真夜中の手紙

 午前1時過ぎ・・・

 ホテルの薄い壁越しに、隣の部屋から何やらドタバタと不穏な音が聞こえてきます。続いてドサドサッという音とともに、「サイテ〜〜〜」といううめき声。ああ、ヲタクの広島君は荷造りをしているようですね。随分いろいろ買い込んだようだったから。

 タタケ山さんはベッドの上で、「10時35分」くらいの角度で毛布蹴っ飛ばして寝ています。

 私はというと、手紙を書いています。絵はがきが6枚、7枚と、どんどん増えていきます。私がこの国に来ているのを知っている人、知らない人、受け取ったらみんな、どんな返事をくれるでしょう。

 そして、最後に私はおもむろに、トランクから1枚の水色の封筒を取りだします。宛て先は、この旅行に死ぬほど同行したがっていた(何と奇特な!)、友人の屁之素さん。美人のくせにインドだの中国の奥地だのアフリカだの、やたらと体力気力ついでに知力を使うところにばかり行っている彼女、今回は家の新築・引っ越しのために来られなかったのです。

 私が旅立つ前日、彼女は私に水色の封筒を手渡しながら言いました。

「私にこれで手紙出してちょーだい」

 更に、彼女は言いました。

「中にはねっ、『例の案件は進行中。引き続き報告を待て』って書いた紙を入れるのよ」

「ひえええええええ!」

「この手紙届くかしら。差出人の名前書いちゃダメよ」

 届くでしょうかって、それよりも、そんなスパイごっこみたいなこと、あたしゃーしたくない。空港でいきなり御滞在延長を宣言されたらどうするんだ!「冗談だったんですう」で、通じるか??大体なんでこんなこと心配しなければいけないんだ!?

 しかし・・・

 そうだ、普通の旅行感想文を書こう。私は長生きしたい。

 というわけで、私は電力を浪費しながら夜中にシコシコ手紙を書いたのでした。明日の(もう明日だ)起床は午前5時半です。7時前にはホテルを出発、空港に向かいます。
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また来る日まで

 ・・・さっき寝たと思ったら、もう朝になっちゃいました。睡眠3時間ちょい。まあ、今日はずっと乗り物の中ですから、後で好きなだけ寝ればいいでしょう。第一、全然眠くありません。寝覚めすっきり。

 最終日、平壌の空は再び晴れ上がり、大同江の川面には朝日を浴びてとき色に染まった靄が流れています。

「いい街なんだけどねえ」

 この国で私が過ごした時間は、たったの90時間足らずだったのですが、そんな短い時間でも随分多くのものを見ることができました。

 見て、考えました。

 しかし、考えたところで何か悟りが開けたとか、1本の道が見えたとか、そんなはっきりした結果なんてありません。相変わらず様々な思いがあっちに浮かび、こっちに浮かび、なんというか、頭の中は祭りの夜店のボールすくいのように成り果てちゃってます。しかし、とりあえずはこれで良しとしましょう。

 朝食を終え、もう一度部屋に戻って忘れ物がないかどうか点検(こんなに慎重に忘れ物をチェックしたのははじめてだ)。旅行前の予想に反して、土産物でズッシリと重くなったトランクを引きずり、ホテルの外に出ます。

 既に他のメンバーたちも、ホテル前の広場のあちらこちらに散らばって、思い思いに写真を撮っています。川霧がすっかり消えた大同江の水面は、朝日を反射して水銀のように輝いています。反対側に目をやれば、今日も発電所は屋根から窓から猛烈な勢いで煙を吐いています。

タタケ山さん:お〜、発電所は今日もがんばってるなあ

私:アリラン祭典の期間が終わったら、力尽きて「八時だヨ、全員集合」のセットみたいにぱったり倒れちゃうんじゃないの?

 添乗員のムンさんに促されて、バスに乗り込みます。順安空港に向け、バス55号最後のドライブです。

 大同江の中洲に唐突にそびえ立つ高層建築・羊角島ホテルを後に、大同江の橋を渡り、乗客ではち切れんばかりのトロリーバスの脇を追い越し、朝日を浴びながらせっせと歩く通勤者と、何をするでもなくたむろする人々のコントラストが強烈な平壌駅前を通り・・・

 慶姫おばさんが言いました。

「今回はお祭りだからずいぶん賑やかで、いつもとはまた全然雰囲気が違うんだけれど、それにしても平壌も来るたびに変わっていくわねえ。本当にどんどん変わっていくわ」

 この国がこれからどうなっていくのか、正直に言って私には全くわかりません。

 まして、一人の指導者の指示だけに従って動いて行くのですから、なおさら予想がつきません。

 単純な私でも理解できたことといえば、あの、妙香山からの帰りに見た平壌近郊の植林をされた山々。どの山もどの山も皆一面に、ひたすら同じ品種の果樹だけが植えられていたあの山。たっぷりと土のある緩斜面、花崗岩の岩盤の上の薄い土、崩れかかったガケの周囲、すべて同じものを植えるなんて、恐ろしい・・・

 今度は昨日の軍人が思いだされます。あの顔。あの笑顔は宣伝用に訓練された演技だと言う人もいるかもしれませんが、そんな卑しい顔ではありません。ああいう人たちと戦争などしたくない。彼は日本が戦争を仕掛けてくると思っている。日本は北朝鮮が戦争を仕掛けてくると思っている・・・

添乗員のペクさん:皆さん、今からパスポートをお返しします。

タタケ山さん:わ〜んパスポート帰ってきたア。何かヘンな細工とかされてないよねえ・・・ああん、やっぱりハンコもなんにもない〜〜

私:うん。巨大なヴィザハンコ期待してたんだけど残念

タタケ山さん:ふぐちゃああん、旅行のビデオ、買う〜〜〜?

