▽ マンドリンのページ ▽

このページでは、マンドリンの紹介をしたいと思います。ウクレレではないです。

マンドリンと私

マンドリンを始めた理由は、大学のマンドリンクラブに 入ったのがきっかけです。入るつもりは決してなかった のです。中学高校と陸上部に所属していた私は、始め陸 上部に入ろうかと陸上部を探したのですが、どこにも部 員の姿が見えませんでした。どうやら、その年は新入部 員をあまり欲しくなかった年らしく勧誘をしていなかっ たようでした。

その次に考えたのが弓道部です。でも、やめた。大学の 体育会の雰囲気は肌に合いませんでした。

そんな時に声をかけられたのが管弦楽部でした。バイオ リンやらない?と誘われ、公開練習に参加しました。(後 ろから合奏の風景を見ていただけです。)部の雰囲気もと ても良く入ろうかと考えたのだのですが、隣に座ってい た1年らしき男が早くも楽器を持ってきて一緒に弾こう としているのを見て、「経験者でないとつらいな。」と あきらめました。(やっぱりバイオリンって子供から習っ ている人が弾くものという先入観ってありませんか?)

音楽練習場を後にして、部室棟を出たが外は勧誘の嵐、そ れなので勧誘を避けるため校舎の間を3、2、1棟と通り 抜けて勧誘の目を誤魔化そうと思った。もう、大学ではど この部に入る気も無かった。しかし、この時とった行動で マンドリンクラブに入ると知るよしも無かった。それは、 1棟に来た時にマンドリンクラブに捕まってしまったから です。(まさか、捕まるとは^^;)そして、やっぱりどこか に所属していたいという気持ちもあり、迷った末、入部し マンドリンとの縁が出来たのです。

マンドリンの歴史

マンドリンを弾いたことあるんだ。と言ってもほとんどの人 が何それと聞き返してきます。知ってると言う人も大抵は、 ウクレレと勘違いしています。マンドリンの歴史をさかのぼ っていくと「ウード」と言う楽器が起源のようです。この楽 器は、紀元前 19世紀には、南西アジアにあったと か無かったとか。そして、アラブやイランに紀元前8世紀くら いに渡って、モーリッシュスペインと言うのでしょうか?この 時に、ヨーロッパに渡ったようです。9世紀ぐらいのようです。 十字軍が持ち帰ったともいわれているようです。日本にもこの 楽器の影響はあって、琵琶がそれに当たります。琵琶に似ています。

そしてウードから、リュートへ変化していきました。リュートは 15世紀〜17世紀のヨーロッパ(イタリア、フランス、ドイツ等)で 宮廷のなかで人気があったようです。リュートは弦が多いため、演 奏するのが難しく、次第に、ギターやチェンパロ等の楽器に人気を 奪われたようです。 後にリュートからマンドーラへと変化します。 マンドーラは、 イタリア語でアーモンドと言う意味です。形からそうよばれたので しょう。イタリアでこの楽器に改良が加えられこのマンドーラを小 さくしたものが、マンドリンです。マンドーラの語尾に小さいとい う意味の縮小辞-inoをつけて、マンドリーノと呼ばれ英語ではマン ドリンと呼ばれています。 18世紀になり、マンドリンは更に改良 が加えられ、 ベネチア型、ナポリ型、ジェノバ型等、様々な都市 で改良が加えられその都市の名で呼ばれました。そして、19世紀に なって、パスクワーレ・ビナッチャが ナポリ型に改良を加え、現在 のナポリ型マンドリンが誕生しました。今マンドリンと呼 ばれているのは、このビナッチャが開発したものをさします。 上記の私の楽器とほぼ同じ写真です。