ふるさとの歴史を知る
 
第一探検地からの報告
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Home ふるさとの味を知る〜ふるさと料理指南番
ふるさとの味を知る〜ふるさと料理指南番
 
ふるさとには、古くから伝えられ、受け継がれてきた生活様式があり、また生活の営みによって育まれてきた知恵があります。そして、その土地、その地域には生活と密接な係わりを持ってきた行事食、郷土食と呼ばれるものがあります。飽食の時代、グルメの時代と食生活の上での自己欲求の実現や個人の価値観は揺れ動いても、真に心の豊かさを感じさせるには、ふるさとの味ではないでしょうか。甲賀地域にも古くから神社やお寺そして村祭にまつわる行事食をはじめ、地域の特産物を活かした郷土食など数多くのふるさと料理が伝承されてきました。ここでは、地域住民の皆さんが選んだふるさと料理のいくつかを、料理の起源や言い伝えなどを交えながらご紹介しましょう。いずれも地域の味、家庭の味として親しまれ、郷土の人と人との温かい触れ合いと郷愁を感じさせるものばかりです。是非、この料理指南番から甲賀のふるさと料理のノウハウを学び、現代の食文化に活かしてもらいたいものです。
 
田楽(石部町)

(材料)豆腐、木の芽(山椒)、白味噌
(作り方のポイント)
@豆腐の水気をきり、末広がりに切る。
A二つ割りした竹串にさし、両面を焼く。
B山椒の若芽を擂り込んだ味噌を豆腐にぬりつけ、もう一度焼く。
   
石部田楽の由来は、昔、東海道五十三次の宿場町として栄えたころ、旅籠料理として出されていたものの中の一つであったことに始まる。そもそも田楽の名のルーツは、江戸時代の版画に見つけることができる。
これは東海道石部宿と草津宿の間に目川(現在の栗東町)という立場(休憩所)があったのだが、その風景を版画にしたものである。“ 目川”田々と田楽法師 棒の先にとりつきて 飛び巡るその形に 似ているので 名づけしなるべし季節の産物を使って、豆腐田楽や筍田楽等家庭料理としても十分楽しめる。
 
くるびもち(石部町)
 
(材料)大豆、もち米、砂糖、塩
(作り方のポイント)
@前日より水につけた大豆を柔らかく煮て潰し、砂糖と塩で味付け、あんに作る。
A餅を大豆あんでくるむ。
 
東寺にある白山神社の九月十日の祭には、昔から農業の収穫を祈って餅を作る。そして、夜には村中が宮ごもりをし、酒やスルメも供えて祈る。またこの時、松茸山の入山のくじ引きも行われている。
くるびもちのくるびとは、くる日であり、収穫の来る日、取り入れが無事に来る日という意味である。「くる日」の餅を縮めてくるびもちというようになった。見た目は味噌のように思えるが、食べてみると大豆が大変おいしく、素朴な味わいが感じられる。
 
大根と大豆の醤油煮(石部町)
 

(材料)大根、大豆、醤油
(作り方のポイント)
@大豆は前日より水につけておき、柔らかく煮て、短冊切りにした大根を入れてから醤油味を付ける。
 

東寺では、天台大師の命日である十二月二十四日には精進料理を作り、仏様にお供えしてから家庭でいただく習わしがある。
十二月二十四日の精進料理の献立
大根飯
かぶらの味噌汁
大根と大豆の醤油煮
ゆずみそ(ゆずのカップみそ)
   
ゆずのカップみそ(石部町)
 
(材料)柚子、味噌、砂糖、ごま
(作り方のポイント)
@熟した柚子の中身をくりぬいて包丁でよく叩き潰す。
A擂った味噌に柚子の潰したものを合わせ、砂糖、ごまを加え、中身を取り出した柚子の中に詰め込む。
 