私:アホづらこいてなんぞ観光しとる自分が映っているビデオなんて、買いませんっ

 バスの前方では、旅行中バス55号にずっとくっついていたカメラマン先生が撮影した、旅行中のビデオを販売中です。一体どんな編集がされているんだか、まあ興味がないこともないけど・・・この国の映像の作り方はたいてい一定の「お約束」に従っていて、マンネリとも言えるんだけれど、マンネリは一種の様式美。様式美は力強い。相手の意識に強い印象を残すから、宣伝広告の基本テクニック。そういや、レニ・リーフェンシュタールの映画も、構図の取り方とか結構そういうところあるよな、そーいや、なんかこの旅行ってリーフェンシュタールの映画を全作品3日間ブッ通しで見ていたような、そんな感じだわ。あっ、それ超ぴったんこ!


何考えていたんだか、忘れた・・・

 順安空港に着くと、早速名前を呼ばれた順に整列し、出国審査に入ります。モタモタしていると係の人に怒られるので、旅行中何くれとなく世話を焼いてくれたリさんへのお礼も慌ただしいものになってしまいました・・・

 あとは往路と全く逆コースをたどり、午後2時過ぎには出発地点・関西空港に到着。入国審査でも特に何を聞かれるでもなく(ということは、パスポートは本当に無事だったということか)、税関のおニイさんに至っては、「一体北朝鮮なんかで何見てきたんですかァ?」と興味本位の質問をして来ただけで、例のタバコ酒香水持ってますかという質問もありません。「お気をつけて」の言葉に見送られて、あっさり到着ロビーに送りだされてしまいました。

私:なんか、拍子抜けだねえ・・・

タタケ山さん:うん・・・

僧ヶ岳さん:なんと言いますか、帰国した瞬間に緊張が解けて体中の力が抜けるとか、そういった現象は起こりませんなあ。やっぱり、あっちもこっちも、人間は同じ人間。怖いことなんぞありませんな

私:まあ、国の政治となると、またいろいろと問題があるとは思いますけど、少なくとも人間個人はみんなフツーの善良な市民なんですよねえ

タタケ山さん:あっちに行くと、軍人とか制服着た人が多くて、それに圧倒されて最初はちょっと怖かったんですけど。でも、軍服がハナ歌うたいながらヘロヘロ歩いているんですよね。やっぱり中身は日本人と同じなんですよ。それが結構ショックだった

添乗員のムンさん:みなさん、お疲れさまでした。どうぞ気をつけてお帰り下さいね

梨花オンニ:あっいたいた、最後に顔だけ見たかったの。ねえ帰りもバスで帰るつもりなの?

私:まさか〜、勘弁して!帰りはさすがに新幹線です。なんかこれから電車乗り継いで、何時間もかけて家に帰るのかと思うと、北朝鮮にいた時よりもキンチョーする。日本も怖いよお

梨花オンニ:本当に、みんなと知りあいになれて良かった。また機会があったら会おうね!

タタケ山さん:またいつかきっと、一緒に行きましょうね!!

 ・・・・・・・・・・・・・・

 近くて遠い、短くて長い旅は終わりました。

 人によっては「あんな大勢餓死者や亡命者が出て、人権むちゃくちゃ抑圧されている国に観光に行くなんて、あんたバカじゃないの」と怒る人もいます。確かにそう言われると、どう答えて良いのかよくわかりません。

「世界にはああいう国があるというのを、見ておくといいよ」

 私もやっぱり、こう言うようになってしまいました。見て、自分で考えて下さい。私が結論めいたことを言うのは、まだ早すぎます。とにかく、まずは私が見たことをみんなに聞いてもらいましょう

おわり

Special Thanks :
Mrs. S. Cho
Mr. J. Tanaka
Uncle O.

and Tatake-chan

 

どうでもいいんですが、意外にもテレビは夜中まで放映しているんです。「アリラン」期間中の特別編成なんでしょうか・・・もっともチャンネルは1つしかありません(T)
北朝鮮のお土産屋さんの典型例。図上の万国旗ならぬ一国旗は、このような売店から果てはビリヤード場まで、ありとあらゆる頭上にひらめきます。
ちなみに、モノの価格はどこで買ってもだいたい同じで、人の集まる場所だから特別高い、などということはないそうです。添乗員のムンさん曰く「社会主義国だから」。なるほど納得 。ただし、店のオバチャンの計算能力に応じて、同じ店の同じ品なのに価格が違う、という現象はしばしば発生します
"Triumph des Willens"のスチール写真展ではありません。地下鉄駅に掲示してあった、4月25日の軍事パレードの様子を伝える新聞(T)
順安空港に勢揃いする高麗航空のツボレフ。ピカピカに白く輝いています。同じ機材でもスラヴ式整備とチョソン式整備ではこーも違うか?というくらい、全然別物に見えます
帰路、ウラジオストク〜関空間で出た機内食。なんの変哲もないパプリカのサラダが妙においしかった・・・
事の発端
4月26日(第1日)
4月27日(第2日・午前)
4月27日(第2日・午後)
4月28日(第3日・午前)
4月28日(第3日・午後)
4月29日(第4日・午前)
4月29日(第4日・午後)
4月30日(第5日)
番外編1・北朝鮮のトイレ
番外編2・羊角島ホテル
旅のお便利メモ