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大阪

 4月26日早朝、痛い尻をさすりながら、さわやかな初夏の風吹き抜ける大阪に着きました。12時20分の関空集合にはまだかなり間があったので、大阪に住むタタケ山さんの友人に案内され、ミナミのプチ観光なぞします。グリコのおっちゃんは最近トレーニングウエアをアディダスで新調したそうで、なかなかお似合いと言いたいところですが、ブルーの色がイマイチ。やっぱり見慣れたものが一番なんでしょうか。安心感あるからな。

 ところで、大阪というところに来たのは数年ぶりですが、相変わらず路上の交通規則が良くわかりません。アメ村あたりでは5回ほどクルマにはね殺されそうになりましたが、平壌に着く前に死ぬわけには行きません。

タタケ山さん:ふぐちゃああん(私のこと)、朝からもう5回は死んでるよお

私:平気や。それよりタタケちゃん見い、5月の心斎橋やでえ、さわやかやわあ。イチョウの新緑最高やん。

タタケ山さん:フグちゃん完全に切れてる・・・ここで私がしっかりしなきゃ関空に着かない。

 平壌はまだまだ遠いです。

さてさてツアー本番

 午後12時20分、きっちり定刻に関空に着きました・・・とは言っても、本当は普通列車を使ってもっと早く来るはずが、大阪観光にエキサイトしすぎた上に難波駅構内で迷子になり、特急代500円余計に払ってぎりぎりの到着です。こういうことは1人旅だと絶対起こらないのですが、2人だとどうしても気が緩みますね。本当に大丈夫かいな・・・

 待ち合わせの国際線Cカウンターに来ると、私たちと同じ「C社」の荷物タグをつけた旅行者が大勢います。これは予想外!せいぜい10〜20人くらいのツアーを想像していたのですが、どう勘定しても5〜60人以上はいます。大部分は中年以上の方々ですが、時折私たちくらいの世代の人たちも。中には、どう見ても「イタリア」といった感じの可愛らしい女の子たちもいます。

 さて、旅行会社の人に名を呼ばれ、ヴィザに相当する書類と入国申請書、税関申告書をもらいます。結局参加者はC社から56名、更に驚いたことに、大手旅行代理店K社からも約30名が参加し、3台のバスに分乗してほぼ一緒に行動するということで、予想以上の大ツアーです。実は私、「パックツアー」という形式の旅行は修学旅行以来なのですが、うまくやっていけるのでしょうか・・・。

 そして旅行前、おじさまに、ツアーに参加するのはせいぜい10人くらいだろうから、現地に行ったらあちらのガイドという名の監視役さんに頼んで、予定になくても見たいところに連れていって見学させてもらえ、あちらも自分の国の良いところを見せたいから、喜んで連れていってくれるゾ、と入れ知恵されていたのですが、これはちょっと無理そうです。がっくり。あ、そういえば言い忘れましたが、おじさまは10年ほど前、北朝鮮旅行を経験ずみなのです。

 気を取り直してフライトチェックインも出国審査も済み、指定されたゲートへ行くと、既に本日のヒコーキが私たちを待っていました。

 14時20分発ウラジオストク航空806便 ツボレフ154型機

 ・・・恐ろしい。出発前、いろいろな人にさんざん「拉致されるぞぉ」だのと驚かされましたが、私が今回の旅行で一番切実に恐怖を感じていたのは、実はこのヒコーキに対してだったのです。事前に収集した情報も、

1. 中国の国内線でお払い箱になったセコハン以下の機体で
2. 着陸後逆Gがかかった瞬間、椅子の背もたれが一斉に前に倒れ超危険
3. 荷物入れはもろ「網棚」
4. フライト中には異様に翼や機体がきしみ
5. 機内食とスッチーのおねえさんは既に問題外
6. ロストバゲージが多いので、絶対1泊分以上の着替えなどを機内持ち込みにすること

・・・とまあ、いいところなど一つもありません。

 ところが、実際にはこのヒコーキ、案外悪くなかったのです。推定軍人上がりのパイロットの腕も素晴らしく、快晴の関空の空を、淡路島や六甲の山々を見わたしながら鳥のように舞い上がる気分は最高ではないですか!ツボレフ君はボーイングやエアバスの飛行機のように、エンジンの推進力でグイグイ上昇するのではなく、鳥のように気流に乗って行くような感じがします。その分上昇・下降にずいぶん時間を要するような気もしますが、とにかく怖くはありません。おまけに御飯も結構いけるし、スッチーのおねえさんは若いロシア美人で、サービスも笑顔も普通と言える水準でした。ちなみに、事前に収集した情報は1. 2. を除いては既に時代遅れ、あるいはデマでしたので、御安心を