東寺、西寺地区では、毎年天台大師の命日に作るため、柚子を木に残しておき、黄色く熟したものを使う。普通柚子みそといえば、柚子の皮を刻んだり擂りおろして作るが、この地区の作り方は全く違う。
柚子の香りが素晴らしく、ご飯の上に乗せたり、他の野菜につけて食べてもおいしいが、大根を丸ごとかまどの中で焼いて、洗ったあと輪切りにしたものの上につけて食べるのが昔からもっともおいしい食べ方とされている。
 
ぼんのこへのこ餅(甲西町)
  
(材料)小麦粉、小豆あん
(作り方のポイント)
@小麦粉をこねて、しゃもじでたらせるくらいに溶き、フライパンで焼いて中にあんこを入れてロールにする。
 
七月三十一日、平松地区の松尾神社では、ぼんのこへのこ祭という奇祭がある。「煩悩男根」の意味で、火の神、三宝荒神(女神)へ男性を捧げて火を鎮める祭だ。藁や竹笹で作った男と女のシンボルを小学五年から中学三年生までの
男子が担いで、太鼓をたたき、“ぼんのこへのこさくよもんのなすびやぁい”と掛け声を掛けながら地域内を練り歩く。神様が集落内をねり歩き浮気をするので、やきもちをやくということになぞらえて、各家々では、やきもち(べたやき)を焼き、これを子供に食べさせるようになったといわれている。甘さがほどよく加減されており、子供のおやつに良いと好評だ。
 
いもつぶし(甲西町)
 
(材料)米、里芋(親頭・小芋)、さつまいも、塩
(作り方のポイント)
@米は洗って炊飯器に入れ、水加減は普通にする。
A里芋・さつまいもを上にのせ、塩を加えて炊く。
B炊き上げれば擂り粉木で潰して丸める。
C一日置き、固くなったものを焼き、甘味噌や砂糖醤油をつけて食べる。
 
昔、農家の米の収穫が少なく、年貢や供出をすると一年分の飯米も残らなかった。そこで米の不足分を補うために考えられたのがいもつぶしである。ゆりこと呼ばれるくず米に里芋やさつまいもを擂り粉木でよく潰して混ぜ合わせて作る。
小昼や夕食に食べ、残ったものは翌朝、火鉢で金綱にのせ、こんがり焼いて食べていたようだ。今も郷土食として伝えられているが、食べ方は、朝食風のやり方で、焼いて甘味噌や砂糖醤油をつけ熱いうちにいただくとあっさりとして食べやすい。今はほとんど作る人もいなくなったそうだが、こういう素朴な味も見直してもらいたいものだ。
 
茄子のとうがらし漬(甲西町)
 
(材料)下田茄子、弥平とうがらし、茗荷、しめじ、塩
(作り方のポイント)
@あく出しした茄子と茗荷・しめじ・唐辛子に塩を少しまぶして、もまずに重石をする。
A翌日食べる分量だけ漬ける。
下田地区で昔から作られてきた弥平とうがらしと下田茄子を使った漬物。弥平とうがらしは美しいオレンジ色の風味のある辛い唐辛子だ。また、下田茄子は、蔕元が白く紫色の淡い茄子は他の地域では育たないといわれている。
この下田特産の弥平とうがらしと下田茄子を茗荷やしめじと一緒に漬け込むと、唐辛子が特有の香りと柔らかい辛さを生み、味を引きしめる。夏の漬物は、地元の人はもちろん、新しく下田に住むようになった人々も酒の肴に良いと大変好評である。
 
大根のあらだき(甲西町)
 
(材料)大根、ぶりの粗、酒、醤油、みりん
(作り方のポイント)
@大根は米のとぎ汁でゆでる。
A魚の粗は熱湯をかけて臭みをとる。
B大根が煮上がったところに魚の粗を入れ、酒・醤油・みりんで味を整え気長に煮込む。
 
押しずし(甲西町)
 
