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第一探検地からの報告
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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第二探検地からの報告
 
各町の探検隊は、それぞれの第一探検地をあとにして、一路、甲南町にある矢川神社へと向かったのです。そして、全隊員が境内に大集結しました。ここ矢川神社では、甲賀の歴史に詳しい乾憲雄先生を語り部にお願いしました。乾先生は、自らの子供時代の暮らしぶりをユーモアたっぷりに語りかけます。

「ここは、昔は、矢川寺というお寺で、この座敷はその名残りの一つです。昔は善男善女が集まり、仏様を拝んだり、自然を崇拝したり、色々な集いの場に利用されました。ここには襖絵があり、現在は県立近代美術館に預けられていますが、すべて江戸時代後期の文人画家、横井金谷(宝暦十一年・一七六一・・・・・草津・下笠生まれの放浪画家で近江蕪村と称される)という人の直筆なのです。お寺がお宮さん(神社)になったり、お宮さんがお寺になったり、そんな時代の移り変わりの中で、是非お話ししておきたいことは自然を忘れてはいけないということです。植物を見たり、お月さんを見たり、自分で見て感じるのです。私が子供の頃は、隣同士、一日おきにお風呂を焚いて、自分の家で焚かない日は隣の家にお湯をもらいに行きました。五右衛門風呂という風呂で、“お風呂もらいに来たんです”と言うと、自分達がまだ入っていなくても、先に入れさせてくれます。お湯から上がると、必ずお茶菓子を出してくれました。家に帰る時、外でお月さんを見て“いい月やわあ、明日はうち(私の家)に来てくださいよ”と声を掛けます。みんなが他人のことをよく考えて生きていました。
 
矢川神社の太鼓橋
境内に集結した探検隊
語り部の話を聴く隊員
矢川神社の祭
 
甲賀郡は古墳が多いところです。埋まっている人がわかっているのがお墓で、わからないのを古墳と言います。城や石造文化財も沢山あり、文化のレベルが非常に高い地域なのです。自然の中に生きてこられた先祖を思い、残されてきた文化財を大切にしていきたいものです。」そして、偶然座敷に置かれていた短冊の中にある“大男小男肩はそろわねど皆おもしろく神輿かきいる”という歌を引用して、「これはみんなで助け合って行こうという意味です。この行事に参加できたことを喜び、肌で感じて、自分の頭で考えて前進していって欲しいと思います。」と言われました。

隊員たちは語り部の話に耳を傾けながら、「昔の人々は生活は貧しかったが、心はとても温かかったようだ。いくら生活が豊かになっても人の心が貧しかったらどうにもならないんだと思う。」「現代人はみんな時間に追われ、物質文明は発達したけれど、心は貧しく世知辛くなってしまったのだろうか。」「自分本位の生き方はせず、他人への思いやりを大切にしたい。」と感想を述べていました。こうして、生まれ育った郷土への思いをより深くし、“甲賀は一つ”を合言葉に、全員元気良く第三探検地へと移動したのです。
 
横井金谷の大作「棋書仙人図」  
 
 
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