イタリア中世の城塞都市を訪ねる(2006.9.5〜9.16)



イタリアに旅するのは1997年以来久しぶりです。
今回はフィレンツェからローマにいたる丘陵地帯を訪ねることにしました。
そこには中世の城塞都市が残っています。人口は2000人前後の小さな街々ですが、それはそれは素晴らしい景観を呈しています。
成田からアリタリア航空でミラノへ、そこでローカル線に乗り換えフィレンツェに入りバスでトスカーナ州のアレッツオに行きここで3泊、そこからウンブリア州のオルヴィエートへ、此処に2泊、そこからラッチオ州のボマルツォに行きここで3泊、再びウンブリア州に戻りペルージャに2泊してローマ経由で帰ります。
ペルージャを除き日本の観光客は余り訪れない所ですが、小さい街ながら中世の面影をそのまま残すところばかりです。




アレッツオ(Arezzo)

成田からミラノまで12時間30分、此処で乗り継いでフィレンツェまで2時間、そしてバスで約1時間、やっとアレッツオのコンチネンターレホテルに着いたときは、へとへと。
部屋が決まりベットへ倒れこむが、なかなか眠れなかった。
アレッツオはトスカーナ州の東部に位置し、中世からエトルリア人が治めていてフィレンツェやシエナに次ぐ都市として栄えた。
街のいたるところに教会があり、またグランデ広場で行われる「サラセン人の騎馬試合」は有名、各貴族は鎧兜に身を固め家紋を染め抜いた旗印を持ち、槍を構えて馬上にまたがり試合に臨む、年1回のこの行事は大賑わいとなります。








寝不足で元気が出ないので、無理をせずホテル屋上のオープンテラスから街をスケッチして後はゆっくり休養とする。

































翌日は、教会やら美術館の見学、中世の街並みを散策、スケッチ、などで1日をのんびりと過ごす。
アレッツオの街にはいたるところに教会があり、そらぞれの由緒があるようですが、スケッチは人々が毎日集まり世間話をする広場に行く路地ともっとも小さくて目立たない教会を描きました。




オルヴィエート(Oruvieto)

アレッツオですっかり疲れを取り、ウンブリア州のオルヴィエートに移りました。
この街はパーリア川の畔に天然の高い崖に囲まれた街で、平地からはケーブルカーに乗らなければ街へは入れません。
この街が世界に誇るものはイタリアゴシック建築の素晴らしいドゥオーモと白ワインです。










ドゥオーモはイタリアのゴシック建築の中でも最も重要な建築で、13世紀末に建て始められ17世紀初めに完成した。
見ていてもその壮観さと壁の絵やモザイクには圧倒されよくもこんな建物を造り上げたものだと感心する。








ドゥオーモの広場には時計台のある昔ながらのホテルがなんともいえぬ風情を見せていて、此処には何時も多くの人がたむろしています。








又このホテルの並びには昔の建物のままレストランが土地の料理を食べさせてくれます。






街の周辺を散策しながら、平地に降りる急斜面からのスケッチやら街のはずれにある修道 院をスケッチしました。





街の小さな教会、城壁かはるか下にある修道院やらを眺めながら毎日をほんとにのんびりと過ごしました。
この街は紀元前の鉄器時代から人が住んでいましたが、紀元前7〜6世紀ごろエトルリア人がこの街を築き、ローマ・ビザンチン時代を経て13世紀初めほぼ現在の街の姿となりました。




カルカータ(Calcata)

オルヴィエートからボマルツォに行く途中にラッチオ州のこの街に立ち寄りました。
切り立った丘の上に建つ住宅は不便で、50年代に一旦廃墟となってしまいましたが、70年代になり見直され芸術家達がしだいに移り住み、世俗を離れた生活が行われている街ととして有名になりました。
要塞の入口のようなアーチを潜り抜け、くねくねと曲がりくねった路地を辿ると美しい花やブドウ等果物の木で飾られた家々に出会えます。
15分もあればひとまわりできる小さな街ですが、何処からともなくモダンな音楽が聞こえてきたりして、古さと新しさが不思議な調和を醸し出しています。







この街を十分堪能し、もうひとつの城塞都市チビタに向かいます。



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