丘陵を削ってぶち抜いた弾丸道路。車の往来はごくごく少ないのですが・・・
軍事境界線に入るゲート
板門店付近の地勢模型。ところで、北朝鮮はこのような模型やパノラマイラストを使ってプレゼンするのが大好きなようです
軍事境界線の中を行く。フェンスの向こうは水田。時折出現する荒れ地の地面には大きな穴ボコがあいているのが見られます
休戦会議の会場
中はこんなふう。北朝鮮側の席と、国連軍側の席に別れています
休戦協定が結ばれた建物の軒下には・・・
休戦条約の調印がなされたテーブルに立つ国旗。こちらが北朝鮮側
こちらが国連側
休戦条約調印会場にはこのようなイラストや写真がバンバン展示してあります
ところでこんなこと言うとブーブー言う人もいるんでしょうが、若き日の金日成首席ってかなりハンサムなんですよ。この写真なんかはどちらかと言うとあまり良くないほうです。もっといいのも一杯ありまっす。見目よい容姿はリーダーの条件なんっすかね

地図はこちら

 ホテル備え付けの目覚まし時計が鳴りだしました。朝です。

 いつになくガバっとベッドから飛び起きた私は、急いで部屋のカーテンを開けます。視野は墨を流したような一面の灰色。大同江の向こう、遠くに見える主体思想塔も、今日はぼんやりとしか見えません。時折、くっきりと見えたかと思うと、また霞んでしまう。雨です。

「あー天気予報当たった。サイテー」

 今回の旅行の初日、夕食のテーブルで話題になったのが天気のことでした。いったい雨天でもマスゲームは決行されるのか・・・Yahoo Japanの天気予報では4月26日は雨、同じYahooでもcom.のほうは晴れ。気象衛星の写真を見ると、ちょっと心配な位置に次の低気圧が進んでいました。リピーターの人たちの話では、4月末から5月初旬は比較的天気が安定しているとはいうけれど、私たちが北朝鮮に到着した時点で、既にかなり長い間雨が降らなかったので、そろそろ危ないのでは?

 そのときの添乗員のムンさんの話では、基本的には雨でもマスゲームは決行、ということだったのですが、それにしても今朝の雨は、土砂降りの強雨です。仮に決行したとしても、山車などの装置にトラブルは起こらないのか、旗のようなものはきちんとなびくのか、等々、心配は尽きません。

 まあいい、マスゲーム開演の夜まではまだ時間があるし、心配は後ですればいい。早く朝ご飯にしましょう。今日は平壌から150km以上離れた開城、板門店を観光し、夕方までに戻ってくるので、出発時間が早いのです。

 起きろ、タタケ山!

マスコミ御一行様御成

 今日の朝食はカレイではなく、小型の推定カムルチー塩干物つきでした。私の生まれ育った千葉県印旛郡でもこの魚をテンプラか何かで出す食堂があります。しかし、他人が食べるのを目撃したことはあっても、私自身ははじめて食べた・・・うまくない。

 それはさておき、そそくさと朝食を終えると、出発予定時間よりは少し早めにロビーに降りてみました。ああ、やっぱりいたいた。マスコミ御一行様がロビーのあちこちで適当な相手を見つけては、インタビューの最中です。タタケちゃんがボーッとロビーの真ん中に進み出ていくと、さっそく日本テレビのカメラマンがタタケちゃんにインタビューを申し込み始めました。なんと言っても「花のある」画面作りには、やはり若い女性へのインタビューが欠かせません・・・が、タタケちゃんは逃げ、カメラマンはもっと若い2人姉妹をとっつかまえてインタビューしはじめました。初日に関西空港で「まるでイタリアにでも行くような」と表現した女の子の2人組です。彼女たちはこう見えても過去に南米に留学したり、なかなかヘヴィな経歴の持ち主で、意見もしっかりしています。

私:あーあ気の毒。ああいう連中にかかると、無知なギャルギャルがしゃべっているみたいに編集されちゃうんだよねー

タタケ山さん:テレビってさー怖いよね。うまく編集すると、実際とまるっきり逆のこと言ったみたいに見せられるしね

私:テレビなんて嫌いだ、フンッ

 大昔、新聞社系の雑誌でイラストを描く仕事をしていた頃、記者の人に連れられて新製品etc.のマスコミお披露目会などに行くことがありましたが、そのたんびにテレビ連中にいやな思いをさせられた記憶が、ン年ぶりにムラムラと甦ります。

