なんでもない、ただの日常風景。

 しいて言うなら、いつもいつも朝俺を起こしに来るあいつが、学校にいなかったことだけだ。

 昨日あれだけ言っておいて休んだのかあいつ……。

 ふとあの綺麗な目の覚めるくらい蒼っぽいロングヘアの美少女をそのときばかり恨んだ。







「結君!」

 あたりはすっかり夕暮れである。そして教室はいつもの居残り組――すなわち俺とあいつ――となった頃である。

「あのなぁ、たまには上の名前で俺を呼ぶ気はないのか?」

 迷惑そうな声をあげる俺の言葉なぞ露知らずあいつは白い指をノートに突き立てた。

「それより、学校残ってなにやってたの?」

「課題やってたが何かあるか?詩織」

 明らかにぶっきらぼうに振ってやったのに詩織は眉にしわを寄せて続けた。

「課題やってた?問の1の(1)しかやってないじゃない」

 そのとおり、ハイご名答。

「ふざけて言ってるわけじゃないよ」

 なかば呆れたように溜め息をついた彼女は自分の鞄を机から持ち上げた。

 彼女の長いストレートの髪が波のようになびいて見えた。

「俺は今から帰るところだったわけだ。じゃあなチビちゃん」

 彼女は頬をぷくっと膨らませていたが反論はしなかった。

 当然だ。なんという反論があろうか?

 何せ俺の身長は160後半に対してあいつの身長はたったの141cmしかないのだ。

 まぁいいさ。帰っていつものようにゲーセンで得意の音ゲーで鬱憤でも晴らしてくるか。

 ゲーセンはいい。がちゃがちゃと五月蝿く気晴らしには持って来いだ。

 その上、見つかる可能性はほぼ皆無だ。なんたって現在中学3年生1月後半。

 ゲーセンで同級生に見つかろうがそいつに注意されることはない。何しろ同じだからな。

「今、ゲーセンに行こうって思ったでしょ」

「……あ?」

 あいつは溜め息をまたついた。

「何年の付き合いよ」

「15年だが?」

 さらりと即答してやった。

 15年、すなわち生まれて間もなく、と形容しても間違いではない。

 家は近いわ誕生日は3日しか違わないわ親同士すっかり仲良くなったわで1歳頃にはこいつと遊んでいた記憶がある。

 妙な繋がりだと今でも思う。

「その銀髪白肌の長身が特徴で、得意は音ゲーでゲーセンで一時伝説になったことくらい私が知らないと?」

 ああ。そうだよ。なぜか外人に間違われるくらい白い肌と肩に届きそうな銀髪が特徴でゲーセンで神と崇められた時期があったな。

 今は金持ち高校生がいるが引けなどとってない。むしろ今でも直接対決で負けるつもりはない。悪くて引き分けだ。

「……てあんたどんだけ自信過剰?」

「自信のない人間がゲーセンで神にはならない」

 ああ、そうね。と詩織は言った。

「……まぁいいや。結君、私も連れてきなさい」

 は?今何て言った?

「だからさ、私をゲーセンに連れてってと言ってるわけ」

 目眩がした。冗談か?音ゲーにて良くて俺と引き分け、格ゲーでは俺の足元に及ばないお前がゲーセン?

 皮肉をあえて喉でくっとこらえる。さすがにここまで言えばビンタの一撃くらいは飛びそうだ。

 ああ、くそ。俺は残念ながら中の中くらいの運動能力しかない。一方の詩織はそのチビさからは考えられないくらい運動に卓越している。

 バスケなどでない限り男子も顔負けなくらい動神経抜群な訳だ。

「ふぅ……でも話し込んだからすっかり暗くなったわ」

「まったくだ。ゲーセンに入れない」

 16歳未満は日没以降入店をお断りします。ゲーセンの謳い文句だ。

 今から家に帰って着替えて出た場合どう見積もっても俺は入れないだろう。

 なにせ神とまで崇められたわけだ。ゲーセンにたむろしている輩から学校側に通報されてはたまらない。

 というか一回あった。

 ほんと言い訳に困るし面倒くさい。故に俺は一応その手の規則は守っている。

「じゃあ、明日の帰りに連れてってもらえるかな?」

 溜め息を今度は俺がついてしまった。大丈夫か?ゲーセンなぞ入り浸って面白さにはまったらたむろしてる人間みたいになっちまうぞ?

