「教育課題研究」に関わる私の取り組みについて
馬場 弘教
1,はじめに
教育課題研究の取り組みは、たしか平成元年度から始まった。私の考えと一致するところがあり、これを私は全力あげて取り組んできた。でも多くの職場において、全職員で学校を変えていくという、この大事な取り組みがなかなか定着・進展してない現状が見られる。
年度当初に取り組み課題を県に報告し、年度末に1年間の取り組み成果を報告して1年のサイクルが終わる。この繰り返しで16年経過して現場は何か変わってきたのだろうか。多くの職場において期待されたほどの成果は見られないのでないかと思う。
その原因として、教育課題の取り組みの趣旨が十分に理解されてないこと。学校改革への戦略・展望を十分に持っている人がいない(少ない)こと。多忙化している日常の中で他事を優先し、この取り組みを厄介者扱いしていること。県への報告は立派な作文でその場をしのいできて、県もそれでよしとしてきたこと。などが考えられると思う。
私は、この教育課題の取り組みが形骸化してなかなか進展してない問題点を、14年くらい前から県や現場の校長に数回だが意見してきた。現場を本気で改革しようとする気持ちより、事なかれ主義で大過なく過ごしたいという気持ちが強いようにも感じてきた。
県は議会から、そして現場の管理職は県から、現場の主任層は管理職から、現場がスムーズに動いているという見かけの成果を期待される。宮仕えの間、部下は忠実にならざるを得ない。このシステム・構図はどうすることもできない。このことを十分に理解しているつもりでいるので、現状に歯がゆい思いはしても関係者を悪く言うつもりはない。
この16年間に仕えた校長は10人、仕えた教頭も数えるのが面倒くさくなるが、たぶん同じくらいかな。 中には比較的熱心な人も見られたが、多くは無関心であった。何がテーマに設定され、どんな取り組みがなされているのかをご存じない管理職も結構見られた。また中には改革の流れに棹さす抵抗勢力のリーダと化した管理職もいた。管理職とりわけ教頭は、外部(県)から現場が混乱なくスムーズに動いているように見せたいようだ。このことばかりに気を遣って、改革に対して消極的であったり、時には抵抗勢力となったりしたのだろう。
管理職の改革に対する姿勢一つで現場は一変する。管理職の姿勢が消極的であれば、現場はそれに合わせて動かざるを得ない。
2,教育課題研究は、
教育現場において改革・改善・解決すべき教育上の課題がどの学校にも存在する。教育課題研究とは、その課題解決に向けて組織的に解決方法を研究して、全職員参加の実践的な取り組みでその解決を目指していくことだと考える。
本校における教育課題のテーマとして今年度は、基礎基本の定着、進路意識の顕在化・・・・を、設定して取り組みの展開をしている。これは、本校の現状の課題からして適当なものと考える。
テーマは学校の最も根本的で重要で、かつ基本的なものがふさわしいと考える。具体的には基礎学力の向上(定着)を図るものや、そのために指導内容の工夫改善を図るもの、あるいは、基礎的・基本的な内容の指導徹底をどう図るか。・・・などを掲げるのも良いかと思う。全職員が日々実践している授業のなかで、取り組みをすすめて、その前進や解決を目指すものなどがふさわしいと思う。
「授業の工夫・改善を通して、基礎学力の向上を図る」が、学校における究極の教育課題
である。ここで言う基礎学力とは、生きる力のベースとなるもので、県の教育目標である「豊かな心」「たくましい体」「すぐれた知性」であり、これらの向上を、授業(全教育課程)を通して解決を目指す取り組みを進めることが、学校の最も基本的であり、常に緊急性(子供にとっての1年は取り返しのつかない貴重な年月であるから)もあり、普遍的課題でもある。これらは学校における窮極のテーマ・永遠のテーマであるともいえる。年度ごとにテーマを変えるのもいいが、上記のような内容からはずれるものは、取り組みとしてはふさわしくないと考える。
3,「教育課題」の取り組みにおける私の戦略(解決を目指すアプローチの方法)
戦略といえば、良くないイメージを連想する人がいると思うが、何かをしようと思うとき、見通しを持たなければならない。「教育課題」の取組みは、現実を変えることを目指すものであり、これは戦いのひとつだ。しっかりした戦略を持たなければ現実を切り開くことはできない。