タタケ山さん:きっと今回のマスゲームだって、軍事関係のシーンだけ集めて編集されちゃうんだろうね〜〜〜。今から既に想像つくわ

私:テレビに負けるな北朝鮮。朝鮮民主主義人民共和国の真の姿を伝える伝道師は、われわれじゃあ

 そこに、やはりどこかのテレビ局につかまっていた甘元君が、転がるようにして私たちの所に走ってきました。

甘元君:やっべー、オレうっかりして「この国なくなりそうだから」とか言っちゃった。サイテー。

私:あーあ、明日になったら甘元君だけ滞在御延長だね。よかったねぇいろいろ見せてもらえるよ、炭坑で作業体験なんちて

添乗員のムンさん:さー、時間ですよ、バスに乗って乗って。板門店は遠いですからね〜

ハイウェイ

 私たちを乗せたバス55号は、かなり強い雨足の中、ハイウェイを開城に向けて爆走します。

 車窓に広がる耕地の土はしっとりと雨を含み、農家のおじさんが見たら「おいしそうな」と言いそうな黒い色をしています。昨日見た畑のような土だったら、雨に濡れたくらいでは黒い色になりませんから、確かにこの辺は土地が肥えているのでしょう。そういえば、昨日はあまり見なかった田んぼもあちこちに見かけるようになりました。日本で言えば東北地方くらいの緯度になるこの辺りでは、まだ田んぼに水は張ってあったりなかったり。当然田植えもまだ始まっていません。

 梨花オンニがお母さんと話しているのが聞こえます。

「昨日お母さんが、雨が降らなくて畑がかわいそうだってずーっと言ってたから、雨ごいになっちゃったね。もう一日待ってもらえばよかったね」

 そういえば、以前読んだ朝鮮の小説にも旱魃のことがしばしば出てきたようん気がします。しかし、これで畑も一息つくことができたでしょう。願わくば、夕方までに止みますように。大水で田畑が流されないように、ついでに無事マスゲームが開催されるように。

 それにしてもバス55号は、相変わらずものすごい勢いで走ります。初日から私たちに付き合っている運転手先生はスピード狂。並走するバス56号やK社のツアーバス57号に対して、盛んにクラクションを鳴らしては何やら煽っています。日本だったら命がいくらあっても足りなさそうな走りですが、幸いここは北朝鮮。ハイウェイはほぼ貸し切り状態です。

 その上さすがと言うべきか、開城・板門店〜そして韓国に続くこの道は相当にしっかりしたものです。いざというときには、戦車や装甲車も走れるような分厚い舗装になっているからなのでしょうが・・・。しつこいようですが、日本国が誇る大動脈・東名高速道路の穴ボコっぷりとはどえらい違いです。

私:知ってる?日本でもさー、京都から舞鶴に行く高速道路は戦車が走れるようになってるんだって

タタケ山さん:えっそれマジ〜?

私:どうだかね。前にオタクな友達が言ってた。さて一体誰が攻めて来るでしょう

タタケ山さん:うっ・・・

私:話は変わるけどさあ、冷戦終了前のことなんだけれど、スイス人と兵役の話題になって、演習で仮想敵がどうのこうのって話になったのよ。そこで私は彼に長年の疑問をぶつけてみました。「スイスって一体仮想敵国なんてあるの?」

タタケ山さん:むむ

私:そしたら彼はあっさり言いました。"Red Army "

タタケ山さん:う〜ん・・・

 ところで、さっきからなにやらバスの最前部が盛り上がっています。どうやら現地ガイドのリさんが前方のみなさんに冷やかされているようすです。なになに、リさんの奥さんについてですって?聞きたい聞きたい!リ〜さーん、マイクで話して下さーい。

リさんの結婚

 −−−この国では結婚はお見合いが多かったですね、昔は。今はお見合いで結婚するのと恋愛結婚は同じくらいだと思います。僕ですかあ?うーん、半分恋愛、半分お見合いと言ったところですね。いやー、そうです、やっぱり恋愛結婚ですかね(ここでちょっと赤面)。自分で彼女を見つけて、それで親にきちんと紹介しました。日本だって同じでしょ?

