理想の社会
「なぜ、もっと良い世の中にならないのだろう。」と嘆く人は、多いと思います。でも、そう言うあなたは、その世の中にふさわしい人でしょうか。良い世の中を維持できる人でしょうか。かつてユートピアを夢見た人達から、共産主義が生まれ、社会主義に変わり、社会主義国家が、多数誕生しました。働いた分だけ得られるはずの理想の社会は、強権的な腐敗した社会に変わり、次々に崩壊したことは、記憶に新しいところです。自己矛盾で崩壊するはずの資本主義は、修正を重ね、生き残りました。結局、競争は、無駄が多くても、人間には合っていたと言えると思います。人間は、今のところ、強制も競争もない状態では、努力せず安逸を貪ると思われます。よきライバルを持ったアスリートは、どんどん自分の力を高めていきます。敵がいなくなった企業は、大企業病に陥り、発展が止まります。病気があるから、健康に気を使い、死があるから、しっかり生きようとする。まだまだ、私たちには、病気も死も必要なんだと思います。現在の社会にある矛盾や不合理は、私達の心の投影と言えないでしょうか。私達は、暴力が当たり前、強いものが勝手を通す世の中を、徐々に変えてここまで来ました。ゆっくりではありましたが、着実に進歩したと言えます。若者は、一足飛びに、理想の社会を作ろうとしますが、人間が、変わらなければどうにもなりません。まだまだ私達の心は、未熟です。理想的な社会には、ふさわしくないと思われます。社会にある矛盾を一つ一つ解決し、その過程を通し、私達も前進しなければなりません。企業内不祥事が、次々に明らかにされました。以前なら公にならなかったものも、数多いと思います。企業を守るために秘密にする、それが当たり前でした。しかし、今は、隠すことが不利益を生みます。企業を守るのか、消費者の利益を優先するのかで揺れた担当者の心に、暖かい風が、吹いてきたと言えます。大切なことは、その矛盾と向き合った人がいたことです。矛盾を無くそうとしたその行為で、私たちも自分の中にある、ごまかそうとする心に気が付きました。社会を良くすることは、私たちを変えます。私たちが、進歩すれば、社会も良くなります。この世の矛盾を嘆くだけでは、何も変わりません。良くする一歩を、まず踏み出す、または踏み出した人に協力する。そして、心を見つめる。形だけ、こうなればいいと考えないことです。そうした小さな取り組みが、必ず社会の変化をもたらしていくと思います。
