから、地獄まで行ってしまった。とするなら、救われる縁をつければよいはずです。その縁は、法に戻れば、つながるはずです。もともとは空、いや見方を変えれば今なお空だらけなのですから。法に近づく合言葉、御法を唱える、または法華経を唱える、あるいは祈る。そうすれば、空に通じ、しがらみから離れることが出来ます。
しかし、ただ唱えても祈っても、通ずることが出来ない場合があります。姿勢です。あるお祭りの時、私に神様の声が聞こえました。「これでは、降りられぬぞ。」その時、いい加減と思えるようなお経が唱えられていました。この状態では、神様が、降りようとしても降りられないとおっしゃるのです。招待されて玄関まで来た時、「どうぞ。」とそっぽを向いて言われたら、普通は入れません。神様に失礼、お経に失礼と言うより、降りることを求めていないのではないかと、思われたのでしょう。あげなおしをすると、「まだだ。」「もう少しだ。」という声が聞こえました。そして、やっと降りて頂けたのです。確かに、お経や御法は神様に通じる、また降りて頂くには必要なものでした。その力が分かりました。また、そうするためには、量が必要なことも分かりました。
ビッグバンから140億年。霊界では、もっともっと膨大な時間が流れました。しがらみが、蔦のように絡みつき、しがらみだらけの世界に見えます。しかし、空間との連帯、法の霊気が、私達を救います。ただ単純に唱えればよいのです。もともとあった法が、しがらみを超えた道を示してくれます。そしていつか、その法に帰りましょう。因縁自体も帰るのです。
全てが、妙法に帰れますように。