 僕の奥さんは地方の出身でね、平壌の学校で寮に入っていたんです。それで、それを知った親に、はじめは反対されました。ほら、寮に入っていると、身の回りのことをみんな賄いの人がやってくれるでしょう。だから、彼女はゴハン作ったりすることなんかが全然出来なかったんです。だから親は反対しました。

 でも、最後に僕は言ったんですよ。もう今は新しい時代なんだから、自分の奥さんは自分で決めるってはっきり言いましたね。そして、彼女を見てもらおうと思って、きちんとした形式で両親に会わせました。それで、結局両親も許してくれました。

 あとはね、僕は5人兄弟の末っ子なんです。だから親も好きなようにさせてくれたんですよ。もしも僕が長男だったら、やっぱりちょっと無理だったと思います−−−

瑞興休憩所

 平壌を出てから1時間少々、周囲は田畑と、はるか彼方のモデル農村ふう集落以外何も見当たりません。おまけに、かなりバスの中が冷えてきました。見回すと、周囲の人も皆、持っているかぎりの服やら何やらをヒザの上にかけてブルブル震えています。誰かが暖房は入らないですか、と聞いたのですが、このバス、暖房用の温水パイプは取っ払っちゃってあるということで、なんとも豪儀です。普通だったら文句がでそうな寒さですが、北朝鮮ハイになっちゃってる私たちは、そんなことにもいちいち「おーっ」とか言って感動して終わりです。

 そのうちに、突如としてハイウェイ上にコンクリート造りのキノコのような建物が現れました。売店と喫茶店完備・瑞興休憩所です。私たち一行はここで少々休憩時間を取ります。何はともあれ、さっきから我慢していたトイレへ。北アで鍛えた自慢の健脚でキノコ建築の最上階まで一気に登り、一番に用を済ませますが、例によって水洗トイレが死んでいます。更に困ったことに、ここではため水も干上がっています。誰かが売店のお姉さんに相談すると、彼女はにっこりと微笑んで、チマ・チョゴリをふわーっとふくらませながら奥に消え、すぐにバケツに水を汲んできました。生活に少しでも華を添えようというのか、くたびれた青いポリバケツの取っ手には、クリーム色の細いビニールリボンで作ったボンボンがくっつけてあります。

 ボンボンつきポリバケツを持ち、可愛らしくほほ笑みながら歩く彼女のチマ・チョゴリが再び風にふくらみます。それを見ているうちに、なんとなく物悲しい気持ちになってきました。

 ・・・雨はかなり小降りになり、弱い霧雨になっているようです。道路をまたぐようにして建てられた休憩所の展望台に登りましょう。ゆったりとうねる丘陵を文字通りブチ抜いて、ハイウェイがまっすぐに伸びているのが見渡せます。何か起こればすぐさま最短距離を駆けつける、弾丸道路というか、棒道と言うんでしょうかね、こういうの。

 周囲はかなり整備のよさそうな耕作地になっています。聞くところによると、この辺は北朝鮮でも指折りの穀倉地帯だとか。なんでも、この瑞興あたりは、そもそもは土地が痩せていて気候にもあまり恵まれず、非常に貧しい地域だったのを、努力して今見られるような穀倉地帯に造り変えたということで、現在では国家の模範になっているのだそうです。まあ、いかにも社会主義国的な感じのエピソードですが、実際ここは見るからに水の利が悪そうなところで、昔は耕作は大変だったのではないでしょうか。ちなみに、今は畑に何も生えていませんが、おそらく、これからジャガイモが植えられるのではないでしょうか。栽培を非常に奨励しているそうですし。

 そういえば、この国ではいたるところでスローガンを書きつけた垂れ幕や看板を見ます。それを見ていると、この国で現在何が奨励されているのかが一目でわかりますね。例えば・・・

国のキーワード:「強盛大国」(だと思う。宛て字これで良いのかわからない)

生産奨励品目:ジャガイモ、リンゴ、家禽類、ダチョウ(!!) 、ウサギ、ナマズetc.

敵は:米国(日本は見なかった?)