私の戦略は特別な方法や手段を使うわけではないが、私自身では常に戦略という言葉を強く意識している。学校においては全職員が一丸とならなければ成果が期待できない課題が多い。教育課題研究はまさにそれである。
私はまず課題の分析から始めたい。その後にプランが立てられ、実践に移されるべきものであり、けっしてプランから始まるのではないこと。解決すべき課題は何なのか、その原因は何か、解決方法は何か、そのために何をすべきか。このように議論を深めていきたい。このとき常に生徒を中心に据えての議論になるように留意しなければならない。
議論では教員ならだれでもが持っているプロ精神(教員になった人は誰だって子供にとって良い先生になりたいと願っている)に訴えたい。それと、一人での取り組みでは解決できない困難な問題でも、立場や考え方の違いを乗り越え、力を合わせていけば展望が開け、チームワークもでき、そうなれば問題解決に近づいていけるということ、これらを大事にして進めたい。取り組みは全職員が行うもので、実践的なものがそれに相応しい。生徒の現実から離れたところで、特別な研究するのではなく、毎日の実践の中にその研究が生かされていなければならない。研究のための、研究ではない。生徒を中心に据えたもので、生きる力を育むものでなければならないし、本校では基礎学力向上がその中核に据えられるべきである。
ともかく私の戦略にはプロ精神の「呼び覚まし」をベースにしている。管理職から見て表面的には十分に力を発揮してないように見える職員でも、プロ精神は共通に持っているものである。生徒中心に据えた議論をすれば、プロ精神が呼び覚ませられないはずはない。これが私の持論である。この考えで取り組みをすすめたい。こらは最もオーソドックスな手法である。
4,私の「実践」の中心課題は授業をどう充実させるかである。
多くの先生は部活動指導、クラス経営、生活指導、学習指導などの分野や、校務分掌の分野それぞれの分野でそれぞれで頑張っているように思う。優れた実践をされている人の多い中で、自信を持って私はこのような実践をしていますとは言い難いというか、躊躇してしまう。
自分は・・・をしているつもりであると思っても、その実践に対して他人がどう評価するかで見方が変わるからである。
教育とは「基礎基本をしっかり身につけさせること」が私の教育における理念である。昔の卒業生に会うと@先生は公式を使うな常識を使えと言っていたねAとにかく分からなかった。難しかったよB考えろ考えろと言っていたのはよくおぼえている。」などと聞く。学問的内容を高校生に噛み砕いての指導であったが、理解させきってなかったのだろう。
基礎基本に当たる物の考え方、捉え方は指導できたと思っているが、もっと分かりやすく教え「分かった」という気持を持たせるべきだったと反省している。いまならもっと分かりやすく教えられたと思うと、申し訳なかった気持ちにもなる。
いままで3回(県内の)初任研で先輩教師としての模範授業をやったことがある。今の若い人は皆さん授業が上手だから、逆に初任者から学ぶことの方が多かったような気がする。今思うと恥ずかしくなるような授業だったような気もする。私の授業は決して洗練された上手さはない。しかし力を付ける授業では誰にも負けないと自負している。私の授業を参観した人から、「迫力に圧倒された」「教材研究に裏打ちされた自信にあふれた授業」「教材研究に対するまじめな態度が感じられる」との評をいただいたことがあった。
私が授業で目指したものは、基礎的基本的内容をしっかり身につけ、どんなときでも、どんな場面でも応用の出来る本当の力を付けることをメインに取組(実践)んできた。生きていくベースになるような力(いまでいうところの生きる力)を培ってきた自信はある。
基礎的基本的内容をしっかり身につけさせるには、教材に対しての深い思索が必要であり、そして教科の枠をも超えた普遍性(哲学性)をも求められる。教師としての専門性・力量が求められる。そのために教材研究に多くの時間を割いてきた。私と同じように工業高校の同僚の先生たちの多くは教材研究に追われているようだ。教師にとって授業が命、その授業も教材研究が命だと思っている。
