『騎馬行列について』 平成17年5月
古町で始められた騎馬行列は、昭和二年四月の秋葉神社の祭典に初めて披露された。そして、その年の御柱祭で神社に奉納されて以来、太平洋戦争中の昭和二十年を除き七年ごとにとり行われ、今回で十三回目を数える。 昭和二年は前年十二月に大正天皇が崩御した年の翌年にあたり、歌舞音曲の類は自粛するのが通例とされていた。各区でも長持ちや踊りが中止される中、古町親友社(青年団)が、喪に服しながらも何か祭りを盛り上げられるものはないかと考えて始めたものが、旧松本藩代々の藩主が小野神社の御柱を寄進し、その警護を務めていた故事を基に興したのが、この騎馬行列である。
騎馬の形は、その昔、戦いの戦勝帰還の際、領主が領土とした領民に威を示す、凱旋騎馬を模したものとされており、掛け声と共に総勢約三十名が手振り足振りでゆっくりと進む行列は、とても優雅なものである。これは当時、平出の騎馬行列より指導を受けて、今の形を完成させている。
行列は陣笠麻峠の「露拂」を先頭として、その後に武者姿で弓をもつ「茂党」、行列に掛け声を掛ける奴姿の「色傘」、殿様の調度品を運ぶ「挟箱」、松本藩の六万石を示すという槍を持つ「お槍」六人、そして女子の「お小姓」、侍姿の「若党」を従えて騎乗する「殿様」がいる。この「殿様」は地区内の小学生などにお願いし、行列の花となっている。さらに後ろには重量約三十キロの馬印を持つ藩お抱えの力士役である「車駒」、「殿様」が本陣などに立ち寄り下馬をする際に草履をそろえる「草履取り」、それを助ける「曲傘」、道化役の「沓籠」と続く。各役目ことにそれぞれの見せ場や技があり、その一つひとつがより観客を楽しませている。
揃った衣装も目を引くが、道具として使われているものの中には貴重なものも多く、松本藩主から実際に小野神社へ寄納された品もある。
騎馬行列の振行は、御柱祭のほかにも県内外の催ものなどに招かれることも多く、遠くは新宿歌舞伎町で行ったこともある。今年は奈良井宿の漆器祭りからの招待を受け、御茶壷道中の行列に参加した。沿道の観客からは多くの喝采を受け、先人が築き上げ、守り残したものの重さを改めて痛感した。伝統を守り抜くことが難しい時代ではあるが、地域の祭りとともに大切にしてゆきたいものである。(前会長 神戸重行)
小野騎馬協会会長 赤羽六男
HP管理者 神戸千昭