なりたいものは:兵隊さん

 また、故金日成首席や金正淑女史にまつわるエピソードらしきものを描いた看板など、絵入りのにぎやかなものも多く、これらを観賞(?)するのは、北朝鮮旅行の楽しみのひとつではないでしょうか。前の日、同じM美大出身の人たちと、この国に生まれていたらどういう人生を送ったかという話をしたのですが、私たちの一致した結論は「たぶんそれなりにか〜なり楽しいかも・・・」ということでした。ただし、平壌に暮らすことができれば、という条件つきで。

ソウルまで70キロ

 瑞興での休憩は終わり、バスは再び南へと向かいます。車窓にはいかにも朝鮮半島らしい、あまり高くはないけれど急峻な山々が見えるようになってきました。山肌に霧がまとわり、なんとも山水画的な光景です。

 開城が近づくにつれ、再び雨足が激しくなってきました。みんな休憩所で体を動かしたり、コーヒーなんぞ飲んだせいか、瑞興を出て以来、バスの中も少し温まってきて窓ガラスが曇ります(さっきは窓が曇らないくらい寒かった!)。私とタタケ山さんは交代で窓際・通路側と座席を取り換えっこして座ってきましたが、今はタタケ山さんが窓際の番なので、ガラスの曇り取りはおのずから彼女の当番になります。

私:これ誰かある、窓を拭け。わらわは外が見たいのじゃ

タタケ山さん:ふぐちゃあん、いくら拭いてもすぐ曇っちゃうよー

私:昔読んだ「阿房列車」に、アルコールで窓を拭けば曇らないと書いてあったぞよ。ぬれティッシュにアルコールは含まれていないのかえ?

タタケ山さん:う〜ん、少しはマシになったような気がする?かな

私:ほっほっほっほっほ

 それにしても美しい風景ですが、さっきから山々に木がまばらなのが気になります。妙香山からの帰途にもずいぶんハゲ山を見ましたが、確かあちらでは、そこそこ標高のある山にはしっかりした森が残っていたように思えます。ところが、こちらはかなり高い山でもまるきりハゲ山です。

私:ここの山に木がないのは朝鮮戦争の後遺症かなあ

 すると、私の独り言が聞こえたらしく、うしろに座っていた在日コリアン、ユンご夫妻が話しかけてきました。

ユン奥さん:そうですよ。御存知ですか?朝鮮戦争でアメリカ軍は、それこそ畳1枚の広さに、何十発という爆弾を落としたんですよ

私:あー、本で読みましたそれ。私が読んだのは、主にアメリカ側の資料を元にした本だったので、いわゆる「西側」の物の見方で書いてある本だったんですけれど、それでも、作者はかなりアメリカを批判的に書いていましたね。人種差別感情に由来する事件なんていうのもあったようですね

奥さん:そうですよ。

ユン旦那さん:前はこういう話題になると、それこそあなた方見たいな若い人たちは「わーっ、来たっ」って顔して、逃げちゃったんだけど。まあ、こんなとこに来るような人はそうでもないかな・・・(苦笑い)。最近のアフガニスタンでの事とかもあったから、わかりますでしょう。アメリカは兵器産業で儲けてますからなァ、あそこなどは、新しい兵器の実験場というか、ショールームにされてしまいました。当時の朝鮮も、きっとそうだったんだと思います

奥さん:最近だって、ほら・・・

広島君など、周囲の何人かが一斉に:悪の枢軸〜〜〜!

旦那さん:クリントンの頃は期待が持てたのに・・・あ、金大中の意志だけじゃ「太陽政策」は続けられませんからね・・・こうやってまたアメリカにイチャモンつけられて、たまったもんじゃありませんよ。

広島くん:それにしても最近ブッシュってはしゃいでるよなー。あいつ軍事産業と仲いいもんな

私:(ここのところはうんと小声で)北朝鮮つーところも正直言って得体のしれないところが一杯あるんだけどォ・・・(大きな声で)でも、アメリカ帝国主義の吸盤に吸い付かれたら最後だよ〜ん。日本だって吸い付かれてるのさっ