5,授業や校務分掌等の仕事では、現状を変えること(改革すること)を目指してきた。
私の仕事(勤務)に対する基本的な姿勢は「変革すること」。つまりもっと良い方法はないだろうかと常に考えることであり、校務分掌等の事務的な仕事は、その仕事をしなくてすむ方法がないのかをまず考える。その次にはどう手を抜くかを考える。また、どうしたら仕事においては能率が上がるかが常に念頭にある。
授業においては生涯にわたり応用発展していける力、つまり、基礎基本をしっかり身につけ、生涯にわたってそれがベースとなり変化する社会に対応していける力、これをつけたいと思っている。これは生きる力の育成そのものである。
工業高校ではいい授業をしないと生徒は聞いてくれない。充実した授業にするためにはそのための授業の工夫改善も重要だ。わかりやすく、楽しい授業がやれたという自信はないが、基礎基本を身につけさせる努力は最大限してきた。しかし目指したものと現実の間にギャップがあったのでないかと反省している。
変革・改革といっても若いときは個人レベルの工夫改善の域だった。多くの先生はそれなりに頑張っているのに学校に存する諸課題はなかなか解決をみない。組織的に改革を目指すものでないと前進は期待できない。全職員で力を合わせた一致した取り組みでないと成果は現れにくい。とこのように思うようになっていった。そんな折り、平成元年度から学校教育課題研究の取り組みが示されたのだった。授業の工夫改善をテーマに設定し、学校の取組みとして推進する役目を負った。これが私の教育課題研究との出会いだった
6,私の前任校における教育課題研究を中心にした実践の概要および、その取り組みで感じたこと・考えたことなど
私は本校に赴任する前、前任校・前々任校において教務主任・学習指導部主任・学部主事として、学校全体の、ある時は学部全体の教育課題研究の推進責任者(もちろん校長の下で)として延べ6年間取組みを進めてきた。この取組みは私の教員生命をかけるくらいの全力で取り組んだ。大きな足跡を残したとも評価できるが、私としては大きな挫折も同時に感じた取組みだった。
工業教育改革およびろう教育改革の取組みだったが、思うような成果を上げられなかった。私の目指したものはある面大改革であるし、革命であった。多くのいろいろな抵抗勢力に阻まれ苦い思いをした。校内人事によって全日制から定時制へと異動を希望し、さらにはろう学校に転勤していった事情には、私の過去の挫折があったのだった。
全県下での学校教育課題の取組みは、私が教務主任であった平成元年から始まった。工業教育には多くの改革すべき課題があった。上級学校への進学のために、勉強に精を出す普通科の高校生も、大学に進学してしまえば、目標を失ったかのように全く勉強をしなくなってしまうケースが多い。
それとほぼ似た状況が工業高校生の中に一サイクル早く現れていた。授業に興味を持たない生徒が多く、充実した授業を行うことに困難な状況が見られた。また教科書は基礎的基本的な内容の指導には向かないような応用的な記述が多く、理解させることが困難であると感じるものが多く、無味乾燥な授業になりがちであった。生き生きとした授業をするにはどうしたらよいか。このことが工業教育の大きな課題であった。
そのひとつの解決策としてモノづくりを中核にして専門教育を再編成する必要性も感じていた。私がこういう状況を克服するために提案した取り組みは、「「生きる力の育成」「自己教育力の育成、新しい学力観に基づく学力の育成」のため「授業の工夫改善」により「基礎的基本的な内容の徹底」を図ることであるが、そのため「指導内容の見直し」「内容の精選」「内容の精選と構造化」を図ろうというものだった。
全職員が関わる組織的かつ実践的な取組みで授業の工夫改善をすることによって、困難な状況が克服できるのでないかと思った。私はまず、現状分析を行い、その問題解決の方法の研究および実践を教科・学科会にお願いした。教科・学科会で議論を深め共通理解の得られたところで取り組みを進めていけばよいのでないかと思った。
学校全体としての方向性は必要だが足並みを完全にそろえる必要はないと考えていた。それぞれの教科・学科における科の特性に合わせてやれるところからやればよいと思っていた。先導する教科・学科が出て、それを参考に後追いする教科が出てきて、やがて全体としてひとつの方向に進んでいけばよいのでないかと考えていた。私の戦略戦術として、全職員が毎日かかわるところの授業を充実させるために、教科・学科会を最も重視した。