(材料)米、かんぴょう、人参、椎茸、油あげ、高野豆腐、ちりめんじゃこ、かまぼこ、グリンピース、卵(ゆば)、酢、塩、砂糖、醤油
(作り方のポイント)
@米を炊いて合わせ酢を混ぜる。
A具はすべて細かく切り、砂糖、醤油、塩できれいに煮る。
B冷ましておいたすし飯と具を交互に並べ、押しずしにする。(ご飯を一センチメートルの厚さで二段)
C適当な大きさに切って盛りつける。
 
菩提寺地区にある八王寺神社の氏子が、昔から一月二十日の八王寺講の時に作る行事食。毎年、伊勢神宮に代参した者を労い、皆でお祝いする時、板前を家に呼び、立派な膳で御馳走をしたという。料理には、魚も使ったので魚の粗もたくさん出たことから考え出されたのがあらだきである。

寒い時でもあり体がぬくもるものを、との考えから生まれたものであろう。以来、大根のあらだきと押しずしは講にとってなくてはならぬ料理となった。今でも祝い事や祭には押しずしを作る風習が残っている。あらだきは、厳寒期には、体があたたまり、栄養も豊富で大変おいしく、また、ひときわ鮮やかな押しずしは、バラずしと違った切り口の美しい一品。どちらもひと工夫された中に、ぬくもりが感じられる。
 
宇川ずし(水口町)
 
(材料)米、筍、かんぴょう、椎茸、木の芽、ゆば、寒鰤、酢、砂糖、塩
(作り方のポイント)
@ご飯を炊き、合わせ酢を混ぜてよく冷ます。
Aかんぴょうは一センチメートルくらいに切り、椎茸・筍は一口大に切って煮る。
B鰤は一口大の切り身にし、酢につけておく。
C木箱に竹の皮を敷き、すし飯を置き、その上に椎茸・鰤・筍・かんぴょうを敷きつめる。そしてゆば・木の芽をのせる。更に竹の皮を敷き同じようにもう一段作る。最後に竹の皮をのせ押し蓋をして重石をする。
D一夜するとよく味がなじんでおいしくなる。
 
いつの時代から作られたものか定かでないが、少なくとも明治以前からあったといわれている。毎年四月二十五日の祭の料理で、宵宮に作ったものを祭の日にいただく。酢をしっかりきかせるので保存ができ、材料さえあればいつでも作れるが、おいしいのはやはり春である。
竹の皮を酢でしめらせてご飯を積み重ねるため、皮のすじがご飯につき、見た目も美しく、とっても風味がある。各家々にすし用の古い木箱が残されているが、家によっては、二升、三升、五升、七升と木箱の大きさが違うようである。
   
かんぴょうのからしみそ和え(水口町)
 
(材料)かんぴょう、砂糖、煮干、みりん、ねりからし、黒ごま、味噌
(作り方のポイント)
@かんぴょうは柔らかくするため塩でもみ洗いする。
A適当な大きさに切り、ひたひたの水で柔らかく煮る。
B味噌・砂糖・煮干のきざんだものを加えて煮込み、最後にみりん・ねりがらしで加え、黒ごまをふりかける。
 
安藤広重の東海道五十三次にも描かれているように、江戸時代、水口は日本一のかんぴょうの産地であった。近年有名になった栃木かんぴょうは、水口城主加藤明友の子、明英の代に下野国(栃木県)壬生に移植されたといわれている。
今では、かんぴょうが取り持つ緑で、水口町と栃木県壬生町は姉妹都市提携を結んでいる。水口美濃部地区のかんぴょうは煮たとき柔らかいのが特徴だ。みそ和えは、白みそを利用すると出来上がりの色もよく、ねりからしと合って味が引きしまっておいしい。また、ねりからしの代わりにきざみ生姜を使ってもよい。
 
かんぴょうと大豆の煮もの(水口町)
 