 そうこうしているうちにバスは開城の街を通り過ぎ、いよいよ板門店が近づいてきました。大きな道路標識が前方に出てきます。

「ソウルまで70km」

 板門店からソウルまでわずか70km。都心から成田空港までの距離と大体同じくらい。たったこの程度の距離が、なんて遠い・・・

 急にあらたまった表情になったリさんから、軍事境界線入域に際して注意を受けます。

・軍事境界線に入域する際には、バスに軍人が同乗します。彼らはあなた方の生命を守るために同伴するのが任務なので、驚かなくても大丈夫

・絶対に集団から離れないこと

・発砲される恐れがあるので、突然大声をあげたり、急に走り出したりすることは絶対にしてはいけません

・写真は許可が出てから撮影すること。軍人を撮影する際は、必ずひとこと断ってからにすること。撮影後はアドレスをもらって、写真をやりとりするといいでしょう(意外!そんなこともできるんです)

 我ら55号組にも、韓国側から板門店見学をしたことがある人が大勢います。彼らが教えてくれたのですが、韓国側では服装はジーンズはだめ、など結構厳しい規則があり、見学前に「生命に何があっても構いません」という内容の書類にサインをするそうです。ところが北朝鮮では全くそのようなことはありません。

私:それって、常に攻撃するのは○○○の側で、こっちは先制される心配ないから、そーゆー書類にサインする必要はないっていう意味なんじゃないのォ

 ・・・すぐにこういうイヤミを口にしてしまうのが、私の悲しいところです。

 バスはいよいよ軍事境界線の入り口に到着しました。ここで一旦バスを降り、私たちは板門店についての説明を受けます。

板門店(パンムンジョム)その1

 1945年8月15日、日本の無条件降伏で太平洋戦争は幕をおろし、日本の植民地であった朝鮮は解放された。

 解放後も残留する日本軍の武装解除を進めるため、朝鮮半島は北緯38度線を境界として、暫定的に北はソビエト連邦(現ロシア)、南は米国により管理されることになった。しかし、朝鮮民族の独立国家として、ソビエトの管理下では朝鮮民主主義人民共和国、いわゆる北朝鮮(国家元首・金日成首席)、一方米国の管理下では大韓民国(李承晩大統領)が誕生、政治的に異なる2つの国家が並立することになってしまった。

 1950年6月25日、朝鮮民主主義人民共和国が38度線を越え、 武力で朝鮮半島を統一すべく、韓国に侵攻を始める(当然ながら北朝鮮側の本には反対のことが書いてある)。これが朝鮮戦争の勃発である。直後に米国が参戦、1ヶ月後には国連軍投入が決定される(実質的には米軍中心。他に英、仏、トルコなど。史上初の国際機構軍である)。更にその年の冬には中華人民共和国が参戦し、戦争は泥沼化。結局3年後の1953年、これといった決着のつかぬまま板門店において休戦協定が結ばれる。こうして朝鮮半島は相変わらず38度線付近に設けられた幅2km、長さ240kmにわたる軍事境界線(休戦ライン)を境に、2つの国家に分断されたまま現在に至る。ちなみに、朝鮮の京都ともいえる古都で、重要な都市でもあった開城とその付近は、朝鮮戦争勃発以前は韓国領であった。「この戦争は米国が負けた」と表現する人は、開城を失ったことを最大の根拠にすることが多い。

 現在板門店の北朝鮮側では、休戦交渉が行われた建物と休戦協定に調印がなされた建物、そして南北会談場(これは韓国側から見学するものと全く同一)などが見学できる。

 バスを出ると、土砂降りの雨です。これ以上は考えられないくらい力いっぱい降っています。軍事境界線にはいるゲートの向こうも、白く煙っていて全く見えません。

「南から見えるのと同じ風景を確かめたかったのになァ・・・」

 在日コリアンのキムさんがつぶやきます。余談ですが、韓国籍の人も北朝鮮を旅行できます。反対に、北朝鮮籍の人は韓国を旅行できるという人と、できないという人がいるのですが、実際どちらなんでしょうか。

 小さい建物に入り、板門店付近の地形模型を前に付近のあらましを簡単に説明されたあと、再びバスに戻ります。その際、軍事境界線に入域する人数を正確に確認するため、私たちは10mほどの距離を1人ずつ歩かされます。

 全員バスに乗り終わると、続いて2人の軍人が乗り込んできました。ここまで読んで、北朝鮮の軍人というだけで、無条件に恐ろしそうな顔を思いうかべた人も多いのではないかと思いますが、全くの誤解です。2人とも理性的だけれども素朴さもある、「お父さん」といった感じの、とてもいい顔をしているのです。

広島君:多分エリートなんだろうけど、それにしても人が良さそうなオッサン達だなあ。あの人たちも「日本は敵だ」とか教育されているとしたら、たまらんなぁ。リさん、この国は徴兵制ですか?