専門学科においては実習教師の先生方の力が十分に発揮されやすい環境ができ、そうなったら改革はさらに前進すると考えていた。そんな中で、モノづくりを中核とした改革が前進する(全職員が関わることになるので)のでないかと見通しを持っていた。
学校全体としての方向性は持ちつつも、具体的な取組みの進ちょくにおいては、その科に任せる方法をとった。ある面柔軟に、科の自主性に任せる部分があり、決して強制的に強引にある方向に引っ張っていくつもりは持ってなかった。
これでうまくいくはずであったが、取り組みそのものが、現状を大きく変える展望(狙い)を持つものであり、抵抗勢力にあい、なかなか足並みがそろわなかった。提案の多くは骨抜きされ形骸化され形だけの取り組みになって、中身のない表面的な取組みになっていった。
私の取り組みの最大の欠点は、管理職の支えを得ることができなかったことである。学校を表面的にうまく動かしたい管理職と、現場を抜本的に変えたい私の取組みは衝突を免れなかった。改革・改善には抵抗勢力というものが必ず出現するものである。学校を動かしたい管理職にとっては、そういう抵抗勢力をも学校経営上では大事な職員であり、全体をうまく動かすためには私の取組みをサポートするより、抵抗勢力と手を組んだ方が学校がうまく動くと考えた様子が十分に窺えた。私の取組みはある面危険な要素を含んでいたのでないのかと・・・・つまり全職員をひとつの方向にもっていこうとしたのであり、これは本来管理職サイドでリーダシップをとって進めるべき取組みでもあるし、また職員団体側にしてみても、ある面合理化の一種であり労働強化の側面も持ち、許しがたい取り組みと見えたのかもしれない。私の取組みに対する抵抗勢力の大きなものを分析するとき、このことを感じた。
学校を大禍なく運営したい管理職にとって、私の取組みをサポートするよりむしろ押さえ込んだほうが良いとでも思ったのだろうか。私の取組みに抑え込もうとした管理職もいたが、全く無関心な管理職もいた。しかしいま、冷静になって考えるとき、私の取組みの戦略性を理解されてなかったのかもしれない。学校において取り組まれている教育課題研究のテーマすらご存じない管理職が多くあった。年度末の教育委員会報告の起案を見て、初めて知るというケースもあった。
前々任校で私の取組みに対して、「あなたのやろうとしていることは革命だよ。今までの永い本校の歴史の中で全職員を巻き込んで学校を変えようなんて考えた人はいなかったし、たとえいてもやれた人はいなかった。抵抗にあいつぶれることは明白だ。」と言われた。忠告だったのか、警告だったのか、10年ほどしていま改めて思い起こしてその人の冷静な見方に敬服する。組合員で実習教師の先生だった。その人から何度かゴルフの指導をしてもらった仲ではあったが、私の取組みには警戒されていたのだろうと思う。
前々々任校での取組みは私が去ったあと5年くらいは十分にその足跡が残っていたが、徐々に跡形もなくなって行った。前々任校では私が去ったあと、たちまち跡形もなくなっいた。その後の校長の時代に文部省(文科省)の研究指定校となり、見かけ上は私の取り組んだものとほぼ同じ取組みをしていた。授業の工夫改善をテーマにしたものであったが、二年間の期間をかけた私の取り組んだものが、ただ形だけの取組みになっていた。授業の方法論ばかりで、内容精選を目指す内容面の取組みとはなっていなかった。ほんの数年前この学校において、内容面に視点をあてた取組みがあったのだとその時の校長に、その当時(私の取り組んだもの)の取組みをまとめた研究紀要を見せたのだった。校長室に置かれていた研究紀要など目を通した様子もなかったし、関心もなかったのだろう。あれほど懸命に取り組んだものが、跡形もなく無くなって行ったのはさびしい限りであった。
しかし、宮崎工業高校の全日制の学習指導部において業務内容を大幅に改善したが、それは10年以上経った今も多くはそのまま継承され定着している。私が改革したことを知る人は今は誰もいないだろうと思う。しかし継承され残っているのはうれしいものである。
