猿の惑星 征服−CONQUEST OF THE PLANET OF THE APES
72年米(87分)

監督 J・リー・トンプソン
脚本 P・デーン
制作 アーサー・P・ジェイコプス
             
●あらすじ ●登場「人物」 ●登場「猿」 ●ネタバレ・ストーリー ●感想

●あらすじ

       
成長したシーザーが猿を組織化し人間に反乱を起こす!

1991年のアメリカが舞台。巨大メガロポリスを支配するのは冷酷な知事ブレックだった。コーネリアスとジーラの息子、シーザーは猿たちが人間の奴隷として酷使されているのを目にする。

シーザーは猿を指導する施設に潜入し仲間の猿たちを組織化しブレックに対して反乱を起こす。

●登場「人物」
アーマンド シーザー(マイロ)を飼っていたサーカスの団長。ブレック達に尋問を受けて、最後には飛び降り自殺をしてしまう。
マクドナルド ブレック州知事の側近で黒人。猿には同情的でシーザーを逃がしたり電気のスイッチを切ったりと協力する。猿と人間の共存を唱える。
ブレック コンピュータに管理される大都市の知事。猿族の人間への反抗を恐れ冷徹な管理体制をしく。シーザーをオークションで1500ドルで購入する。
コルプ ブレックの部下。シーザーを探す場面やアーマンドに尋問する場面などに出てくる。目立った活躍はなし。

●登場「猿」
シーザー ジーラとコーネリアスの子供で言葉を話すことができるチンパンジー。元々はマイロという名前だった。ブレックに飼われた際に名前を本の単語から選ぶ方法で自らシーザーとなった。奴隷の立場から反乱を起こし猿の惑星を宣言する。
リザ 人間に使われている奴隷のチンパンジー。シーザーと交尾をさせられる。最後の場面で「や・や・やめて」と一言、言葉をはっした。

●ネタバレ・ストーリー

             
北アメリカが舞台。緑や赤の征服を着たたくさんの猿が訓練を受けている。

アーマンドとマイロ(シーザー)はヘリコプターでメガロポリスに到着する。

アーマンドとマイロ(シーザー)はメガロポリス内でポスター配りをしながら見て回る。

猿を虐待している警官達を目撃する。注射を打った時、マイロ(シーザー)は「汚い人類め」と叫ぶ。

アーマンドとマイロ(シーザー)は警官に疑いをかけられる。

アーマンドはブレック、マクドナルド、コルプから尋問を受ける。

マイロ(シーザー)はメガロポリスに輸送されている猿の檻に忍び込む。

マイロ(シーザー)は訓練をうまくこなしていく。マイロ(シーザー)はリザと交尾をさせられる。

猿のオークションでマイロ(シーザー)はブレック知事の目に止まり彼に飼われることになる。

マイロ(シーザー)はブレックの考えで本を使って名前を選ばせられる。「シーザー(Caesar)」を選ぶ。

アーマンドはウソ発見機のようなものにかけられて混乱し飛び降り自殺をしてしまう。

シーザーはアーマンドの死を悲しみ、自らがリーダーとなり、たくさんの猿たちに反乱を企てる。

輸送した猿のリストからシーザーが紛れ込んだ猿であることがブレック達に、ばれてしまう。

マクドナルドはシーザーをかばう。シーザーはマクドナルドに言葉が話せることを伝える。

シーザーはメガロポリスから逃亡するが捕まり、ブレック、コルプ達の手によって尋問を教養され話せることを認める。

シーザーはアーマンドのおかげで一命を取り留める。シーザーは仲間の猿を束ねて反乱を開始する。

大量の猿たちは警官に攻撃を加えて防衛隊をも退ける。ついには猿たちが司令部をのっとる。

ブレックも猿たちに捕まる。シーザー達はブレックを殺そうとするがリザが「や・や・やめて」と言葉を発する。

シーザーは人間を奴隷にして猿たちが支配していく「猿の惑星」が完成したことを宣言する。

●感想

       
この作品も「新・猿の惑星」と同じタイミングで知りました。高校時代に見たのが最初です。

まず思うのがシーザーはコーネリアスとジーラの子供です。ですからああいったデザイン(体型)の猿なのは不思議ではありません。しかしなぜ訓練されている緑の服を着たチンパンジー達や赤い服を着たゴリラ達はシーザーのような形なんでしょう?

チンパンジーもゴリラもジーラ達が辿り着いた1973年は普通のデザインのはずです。マイロ博士を殺したゴリラを思い出してください。あんな奴のはずです。それが1991年になったからといって、なんであんなに発達するのでしょうか?

映画の中ではアーマンドが「猿の体格がよくなった」と説明していましたが僕は納得しません。
どう考えても映画として演技をする以上、人間が猿の着ぐるみの中に入るしかなかったためにああなったんだと思えます(笑)

そのへんが猿の惑星の年表というかつじつまと微妙にあってないように感じてしまってイマイチのめり込めません。かなりの年月がたたないとシーザーのような体型の猿にはならないでしょう。まあでもシーザーと他の猿との見た目がはっきりと違ってしまうとシーザーは町も歩けないということになるし、他の猿に紛れるのも無理ということになります。理屈はわかりますが僕はどうもそのへんがすっきりしません。

しかし猿の惑星の歴史の中でシーザーが「猿の惑星宣言」をするのは大きな意味を持つ場所ですのでストーリーとして取り上げないわけにはいかないポイントではありますので仕方がないんでしょう。

具体的な内容に入ります。人間の奴隷として猿は使われています。しかし見ていて思うのは人間が自分たちでやった方が効率がいいのでは?っていう疑問です(笑)

見る限り失敗も多そうだし、あの大きさの動物なら食費もかさむし、間違って余計なことをしそうだし、どう見ても僕だったら「いらない」です。犬や猫が絶滅して猿を飼うことにしたというところまでは、まあいいとしましょう。しかし猿が大きくなったり野性的な凶暴さを見せたりとかして飼い続ける気にはならないのでは。

映画ではなく現実の話ですが日本では野良犬や野良猫を政府が焼き殺して数を管理しているという噂を聞きます。それと同じで猿が反乱を起こさないように殺すなど数を管理していても不思議じゃないような気がします。それじゃなくても1973年にジーラとコーネリアスのしゃべれる猿の夫婦が地球にきて「未来になったら猿が地球を支配する」という話をしているわけです。色々な意味でちょっと政府が安易すぎるのでは?という気がしてなりません。

まあそんなことで僕はこの作品はちょっと微妙な印象で名作とまではいかないというのが正直なところです。

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