(情報6. に関しては後に書く理由のため未確認ですが、これはロシア出張の多い知人の情報なので、これから旅行なさる方は注意して下さい)。

 2時間ほどのフライトで、滑走路ガタガタのウラジオストク空港に着陸。時差のため現地時刻は18時30分ですが、実際にはまだ全然昼間です。ここで一旦パスポートと乗り継ぎ航空券のチェックを受けます。さすがに旧共産主義国家の空港らしく、カメラを出すと早速ピピピッと笛を吹かれ、少々ビビリますが、なんせこちらは悪名高きニッポン人の団体さん。知らんぷりして写真撮り放題の一行に、しまいには係官もお手上げポーズをしてそれっきりです。まあ昔だったらそうはいかなかったでしょう。

 売店も何もないトランジットルームで1時間ほど待機している最中、K社のツアーで参加されている御婦人と話しました。何とも驚いたことに、ほとんど同じ内容のツアーなのに、K社のツアー料金は私たちのものより10万円近く高かったのです。K社のは羽田から関空の飛行機代も込みの料金ですが、それにしたってプラス3万円程度でしょう。御婦人曰く、大手の安心料ということですが、現実には、珍しい土地の旅は、専門旅行社の方が安心です。

 ※後にわかったのですが、案の定、K社のツアーを実際に導いていたのはC社さんでした。ツアー代金の差額はマージンですね。

 さあ、いよいよウラジオストクから平壌に向かう飛行機に乗り込みます。話に聞くところによると、北朝鮮の航空会社・高麗航空のスッチーさんはなみなみならぬ美人ぞろいだそうですが・・・あら?私たちが導かれたのは、さっき関空から乗ったウラジオストク航空の、同じ機材です。ここから先はチャーター便扱いだそうで、気がつけば旅行日程パンフレットにもしっかりそう書いてあってちょっとがっくり。荷物も機体の腹に納まったままなので、ここで一応ロストバゲージの心配はなくなりましたが、重たい思いをしておパンツだの洗面用具だのを入れたリュックがちょっとバカらしく感じました。まあいいや。平壌に向けて出発だあ!

やっと平壌、18時過ぎ

ピョンヤンピョンヤン
たのしいピョンヤンゆかいなピョンヤン
ピョンヤ〜ン、ピョンヤン

 ・・・と行きたいところですが、ここ北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国の空の玄関、順安空港ターミナルビル1階では、先ほどから神妙な空気が漂っています。いえ、たいしたことではないのですが、この国では入国の際にも、例の空港のセキュリティーチェック用ゲートをくぐって身体検査を受けるのです。普通は逆なんですが・・・。当然手荷物も大荷物もX線検査を受けます。それも成田や関空ではあまり見かけないような慎重さで、ゆーーーっくりと中身を観察しています。念のためフィルムをX線遮断ケースに入れておいてよかった。人体の方も、ゲートでブザーが鳴らなくても、1人1人慎重に金属探知器でスキャンされます。

 かと思うと、セキュリティチェック後に来るヴィザ発給の審査は妙にあっさりしていて、本人だかなんだか確認もよくしないまま、すぐにOKが出て無事入国となりました。係官のおじさんの笑顔も成田空港並みで、あらら拍子抜けです。ちなみに、この国ではパスポートに何のハンコも押してくれませんので、帰国してから人にみせびらかすことはできません。

 ・・・しかし、80人の入国手続を2つのラインでさばくので、ここで2時間近くを要してしまいました。が、なにしろ超興奮状態で、全然疲れを感じません。われながら不気味です。ヒマを利用してあちらこちらで自己紹介がはじまりますが、会話はなんとなくお互いに探りを入れるようにスタートします。なんせ相手はツアー客に紛れ込んだ間諜かもしれません。そんなわけないでしょうが・・・。恐る恐るの第一声は決まって、「あのぉ、なんでこのツアーに参加なさいました?」です。

 理由は人様々。ちなみに、私たちが乗り込むことになったツアーバス55号の総員28名の内訳は、在日コリアンの方々が3分の1弱、いわゆる旅好きの方々が3分の1強、そして残り少々はいわゆる「ヲタク」の方々です。

 え?なんですって?これから皆さんのパスポートを回収しますって??おっとお・・・これって、何か悪いことしたら返さないゾってことでしょうか。いえいえ、悪いことして帰されないなら自業自得ですが、たとえば、まさお君が再びディズニーランドに行きたい、なんて思っちゃったりしたら。そして、また成田かどこかで身柄を拘束されちゃったりなんかしたら。