(材料)かんぴょう、大豆(黒豆)、砂糖、醤油、みりん、昆布だし
(作り方のポイント)
@前日から砂糖・醤油・昆布だしの中に大豆を漬け込んでおき、厚鍋で三時間くらい煮込む。
Aかんぴょうは結び、別鍋で薄味に煮込んでおき、煮豆とともに盛り付ける。
 
かんぴょうを使った料理は他にもいくつかある。この料理に使うかんぴょうは緑起をかついで結び目を入れる。おせち料理に使う黒豆との取り合わせは素朴でおふくろの味として、地域の味として引き継がれている。
 
たまつばき(水口町)

(材料)かんぴょう、大根、干柿、土生姜、柚子の皮、酢、みりん、砂糖、塩
(作り方のポイント)
@大根を薄く切り、三〜四日天日干しする。
A干大根に干柿・土生姜・柚子の皮のせん切りを入れて巻き、かんぴょうで結ぶ。
B二〜三日甘酢につけてから食べる。
 
たまつばきは、大根の甘酢きぬ巻きとも呼ばれ、北脇地区の正月には欠かせない一品である。大根の干したものを使うので甘味があり、歯ごたえもあって、柚子や生姜の味がよくなじんでおいしい。
 
「いもやはしか」に作るおはぎ(水口町)
 
(材料)うるち米、もち米、小豆、砂糖
(作り方のポイント)
@白いおはぎを作り、煮ておいた小豆を上にのせる。
 

宇田地区に古くから伝えられているおはぎである。昔、疱瘡が大流行し、愛しい子供達が次々と病に倒れていったので、隣近所の主婦がうるち米を持ち寄り、皆が木の棒でついておはぎを作り、大日如来様に、いぼ・はしか・疱瘡の平癒を祈願したのが始まりである。「いもやはしか」のいもはいぼがなまったもの。
お供えしたおはぎは、小豆で目や鼻を付け、川に流しておまじないをしたり、隣近所の親睦を図りながら賞味する習わしがあった。種痘のなかった時代の疱瘡の恐ろしさを知らない現代人にはピンとこない話だが、「いもやはしか」は集落の伝統行事として長く続いてきたのである。
 
茶がゆ(土山町)
 
(材料)
米、番茶の粉
(作り方のポイント)
@米はさっと洗っておく。
A布袋に入れた茶粉を煮出しておく。これに米を加えて炊く。
Bご飯により三センチメートル程水が残っている状態で火を止める。
  
土山茶は、文和五年(一三五六)に常明寺(南土山)の鈍翁了愚禅師が京の都から種子を持ち帰り植えたのが始まりといわれている。その後、永雲寺(北土山)の僧が、高座園という茶畑をつくり、量産して、旅人に販売するようになった。
これが産業となり、今では県下一の生産を誇っている。茶がゆは、昔から茶農家でひそかに伝えられている料理である。コトコトと長時間かけて煮込んだ素朴な味で、夏におかゆが冷えてから食べると大変おいしい。茶粉は、良い茶の粉はにがみが出るため、番茶の方がよいとされている。
 
鮎河菜の漬物(土山町)
 
(材料)鮎河菜、塩、醤油、煮干し、唐辛子
(作り方のポイント)
@鮎河菜を塩でもむ。
Aだしを煮干しで取り、醤油で味付けし、調味液を作って鮎河菜を漬け込んだ上からかける。
B長期保存には冷凍がよい。
 
鮎河菜は、昔から鮎河地区だけでしか成育せず、他の地区で栽培すると葉の色や形が変わり、また苔立ちも異なって独特の姿に育たない。このため鮎河だけの特産品として鮎河菜が作られるようになったといわれている。また、春先の青野菜の少ない時に収穫することができ、苔立ちした茎、葉、つぼみなどすべてを食べることができる。
特に茎はおいしく人気がある。漬物のほかおひたし、油炒め、肉料理の添え物にと幅広く利用できる。
 
うどの酢みそ和え(土山町)
 
