信仰
1信仰という道
2 お山の信仰 
3 お山の慈悲
4 合掌そして祈り
5 挫折と向き合う
 閉塞を見据える
6 思いは通ず
 祈りは届く

7 この世の実体を
  知ろう
8 億年の因縁 皆帰妙法
9 唱えることの意義

法生寺
1 花のように お知らせ
2 法生について 地図
3 法生寺内地図・留心 
4 年間行事・月例行事
・お札



心と人生
1 自由に生きる
2 判断基準と優先順位
3 占いと霊視
4 前生と今生

5 神霊と私たち

6 心の修行

7 理想の社会

8 小さな幸せ

9 執着と向き合う

10 中道 偏らない心

11 メメントモリ 
 死を忘れるな
12 時空を超えて
 神からの俯瞰

13 霊界と顕界

14 法界縁起 一即一切

15 憑依と除霊そして霊障




信仰体験
1 此経難持 義父を偲ぶ
2 霊格の差を思い知った私
3 前世は剣岳の修験道
4 信仰で心に平安が
5 予知夢そして火災
6 囚われた霊を救え


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     *の語の意味
      
      祝詞 のりと
   神を祭る言葉
      題目
日蓮宗で南無妙法蓮華経の七文字
      神楽 かぐら
神を祭るための音楽や舞
      全う まっとう
成し遂げる。完遂させる。完全に果たす。
      スタンディング
      オベーション
観客が立ち上がって、拍手を送ること。プレーに感動した観客の最大限の賛辞。
      訃報 ふほう
   死んだという知らせ
 
      言霊 ことだま
言葉に宿ると信じられている霊的な力。声に出した言葉が、現実の事象に影響を与えると信じられている。良い言葉を発すると良いことが起こり、不吉な言葉を発すると、悪いことが起きるとされる。
      証 あかし
証拠。確証。裏づけ。実証。
    パワースポット
大地の気がみなぎる場所、そこに行けば、力が得られる
      
  唱えることの意義
言葉が聖に導く

 宗教儀式では、*祝詞・呪文・祈り・お経・*題目等、何らかの言葉を発します。それらには、一体どんな意義があるのでしょう?また、儀式には*神楽・相撲・舞・歌なども奉納されますが、それらも、どういう役割を果たすのでしょう?
 よく芸術家が、自分の作品に魂が入ったときの話をします。ある画家は、こんな表現をしていました。
「前もって、イメージを持つことはありません。絵画は、それ自体の生命を持っていますから、私は、それを*全うさせてやります。」
また、小説家もこう言います。
「物語が、自然に出来上がっていくんだ。初めに、こんな感じにとは思うんだが、まるで違う方向に走り出す。でも、そのほうが完成度が高い。自分は、それを書き写すだけ。」
*スタンディングオベーションを受けた声楽家も言います。
「父の*訃報を聞いて、舞台に立ちました。どう歌おうとも思わなかった。気持ちをこめたわけでもありません。口からメロディーが、歌が、流れ出したのです。」
過去の名作を見た人形師が言います。
「作り手の思いがまったく見えてこない。人形が人形として生きている。今にも動き出しそうなみずみずしい存在感に溢れている。」
これらの言葉の意味するものは何でしょう。それは、作品自体に生命が入っているということです。作品を作っているのは、人間ですが、そこに命がこもって来るのです。古来から言われている*言霊とは、ちょっと違います。人間の感情は反映されていない。出来上がった作品は、人間のレベルより高い状態になっている。そこに作意はなく、その表現のまま命が入るから、感動を呼ぶのです。宗教における所作や言葉は、これと似た状態と考えられます。私達が、一定の所作や決まった言葉を発すると、そこに、何かが入ると思われます。入るのは、魂・霊気・法などでしょう。芸術が感動をもたらしたように、その何かは、私達をより高く導くのです。信仰は無駄と考えることもできますが、元々の空から離れ、しがらみだらけとなった私達は、たやすく迷いの中に入り込みます。唱えるという単純な動作が、そこに入った何かによって、道が示されるのです。
 かつて、先師は、こう言いました。お山の方が、「御法を唱えよ。」とおっしゃった、と。私達は、このお山で、たくさんの奇跡を目の当たりにしてきました。それも、疑いが入り込む余地のないような奇跡でした。先師は、何重にも確かめをし、必ず*証を求めました。だから、私達は、先師が言ったお山の言葉を疑うことはありません。不可能を可能にしたお山、常に確かめをした先師が、間違うはずがありません。そして、事実、しっかり御法や法華経を唱えると、周囲が変化することを幾度となく確認しています。それは、ちょうど*パワースポットが自分の直ぐそばにできた状態と言えます。ただ、法華経は同じではありません。文言は同じでも、中身は違います。入るものが違えば、その作用も異なるのです。御法を頂いた私達が、唱える法華経は、他の法華経とは、もうまったく別物です。私達は、御法と法華経をしっかり唱えたいと思います。中にこもって頂けるように、言葉を発します。また、少ない量の繰り返しでは、元に戻ってしまうことも承知しています。唱える行を積み重ね、私達一人一人が、聖に至る門となります。