 いや、ヘンなこと考えるのはよしましょう。この国と日本は国交がありません。したがって、日本大使館もありません。もしもパスポートを自分で持ち歩いて、町中で紛失するようなことがあったらコトです。預かってもらったほうが安心・・・というように、前向きに考えたほうが精神衛生上良いでしょう。あーーー。

 これから残り4日間を共に過ごす運命共同体を乗せ、バスは月下、ポプラ並木を走り抜けます。時折車窓から見えるスローガンのタテ看に、祖国防衛から食料増産まで、様々なテーマで描かれた壁画がフンイキです。

 ところでこのツアーバス55号、よく見ると新潟県の「頸城バス」のお下がりでのようです。ちなみに、並走するツアーバス57号は「松電バス」。この組みあわせは白馬岳か?

ほんとに平壌

 25分ほど走ると、これから先帰国までお世話になる、現地ガイドにして気苦労の見張り役・リさんがやおら、「はいっ、皆さんの前に見えてきたのが、金日成首席が休まれている『錦繍山記念宮殿』ですね」と、ちょっと声をうるわせて説明を始めました。おおっ!!私たちを出迎える故金日成首席の大肖像画に、思わず車内がどよめきます。ちなみにここ錦繍山記念宮殿では現在、外国人は事前申し込みの上で週2回、火曜日と金曜日に首席の遺体に対面できるそうです。

 バスは錦繍山記念宮殿の真っ正面まで来ると右折、金星通りに入ります。途端に周囲は電飾の嵐!街路樹の1本1本にクリスマスふうの豆電球が取り付けられ、更に道路のロータリーや広場にセットされた、ちょっと茨城あたりのパチンコ屋っぽいデコレーションに、思わず圧倒されます。

タタケ山さん:うっわ、表参道もまっさお・・・

 いえ、表参道と言うよりは、剣菱邸もまっさおと言うべきでしょう。何度も繰り返しますが、とにかく圧倒されます。

 ところが、しばらくして気がつくと、街路は豪華に飾り立てられているのに、通りの左右に林立する中層のビル群が、妙に暗いのです。まったく使われていないように見えるビルも相当数あります。リさんもそれに気がついたのか、「ここは金日成総合大学。今日は週末なので、みんな帰っちゃったみたいですね。暗いですね」と説明します。まあ、千葉大学あたりを週末に通ると、やっぱり校舎全体真っ暗だわな、とも思いましたが、通りとの対比があまりにも極端です。そして、真っ暗な建物の上に、妙にデカデカと赤や青のハングル文字のネオンがきらめいています。よくわからない感覚です。

 この後私たちを乗せたバスは凱旋門、千里馬像、ちらりと見えた万寿台の巨大金日成像と、見るものすべてにいちいち歓声を上げ、大同江の橋を渡り、ちょっと笑えるボウリング場のピンのオブジェを見、平壌ではほとんどはじめて見たとも言える、全館煌々と明かりのついた高層建築(平壌産院だった)を左手に眺めて、夕食会場・清流レストランに到着。ここで、今回の旅行中とてもお世話になった在日コリアンの梨花オンニ(お姉さん)と同じテーブルになりました。皆さんとお疲れさま!ということで、様々な旅行記HPで悪名高き北朝鮮ビールで乾杯します。ちなみにこのビール、まずいだの硫酸が入っているだのと散々な言われ方をしていますが、実際には北欧の自家醸造ビールとまったく同じ味がして、私にはおいしく感じました。でも、スーパードライ系のビールが好きなガキにはどうかしらん。まあ、ともかく乾杯。

謎の音響

 夕食中、午後9時半頃、にわかに外から雷鳴のような音が連続して聞こえてきました。はじめは「雷かね」などと話していたのですが、その気配もなく、どうも不気味で、一同落ち着かなくなります。そのうちに誰かが「悪の枢軸」攻撃がはじまったかね、と言い出したのですが、ジョークにならん。

 結局、この音響は花火だろうがよくわからない、マスゲーム本番に向けて、タイムテーブル通りの予行練習でもしてたのでは?ということで、無理やり一件落着してしまいました。いずれにしてももう来ちゃったんですから、花火だろうがデイジーカッターだろうが構いやしません。こういう国家ですから、何事か起きれば一般の想像とは逆に、国の威信をかけても私たちを守ってくれるだろうなどと、妙な信頼感さえ湧いてしまいます。頼みますゾ総書記どん!