7,これまでの教育課題の取組みを通して考えたこと、学んだこと、気づいたことなど
@項からD項までの下線部は私の造語
@学習指導の工夫改善は何をどう指導するかを考えることである。
宮崎工業高校の教育課題の取り組み(13年前)の中で考えついた言葉である。授業の工夫改善といえば、方法論に目が向き、指導内容については今までほとんど議論されたことがない。私は内容が最も重要であると訴えてきた。これに対して教科書で指導するのだから内容を考える必要はないという意見や、教科書の採択の時点でその作業は終わっているなどという意見もあった。また内容の精選といってもどこを指導し、どこを省くかということは日常的にやっていることであり、ことさら取り組む必要はない。などの意見もよく聞かれた。こういう意見が大勢を占め、内容の精選作業を核とする学習指導方法の改善の取組みが思うように進展しなかった。抵抗勢力の存在をいやというほど味わった。
A読み書き計算と読み取る力書き表す力の育成が大事である
延岡ろう学校の教育課題の取組みを考えるときに考えついた言葉である。日向工業高校においても同じと考える。ろう学校の生徒は努力によって比較的漢字は読めて、書くことまではできる。しかし簡単な文章でもその内容を理解することが苦手である。また文章を書くことも苦手である。彼らにとって日本語は、外国語みたいなものである。我々が外国語で話しをし、文章を書くのと同じような関係であるようだ。外国語の単語は努力して暗記することができても、それを相手に伝わるような語順(正しい文法)で表現することは多くの人が苦手としているところである。それゆえに書き表す力・読み取る力はろう学校の生徒にとって自立のためにすごく大事な学力である。さらにはコミュニケーションの力も大事である。日向工業高校では、話す力というか、聞くこと、・・・・も含めてコミュニケーション全般の力も大事である。
B生きる力は生かし・生かされるなかで生きてくる。
これはろう学校の生徒の学力観(別紙は工業高校版に書き直した)を考えるときに思いついた言葉である。
生きる力を育成することが大事であるとよく言われているが、生きる力の多くは他者との関係において問題になってくる。他者との関係のなかで生きる力を考えていかなくてはならない。多様な考えを持つ他者との共存共栄のなかで初めて生きる力が発揮されてくるものと思う。
C生きる力は生き抜く力
平成14年度のろう学校高等部の教育課題のまとめを書くときに思いついた言葉である。生きる力とは、今を生きる力(静的学力)でもあるが、変化に対応していくあり方・生き方の問題でもあり、たくましさ(動的学力)ともいえる。知・徳・体にわたる基礎基本がしっかりしていなければ生き抜く力にはならない。
D生きることは、働くことであり、学ぶことでもある
これは、前々任校の働きながら夜間に学ぶ定時制高校の生徒、とりわけ高年齢の学ぶ人たちの姿から教えられた言葉だ。「生きる」「働く」「学ぶ」の3つは合わせて1つだということだ。別な言い方をすれば「学ぶことは生きがいでもあるし、生きることそのものでもある」3つの言葉の順序を変えると、生きることは・・・・、あるいは、働くことは・・・・となる。
97歳(当時)の大学生歌川さんの言葉には「まだまだと思う気持ちが大切。勉強や努力を忘れた人に、もはや青春はありません」とあった。「生きる」「働く」「学ぶ」この3つの言葉は生きがいとか、楽しさとか、充実感がともなってセットになっているということだ。定時制高校は学びたい人が学びにくるところ、つまり生涯学習機関であり、たとえ中卒15歳でも定時制高校に入学した人は生涯学習者だと思った。門戸を一杯に広げ、学びたい意欲が最大な入学資格で、いつでも誰でも入学できる定時制高校は「学びたいときが入学の時機」反対に「退めたいときいつでも退められる。都合がつけ(あるいはやる気の出たとき)ばまたいつでも入学できる」そんな教育機関の性格を強めつつある。私はせっかく入学しても学業を続けられない生徒には「生きることは、働くことであり、学ぶことでもある」と指導し学ぶ意義、楽しさを訴えてきた。
*
造語についてはとくに書き留めていたわけではないので、とりあえず教育課題に関係するものとして、思いついたものをあげてみた。
*
2004,12