リさん:いえ、違います。志願制です

バスの日本人一同:ほー!

 意外でした。

 バスはゆっくりと軍事境界線内を通る、高いフェンスに囲まれた細い道を走ります。周囲は見渡すかぎりの水田で、フェンスの中にもお百姓さんが入って耕作するのです。水田は日本で田植え前にやるのと同じように、土を深く耕し起こしてあります。

「あっ、シラサギだ」

 シラサギが数羽水田の中に佇んでは、時折ひょっこりひょっこりと歩き、くちばしで泥の中をあさっています。そういえば北朝鮮に来て以来、はじめてシラサギを見ました。水の入らない田んぼはもちろん、水の入った田んぼでも、沼地でも、本当に1羽も見かけなかった・・・

 5分ほどの移動で、いよいよ板門店の核心部に到着しました。バスを降りると、故金日成首席の筆になる巨大な記念碑が目につきます。相変わらずの土砂降りの中を濡れるのもいとわず、私たちはキョロキョロしながら、休戦交渉の会議が行われた建物の中に入って行きます。こちら側が国連軍(実質的には米軍)の席、こちらが北朝鮮の席。座ってもよいと言うので、ためしにちょっと腰掛けてみます。

 ここで再び、説明担当の軍人(先ほどの2人ではありません)により、軍事境界線と板門店、国家分断、更に「一国二制度による、高麗連邦共和国の創立」に関する少し立ち入った説明を受けます。軍人の説明は朝鮮語でなされ、それをリさんが逐一通訳していくのですが、いつもは気さくでジョークのきついリさんが、うつむき加減でボソボソっと短く話します。リさんの辛そうな様子を見ると、さすがのアホな私も胸が痛みます。

 最後に軍人は厳しく言い放ちました。

「我々が現在置かれている状態については、日本にも責任がなかったとは言えません。私たち朝鮮民族は、私たち自身で統一を成し遂げるべきです。せめて日本はそれに関して、余計な干渉を慎んでいただきたい」

 休戦交渉会議場の次に、隣のちょっとした建物(何だかわすれてしまった・・・)をのぞき込み、休戦条約調印会場に移動します。ここには当時サインなどに使われた筆記具一式が展示され、北朝鮮と国連側それぞれの席に、それを示す旗が立っています。国連旗はおそらく当時のものが50年間そのままになっているのでしょう。ブルーの色は変色して黄色くなり、得体のしれない布きれのようになっています。ところが北朝鮮国旗は毎年交換されているらしく、ペカペカ光る化繊の新品。

タタケ山さん:んもー、わかってないなあ、この国は

私:歴史的遺産という観念に乏しいみたいね。昨日の普賢寺にしてもさあ・・・

 朝鮮戦争当時のエピソード。休戦交渉のため北朝鮮入りした国連代表(実質は米軍)、移動中の安全のため目印にと言われ、車に白い旗をつけさせられた。さて会議場に到着、着席して何かヘンと思ったら、北朝鮮側の席が一段高くしつらえられ、国連代表は高所から見下ろされる格好になっていた。その様子は写真に撮影され、東側マスコミで、「白旗をかかげ、停戦を乞う会議に臨む米国」として流された・・・。

 調印会場には、朝鮮戦争当時の写真、イラストも展示されています。若い金日成首席が威風堂々壇上で演説する様子、北朝鮮軍の英雄、そして飛行機の残骸を背に、両手を挙げて降伏するアメリカ人、うつむいて座る捕虜の写真。

 子供の頃からこのようなものしか見ていないんだもン、そうなっちゃうよなあ

地図はこちら

  

事の発端
4月26日(第1日)
4月27日(第2日・午前)
4月27日(第2日・午後)
4月28日(第3日・午前)
4月28日(第3日・午後)
4月29日(第4日・午前)
4月29日(第4日・午後)
4月30日(第5日)
番外編1・北朝鮮のトイレ
番外編2・羊角島ホテル
旅のお便利メモ