(材料)うど、白味噌、砂糖、みりん、酒、酢
(作り方のポイント)
@うどは短冊切りにしてゆがく。
A調味料を合わせてねり味噌を作り、水切りしたうどを和える。
 
平子地区では、毎年五月六日に津島神社で「うど祭」が行われる。今では時代とともに随分変わってきたが、昔は年三回の陰祭と十二月十四日に行われる本祭があったそうだ。
一番最初の陰祭にあたる五月六日には、その年の神主が旬のものであるうどをお供えし、重箱に詰めたうどの酢みそ和えを参拝した若い衆や村の人達に食べてもらっていたと伝えられているが、今ではその風習もなくなりつつある。
 
小豆ごはん(土山町)
 
(材料)
うるち米、もち米、小豆
(作り方のポイント)
@前日より柔らかく煮ておいた小豆と米を合わせて炊き、俵型ににぎる
 
大野の里地区のはずれに金毘羅神社が祀られている。二月の初牛の日と八月一日には村人達が神社に集まり五毅豊穰を祈る。二月には小豆ごはんを俵型のおにぎりにして振るまい、八月には大豆の煮豆とどじょう煮を涼みながら食べるのが習わしだ。これらの料理は、夏、冬ともに健康を維持するために農家の人達の生活の知恵から生まれたものとされている。
この頃は、うなぎは食べてもどじょうは高価なものになり、あまり口にする機会は少なくなったものだが、今でもこの地区の人は、毎年神社にお参りし、どじょう煮を食べることを楽しみにしているという。
 
大豆の煮豆(土山町)
 
(材料)
大豆、砂糖、醤油、塩
(作り方のポイント)
@前日よりつけておいた大豆を柔らかく煮て、調味料を加え長時間煮る。
 
どうじょう煮(土山町)
(材料)
どじょう、砂糖、醤油、酒
(作り方のポイント)
@煮立った調味液の中へ半量ずつどじょうを入れ、崩れないように煮る。
ふじの葉ずし(甲賀町)
 
(材料)
ふじの葉、塩鮭、干し椎茸、ゆば、すしめし(押しずし用の木箱・重石が必要)
(作り方のポイント)
@すしめしは、一口大のおにぎりにし、干し椎茸(もどして甘辛く煮る)・ゆば(酢につけてもどす)・塩鮭(そぎ切りにして酢でしめる)をのせてふじの葉できっちりと包む。
A押しずし用の木箱にすき間なく詰め、重石をしておく。
   
室町時代に始まったとされる大烏神社(祭神、素戔鳴尊)の祇園祭は、大原祇園と呼ばれる夏祭。七月二十三日の宵宮は氏子が頭にろうそくをともした灯龍をかむり、太鼓やつづみの音に合わせて踊り、ぶつかり合う光景は夏の風物に花を添える。
翌二十四日は、花奪いの神事が行われ、奉納された花傘を参拝者が奪い合う荒々しく迫力のある祭である。この大原祇園の暑い最中に作られるふじの葉ずしは季節感を表した昔の人の生活の知恵かもしれない。料理に使うふじの葉は、葛の葉のことであり、“くるまふじ”と呼ばれている。
 
鉄砲漬(甲賀町)
 
(材料)
白うり、しその葉、しその実、味噌、砂糖、みりん、酒粕、塩、焼酎
(作り方のポイント)
@白うりは両端を切り落とし、中の実を取り出し、塩漬けにしたあと、しその実、塩もみしたしその葉を詰め味噌漬にする。
A食べる一カ月前に酒粕に漬ける。
 
甲賀町の特産物としてどこの家庭でも加工されてきた。今では名産品として市販され、広く親しまれるようになってきている。漬けたものは一年くらいたつと色よく出来るので、去年作ったものは今年、今年作ったものはまた来年と繰り返していく。これまではみそ漬ばかりだったが、最近では酒粕に漬け変える人もいるようだ。塩分濃度など工夫し、現代の嗜好に合った方法でこれからも伝えてもらいたい郷土食である。
にんにくの刺身(甲賀町)
 
