前世は
の修験道
ある年の六月、ヘンな夢を見ました。灰色で針のようなとげとげの山に向かって、先師と私とYさんが合掌しています。また、五〜十体の死体が、荼毘にふされている様子です。この夢を先師にお話しすると、「嫌な夢だな。」と、変な顔をされました。
同じ月に帰省して、我が家とご縁のある◆●●神社に、お参りしました。母と手を合わせていると、私の顔が、後ろ向きに、振り向くように動かされるのです。そして、神様が、「山!山!」と叫ばれているような気がしました。
お山(法生寺)で、このことを師にお話しました。「これは、お前のことを言っているのだ。●●さんは、お山にすがれと言っているんだよ。」先代の宗主様がいらっしゃったので、立山登山のことをお話しました。すると、「何人で行くの。気をつけて行っておいで。」と言われました。
そして七月になり、七人で立山に登りましたが、途中でルートを誤り剣岳に向かうことになってしまいました。三の窓雪渓に来て、自分たちが、どんな大変なことをしているのか自覚しました。危険を感じたリーダーは、上のほうで雪上訓練をしている大学生に助けを求めようと登っていきました。大学生たちは、私たちに、ピッケル・アイゼンを貸してくれ、ビバークする場所を見つけてくたりしました。私たちは、一休みしてまた登り始め、岩場に差し掛かりました。しかし、そこでどうにも身動きがとれません。降りようとしても降りられず、登ろうとしても登る足場を見つけられない有様です。そういう私たちを、下から上がってきて、追い越していくパーティがありました。どんどん登り、やがてはるか上のほうに行ってしまいました。身の危険を感じた私は、必死にお山を念じました。「どうぞお助けください。」とお願いしながら、御法を唱えました。暫くすると、あの通り過ぎていったパーティの姿が近づきます。戻ってきたのです。そして、岩場を降りて来てくれたのです。動けなくなったと話すと、「俺の歩いた跡をたどってください。」と言って登り始めました。ほんのわずかな出っ張りを使って登っていくのです。やはり熟練の登山家は違います。跡をたどれば登れるのです。岩場を登りきり、「よく戻ってきてくれました。」と言うと、「自分は戻りたくなかったけれど、キャップが『あいつら死ぬぞ。』と言って戻ったので、仕方なく付いてきただけです。」と言いました。こうして、何とか剣岳の頂上に出て、鎖のある一般ルートを下ることができました。山小屋に着き、たどったルートを説明すると、管理人は私達の装備に唖然としています。「あなたたちのその装備で登れるわけが無い。無知ほど恐ろしいものはありませんよ。」と言いました。山小屋に張ってある地図で、そのことをはっきり確認できました。通ったルートに、滑落、死亡の印が、たくさん書き込まれていたのです。
帰京後、宗主様に電話をしました。「死ぬところでした!」とお伝えして、後は言葉になりませんでした。「全員無事だったの?実は、貴女が立山に登ると言ったとき、貴女の体の脇から、冷たい風が吹いてきたんだよ。死ぬことはないが、危険な目に遭うと思った。でも、貴い体験をするので、行かせましたよ。下山できたのは、貴女達の体力だけではありませんよ。この世に神や仏がいることが分かりましたか?」そして、先生は一言、「前世の約束事であった。」
同年十月、いきなり『ケンザン』に全身が刺されるリアルな夢を見ました。6・7cmの太い針がびっしり植えられた板が、私を挟み込んだのです。油紙を取ったばかりのぎらぎらした切っ先でした。目覚めて、ふと、『ケンザン』て何て書くのかなと気になり、広辞苑を開きました。不思議なことに、一回で目的のページが開き、左下に目線を下ろすと、・・・『剣山』・・・鳥肌がたちました。恐かったです。師は、「剣(つるぎ)、魔界の王か。この者の命をとり損ねて付いて来たな。沢山の命を奪ったなぁ。まだ懲りぬか。お山に帰依して、命を奪った者全てを、妙法の世界へ連れて行け。立山連峰の一つとなるように。」と剣の主に話されました。そして、私に、「お前は、前世は剣岳の修験道だったな。男だよ。」と言われました。
某月、また夢を見ました。座ってうなだれ、苦しそうに首を振り、畳を引っ掻いている私に、知り合いの霊能者が、お経をあげるのですが、埒があきません。すると、奥から師が出て来られ、「どれどれ、わしが見てあげよう。」そして「どうして、この者に付いて来た?」と私に聞きました。すると「お経が聴きたくて付いて来た。」と答えるのです。次に、宗主様が優しい笑顔で来られました。ボールに、湯気の立った真っ白な山盛りのご飯を持ちながら。「どうぞ。」と言って、畳に置かれました。私は、夢中になって口だけでむさぼり食べるのです。これは、山で死んだ人達の餓鬼の姿でした。私に付いて来たそうです。
私は、前世であの岩場で命を落としていたと思われます。今世でもそこへ行く事となり、死ぬ運命だったようです。因縁の不思議を思います。お山があればこそ、今生きている私がいます。そして、それを事前に察知し、お山にすがれと教えてくださった■●●神社の神様、有り難く御礼の言いようもありません。