 でもまぁ、こいつとゲーセンというのも悪くないなと思った。

 何しろ15年も一緒なのだが、特技を大衆の面前でこいつに向かって披露した記憶はない。

 明らかに堅苦しい大人の思い描く『模範的な受験生』をしているこいつをゲーム中毒にする、というのもなかなかおかしな感じだ。

「分かったよ。ただし自分の金は自分で用意してくれ。俺はそこまで対応できるほど金を持ってない」

「分かった。じゃあ明日ね」

 それだけ言うと小学生と見間違えそうな少女は手を振った後廊下を駆けていった。

 やれやれだ。明日はそうだな……普段より早く学校を出てゲーセンに行く必要がありそうだ。

 明日の計画を構想していると、知らぬ間に日は完全に落ちてしまった。







 回想終了。現在。

 6時間目が終わった今、後は終礼を済ませてとっとと帰るのみ。

 ……約束を破るのはあいつらしくない。

 なにせあいつは無理と思われた約束――隣町に行った時に俺との釣りの約束を思い出したらしい――をどうにか完遂してしまうくらいである。

 それに、聞くところによると詩織は学校と連絡がついていない――無断欠席というやつなのである。

 より一層不信感が胸の内に積もった。

 何せあれほどのくそ真面目かつ優良児の典型例、テンプレートにでもなりそうな詩織が休みなどありえないのである。

 風邪や病気なら連絡くらいつくだろう。しかしそれらは一切聞いていない。

 滞りなく終礼が終わっていった。起立、礼と流れるように週番が挨拶すると教室から人が次々と出て行った。

 やれやれ、と溜め息とともに教室を出ようとしたとき、間延びした声が俺を捕らえた。

「月峯ー、ちょっといいか?」

 背中のほうからの声に俺は首を捻ってその人の方を向いた。担任の岡本が教卓に手をついていた。

「先生、何用ですか?俺は今日行かなきゃならない場所が」

「あー、多分そのことも今込みで話する」

 無断欠席があったらその生徒と親しい生徒から情報を得ようとする。今どき見慣れた光景だ。

 それとも、まさか昨日実はこっそり下調べでゲーセンに行ったことがばれたか?

「月峯、昨日安永と学校にいたよな?」

「ええ、学校には普通に登校しましたが」

「あー、そういうことじゃなくてだ。放課後、残ってたよな」

 おや?なぜ知ってるのか?やっぱりあれか、最近学校の一部に監視カメラがついたってのは本当か?

「そのとき何か普段と違った感じがしたか?」

「いえ」と、俺はいつもどおりだったあいつを思い出しながら言った。

 たまたま魔がさしたのでは、と俺は続けて首を元にして廊下へ出ようとしたがまぁまぁと担任岡本に肩を持たれた。

「試験勉強を滅多しないお前が行くところなんてゲーセンか安永の家だろ?」

 ――俺の周りは何でこんなにも直感に優れたやつばかりいるんだ?

「ええ、安永さんのとこに行ってこようかと」

 思いっきり本当のことを言ってやった。

「……安永は今まで無遅刻無欠席を貫いたってのにおしいなー」

 そういえばそうだったな。学校に来てあいつを見ない日があったか。

 いや、むしろ毎日俺を起こして登校しているのだから間違いなく見ない日は今日が初めてだ。

 そう考えると気付けば俺も一応3年は無遅刻無欠席だな。

「いやぁ、彼氏に聞けば何か情報あると思ったのにな〜」

 今の台詞に頭の血管が嫌な音を上げたのが聞こえた。

「いや、ちょ。先生?誤解があるようですが?」

「ん?違うのか?」

「悪いが、んなことこれっぽっちと無いです」

 明らかに否定しておいた。悪いがあいつとは幼馴染以上に距離を詰めた記憶はない。

「そうかぁ。いやな、クラスの半分近くはお前らをカップルと」

「そ、そんなこと断固としてない!」

 いかんいかん。落ち着け俺。なにをこんなところで舌を噛んだ!?これじゃ怪しいじゃないか。

 まさか顔が赤くなってるとか?ないよな、今すぐ顔をぶん殴って血の気を抜いてやりたい。

「とりあえず、何かあったら連絡しますので」

 かけることはしないが一応それっぽいことを言って俺は帰った。







続く
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