(材料)
にんにく、酢味噌(味噌・みりん・砂糖・だし汁・酢)
(作り方のポイント)
@にんにくは細長く薄く切り、酢味噌をかける。
 
油日神社の五月一日の油日まつりに先がけ、各字では毎年四月二十七日、獅子講の神事が行われる。毛枚地区では、赤組(赤飯)と白組(白むし)に分かれが、ニンニクの神事は赤組のみに伝えられている。一年毎に獅子講宿(当番)が巡り、すべての準備をする。
ニンニクは、宿が年々引き継ぎ種苗とし、根の部分を土にかぶせ、白いところが多くなるように育てる。こうしてネギに似たニンニクを用いるのが特徴である。味と香りの極端なニンニクを神事に何故用いるのか定かではないが、何もない時代に農繁期を迎え、体力をつける栄養食、健康食として考えられたのではないかと思われる。
 
どじょうの卵とじ(甲賀町)
 
(材料)どじょう、卵、酒、だし汁、醤油
(作り方のポイント)
@新鮮などじょうを薄い酒水につける。
Aだし汁を熱し、卵とどじょうを入れ、醤油をかけて食べる。(卵は溶かなくても熱いためどじょうが卵の中に逃げ込むので、きれいに卵が絡まる。)
 
五反田地区の年中行事の祭になくてはならぬのがどじょうの卵とじである。どじょうは古来より滋養強壮の効果があり、完全食品である鶏卵とのとり合わせは、まさに先人の知恵がもたらした農村の郷土食といえるだろう。また、甲賀町の郷土食として伝えられてきた
ちまきは、今も七月二十四日の大鳥神社の祇園祭に厄除けと夏バテ防止を祈願して作られ、近所に配る風習が残されている。昔の甲賀忍者は、一年間も保存がきくため、常備食としていつも持っていたと言い伝えられている。
 
ちまき(甲賀町)
 
(材料)米粉、もち粉、くま笹、?の苞、塩
(作り方のポイント)
@米粉ともち粉を耳たぶ程度にこねて塩を入れる。
A蒸し器で十分くらい蒸し、擂り鉢でよくつき三センチメートルほどの棒状に伸ばす。
B笹で包み藁でまとめる。
C熱湯をくぐらせ二時間陰干しをする。
 
かたやき(甲賀町)
 
(材料)砂糖、小麦粉、炭酸、黒ごま、水
(作り方のポイント)
@水と砂糖で作ったシロップを作っておく。これに小麦粉と炭酸を合わせたものを混ぜ、丸めて一日冷蔵庫でねかせる。
A棒状にして適当な大きさに切り、切り口に黒ごまをまぶして焼く。
 

甲賀、伊賀地方に古くから伝わる忍者の保存食。元禄五年(一六九二)オランダ人エンゲル・ベルト・ケフエルの長崎から江戸までの将軍拝謁の旅行記に「一見粘土焼きの如き食物を売れり、これを噛めば甚だ固く、その匂い花とみつにて作れり・・・・・・」と書いてある。
これがかたやきである。大正年間までは甲賀、伊賀地方にはかたやきを焼く職人が多くいたが、時代とともに少なくなった。少々固いが、噛んでいると香ばしくて何ともいえない味わいがある。子供のおやつとして是非継承してもらいたいものだ。
 
水無月だんご(甲南町)
 
(材料)
もち米、米粉、小豆、いばらの葉、砂糖
(作り方のポイント)
@もち米粉と米粉を合わせ、湯で耳たぶくらいの固さに練る。これをちぎってあんを挾み、いばらの葉で包んで蒸す。
 
昔は七月三十日の夏祭に各家庭で作られ、祭の祝いにされたものである。
餅であんを包む時、あんを全部包んでしまわず、少しあんがはみ出しているのが特徴。だんごを包むいばらの葉は、近くの山に自生しているものをとりに行く。
 