 ところで、食事を終えてなんとなく落ち着いてくると、人間行くところに行きたくなります。厠です。朝鮮語で「イセンシル」。気がついたらタタケ山さんがすっといなくなったので、「おや行ったな」と思っていたら、1分もしないで戻ってきてしまいました。

私:どーしたの?

タタケ山さん:いや、フグちゃん、ここのトイレ、すごいよ。

私:ばっちいの?

タタケ山さん:いや、ばっちくはないんだけど、なんて言うかその・・・はじめて見るタイプ。

私:よし、勝浦漁港のトイレでも平気な私が、一発トライしてみましょう。

・・・・・・・

 このイセンシルに関して、私はぜひ言いたいことが山のようにあります。確かに汚くはない。水がよく流れないとかそーいうこともたいした問題ではない。これに関しては詳しく書きたいので、別項目をひとつ設けます。このHPを見ている朝鮮民主主義人民共和国の観光担当者諸君、目をそむけず絶対読むように。

おつかれさまでした

 午後11時前に宿泊先・羊角島ホテルに到着。大同江の中洲にそびえる47階建て・回転レストランつきの高層ホテルは、これまた様々な旅行記HPで「怪しい」「全館使われている気配がない」などと書かれていますが、さすがに鳴り物入りで開催される「アリラン祭典」を迎え、こんな深夜もロビーから上の方まで結構にぎわっています。私たちが泊まったのは17階、お湯もきちんと出て快適でした。その夜はもう出歩かず、1チャンネルしかないテレビ観賞を決め込みます。

 このテレビが意外に面白いのです。特に深夜に放映された時代劇ミュージカルは、字幕を入れて日本のミニシアターあたりで上映したら、結構いけるのではないかしらん。後にもいくつかのドラマやミュージカル映画を見ることになりますが、なんというか、北朝鮮映画って、インド映画にノリが似ていますがな。

 ところで、さっきからタタケ山さんがなにやら泣いています。どうしたの?おやあ、レストランから持ち帰った北朝鮮ミネラルウォーターのペットボトルから水がもれちゃったんですね。こーれはすごい。お財布の中の日本円までびっしょ濡れです。あらあら、カバンを逆さにしたら、ザバッと水が出てきて、まるっきりバケツです。実はこのころ、あちこちの部屋で同じ光景が展開していました。北朝鮮旅行の必需品に、日本製のガッチリしたペットボトルはぜひ加えるべきでしょう。

  

 

平壌ならぬ法善寺横丁にて。このころの私たちはまだ無垢でアホだった。あの世界を知るまでは
噂のツボレフ。スラヴ式整備で塗装のあちこちにサビっぽい色が浮いています
そのうえ、身売り前は中国の国内線かなんか飛んでましたね・・・
機内で出たロシアビール。案外いけます
北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国、順安空港ターミナルビル。外観は撮影禁止らしいのですが、それほどごたいそうなモノには見えません。屋上真ん中の金日成首席の肖像、わかる?
飛行機を降りてターミナ車内ルビルに向かうバス車内。さすがに緊張しているのか、それとも疲れか、皆無言です
おそらく七星門通り付近。表参道なんぞメじゃない強烈な個性の電飾が「金日成廟」錦繍山記念宮殿付近から市内まで続きます
夕食は「清流レストラン(チョンリュシクタン)」で。はじめは薄暗い照明で、まあ物資不足だろうし仕方ないと言った感じでしたが、本文中にもある謎の音響のあと、10分ほどでパッと華やかなライトがつき、宴会ふうに明るくなりました。市内に回す電力ができた、ということでしょうか
いろいろな噂のある北朝鮮のビール。実際にはヨーロッパの自家製ビールと同じ味の、素朴なビールです(T)
夕食はスープ御飯。一見品数が少ないように見えますが、この後もじゃんじゃんオカズが出てきまして、全体に御飯は悲しいくらいおいしかったです。向こうに見えるのは、この後タタケ山さんに厄災をもたらすペットボトル
意外に楽しい北朝鮮のテレビ。これは歌謡番組軍隊プロモ編ふう。あくまでも健康的な歌の背景に「楽しい軍隊の日常」「祖国を守る我ら」「兵士の恋」てな感じの単純なストーリーで構成される映像つき。「わかりやすさ」は社会主義国家における芸術の基本です
金正日総書記・・・(万景台学生少年宮殿ホールにて)
事の発端
4月26日(第1日)
4月27日(第2日・午前)
4月27日(第2日・午後)
4月28日(第3日・午前)
4月28日(第3日・午後)
4月29日(第4日・午前)
4月29日(第4日・午後)
4月30日(第5日)
番外編1・北朝鮮のトイレ
番外編2・羊角島ホテル
旅のお便利メモ