初出:2005年『先住民族の10年News』116号、2-3頁
太田好信氏によれば、文化とは借り物であり学習可能のものであり、演出するものと見ることもできるといいます(同氏『民族誌的近代への介入』2001年、人文書院、を参照してください)。イギリスに移住したポーランド人のコンラッド(小説家)やマリノフスキー(人類学者、民族誌家)にとって、英語で表現することは、借り物の衣装で自分の追求したいことを演出することでした。そしてその演出は、小説(コンラッド)、民族誌学(マリノフスキー)という領域で、非母語による演出であるにもかかわらず、多くの読者の賞賛を浴びてきました。
コンラッドやマリノフスキーの作品を前に、「このひとたちは英国人でない」とか「このひとたちの英語は母語ではない」という批判は、力のない批判です。なぜなら、そうした批判は、英国人でなければ英語の小説や民族誌を書けないとか、英語を母語とする人でなければ小説や民族誌をうまく書けないといったつまらない前提を、自ら暴露しているからです。イギリス人であるという血統は、この際、最も重要な問題ではなくなっています。非母語において表現活動を行う行為は、言語のもつ虚構性(構築性や歴史性)を浮き彫りにし、文化も自然なものではなく、歴史的に構築された、いわばフィクションのもとに成立しているという考え方を可能にしています(太田前掲書、84頁)。
読者は、小説にせよ民族誌にせよ、表現された内容こそを吟味し、批判するはずです。 これとまったく同様のことが、靖国神社で行おうとした高金素梅(こうきんそばい)氏の、一連のパフォーマンスに当てはまるのではないでしょうか。
高金素梅氏は、外省人とタイヤル民族の間に台湾で生まれた、いわゆるハーフです。その彼女が、自己のタイヤルアイデンティティを認め、「原住民」の身分を法的にも獲得し、立法委員(国会議員に相当)になっています。(このあたりのアイデンティティ獲得のいきさつは、胡忠信2005年『[イ尓]願意聴我的声音[ロ馬](あなたは私の声を聞こうとしますか):胡忠信、高金素梅対談録』台北:智庫に書かれています。)
この6月(2005年)に高金氏は靖国神社に向かい、高砂義勇隊員として戦い戦死した、台湾先住民族の霊魂の合祀とりさげと台湾への持ち帰りを要求しました。わたしがさっとネットサーフィンしたところ、この彼女に対して、日本の右よりの多くの論述が、「支那人」とか「偽タイヤル族」という差別的・侮蔑的な言葉を浴びせています。また、女優だった過去をとりあげ、だから政治的パフォーマンスがうまいという語りが多くあります。
こうした論述は、高金素梅氏には日本や靖国を批判する資格がないとでも言いたいのでしょうか。小泉首相が靖国に参拝するというのは、パフォーマンスです。ここで「本気」でそうしているのか、という問いは力のない問いでしょう。なぜなら、彼が後で「あれは本気ではなかった」などと言っても、行為をしたという事実は、歴然として残るからです。すなわち、高金氏に対して「それはパフォーマンスだろ」という批判は、批判にならない野次です。パフォーマンスと行為の境界は、確定しがたいものになっています。
高金氏に対して「支那人」などということをもちだしてとやかく言うのは、コンラッドやマリノフスキーに対し、偽英国人と言うのと同様の、つまらない野次です。なぜ演出された内容を見ようとしないのでしょうか。観客は、舞台裏をとやかく言うより、舞台の上で演出された内容に向き合うものなのではないでしょうか。
高金素梅氏の靖国神社の件で、演出された内容とは、日本のために戦って死んだ高砂義勇隊隊員の霊を、台湾に返してほしいというものでした。こうした台湾先住民族の要求は、加藤邦彦氏が1979年に『一視同仁の果て』(勁草書房)で述べてもいるように、なにも今になって突然始まったわけではありません。
高金素梅氏は、台湾や高砂義勇隊員を代表することはできないでしょうが、ある種の声を代弁することはできます。わたしが台湾タイヤル民族の村落で聞く多くの声は、実際のところ、義勇隊員たちの霊(ウットフ)はどこに行ったのか、よくわからないというものです。
ある義勇隊生還者は、(日本人の上官が言った)「(死んで)靖国で会おう」ということばは、戦うものたちの士気を鼓舞するためのものだった、とはっきりわたしに語ってくれました。これは、高金素梅氏の主張とは、若干異なる語りではないでしょうか。「ああいう政治ショーにはついていけない」と語った40代タイヤルの男性がいます。
だから高金素梅氏のパフォーマンスが、故高砂義勇隊隊員の声を全く反映していないかというと、そうではありません。彼女の靖国行きの後、笑みを浮かべながら「日本は敵だね」と、今住んでいる村でわたしに日本語で語りかけてくる70代のおじいさんがいます。このおじいさんは、日本時代に教育所(台湾の「高砂族」に対して台湾総督府が設置した学校、警官が教える)で低学年を通っていました。 「日本はひどくて残虐で、はっきり言うといい印象があまりないのよ」と中国語で語ってくれた40代のおばさん。なんでも国民党政府の教育で、南京大虐殺などのフィルムを小さいころに見たそうです。こうした語りが、高金素梅氏の言動と近いところにあることは言うまでもありません。このようなひとたちと、今後どういう方向にコミュニケーションが進んでいくのか、わたしははなはだ自信がなく不安になります。
台湾の中に、日本や中国の統治は、既に深く刻み込まれています。真正な台湾、真正なタイヤルを想定することは、あるひとつのものの見方にすぎません。高金氏に対して「お前それはパフォーマンスにすぎない」と野次ることは、「偽」のアイデンティティと「偽」の文化を持った者には言う(演じる)ことに正統性(正当性)がない、と語るに等しいことです。果たしてそうなのでしょうか。太田好信氏が考え直そうとしている文化の概念は、先に見たコンラッドやマリノフスキーの表現行為(パフォーマンス)がよく体現しているように、右よりの言説が繰りひろげる文化の正統性・真正性という考え方を再考させてくれるものです。
高砂義勇隊隊員(戦死者、生還者)にせよ、その下の世代にせよ、先の大戦の死者の行方は、未だに確定されず、弔い方も確定されない問題として継続中です。義勇隊員とその周囲の人々の声は、高金素梅氏の声に響きあうものもあれば、そうでないものもあります。今日本人に必要なことは、自分の立ち位置を振り返りつつ、被植民者の声に地道に向き合い続けていくことなのではないでしょうか。さまざまな声を、単一の主張に押し込めないきめこまやかさが、声を代弁する側・聴く側に求められています。
ある友人がわたしへのメールで語ってくれました。故義勇隊隊員たちの名前を明らかにすること、個々の遺族レベルの弔い方に気を配っていくことなど、被植民者の声に反応して、それを具体的なかたちに表すことが、困難ですが、大事なことかもしれません。わたしは被植民者の声とそれに対する周囲の反応を、民族誌の記述というかたちで現わしていければ、と思っているところです。(2005年6月18日台湾桃園県復興郷エヘン社にて、30日修正。安場淳、石川豪、宮岡真央子、柳本通彦各氏の有意義なコメントをいただきました。)