深川の水菜の辛子和え(甲南町)
 
(材料)
水菜、辛子菜(なくてもよい)、油あげ、辛子、ごま、味噌または醤油
(作り方のポイント)
@水菜と辛子菜は塩ゆでする。
A油あげは火を通して細長く切る。
B辛子をきかして、味噌か醤油と和える。
 
深川地区では稲荷神社の祭である二月の初午の日に作る。畑に雪が降ると野菜が柔らかくなり、この頃の水菜は特においしくなる。寒い時期に辛いものを食べると体が温まり好都合だったようだ。ピリッとした辛さは酒の肴にぴったりで、味噌や醤油味など好みに合わせて食べることができる。
 
塩野のくるみ芋(甲南町)
 
(材料)
子芋、大豆、砂糖、塩
(作り方のポイント)
@大豆を一晩水につけ、柔らかく煮て下味をつけ潰す。
A子芋もゆがいて、下味をつけ大豆の潰したものを絡める。
 
塩野地区の天満宮では、毎年十月二十五日に宮守り渡しといって、宮守りの引き継ぎ式が行われる。この時に酒の肴として作られるのがくるみ芋であり、秋の豊年と村の調和を祈って氏子の人達も一緒に食べる習わしになっている。
くるみの語源は、子芋にまく、すなわちくるむからきたものではないかといわれている。大豆がまったりした味でおいしく、正月料理に打って付けだ。
 
朴の葉ちまき(信楽町)
 
(材料)
朴の葉、もち米、米粉、小豆あん、砂糖、塩
(作りの方のポイント)
@熱湯で耳たぶくらいに練った米粉と、前日から水に浸けたもち米を蒸してつく。
Aあんを包んで、熱湯でくぐらせた朴の葉で包む。
 
多羅尾地区は、江戸時代、幕府直轄の代官領であったため、史蹟や伝説が数多く残っているところ。この地区では、田植の神まつりの一つとしてちまき(柏餅)を作る。昔から香りの良い朴の葉で包んだちまきを作り、親戚、隣近所、田植に来てもらった家々に配り、交換し合う風習があった。
しかし、田植も機械化され、ちまきを作る家も少なくなってしまった。「今は何でも科学的にものを伝える時代です。ちまきを作る材料の分量も良い加減では伝えていくことはできません。はっきりした分量、作り方を多くの人達に知ってもらい、地域に合った良い風習をいつまでも後世に伝えていくことが我々の務めだと思います。」と伝承しているグループの人は語ってくれた。
 
やたら漬け(信楽町)
 
(材料)
白菜、大根、椎茸、塩漬茄子、塩漬わらび、山ぶき、醤油、みりん、土生姜、酢、赤唐辛子、塩
(作り方のポイント)
@大根・白菜は塩漬。
A塩漬茄子・わらび・山ぶきは塩出しをし、椎茸は蒸す。
A醤油、おろし生姜・みりん・酢・赤唐辛子を煮立てて材料を漬け込む。
 
多羅尾地区は、標高四百メートル位の高冷地で山菜が豊富にとれる。わらび、山ぶき等の山菜や山の幸をふんだんにとり入れ、やたらに漬け込むといわれるほど、季節の野菜をうまく利用した漬物である。また、この地区の人は、漬物に利用する山菜や野菜を貯蔵するのが大変上手だ。
 
くるみごぼう(信楽町)
 
