|
各地で4人の命を次々に奪い、19歳の「連続射殺魔」と大騒ぎになった事件である。
極貧と虐待の悲惨な少年時代、集団就職、密航の失敗、米軍基地で盗んだ短銃、事件と逃避行、獄中での著作刊行に結婚、そして一度は無期の判決を受けながらの死刑確定と執行。97年に48歳で処刑された永山は、著作の印税をペルーの貧しい子どもたちのために使ってほしいと言い残した。
弁護士だった大谷恭子。その「永山子ども基金」は、大谷を代表に今も続く。
ペルーと日本の子どもたちの交流も生まれた。永山が結んだ縁である。
2016年8月
|