(材料)
枝豆、ごぼう、砂糖、塩
(作り方のポイント)
@枝豆はゆでて薄皮をむいてよく擂り潰し、砂糖、塩で味付けをする。
A酢水につけ、ゆでたごぼうを和える。
 
上朝宮地区にある三所神社の十月十日の祭は別名“ごぼう祭”という。くるみごぼうは室町時代より前からこの地域に伝わる伝統料理である。祭日には、神殿に物相という直円錐の形にした、白飯と枝豆の潰したもの、そして味噌を供える習わしがある。
くるみごぼうはその座にいる人々に配られる料理なのだ。これを食べると、一年間健康で、また、通風にならないといわれている。枝豆の緑色が鮮やかで大変美しい。おいしくて栄養豊富だから子供達にも喜んでもらえそうだし、正月のおせち料理に是非加えてもらいたいものだ。
 
ドンジョ汁(信楽町)
   
(材料)
どじょう、茄子、ずいき、里芋、かもうり、人参、三尺ささげ、ごぼう、油あげ、味噌、薬味(青ねぎ・茗荷・生姜)
(作り方のポイント)
@薬味以外の材料を煮込む。
A味噌で味付けし、器に盛ってから薬味を散らす。
 
昔、病気で困っている村人が旅人の教えのとおりドジョウ汁を食べたところ、病気がすっかり治ったという。これはきっと薬師如来のおつげに違いないということで、あくる年のお薬師さんの日から村中でドジョウ汁を食べることになった。
ごぼうや人参、ねぎやそうめんなどなるべく細長いものを沢山入れてドジョウたちの冥福を祈りながら、その姿がなくなるまで半日も煮込んで、薬師さまの薬汁としていただくことにしたのである。これが九月八日の江田薬師のドンジョ汁である。盆踊りも終わりに近づき浴衣一枚では肌寒いけれど、ドンジョ汁で精をつけ、陽気に踊るとすべての悪病が退散すると伝えられている。
 
しらむし(信楽町)
 
(材料)
もち米、黒豆、塩
(作り方のポイント)
@黒豆は一晩水につけ、塩を加えて堅めにゆでる。
A水につけたもち米と黒豆を蒸す。
 
勅旨地区にある天神神社では、毎年十月十九日(出来日待ち祭)、十月二十日(例祭)の秋祭の両日、「きもいり」と呼ばれる直会が全員に供される。直会には輪番で手づくりの料理や白蒸しご飯を持ち寄ったといわれる。現在も祭には十戸余りが当番として慣習を伝承している。
白蒸しご飯の起源については定かでなく、「昔の日本では、赤飯が常食であったようで、これと区別するため」だとか、「めでたい日の御馳走としての蒸し飯を神事の清浄なものとして感覚的に賞味したのではないか」との仮説がある。日常の祝事には小豆の入った赤飯とし、神事にはもち米に黒豆を混ぜた白蒸しとしたのだろう。
 
ひねぐき(信楽町)
 
(材料)
大根、塩、糖(さらしの袋に入れる)
(作り方のポイント)
@大根葉を天日で乾燥させ、黄色くなったら細かく刻んで糖袋を上、中、下の三カ所に入れ塩漬する。
 
昔から雲井地区ではどの家でも漬けられてきた漬物である。ビタミンAやCがたっぷり含まれている大根葉はともすれば捨てられがちだが、捨てるにはあまりに惜しいと先人達が細かく漬け込んだのが始まりといわれている。
発酵させた風味の良さはもちろんのこと、乳酸飲料と同じく腸の動きを良くする自然の健康食品でもあり、これこそ先人の生活の知恵だといえよう。故郷を離れている人達にとって郷愁を感じさせてくれるこのひねぐきは、地域の食文化の原点なのかもしれない。
 
あとがき
 
この冊子が甲賀郡の今後のまちづくりを進める上で何か示唆を与え、そして歴史と自然豊かな甲賀の良さを、より多くの人々に知っていただく一助となることを念願いたしております。この事業に多大のご支援とご協力、さらに貴重な資料や写真を提供していただきました地域ふるさと再発見事業運営委員会委員の皆さんをはじめ、関係各位に対しましては、深甚の謝意を申し上げます。
 
平成三年三月
滋賀県水口県事務所長
松田武芳
 
 
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